逆行泥鼠は夢を齧る   作:ばろめつ

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次の展開を書くまでお茶を濁していくスタイル


閑話:いつもの、あるいは遠い非日常

フィットア領のブエナ村は南西を除き赤竜山脈に沿った場所に位置する、言うなれば赤竜の喉仏といったとこだろう。冬は寒く、夏は涼しく、山脈に沿っているとはいってもそれなりに離れてはいるので雨には困らず、春になると雪解け水が山の麓に流れてくるような地域だ。

 

そう、ブエナ村の冬は寒い。尋常じゃないくらいには寒い。

 

「師匠、師匠」

 

「なんですかルディ」

 

「寒いです」

 

「そうですか」

 

豪雪、豪雪に次ぐ豪雪だ。豪雪が続いたとなると次は何が始まるのかといえば、雪かきだ。普段であれば雪かきをするのは父さんと俺だが、父さんは雪が降っている間村の巡回ができていなかったということで、家におらず、リーリャ母さんはそこまで手が回らない。

 

ゼニス母さん?いやほら父さんは今日丸一日家を空ける。その間、ゼニス母さんと会えない訳だ。となれば、昨日の夜に…つまりはそういうことだ。多分昼頃まで出てこないだろう。腰の痛みは治癒魔術でどうにでもなるが、眠気はどうしようもない。パウロの名刀乱棒丸は昨夜も随分と暴れていたようだ。

 

「ルディは暖かいですね」

 

「師匠だってできますよね」

 

「ルディは器用ですね」

 

そしてロキシーもロキシーで昨日はお盛んだったようで、物凄いおねむな顔をしている。素晴らしいことだ。この前から俺が暖房もとい常時こたつ魔術を使っていたことがバレたようで、その頃からずっと背中に手を入れて暖を取ってくるようになってしまった。実にちゃっかりしていてキュートだ。

 

「師匠、体重が掛かってます」

 

「師匠になんてこと言うんですか」

 

「それとこれとは話が別です」

 

ともあれ、俺とロキシーが雪かき係に任命されるのは自然な流れだった。にしてもスカートで雪下ろしとは。周りの家のクソガキ共が来たら太陽〇で目つぶしをしてやるか。実家に帰るんだな、お前にも家族がいるだろう。

 

「師匠、師匠」

 

「なんですかルディ」

 

「リーリャがマフィンを作ってますよ」

 

「ルディ、こうしてはいられません。急ぎましょう」

 

ロキシーの目がしいたけになってしまった。何せミグルド族の体は砂糖とかわいいものと後光でできているのだ。ありがとうユー〇ニウム博士、じゃなかったロカリーさん、ロインさん。

うきうきで地熱(ヒートアイランド)を唱えるロキシーを横目に俺も残りの雪を下ろしていく。ロキシーの脳は甘で支配されていた。つまりスイーツ脳になってしまっていたのだ。

 

「ふふふ…マフィン…」

 

「師匠、師匠!」

 

「へ?…ひゃっ…」

 

足を滑らせ、べちゃりと尻を屋根に落とす。きっと魔法で溶けた雪で足を滑らせたのだろう。おい見ろよ!ロキシーの尻拓だぜ!ロキシー教の聖地はここにあったのですね。なんてことはおくびにも出さずにロキシーの手を取って引き上げ

 

「ルディ、ありがとうございます」

 

「…師匠」

 

引き上げ

 

「あの」

 

上げ

 

「なんでしょうか」

 

「…引き上げられません」

 

無論、重力魔術を使えば引き上げられるだろう。無論、家の中でこっそり使う分には問題ないのだ。ロキシーには特別な事情で使えることを話しているので、ロキシー相手には露呈しても問題ない。しかし、ここは屋根の上だ。流石に実家の屋根の上でメリーポ〇ンズしようものなら半日も経たずに村中大騒ぎだろう。いくら剣と魔法の世界とはいえ人が空を飛ぶには早すぎる。変な噂に釣られて勘違いした北神がやってこないとも限らないのだ。

 

「ルディ、大丈夫です」

 

尻もちを着いたロキシーがザリザリと音を立てながらずり落ちる。繋いだ手の指が1本、また1本と離れていく

 

「師匠…ッ!」

 

呆れたように笑みを浮かべて、呟く

 

「私は、あなたの師匠ですから」

 

「し…師匠ーッ!」

 

先ほど屋根から下した雪の絨毯に落ちる師匠。

俺は、なんて情けない。己のあまりの情けなさに怒りで震えて涙が止まらない。

ロキシーの(たいじゅう)を抱えられるだけの筋力は未だ4歳にも満たぬこの身には宿らなかった。

 

─────────────────────────

 

「あの、ロキシーさん。お気分宜しくないのでしょうか」

 

「い、いえ、お気遣いなく…」

 

甘いものが好きでした。何分魔大陸というのは甘いものどころかおいしく食べられるものが少ない環境だったので。中央大陸に来てからは行く先々で色んなものを食べるようになりました。ルディの家庭教師になってからはずっと目まぐるしい毎日でしたから、心の落ち着ける場所が食卓になったのは言うまでもないことです。いえ、初日からよくここまで持ち直したな、と感慨深いところではあるのですが。

 

「師匠、もしかしてどこか体を痛めて…」

 

「い、いえ、ルディのヒーリングですっかり直りましたよ」

 

とはいえ、随分と気が抜けていたのは事実です。冒険者として方々を出歩いていた頃は毎日動いていたのもあって、お腹が空けば空いた分だけ食べても問題なかったのですが、今の私は家庭教師。村に定住して、ルディに魔術を教え、村の人から何かお願いをされた時に時々グレイラット家から数十歩ほどの場所で二、三回魔術を唱えて、特に何も無ければリーリャさんのご飯を食べて、その日はおしまい。こんな毎日を繰り返していると、必然的に増えるのです、体重が。

 

「はあ…」

 

揺れる茶の湯気を眺めながらため息を一つ。先ほどはルディにかっこ悪いところを見せてしまいました。もしあの時、本当にルディに引っ張り起されていたとしても、それはそれで師匠としては情けないところを見せてしまっていました。今の私をノコパラ達が見たら、きっとバカにしてくるでしょう。よし、今日から私もルディ達の鍛錬に加わって鈍った体を鍛えなおしましょう。絶対に。

 

私のそんな考えを見透かしたかのようにルディはジャムがべっとりと付いたマフィンをこちらに差し出してきました。誘惑にはま、負けません…

 

「はい、師匠。あーん」

 

「い、いえ…私は満足しましたし、ルディが…」

 

「師匠…もしかして僕のこと嫌いになりましたか…?」

 

泣き落とし!?ルディをそんな悪い子に育てた覚えはありませんよ!?

 

「はい、あーん」

 

「え?あー…んむっ!?」

 

もうどうでもよくなりました。頬っぺたがとろけてしまいそうです。ふんわりとした触感の中に卵の香りが鼻腔をくすぐります。ざらついた砂糖とジャムの果物の甘味が交互に来て、くどくなる前にお茶を飲んで…もう一口…、もう一度だけ

 

「あ…」

 

ふと、籠の中を見ると今は空っぽ。あんなにあったマフィンが無くなってしまいました…い、いえ。これで最後なのです。今日からはお菓子をできる限り食べないで体を絞るのです。師匠としてかっこいいところをルディに見せるために!

 

「ロキシーさん、ルーデウス様、おかわりはいかがでしょうか」

 

「師匠!もちろんおかわり、しますよね!」

 

「は、はい!…えっ!?」

 

「ふふ…少々お待ちください」

 

リーリャさんの手からどさどさと籠の中に積まれていくマフィン。そして当然のような顔でこちらにマフィンを差し出してくるルディ、食べる私。

 

「はっ…」

 

こ、これ以上は流石に大変なことになってしまいます。お嫁にいけなくなってしまいます。

 

「ふぁ…あら、今日もルディとロキシーさんは仲良しね!」

 

「ル、ルディ…もうそこらへんで…」

 

「え…」

 

露骨に萎んだ顔をするルディ。わ、悪い男です…悪い男がここにいます…!

師匠をバカにするのも大概にしなさい!こうなったらヤケです!ヤケになってやりますよ!

本気を出した魔族の力をあまり舐めないでくださいね!

 

─────────────────────────

 

「おーい、ロールズ!帰るぞ!」

 

「確かにもうそろそろ日が暮れますね、帰りましょうか」

 

新雪をざくざくと踏み鳴らしながら森から出る。もうすぐ山の向こうに日が沈むだろう。

 

「にしてもかなりの大物ばかりでしたね」

 

「そうか?俺はそうでもなかったけどな!」

 

冬の間にできた魔力溜まりに集まってきた魔物をロールズと狩りに行っていたのだが、やたらと気性の荒い魔物がいたのもあってか結構な長丁場になってしまった。

 

「じゃあここら辺で、それでは」

 

「おう!次もよろしくな!」

 

とはいえ、冬に入る前に仕掛けていたロールズの罠がうまいこと働いたのか、ロールズ曰く例年よりも頭数は少なかったとのことだった。まあ、その辺りの話はオレにはよく分からない。

 

「ただいま」

 

「おかえりなさいませ、旦那様」

 

リーリャがオレのコートを脱がし、シャツの肩口に着いた雪を払う。炊事場からゼニスが小走りで飛び込んできたので抱き締め、そのまま口づけをしようとすると人差し指で唇を止められた。

 

「ちょっと、ルディに見られるかもしれないでしょ」

 

「ちょっとくらいならいいだろ?」

 

「…もう!んっ…、ルディも待ってるんだから、早く来てちょうだい!」

 

なーにが見られるかも、だ。随分嬉しそうな顔してるじゃないか。しなかったらしなかったで夜も不機嫌になるのは分かってるんだぞ。

 

「あ、父様、お帰りなさい」

 

「パウロさん、お帰りなさい」

 

「おう、ただいま」

 

ルディとロキシーはもうテーブルに座って帰りを今か今かと待っていた。多分ロキシーに関してはオレの帰りじゃなくて夕飯を待っていたんだろうが。

 

「今日の夕飯は…」

 

冒険者としての生活は楽しかったが、何かに追われるような生き方だった。『黒狼の牙』も喧嘩別れのような形で解散しちまったが、後悔はそんなにしていない。このまま、ゼニスとブエナ村に腰を落ち着けて、一生を過ごすんだろう。まあそのうちルディは大人になったらアスラだかラノアの魔術師にでもなるんだろう、もしくは冒険者になるかもしれないな。

 

「ルディ、今日はロキシー先生とどんなことをやったんだ?」

 

「聞くんですか?聞いてしまうんですね父様!実はですね…」

 

なあにオレとゼニスの子だ。きっと悪いようにはならないだろう。幾分か体は弱ってるだろうが、新生『黒狼の牙』なんてやってみるのもいいかもしれないな、そしたらギースの野郎やエリナリーゼにも自慢してやらねえとな。すげえだろ、オレの子だ、なんてな。




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