多分今後も土日投稿になるかと思います。
「ルーデウス様に、家庭教師は不要でしょう」
どういうことだ。リーリャ母さんが突然そう言いだした。前回の知識を生かすために転移事件が発生するまでは規定路線から変更しないことにしたため、三歳になるまでは基本的に魔術の使用が露呈しないように動いてきた。無論、痕跡自体は残していたものの、リーリャ母さんはその辺り何も言わなかった記憶もあったので織り込み済みだった。
しかし仮にここでロキシーと会わないとなると次いつ会えるかなど分かったものではない。仮に転移迷宮で会うにしてもゼニス捜索という名目がある以上、ここで縁を作らねばおそらく一生会うことはないだろう。何としてもここで縁を作る必要がある。
「ルーデウス様は未だ3歳、時期尚早ではありませんか?」
「そうだな、ルディに今無理して勉強をさせる気にはなれん…」
「でもルディは神童よ!できる限り早く…」
「だからそれが良くないと言っているんだ!それに男なら剣士として育てるって約束したろ!」
「何が約束よ!約束なんて守ったことないじゃない!」
習い事を早いうちからさせたい教育ママと子供にはのびのび育ってほしい派のパパという訳だ。確かに父さんの意見は嬉しい、直に嬉しい話だ。前回は家を出る頃には割と対等な相手だと思われていた節があるからな。だが、それとこれとは話が別だ。
「ルディは教本だけでも魔術を使えたんだろう?ならルディだけで」
「あなたは剣は剣士が教えるのが一番だ、なんて言ってたじゃない!」
「剣と魔術は違うだろ!」
「違いません!」
あーあー、良くない。俺が発端で喧嘩してる。パウロの言う事は最もだ。何せロキシーから学べることは前回で学んでいる。確かに独学で魔術を勉強することだってできるだろう。何せもう勉強した後なのだから。これ以上どう学ぼうって話だ。
「母様」
だから、学ぶ理由ではなく、メリットでもなく
「僕には魔術の出し方は分かっても、使い方は分かりません」
「ルディ、それはな」
「あなたはちょっと黙ってて。どうしたのルディ?」
学びたいという意思を訴えかけるしかない。
「はい、母様。僕には魔術を使ってもどう使ったらいいか分かりません」
「そのままではきっと母様やリーリャを傷つけてしまいます」
極論だ。何も知らない子供が銃を持った時、誰彼構わず撃ちかねないというくらいには極論だ。そもそも中身が子供でない俺が持ちだす論理ではない。
「僕は先生に教えてもらいたいです」
「だから剣術の鍛錬の時も父様が直接、教えてくれるんですよね?」
「…はぁ、可愛い息子にそう言われちゃしょうがない…か」
内心、両腕を挙げてガッツポーズをした。やっとロキシーに会える。苦節、何年だろうか。とうにご神体は焼けて無くなったが、信仰は絶えず。二度目故にむしろロキシーに会える日々を待ち望んでいた。おおロキシー、おおロキシー!なんと尊き名か、神の青さを知るものよ。
─例えば処刑場で妻を燃やした時
「ロキシーです。よろしくおねがいします」
茶色のローブ、彼女の頭よりも幾分か大きな魔女の帽子、鞄と青い魔石の白い杖。青い三つ編みの少女。
彼女の姿を見て、俺は声が出なくなった。彼女が魔族だからではない。とっても恐ろしいスペルド族だからでも、突然ヒトガミという言葉に聞き覚えはないか?と聞いてくる三白眼の龍神だからでもない。
─例えば十数年近くすれ違い続けてきた女に庇われた時
「あ、あ、君が、その、家庭教師の?」
「あのー、ず、随分とそのー」
真綿で首を絞められるような気分だった。今すぐ麻縄で首を括りたい気分でもあった。焦点が合わずにぼんやりとした視界、揺れる膝。指先は暴れ、奥歯はかたかたと音を鳴らす。舌が渇き、空気を何度も飲み込んだ。
「はぁ。それで、わたしが教える生徒はどちらに?」
「あの、どうしたのですか?」
─例えば、友を家族を犠牲にしても妻を救うことが叶わなかった時
ロキシー・ミグルディア、俺を外の世界に連れ出してくれた大恩人。ヒトガミの策略にまんまと引っ掛かった俺のせいで魔石病に罹り、体を魔石に変えられて死んだ俺の妻がそこにいた。
覚えている。忘れもしない。今でも夢に見るのだ、健気に笑う彼女の顔、ひきつった指先、薄紫の水晶と化した太腿、苦しみに喘ぐ貌、大きく膨らんだままの胎、肩に置かれた手、ヒトガミの笑い声、ヒトガミの笑い声、ヒトガミの笑い声。
ルディ、ルディと呼ぶロキシーの顔がフラッシュバックする。外に連れ出してくれた時のロキシー、豪雷積層雲を教えてくれた時のロキシー、迷宮で背中合わせで休んだ時のロキシー、小柄な体に見合わず、俺を支えてくれたあなた。
「わっ、本当にどうしたんですか?」
「ルディ?」
ぱんぱん、と顔を叩き、涙を拭い立ち上がる。いつかきっと泣き虫だ、なんて言われてしまうのだろう。そんないつかのために、俺はこれからを生きていくのだから。
「ルーデウス・グレイラットです。よろしく…お願いします、師匠!」
「は、はい。よろしくお願いします」
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「で、では庭先に行きましょうか、魔術教本はありますか?」
「はい!持ってきますね!師匠!」
やはり、自分のような魔族が人族の過程で教師をする、となると難しいのだろうか。パウロさんもゼニスさんもやはり自分の髪色が気になったようだが、まさか初対面で泣かれるとは思わなかった。とはいえ、ルディは3歳。この年の子はいつ泣いてもおかしくないでしょう。
「はい、ロキシー師匠!魔術教本を持ってきました!」
「そのまえに、ルディがどれほど魔術を使えるか試してみましょう」
「まずはお手本です。
汝の求める所に大いなる水の加護あらん、
清涼なるせせらぎの流れを今ここに、
まあ、この年の人族の子供が魔術を使える、なんてことはないでしょうし、親バカなお二人の勘違いといったところでしょうか。
「あっ」
庭木に狙いを定め、
「おわっ…とぉ、危ないですよ師匠」
後に
「待って、待ってくださいね。ちょっと調子が悪いみたいです」
「いや、そうじゃないんです師匠。それは母様の」
まさか初級水魔術に失敗するようなヘマはしないはず。何せ私は水聖級魔術師、だから落ち着いて唱えれば
「汝の求める所に大いなる水の加護あらん、
清涼なるせせらぎの流れを今ここに、
「師匠!ちょっと師匠!」
ばちゅん、と音を立てて倒れる庭木。先ほどは何故か魔術の軌道が予期せぬ軌道に変わってしまいましたが、これで多少はかっこいいところを見せられましたかね。
「師匠、それは母様が大事に育ててた木ですので、バレないうちに治しておいた方がよいかと」
「え…そうなんで…確かに私のことを止めてましたね…ごめんなさい…」
きょ、今日始まったばかりの教師人生が1日目で終わりなんて流石に考えたくない。流石に師匠にはバレないと思いますが、あんなこと言った手前こんな無様を…あまりにも恥ずかしすぎる。
「うぐぐ……、
神なる力は芳醇なる糧、力失いしかの者に再び立ち上がる力を与えん、
ヒーリング」
みしみしと音を立てて幹同士の繊維が繋がった。うぅ…なんかちょっと花とか咲いちゃったけど、多分セーフ…。ゼニスさんにはバ、バレてないですよね?
「回復魔術って木にも使えるんですか!?」
「そうですよ、治癒魔術を覚えたらゼニスさんも喜ぶかもしれませんね」
「本当ですか!?よーし頑張るぞー!」
かなりのお調子者のようですね、できればルディの表情を曇らせたくはないのですが、家庭教師としてやってきた以上、授業はしないといけませんので
「では、ルディ。やってみてください」
「はい!
…えっと、どういうことです?今、ルディは詠唱をしていませんでした。しかし、水弾は出ました。つまり3歳児が魔術で、ルディが詠唱で。んんん…?
「えっと、今の水弾は…」
水弾はビシュッと音を立てて空に飛んでいったので、上を見ると二階の窓辺りに虹が掛かっていました。わあ綺麗。
「はい、空に飛ばしました。母様の木に当たったら師匠が怒られてしまうので!」
いえ…そういうことではない…訳ではなくてありがたいのですが…そうではなく…
「えっと、何か、そのまずいことをしてしまったのでしょうか…」
何故かルディが物凄く気を落としています!いえ、そうではないのです。むしろここは、一旦落ち着きましょう。ええ、まずは母さんと父さんの顔を思い浮かべて…よし…
「ええ、全く問題ありません。問題はあったのですが、無かったというか…その、一旦普通に詠唱してみてください。教本を見ながらでもいいので」
そう、まずは教本通りに。まずはちゃんと撃てるかどうかが大事な訳で。
「はい!汝の求める所に大いなる水の加護あらん、
清涼なるせせらぎの流れを今ここに、
再び水弾は空に向かって飛び、弾け飛んだ。大きさも形もそれなりですし、速度も問題ない…なるほど…なるほど…
「ど、どうでしたか?」
「え、はい。水弾の大きさは申し分ないのですが、ちょっと威力を確かめてみたいので」
「あっ、分かりました。じゃあそこに的を作るので」
「えっ」
さっきからそこにあったかのように生えた推定
「では!
ずどぅん、と音を立てて爆散する的。
「ええ…えぇ…」
「どうです!?」
「えっと…その…はい、威力も十分です…」
なるほど、分かりません。いや、分かってはいるのですが、理解が追い付かないといいますか…
「えっと、その結構魔術を使ってもらいましたが魔力は」
「大丈夫です!師匠が頼めば何万発だろうと撃ってみせましょう!」
「あとは…その、詠唱をしていなかったように見えましたが、詠唱をした時と比べて変な感覚はあったりしませんか?」
「はい、全く問題ありません!」
なるほど、変な癖が付いている訳でもない…と…。もしかすると自分はとんでもない天才の卵を育てる機会に恵まれてしまったかもしれません。いや、それよりも
「あの、ルディ。近くありませんか?」
「えっ、いけませんか?」
「あの、ちょっと離れてもらえると」
「そんな…師匠…」
何故かやけに懐かれてませんか…?私はお守りではないのですが…。まあそこも期待されたんでしょう。ならば私はルディを立派な魔術師にして師匠の鼻を明かしてみせます!
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新任教師ロキシー師匠のあまあま青空教室1日目は順調に進んでいたかに見えた。ちなみに無詠唱については隠すつもりはない、師匠の器は山より高く海より深いのだ。あなたの師であるロキシーを試してはならない、でもちょっとからかうのはセーフだ。
「ああぁー!」
おっと、木は折ってないっすよゼニスのおっかあ。ロキシー師匠がどうなすったってんだい。
「ロキシーさん!あなたね、こんなに庭をめちゃくちゃにして!」
あっ、確かに…。今しがた水弾で爆散した的が周囲に飛散し、庭先が泥だらけになっていた。幸い木は折れていないが…これでは何も変わらないだろう…
「か、母様、これは僕が…」
「ルディが?そんな訳ないでしょう!?全く…こういう事は二度としないで頂戴ね!」
「は、はい…申し訳ありません、奥様……」
やってしまった。師匠が大層ショックを受けている…
「早速失敗してしまった上に…ルディに助け船まで…」
「あれは僕がやったことなので…」
「普通はルディくらいの子がこんなことできる訳ないんですよ…だとしても私がやらせてしまったのですから、私が謝るべきです」
あぁ、ロキシーが暗い顔を…このままでは
「今日は失敗続きですね……」
「師匠……」
「ハハッ、明日には解雇ですかね………」
大丈夫ですよ、僕なんて雇われて数日で
「先生は今、失敗したんじゃありません」
「ル、ルディ……?」
「経験を積んだんです」
ある意味。この言葉は自分自身に言い聞かせているようなものだ。あれが本来の道筋だなんて認めたくないし、明確な失敗があった。
「ルディ、ちょっと顔怖いですよ…とはいえ、そうですね。ありがとうございます」
「まさか、僕の顔が怖いなんて。そんなことないですよね?」
フフ…怖いか?俺を怖い顔にさせたら大したもんっすよ。何せゼニス母さん似の女顔だからってゾルダートに散々バカにされたからな。あの野郎、次会ったらタダじゃおかねえ…ってアイツも覚えてないんだよな。
「ふふ、いえ…気のせいでした。では次の魔術を唱えましょうか」
「はい、ロキシー師匠!」
そんな感じで師匠との初めての授業は終わった。楽しく話せたと思う。
いやぁ、ヒトガミなんて大したもんじゃないですね
こんなあっさりと策略が破られるなんて相当舐められてますよ。