俺の日常に平穏が無いのはどう考えてもワンサマが悪い!【完結】   作:秋月月日

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 三話連続投稿です。


ラウラ・ボーデヴィッヒという少女

 目が覚めると、ラウラの目の前には見覚えのない天井が拡がっていた。

 突然の事態に思わず起き上がろうとするが、直後に体に走った激痛により、彼女はそのままベッドへと強制回帰を余儀なくされる。どうやら、彼女はIS学園の医務室にいるらしい。身に着けている衣服も手術衣だし、まず間違いはないだろう。

 だが、何故私はここに運び込まれたのだ?

 そんな疑問が浮かぶと同時に、ラウラの頭の中に走馬灯のように先ほどまでの事件が記憶として浮かび上がってきた。

 シャルル・デュノアと織斑一夏に敗北した事、『シュバルツェア・レーゲン』の中にいたナニカに支配されてしまった事、そして―――柏木颯太に救われた事。

 そこまで思い出したところで、ラウラは気づいた。

 自分の下半身に倒れ込むように、黒髪の少年――柏木颯太が爆睡しているのを。手術衣のラウラと違い、彼はISスーツを着たままで彼女に寄りかかって眠りへと落ちている。それが意味する事とは何か。それが分からない程、ラウラは鈍感ではない。

 

「ま、まさか、颯太……」

 

「そこのバカは治療や検査も受けず、お前が起きるのをずっと待ち続けていたんだよ」

 

「きょ、教官ッ―――っぅ!」

 

「ああ、わざわざ体を動かさなくてもいい。安静にしていろ」

 

「りょ、了解しました……」

 

 教官と呼ばれた女性――織斑千冬は起き上がろうとしていたラウラを手で制し、傍にあった丸椅子へと腰を下ろした。その動きはまさに芸術品の様で、ラウラは思わず息を呑んだ。

 ラウラの上で爆睡している颯太に苦笑し、千冬はラウラの方を見る。

 

「さて、お前に言いたいことは山ほどあるが、お前も目が覚めたばかりで辛いだろうしな。私が一番言いたい事だけを言わせてもらう事にしよう」

 

「は、はい」

 

 緊張した様子のラウラに、千冬は肩を竦める。

 

「お前は誰だ?」

 

「――――――、はい?」

 

 予想外というか、全く持って意味が分からない千冬の質問に、ラウラは思わず間抜けな声を出してしまう。お前は誰だ? そんなの、言うまでも無く、私はラウラ・ボーデヴィッ……

 

(……いや、この『ラウラ・ボーデヴィッヒ』という名は、ただの個体名でしかない)

 

 数多く生まれた試験管ベビーの区別をつけるためにつけられた、形式上の個体名。彼女は『ラウラ=ボーデヴィッヒ』という名前だが、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』という存在として生まれた訳ではない。無理やり作られ、勝手に名づけられ、流されるがままに育てられた―――それが、彼女という存在だ。

 だからこそ、彼女はすぐに返事ができない。自分という存在が不明瞭で曖昧な彼女は、千冬の簡単な質問にも答えられない。

 それが分かっているから、千冬はあえて助け舟を出すことにした。

 柏木颯太という、『ラウラ・ボーデヴィッヒであるはずの彼女』が特別に感じている少年を利用して。

 

「それじゃあ、質問を変えよう。お前が惚れているこの馬鹿が、命を懸けて救った女の名前は何だ? この馬鹿が自分の命を危険に晒してでも救おうとして、更に公衆の面前だというのに盛大な告白劇を演じることとなった原因―――その女の名前は何だ?」

 

「そ、それは……」

 

 それは、果たして私なのだろうか?

 柏木颯太という少年が好きになった女の名前は、確かに『ラウラ・ボーデヴィッヒ』だ。しかし、その存在が自分であるという確証がない。確かに自分は颯太の事が好きだが、それは副官や部下から指摘されたから「そうなのか?」と思ってしまっただけの事。

 もしかしたら、私は颯太の事が好きなのではないのかもしれない。

 もしかしたら、颯太が好きなのは私なのではないのかもしれない。

 そう思うと、何故か目尻が熱くなり、気づいた時には涙が零れ落ちていた。

 

「――――、え?」

 

「ふん。なんだ、お前の心はしっかり答えを知っているんじゃないか」

 

「え……きょ、教官?」

 

 自分の気持ちも自分の身体も――自分自身という存在が確定できない名無しの少女に、千冬は優しく笑いかける。

 

「これは教官としての最後の命令だ」

 

「は、はいっ」

 

「お前は今日から『ラウラ・ボーデヴィッヒ』だ。それ以上でもそれ以下でもそれ以外でもない。お前こそが『ラウラ・ボーデヴィッヒ』なのであり、そこのバカが惚れている『ラウラ・ボーデヴィッヒ』こそがお前だ。分かったな?」

 

「…………はいっ!」

 

「よし。分かったというのなら、今はしっかりと体を休ませて……とりあえずその涙を拭け。そこのバカが起きたときに泣き顔を見られるのは嫌だろう?」

 

「りょ、了解です、教官!」

 

 涙を流しながらも子供のような笑顔を浮かべる少女――いや、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』に軽く手を振り、千冬は部屋を後にした。

 

「なんだ。お前もそんな顔ができるんじゃないか」

 

 ――そんな言葉を残して。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 千冬が部屋を去った後、残されたラウラは身体を起こし、自分の上で爆睡している柏木颯太の姿をまじまじと眺めた。

 ISスーツのおかげで大ケガは負っていないようだが、身体のあちらこちらに擦り傷や打撲の跡がある。おそらく、ラウラによってつけられた傷も、あの中に含まれているんだろう。

 それだというのに、この少年は治療も検査も受けずにラウラの傍にいてくれた。自分の事なんかよりも、まず第一にラウラの事を考えてくれていたという事だ。

 そんな事実に、ラウラの胸が暖かくなる。顔は仄かに朱くなっていて、両手は腹部の上でもじもじと忙しなく動いている始末。あえて言おう――ラウラ・ボーデヴィッヒは照れてしまっている、と。

 ブンブンブンッ! と首を左右に振ることで雑念を振り払い、ラウラは颯太の髪に指を通す。若干手が引っ掛かりつつも、彼の髪はラウラの指によって綺麗に掻き分けられていく。

 

「フフッ。貴様も、寝ていれば随分と大人しいものだな」

 

 いつも自分に振り回されている颯太とは、似ても似つかない。

 だが、まぁ、ラウラが惚れているのはあの騒がしい颯太だけでなく、こうして大人しい颯太も含まれていたりする。というか、騒がしかろうが大人しかろうが、自分のために一生懸命になってくれる柏木颯太が好きなのだ。下らん違いなど些細なものだ。

 颯太の頭を優しく撫でる。――そこで、暴走状態にあった時に脳が覚えた記憶が彼女の中に浮かび上がってきた。

 

 

 ――なぁラウラ、俺はちょっと浮かれすぎてたみてえだ。お前が俺に惚れてくれてるって現実に、俺は浮かれすぎちまってた。

 

 ――っ……だ、だから、俺はあえてお前に言うぜ、ラウラ。

 

 ――もう一度始めからやり直そう、ラウラ。お前に最初から常識を叩き込んで、お前との関係を始めからやり直す。そうだな―――まずは俺が告白するところから始めよう。

 

 ――ラウラ・ボーデヴィッヒ。俺はお前が好きだ。是非―――俺と付き合ってほしい。

 

 

 バカな奴だな、と思った。

 それと同時に、嬉しくも思った。

 自分はこんなに迷惑をかけたのに、颯太の言う事を全く聞かなかったのに、それでもまだ自分の事を好きだと言ってくれることが――何よりも嬉しかった。

 ドイツで部下たちに言われて自覚した想いとは違う、暖かくて優しいこの気持ち。人に言われたからそうなのだ、と流されるがままにこれが恋だと思ってしまっていたかつての自分とは違う――だからこそ、この胸に燻る暖かい気持ちが嬉しくて仕方がない。

 ああ、そうか。

 この、暖かくて、少しくすぐったい気持ちこそが、『恋心』なのか。

 これでやっと、私は柏木颯太に恋をする事が出来たのか。

 ああ、なんて素晴らしい。

 今までの気持ちで舞い上がっていた自分を殴り殺したい気分だ。――この気持ちこそが本物だという事に、ようやっと気づけたのだから!

 

「そういえば、告白への返事がまだだったな」

 

 ま、まだ爆睡してるから、起きはしない……よな?

 

「は、恥ずかしいから、一度しか言わない。よく聞いておけよ?」

 

 ね、寝てるから無理だろう、という指摘はやめてほしい。私はこれでも恥ずかしいのだ。と、とりあえず、颯太の顔を横向きにして……

 

「私も貴様の事が大好きだ、颯太。是非、付き合ってほしい」

 

 そう言って、ラウラは颯太の頬に唇を触れさせた。

 本当ならば唇同士のキスをしたい所だが……まぁ、それはもう少し関係が先に進んでからでもいいだろう。

 だって、私と颯太は、初めからもう一度やり直すと決めたのだから―――。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 学年別トーナメントから一夜明けた日の朝。

 俺は予想にもしない光景を目の当たりにしていた。

 

「こんにちは。シャルロット・デュノアです。これから改めてよろしくお願いしますっ」

 

「え、ええと、そういう訳で、シャルル・デュノアくんはシャルロット・デュノアちゃんだった、という訳です! うぅ、また部屋割りを考えなくちゃならないですね……はぅぅ」

 

 かなーり落ち込んでいる山田先生はあえてスルーしとくとして、もう一度言うが、俺は目の前の光景が全く持って信じられない。

 男子としてIS学園に来たシャルル・デュノアが実は女子だった、という事は昨日知ったから問題はない。だけど、それを他言するなと言った翌日に女子として転入し直してくるというのは一体全体どういう事だ? どういう心境の変化と状況の転化があれば、こんな状況が実現するんだ?

 ――と、そこで、前の席の一夏の顔が青褪めている事に気づいた。

 なんとなしに気になったので、俺は後ろから話しかける。

 

「おい、どうかしたんか、一夏?」

 

「い、いや……俺、昨日さ、シャルロットと一緒に大浴場を使ったんだよ。男子はどうぞ使って下さい、って言われたからさ……」

 

「ああ、そうみてえだな。俺はラウラに付き添ってたから一人で入ったけど……ん?」

 

 何だ、今の違和感は。さぁみんな、推理の時間だよ!

 昨日の夜、一夏はデュノアと一緒に風呂に入った。それはデュノアが男だと周囲から認知されていたからで、彼らもそれを了承した。

 そして、実はデュノアは女子だった(ココ重要)。

 …………ふむ。これは、あれだな、うん。

 

「ヘイッ! 中国女、入場ですッ!」

 

「その招待をあたしは待っていたぁぁぁああああああああああああああッ!」

 

 俺の叫びが合図となって、教室の扉が勢いよく開け放たれ――ISを装備した凰鈴音がご入場なさってきた。ご丁寧に、その両手には彼女のメインウェポンである双天牙月が構えられている。これは言うまでも無く、一夏を殺すために来ているな。

 さて、ここで俺がやるべきことはただ一つ。

 

「よっし、凰。一思いにやっちまえー!」

 

「颯太ッ!?」

 

 親友を友人に捧げる事だ。

 逃げようとしていた一夏を羽交い絞めにし、俺は凰へと近づいていく。凰はそれ幸いと双天牙月を振り上げ、一夏に怖ろしいほど冷たい笑顔を向けていた。額に浮かぶ青筋は――まぁ、ご愛嬌という事で。

 

「よーっし、柏木。一夏をそのまま離すんじゃないわよーっ!」

 

「御意に」

 

「御意に、じゃねぇええええええッ! ええい、こうなったら――そいやぁああああああああああああっ!」

 

「――へ?」

 

 それは、一瞬の事だった。

 凰が双天牙月を振り下ろそうとした、まさにその瞬間。一夏は一本背負いの要領で俺を前方に放り投げたのだ。

 さて、ここで状況を整理してみよう。

 凰は一夏を殺す為に双天牙月を振り下ろしている真っ最中で、それを回避するために一夏は俺を前方に放り投げた。――そして俺に迫りくる双天牙月。

 …………これ、俺死ぬんじゃね?

 

「うおあああああッ!? し、死んだ、これ俺、絶対死んだ!」

 

「ちょ、ちょっと柏木、避けなさぁあああああああああああいッ!」

 

「んな無茶なッ!?」

 

 ああ、ダメだ。これは流石に距離が短すぎる。さようなら、俺の人生。長いようで短い十五年間だったよ。故郷に残してきたお父さん、お母さん、そして妹よ。俺はIS学園で儚く散りました―――

 

「って、あれ? 俺まだ死んでない……」

 

 おお、これはどういう事だ? 今のは絶対に死んだと思ったんだが……。

 と、そこで俺は気づいた。

 俺と凰の間に割り込むように、『シュバルツェア・レーゲン』を身に纏ったラウラが右手のAICで『甲龍』の動きを止めている事に。

 これはつまり、ラウラが俺を助けてくれた、という事か。あーいや、流石はラウラ、凄くちょうどいいタイミングでの登場だ。これで俺は死なずに済んだ、ぶふぃー、危ない危ない。

 

「さ、サンキューな、ラウラ。おかげで助かったよ」

 

「ふん。まだ貴様に死んでもらう訳にはいかないからな」

 

 そう言って、ラウラは俺の方を振り向き、左目を隠していた眼帯を勢いよく引き剥がした。おお、やっぱりラウラの金色の瞳は綺麗だな。昨日初めて見たが、やっぱり綺麗で美しい。

 両目を曝け出したラウラは俺の両頬に両手を回し、

 

「昨日の告白の返事だが……私も貴様が好きだ、柏木颯太。まずは恋人同士という関係から始めるが、私は絶対に貴様を私の嫁にする。―――異論は認めないッ!」

 

 真っ赤な顔でそう言って、クラスメートが注目する前でラウラは俺と唇を重ねた。

 

 




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 次回もお楽しみに!
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