自分は幸せになってはいけないと思い込んでるアイドルvsなんとか普通の幸せを与えようとしてくる事務所のみんな 作:エンゼ
失敗した。失敗した! 失敗した!!
全部全部全部失敗した。余計なことまで言ってしまった。
何がダメだった? 作戦は完璧だったはずなのに。零すのは事故だったけど、あそこでも本当ならもやもやを稼げたはずなのに。
向けられた目は、お姉さんやプロデューサーがしてきていた目と同じだった。
心地よい、温かい目。心配してきて嬉しかったけど、全然嬉しくないあの目。
あの時あの瞬間、あの場所の人たちは、わたしをいじめる目付きをしていなかった。
なんで。どうして。おかしい。わたしは何もしてないのに。
これまでみたいに、遠ざけられるみたいなのがまだマシだった。そこからだめな方向に動いてしまった。
ありえない。あってはいけない。そうじゃなきゃ、わたしは──!!
「──桜子ちゃんっ!!」
「!」
振り返る。なんかめちゃくちゃ息を切らしてるさっきの店員さんがいた。
「ちょ、ちょっとだけ、待って、くださいね……!」
「……」
……何の用だろう。もしかして、お釣りを返しに来たのかな。
もしそうなら律儀だと思う。でも、ラッキーって思って懐に入れちゃえばいいのに。
「ふぅ、ふぅ……お待たせしました」
「……何の用ですか。出来れば今は放ってくれると助かるのですが」
今はまだ心の整理が出来てない。だから今日は一人でいたい。
「……ナナは、知ってますよ。桜子ちゃんの事情」
「!」
驚いて、顔を見る。この人も、二人と同じ目をしていた。
プロデューサーかお姉さんが教えた?
なんで? 事情を知られたら、天然のいじめは起きにくくなるはずなのに。
わたしの価値を知ってる二人は、そんなことしないと思っていたのに。
「何か悩んでること、あるんですよね? よかったら聞かせてもらえませんか?」
これを返され、はっとした。
そうか、わたしはまだまだ子ども。そんなわたしが一人でここのアイドルたちの心をどうこうするなんて無理な話だったんだ。
だから二人は協力者としてこの人にわたしのことを話したんだ! わたしの価値を維持するために、敢えて協力者を作って、効率的にもやもやを作るために!
つまりこの人も知ってるわけだ。わたしの価値を。そしてそれを提供し続けるためにはどうすればいいのかを。
これまではわたし一人でもなんとか出来てた。だから干渉してこなかったんだ。
だけど今は状況が変わっている。今こうして来てくれたのは、その変化にわたしが詰まってしまっていたからだ。
「ほら、話せば楽になるって言いますし。もし出来ることがあったら、協力したいなって」
「……」
ほら、やっぱりそうだ。そうじゃなきゃこうして話をしてくる理由はない。
それなら打ち明けてもいいかもしれない。わたしの悩みを。
そして、この後どうするべきなのかを導いてくれるかもしれない。
今わたしは頭が回っていない。冷静な判断が出来ない以上、協力者に話を聞いてもらって、これからを考えていくことは大事なことだ。
「──じゃあ、聞いていただけますか」
「! はい。ぜひ!」
あぁ、救世主とはこのことなのかもしれない。これでやっと、いじめられる方法を伝授してもらえる。多くのアイドルを見てきた店員さんだからこそ分かる、わたしの求めていた方法を。
「わたし、いじめられなきゃいけないんです」
「──」
? あれ、反応がおかしいような。いや、これはきっと続きを待っているんだ。わたしがしっかり課題を分析できているのかを試しているんだ。
「一人じゃなくて、みんなにです。多くの人にいじめられないとだめなんです。これしかないから」
わたしの価値のための手段はこれしかない。当然これも知っているだろうけど、一応わたしからも念のため伝えておく。
「ですけど、何故かみんないじめてくれないんです。わたしは一体どうすれば────え?」
──────
気が付けば菜々は、桜子を抱きしめていた。
当たり前のように異常なことを話し続ける彼女、これ以上もう異常になってほしくなくて。もう安全なんだということを知ってほしくて。
強めに、だけど壊さないように優しく。そんな熱が彼女を包み込む。
「──え?」
「『いじめられなきゃいけない』なんて言わないでください!!」
菜々は思い出していた。桜子が、非常に歪んだ環境でこれまで育ってきたことを。
親からはネグレクト。学校ではいじめ。異常な常識形成には十分すぎる要因だ。
先ほどの桜子の発言、そしてこの要因。この二つが菜々の中で繋がってしまった。
「(この子は、いじめられることが『普通』になっている……!)」
この事務所に来る前、桜子は常にいじめと共にあった。他人から肉体的・精神的な苦痛を与えられることは日常であったのだ。
だからこそ、桜子にとってのいじめとはされなくてはならないものになってしまっている──と、菜々は感じていた。
「(そんな酷いこと、あっちゃいけない! この子には普通の幸せを教えて、連れ戻さないと!)」
決意する。もっと桜子のことを広めてあげようと。もっと桜子にかかわろうと。
「あ、あの」
「今まで、よく頑張ってきましたね。辛かったのに、助けられないで、一人で向き合ってきて」
幼子をあやすように、頭を撫でながら囁く。
「もう、安心していいんですよ。ゆっくりしていいんです。大丈夫なんですよ」
安心してほしい。その一心でとにかく言葉を掛け続ける。
「ここには、あなたをいじめるような人はもういないんですから」
「え」
ようやく、桜子が反応した。
「いない、んですか?」
「そうですよ! ここの皆さんは優しいんです。絶対いじめなんか起こらないし、皆さん楽しくのびのびと活動されていますよ!」
さらに安心させるために声を掛け続ける菜々。この事務所がどれだけ温かく、どれだけ心地よい場所なのかを次々に語っていった。
その間、桜子は最後まで無言であった。菜々はこれを自分の認識を変えている最中なんだと判断した。
だけど、そんなにすぐに変われるようなものじゃない。そのためには根気よく教えてあげる必要がある。時間が許すだけ菜々はそのまま事務所やアイドルたちの素晴らしさを語っていった。
時間が経ち、菜々は去っていった。いつでも頼っていいからねと最後に告げて。
しかし、桜子はその姿勢のまま立ち続けていた。日が暮れてちひろが探しに来て事務所に連れられる、その時まで。
────
「桜子ちゃん……?」
事務所に戻り、とりあえずソファに座らせたちひろ。
しかし、どこか様子が変だと感じていた。何より、連れてきたときからちひろには違和感があった。
「どうかしたの?」
寮から戻っていないという連絡を受け、慌ててメッセージなどを確認するも何も来ておらず、事務所内外とにかく走り回って探した結果、人目のつかないところで立ち尽くしていた。
呼びかけには応じはしたが、どこか壊れかけた様子。いてもたってもいられず、事務所に連れて帰り、ちょっとした話し合いの場を設けた。
「……」
「言いたくないなら、言わなくてもいいわ。でもね、私は桜子ちゃんの味方だから」
「……みかた」
復唱する桜子。とりあえず、今も意識はあることは確認できた。
「そうよ。桜子ちゃんは決して一人なんかじゃない。色んな人が桜子ちゃんを大事に思ってる。私もそうだし、プロデューサーさんや、仁奈ちゃんを始めとしたアイドルの方々、皆桜子ちゃんの味方なのよ。それだけは忘れないでほしいの」
「……じゃあ」
「!」
桜子からの言葉。ちひろは食い気味に次の言葉を待った。
「じゃあ、この事務所でわたしをいじめる人はいない?」
「そんなの、いるわけないと思うけど……。え、もしかしていじめにあったの?」
「……違う」
また、黙ってしまった。何もないことにほっとはしたちひろではあったが、隠している可能性も考慮し、一応教えるように告げる。
「何かあったら、すぐに言ってね? この事務所の人は皆優しいから多分ないと思うけど、もしいじめられたりなんかしてたら、絶対助けるから。絶対味方で居続けるからね」
「……」
これにも桜子は無言。視線は常に一定だ。何もない場所をじっと見つめている。
「……」
「……」
ちひろも無言になってしまい、しばらくの間部屋は静寂に包まれた。
「……ねぇ、お姉さん」
「! どうしたの?」
漸くの時間を経て、ようやく紡ぎ出した桜子の言葉。
当然この言葉にもちひろは強く反応を示すが、次の言葉に対して驚きを隠せなくなってしまう。
「学校、行かせて」