自分は幸せになってはいけないと思い込んでるアイドルvsなんとか普通の幸せを与えようとしてくる事務所のみんな 作:エンゼ
価値を提供するためには、いじめられなきゃいけない。
それは一人だけにじゃない。多くの人にだ。具体的には、この事務所の人たち全員。せめてわたしと同じアイドルたちには、いじめてもらわないといけない。
今までは誰とも接することなく一人でいて、さらに怖そうな格好をすることで、保てていたはず。だけど、これが変わってきているような気がする。やり方を変えなきゃいけない。
いじめというのは、浮いている者を排除しようとする人間の本能による側面もあるって聞いたことがある気がする。
これが本当なら、これからわたしがすべきことは決まる。多くの人が集まる場所。そこでわたしが異常だってところを見せつけちゃえばいいんだって。
色んな人がそんなわたしをそこで見る。そうすれば傍から見れば異端者として認識される。この認識が連鎖的に広まっていけば、完璧だ。
じゃあ、どんなことをすれば異端者になれるか?
この答えは、既にわたしの中では決まっていた。
「……よし」
こうしてわたしから動くのは初めてであったためか、少し緊張気味なわたしの身体。
だけどもうここまで来た。後戻りはできない。
わたしは向かう。多くのアイドルが休憩などに訪れる場所──事務所のカフェへ。
──────────────
「いらっしゃませー! ────っ!」
本日も臨時でバイトをしていた安部菜々。やってきた客を見て、一瞬だけ目を見開いた。
いつも以上にちょっとだけ厳つい格好。表情も少し怖めな無表情。
何故か永遠の17歳であるにもかかわらず、大人のみのメンバーの中に組み込まれ、あるプロデューサーから聞いた訳ありの子。
守谷桜子。
「……あの」
「──! あ、はい。ご注文ですね?」
桜子のプロデューサーから極力構ってあげてほしいという知らせは受けたが、何せ全くできないでいた。
レッスンや仕事などで忙しく会えなかったこともそうだが、桜子はアイドルとの接触を完全に絶っていた。このことから説明を受けた者の殆どは話しかけるどころか、遭遇すら出来ていない状況であった。
現在は客と店員の立場。そこまで深く話せない。だけど、見守ることくらいならできる。
菜々は桜子が店内にいる間だけでも、気に掛けようと心の中で決めた。
「これ、おねがいします」
「はい! えぇっと……」
メニュー表を広げて一部を指さす桜子。その部分を覗き込む菜々。書いてあったのは──。
「……アイスコーヒー、それもブラックでですか?」
「はい。砂糖もミルクもなしで」
「え、えぇっと……いいんですか?」
「え? あ、はい」
思わず聞き返してしまった菜々。一応、これにも訳がある。
先ほど桜子のプロデューサーから受けた事情の説明。その際に桜子の保護者であるちひろが言っていた言葉だ。
『あの子、プリンとかチョコレートとか、甘いものが好きみたいなんです。逆にピーマンとかは苦手なようで……。そこは年相応みたいなんです』
要は子供舌ということ。であるにもかかわらず、注文はブラックコーヒー。話で聞いていた桜子が本当なら、飲めないのではという心配から来ていた。
一方、聞き返された桜子は内心グッとガッツポーズをしていた。
「(よし、店員さんが困惑してる。やっぱり、わたしの年でブラックコーヒーを頼むのなんて誰もいないからね。コーヒーは飲んだことないけど、多分いけるはず)」
どこかズレている気がする。これまでは受動的にいじめを受けていたことが大半であったためかもしれない。
「──わ、すごい。桜子ちゃん、ブラックコーヒー頼むんだー」
「大人だねぇ──」
……というかそもそも、ブラックコーヒー注文くらいで異端者扱いはされないことに桜子は気づいてすらいないようだった。
その間に菜々は色々考えて、自分なりに結論を出した。
「(見る限り見栄で頼んだわけじゃなさそう……もしかしてちひろさんが見てないところで普段から飲んでるんじゃ? だったら、頼むのも分かる。……でも一応、いつでも砂糖とミルク持っていけるようにしておこう)」
一回内心で頷き、笑顔で頷く。
「かしこまりました! 他にご注文はございますか?」
「あ、いえ。以上でお願いします」
「はい! ブラックのコーヒーがおひとつでお間違いないですね?」
「はい」
「はい、ありがとうございます! すぐにお持ちしますね!」
注文が完了。表にこそ出てはいなかったが、桜子は完全に勝利を確信し晴れやかであった。
桜子のプランは、自分がここで年不相応にブラックコーヒーを頼み、そして何事もなく飲んでしまう事。そうすればきっと、その年でブラックコーヒーを飲むなんておかしいと非難され、いじめられることだろうと思っての事であった。
ここで桜子が少し周りを見ることが出来れば、勝利ではなく失敗であったと感じるだろう。だが桜子にとって自分から動いていじめられにいくという行為は初めてであったためか、浮かれていた。周りを見る余裕はあまりなかったのだ。
「お待たせしました! アイスブラックコーヒーでございます!」
「──っ、ありがとうございます」
戻ってきたのか、一瞬遅れて返事。
「ご注文の品は以上でよろしいでしょうか?」
「はい」
「はい、ありがとうございます! ごゆっくりどうぞ!」
菜々がその場から離れ、席には桜子一人。目の前には未知の飲料、ブラックコーヒー。
さて飲むぞと意気込む最中、コーヒー独特の匂いが桜子を襲った。
「──っ!」
これには桜子、怯む。何せ初めての経験だ。常飲する者にとっては最高であろうが、これを良いものと捉えるには桜子は幼すぎた。
しかし、注文までしてしまったのだ。引くに引けない状況。軽く深呼吸をし、口に入れる決意を完了させた。
ゆっくりと器を口へと近づけ一口、飲み込む──。
「ッッッ!」
経験したことのない苦みを味わい、反射的にコーヒーの入った器を遠ざけようとし、その反動で手を放してしまい落下。
そのまま中身が飛び出し、桜子の服に豪快にかかった。
「あ──」
「だ、大丈夫ですか?!」
あまりのことに呆然としている桜子をよそに、桜子を気に掛けていた菜々がやってきてフキンで零れてしまったコーヒーを拭く。
「菜々ちゃん、手伝うよ」
「私も手伝う」
「あらまぁ、桜子ちゃん大丈夫?」
この事態に他のお客──他のアイドルたちが桜子を気に掛けつつ、掃除を手伝い始めた。
しばらく、桜子は動けないでいた。溢してしまったコーヒーのことなんて気にする余裕なんかなかったのだ。
「……なんで」
「へ?」
「なんで……ですか」
やっと再起動した桜子、心配そうに目を向けている全員に対して一言尋ねた。
「あー……零しちゃうことなんてたまにあることなので、気にしなくていいですよ」
「初めてのブラックコーヒーだったのかな。まぁでも、こういうのは飲んでいく内に慣れてくものだから、最初は仕方ないような」
「違います!!!」
突然の大声。全員が桜子に注目する。
「なんで、そんなめをむけてくるんですか。なんで、わたしをいじめないんですか」
震える声で、何かに怯えているように、言葉を出す。目がどこか虚ろで、息も荒くなってきた。
「いじめてくれないと、わたしは──!!」
そこまで言うと、言ってしまったことに気が付いたのかハッとした表情になり、
「……すみませんでした。これ、代金です。お釣りいらないです。失礼しました」
最後にそれだけ告げて、一万円札のその場に置いて、店を走り去って行ってしまった。
今度はその場の全員がポカンとしてしまう事態に。
そんな中、菜々は最後の桜子の様子が気にかかっていた。
まるで、それしか正解を知らない子ども。どういうわけか焦っている様子。
そして、泣いていた。迷子の子のように。道を誤ってしまった子のように。
導く側に立ってしまった菜々は、どうしても放っておくことはできず──。
「──っ、ちょっとナナ、行ってきます!」
気が付けば、身体が動いていた。