逆行泥鼠は夢を齧る   作:ばろめつ

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(散々書いたり消したりしましたが投稿済み小説としては)初投稿です


> はじめから

人神ヒトガミ。無の世界に佇む顔面モザイクド畜生の事である。夢に出てきたヒトガミはリニアとプルセナを手籠めにしろ、そして自宅の地下室を確認しろ、と伝えてきた。確かに胡散臭くはあるが、前者は願い下げだが、後者については別に聞いてもなんの問題も無いだろう。たかだか地下室を確認するだけで俺に何の被害があるのかと。

 

何も考えずに助言に従って、地下室の扉を開け放った。それがヒトガミの策略だと気づかずに。

 

魔石病。それは魔石病ウイルスを持ったネズミなどのキャリアが接触、或いは経口摂取した食品を経由して罹る難病だ。普通、人族が罹るようなものではない。何せ魔石病ウイルスは非常に感染力が低く、菌も半日程度で死滅するためだ。そう普通なら罹らないのだ。

 

免疫が無いに等しい腹の中の赤子を除いて。

 

胎児が魔石病に罹り、同時にロキシーも爪先から魔石に変化していった。魔石病を解くにはミリス神聖国の持つ神級解毒魔術が必要だったが、魔族であるロキシーの解毒などしてくれるはずも無い。俺の闘争が始まった。

 

初めにクリフが死に、魔石病でロキシーと腹の中の子が死に、反逆者としてシルフィが殺され、ゼニス、リーリャ、クリフ、ザノバ…誰も彼も皆死んだ。すべては自分のせいだった。未熟で、ヒトガミの甘言を素直に聞く程に考えが足らず、かといって目に見える弱点の対策をしようともしない。かつてのパウロのように一人娘のルーシーを守り育てようともしなかった。

 

「なぜエリスお嬢様の気持ちを汲んでやれなかった?なぜだ?答えろルーデウス!」

 

そんな俺を庇って死んだエリスの姿とギレーヌの恨み言は今でも脳裏に焼き付いている。

 

必ず怨敵たるヒトガミを殺すと誓い、ヒトガミの住まう無の世界に行くための手段について調べ始めた。そして龍族とヒトガミに深い関係があることに気づき、無の世界への鍵である魔神ラプラスの復活よりも自分の寿命が尽きる方が先だと知り、最初から復讐など出来はしないこと、全て手遅れになってしまったことに気が付いた。

 

「ねえ今どんな気持ちだい?全てが徒労に終わっちゃったね。あれだけ人を殺したってのにさぁ?」

 

あんなに欲した魔石病の解毒呪文も、使えたら強キャラみたいだよな何てほざいた重力魔法も、そしてシルフィの無詠唱治癒魔術さえも身に付けた。

けれどロキシーは魔石に身を変え、北神アレクサンダーには嘲られ、誅殺された傷だらけのシルフィの遺体に縋りつくことさえ許されなかった。

 

死体のように生き、使う先のない力ばかりが身に付いた時。ついに希望が見えたのだ、過去転移というロキシーの死を覆しうる魔術を。これさえあれば、魔石病のネズミを先回りして殺せる。そしたらヒトガミを信じるバカな俺を殺してロキシーとシルフィを取り戻して、エリスを抱きしめよう。もう二度とこんな辛い思いなどする必要はないのだ。

 

理論上、完璧ではあった。しかし、俺自身が転移に成功する確率は5分5分くらいだった。何せ40年だ。だが、これまでの研究と自身に宿る魔力量からして、決して不可能ではないと。そんな俺の肉体を容赦なくエネルギーの法則は啄んでいく、18の俺の前に飛んだ時にはそれはもう酷い有様だった。彼女たちを守る役目を今の俺に任せるしかないと、諦めてしまうほどに。

 

魔力は僅か、肉体の大部分は喪われ、体を支えるのはもはや気合のみ。

 

詰みだ。否、詰みにさせないために甲龍歴425年の今この時に来たのだから。起き抜けでマヌケ面を晒した"俺"がそこに居た。

一刻も猶予は無い。口早に、しかし必要な部分はきちんと伝え、今までの事を記した日記を手渡した。

 

「ああ、シルフィ、ロキシー……くそう、相変わらず可愛い、なぁ……」

 

千里眼越しで見た彼女たちの姿は記憶の奥底に眠っていたあの日の景色そのもので。いくら悔やんでも手の届かないものだと悟った。まだ諦めたくないけれど、体が持たない。意識が途切れていく

 

─絶対幸せに、しろよ、な

最後の言葉は紡がれることはなく、ひどい寒気と共に体から力が抜けて行った。

 

 

 

 

──

 

 

言うなればこれは運命の悪戯。異世界転移魔法陣を完成させたナナホシが現実に帰れなかったように、ロロ、あるいはララが生を受けることなくロキシーと共に亡くなったように。

 

運命というものは自分気ままに振る舞い、そして何の気なしに人巻き込んでいくのだ。

 

───俺は突然、大きな腕に抱きかかえられて水底から引き上げられた。

 

─────────────────────────

 

 

小さな紅葉のような手、しわくちゃの足。背中を叩かれて口から水を吐き、頭の重さに耐えきれずに倒れた。起き上がろうと裏返された亀のように手足をばたつかせるも再び大きな腕に抑えられて、顔を上げると目の前には信じられない光景が広がっていた。

 

「生まれた…生まれたぞ!」

 

落ち窪んだ頬、疲労と心労で刻まれた深い隈。酒浸りになって、己の不甲斐なさに自暴自棄になって、けれども父として最も頼れる背中を見せてくれた父。俺を庇って死んだ尊敬すべき父。一人娘を満足に育てることすらできなかった俺が、俺程度が死なせちゃいけなかった父。

 

「ルーデウス…ママよ」

 

転移の迷宮。その奥底に閉じ込められた末に言葉を失った母。自分の意思を尊重してくれて、こんなに気持ち悪く、出来の悪い男を息子として愛してくれた母。結局助けることもできずに、戦火の中で失った母。

 

「ゼニス様、あまり無理をなさらないよう…」

 

迷宮から助け出した母を甲斐甲斐しく世話してくれた人。転移事件が起きて、自分と娘の面倒を見るので精いっぱいなはずなのに俺の荷物を大事にとっておいてくれた人。メイドとして一歩下がって接してくれてはいたものの、俺にとっては二人とも母で、二人とも愛すべき家族だったのに、守れなかった大切な人。

 

ぱち、ぱちと薪が弾ける音が聞こえてくる。柔らかな布と掌に包まれた俺は、ふと顔を上げた。そこにはパウロとゼニス、そしてリーリャの顔があった。不思議と泣けてきた。どう見たってこれは幸せだったころの夢で、幻覚で、死ぬ間際の走馬灯でしかないのに。

 

なんでこうも慈愛に満ちた顔をできるのだ。なんで、こんなに醜い俺を見て、愛してくれるのか。なんで、なんでと疑問の濁流にのみ込まれて、ただただ何でもない赤子のように嗚咽し、涙を流し続けることしかできなかった。ルーデウス・グレイラットという男はいつだってこましゃくれて、誰かを下に見て、それで何かを変えようとしても自分の手だけでは何もできなかった男だ。涙さえ涸れ果てても尚、泣き続けるような女々しく、失ったものばかり数え、そしていつしかまだ手に残っていたものすら取り落とすどうしようもない位に愚かな男だ。

 

しかし、これが走馬灯でないというのならば。俺は今度こそ、この手でヒトガミを殺す。この使命を果たすまで俺は死なない。例えこれがどのような苦難に満ちた道であっても。

 

─今度こそ本気で、守り抜く

 

─────────────────────────

 

 とはいえ、赤子は赤子。かつての俺の唯一の長所である魔力総量もリセットされ、1からやり直しという有様だ。喃語しか喋ることができず何かと涙もろい身でどうしろと、という話ではあった。

 

「はーい泣かないのー!」

 

ラプラスが転生するまでの寿命の問題をどうやって解決するかだったりヒトガミの思考盗聴対策だったりを考えないといけない。問題は山積みだ。好き勝手動けるようになる頃にはもう鍛錬をしなければならず、落ち着く暇は一度たりとも無い。何せエリスの誕生日には転移事件で魔大陸に飛ばされてしまう。〇鉄で言うところの北海道の次の目的地がサイパンのようなものだ、休める訳がないだろう。

 

「んぅ~かわいいでちゅね~」

 

時系列考察をしたところでどうしようもないかもしれないが、これで今回も父さんやロキシーとすれ違おうものなら割腹ものである。走り出したが最後止まれない以上は今のうちにチャート決めはしておいた方がいいだろう。チャートをちゃーんと練りましょう。

 

「パパでちゅよ~」

「ルディ、ママって言ってちょうだい!」

 

まずはブエナ村でシルフィとロキシーに会っておかねば。いや、父さんとゼニス母さんを後回しにすると言っている訳ではない。何せ長い闘いになるのだ、自分が戦う理由を見逃してはいけないだろう。最重要事項だ。

 

次に肝心要の魔力鍛錬だが、重力魔法を使って鍛えることにした。何を言っているんだと思うかもしれないが、実体を出すタイプの4属性の魔法はそれはもう目立つうえに派手な音まで鳴るし、神撃魔術は光る。〇ンダイからDXルーデウスくん(赤子ver)を新発売したい訳じゃなければもっと別の手段を取るべきだ。

 

「ママって言ったわ!」

「絶対先にパパって言った!」

 

しかし、重力魔法はというと派手に使わなければ音も光も出ない。なんて都合がいいんだ。具体的にはこっそり自分の体に重力魔法を掛けて若干体重を軽くすることでうまいこと誤魔化しながら魔力総量を鍛えようという魂胆だ。つまり今日から俺はルデヶ原さんになるということだった。

 

「やっぱりママの方が好きなのよ、あなたの血ね」

「そんなこと言う口はどこの口だ?」

 

それはそれとしてこのイチャつきが見られるのもいつまでかな。リーリャ母さんには母さんでいてほしいから、父さんがやらかしたら俺が落し所をつけさせてもらうつもりだが、あまり2人目がデキるのが早いと困るのは間違いなく父さんだ。

 

ん~♥じゃないの、ほらもう凄い目でリーリャ母さんがこっち見てるぞパパン!

 

─────────────────────────

 

 魔力総量を鍛え始めて早くも半年が経過していた。リーリャ母さんが洗濯物を干しているところや、ゼニス母さんが裁縫をしているところを眺めながらいつもダイニングテーブルの下や庭で小さな薪や石を浮かしたり、振り回したりしている。手元でやっているからかただただ遊んでいるようにしか見えないが、手元の対象に絞って重力魔法を発動させているので自分に掛けるよりも効率がいいのだ。

 

窓の外を眺めてみると黄金の波がたゆたう麦畑、洗濯物と炊事の香りに、木剣の風切り音。今思えば俺にとっての原風景はきっとここだ。

 

(といってもブエナ村はあと10年もしないうちに無くなる…)

 

転移事件によりブエナ村は勿論フィットア領は丸ごと消えた。

ナナホシの予測通りであればナナホシを召喚した時に規定範囲から魔力を収奪し、それでもなお足りなければ物体を魔力に変換する。つまりは過去転移の際に起きた肉体の消失と同じ現象が発生する。転移事件で大勢の人が亡くなったが、それは転移先が魔大陸なんてのはまだ良い方で、魔力に変換されて死体すら残さずに亡くなる可能性がある。

 

であれば起こさない方がいいのだ。あの事件でシルフィは権謀術数渦巻くアスラ王宮に半ば無理やり拘束され、エリスは家族から引き離され魔大陸に、ゼニスは廃人になり、パウロが死ぬ。加えて呼ばれた本人(ナナホシ)が帰りたいとまで言っているのであれば起こしてはいけない。

 

(ナナホシを呼んだのは、あの事件の発端となったのは)

 

赤竜の下顎で会う前のナナホシを俺は知らない。しかし、ナナホシがラノア魔法大学に行くまでに付き添っていたのは間違いなくオルステッドだ。あのオルステッドが態々連れ添っていたのはナナホシ本人の戦闘能力の低さもあるかもしれないが、ただナナホシをラノアに入れるだけなら3年も連れ歩く理由は無い。何せ転移魔法陣を使えばどこに居ようと一瞬で移動できるからだ。

 

(あくまで可能性に過ぎないはず…)

 

そうしない理由を挙げるとするならば、オルステッドが何らかの理由でナナホシを必要としたからで、ナナホシが呼ばれる契機となる転移事件の阻止を試みた場合の最大の敵は。

 

「ルディ、危ないから降りましょうね」

 

ずるずるとゼニス母さんに引っ張られながら見る空には、暗雲が立ち込めていた。

 

─────────────────────────

 

「おやすみ、ルディ」

 

 夜だ。赤子の仕事は泣く飲む寝るくらい、というとまるでだらしのない酒浸りの親父のようだが、その間はずっと母さん達の目から逃れることはできない。当然だ、母さん達は赤子の俺のことを一人にする訳がない。

 

父さん?いやまあうん…最期がどれだけ立派であろうとパウロはパウロしてるし、してなかったらきっと偽物だ。まあそれはともかく、今は一人だ。

 

流石に前回のように隣の部屋でギシギシアンアン言ってるところを出歯亀するつもりはない。いや、今考えてみればあの頃はどうかしてたと思う。幸せそうなのは何よりなんだが、両親のプロレスを観戦するのは流石にキツい。俺はパウロの息子であってセコンドではないのだ。

 

(あ、リーリャ母さんが覗いてる)

 

全くの嘘だ。俺はパウロの息子だからな。いや、多分パウロの息子じゃなくても覗く。俺は覗かない、責務を全うするって?

 

「どうだっ!ゼニスッ!」

「あっ…すごっ…ダメっ…」

 

激しめの洋モノポルノみたいな声が隣から聞こえてきたらそりゃ見るだろ。

いやほら、分かるよ。エリナリーゼさんのことを考えれば、部屋の中でコトが済んでるだけまだマシな部類だってことは重々承知してるけど、それはそれとして見るよ。

 

「ッ…!」

「はあ…ふぅ…」

 

あっ、終わった。パウロのTKO勝ちだ、余裕の笑みでピロートーク(ヒーローインタビュー)をしている。ここら辺の気配りができるからモテるんだろうな、俺にはちょいとばかし向いていないが。

 

いや、今日も凄かったな。ふ~まんぞくまんぞく。

 

「………」

 

さて、よい子はベッドの中でおねんねの時間だから帰るかと、暗がりの廊下の先に視線を感じたので振り向くと、先ほどまで一緒に出歯亀してたリーリャがこちらを見ていた。

 

(………あっ)

 

あっ、終わった。




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