ブルー・ホースマン   作:堂廻り 眞くら

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第三話 叫怒

 

 

 

 

 シンボリルドルフというウマ娘について、知っていることはそれなりに多い。少なくとも他の有象無象よりはずっと。

 なにせ彼女はトゥインクルシリーズでその名を轟かせたスターホースマン。トレーナー出なくとも、ファンとして彼女とプライベートな情報まで知り尽くしている、という人も少なくはないだろう。仮に興味がなかったとして、この学園で働いていれば嫌でも彼女のうわさが耳に入ってくる。

 皇帝の異名を持つ、完全無欠の七冠ウマ娘。

 そんなウマ娘が、まさか……。

 

「しがない新人トレーナーの俺に何かしてやれることなんて、何もないと思うけどな」

 

 仕事を一通り終え、室内にヒトの気配がないことを確認してから、ようやく僕は斜め向かいの幻影、シンボリルドルフの幻影に話しかけた。朝から夜まで、仕事中ずっと僕の目の前に現れてから、一度もその姿を隠すことなく、僕の視界の隅にじっとそいつは佇んでいた。

 

「で、何が望みだ?できる範囲でなら手伝ってやらないこともないけど」

 

 僕が単刀直入にそう言うと、幻影は口元に小さく笑みを浮かべた。

 

「話が早くて助かるよ、安藤君」

 

 彼女はそれから、

 

「そんなに難しいことじゃない。中等部に、サードステージという名のウマ娘がいるのだが、今その娘は怪我で療養している」

「それを治せってのは無理な相談だぞ」

「わかっている。彼女の担当トレーナーが、彼女の療養中に担当契約を打ち切ってしまうんだ。このままだと彼女は学園での居場所を失い自主的に退学してしまう。だからそうなる前に彼女の引継ぎを君にお願いしたいのだよ」

「まあ、それは構わないけど……」

 

 ひどい話だ。けど、全く耳にしない話ではない。それに様々な事情からそうせざるを得なかったということもある。一概に批判はできない。

 

「ていうか、そんなことでいいのか?他人のことはともかく、お前になにか悩みがあるんじゃないのか?」

「どうしてそう思うのかな」

 

 幻影に問いかけられて、少しだけ押し黙った。答えに窮した、というよりは、幻影である彼女からそんなことを尋ねられるとは思わなかったのだ。今まで自分の目の前に姿を現した幻影は、皆一様に何かしらの悩みを抱えていたし、それは酷く個人的なものばかりだった。他人の世話を仰せつかったのはこれが初めてだった。

 

「まあ、強いて言うならば、生徒会長として、怪我から復帰した彼女を学園に引き留めることができなかったこと、それが私の、君に解消してほしい悩みだよ」

「……そうか」

 

 まあ、そういうパターンもあるのかもな。

 

「その娘の担当していたトレーナーってのは誰だ?話をつけてくるよ」

 

 

 

 

「ここか……」

 

 大きな総合病院の前。以前僕もお世話になった場所だ。あまりいい思い出はないし、何度も訪ねたい場所ではないものの、どうやらシンボリルドルフの幻影が気にかけていた彼女はここに入院しているらしいので仕方がない。

 

「あれ?」

 

 病院の入り口に向かう途中のことだった。病院の入り口から出てきた意外な人物とばったり出くわした。

 

「飯田さん?」

「……ン?おお、安藤じゃないか」

 

 一年ほど前に異動した先輩の飯田さん。前に会った時とほとんど変わらない姿だ。

 

「お久しぶりです。どうしたんですか、こんなところで」

「ああ……見舞いだよ。お前こそどうした?」

「いや、担当の引き継ぎをした生徒がここで入院しているので、その娘との顔合わせを」

 

 入院という言葉を聞いて、飯田さんの顔がサッと曇る。

 

「……故障か」

「まあ、はい」

 

 僕が頷くと、飯田さんは後頭部を乱暴にかきむしった。

 

「そうか、……悪いことを聞いたな」

「いえ、……僕も先日前のトレーナーから引き継いだばかりなので、詳しいことはよくわかっていなくて」

「そうか」

 

 それから、飯田さんは手首の腕時計を確認してから「じゃあ、俺はそろそろ行くよ」と足早に立ち去って行った。

 

「……飯田さん、誰の見舞いだったんだろう」

 

 去っていく飯田さんの背中をなんとなく目で追っていると、突如強い耳鳴りが四方から襲い掛かってきた。

 慌てて振り返ると、シンボリルドルフの幻影が、じっと前方を睨みつけていた。無表情、ともすれば怒っているようにも見える目つきだった。そして、彼女の視線の視線の先には……。

 僕は去り際の飯田さんの背中に再び視線を戻した。間違いない、彼女は飯田さんを見ている。でも、どうして?

 

「飯田さんと知り合いなのか?」

 

 幻影にそう問いかけるも返事がないので、振り返って確認してみると案の定姿を消していた。大きく息を吐く。幻影が出現すると、いつも自分は振り回されてばかりだ。この大きなため息で少しでも胸中の鬱憤を晴らせればいい。

 

 一連の行動を誰かに目撃されてはいないかと周囲を一通り見渡してから、僕は病院の中に入っていった。頭おかしいと思われたら嫌だからな。病院の前だから妙に信憑性も高いし。

 

 

 

 

 寝不足で死にそうな目でディスプレイを睨みながらキーボードをカタカタと叩いていると、竹中さんが買い置きしていたらしいカフェイン(缶コーヒー)をおすそ分けしてくれた。

 

「あ、ありがとうございます」

「おう、随分精が出てるじゃないか」

 

 ディスプレイをのぞき込む竹中さんに頷く。竹中さんは眉を顰めた。

 

「他のトレーナーから引き継ぎの娘か……。療養中に切られたんだな」

「そうですね。おかげで引き継ぎの話はスムーズに済みましたけど」

 

 まあ、実際は切られたというよりも、彼女から辞退を申し入れたみたいだったけど。前任のトレーナーもかなり戸惑っていた様子だった。

 

「どうして受け入れたんだ?能力はともかく実績は乏しいし、完治後の見通しもまるで立ってないのに」

「模擬レースを見るに、実力は申し分ないと思いますよ。それに、知り合いに頼まれた娘ですから……」

 

 そう口にしつつ竹中さんに気が付かれないように、後ろの影に非難の視線を浴びせる。当の本人は素知らぬ顔だ。多分。

 

「情動で動くと碌な目にあわないぞ」

「わかっています」

「ああ、そうかい」

 

 「飲み物でも補充してくるか」とか言いながら竹中さんは部屋を出ていった。それとほぼ同時にポケットの携帯電話がけたたましく揺れた。

 

「はい、もしもし。

……飯田さん?

……はい。なるほど、そうです。……はい。

……はい、わかりました」

 

 電話を切ると、いつの間にか後ろに立っていたはずの幻影が目の前に移動していた。

 

「根回しが早いな、あの人は相変わらず」

 

 あの人。幻影はそういった。

 

「……やっぱり飯田さんとは知り合いなのか?」

「知り合いというか、私が一方的に見知っているだけだよ」

 

 僕が問いかけると、意外にも幻影はあっさりと口を割った。

 

「飯田さんと何かあったのか?」

「昔に、少しね」

 

 シンボリルドルフと飯田さんの関係、いや、因縁といった方が適当かもしれないそれが具体的にどのようなものか僕にはわからない。が、なんとなく想像がつく部分もある。

 

「私のトレーナーとちょっと揉めたのさ」

「お前の本当の狙いは何だ?俺とあの娘、飯田さんの娘を近づけたのは復讐のためなのか」

「いいや、違う。そうじゃない」

 

 僕の問い詰めに、幻影は軽く首を振って応える。それから、自身の顔を徐に近づけてきた。皇帝の異名に相応しい、威圧感のある目力に思わず息をのんだ。

 

「もし仮にそうだったとして、私が頼めば、安藤君は私の復讐に加担してくれるのか?飯田さんとその娘を、恐怖と絶望のどん底に叩き落す手伝いをしてくれるのか」

 

 幻影の問いに、僕は口を数度開閉させた。当然何も言葉は出てこなかった。

 生徒会長シンボリルドルフ。

 彼女の真意が、わからない。

 

 

 

 

 飯田さんの娘、サードステージが抱える問題は、足の怪我だけに留まらなかった。担当のトレーナーに契約を打ち切られた時から薄々危惧していたことだったが、直接会って話をして確信を得た。彼女に、自分の怪我を積極的に治そうと努力する様子が見られないのだ。

 前のトレーナーは怪我をしてしまったから彼女を見捨てたのではなかった。彼女自身に復帰の気概がないために見切りをつけたのだ。というか、彼女が謎にゴネた結果やむにやまれぬ契約終了だった、というのが真実だ。

 原因はわからない。

 何故彼女はレースに対するやる気を失ってしまっているのか。

 そして、何故シンボリルドルフの幻影は彼女を気にかけるのか。十中八九彼女とサードステージの父親飯田さんとの何らか確執が原因だろうけど。

 

「単純に考えればレースでの挫折が原因なんじゃない?いざ学園に来てみたら今まで培ってきたプライドがズタズタ、なんていくらでもあることだと思うけど」

 

 サードステージのことを福良さんにそれとなく相談したところ、以上のような言葉が返ってきた。

 

「俺も最初はそう思ってたんだけど、どうもそうじゃないらしい」

 

 というのも、そもそも彼女はトゥインクルシリーズにまだ参加していない、どころか模擬レースで前任のトレーナーにスカウトされてからというもの、公式非公式問わず一度もレースには出走していないのだ。いくら何でもこれじゃ挫折のしようがないだろう。

 

「まあ、全くあり得ないとは言い切れないけどさ」

「でも、それが違うとしたら後は」

 

 福良さんは若干眉を顰める。

 

「人間関係の縺れが原因、とか?」

「そうなると、彼女は確か寮で暮らしていたはずだから、学園内部の人間関係に絞られるかな。寮暮らしだと外部の人間との接触の機会は限られるだろうから」

 

 その他にもSNS等での誹謗中傷などの、インターネット上でのトラブルである可能性もある。

 

「でも彼女、見たところSNSやウマスタをやってる様子はないんだよなぁ。どれだけ検索しても彼女名義のアカウントは引っかからないし、トレーナーにスカウトされた日なんかにウマッタ―で呟いてそうなもんだけど、それらしい痕跡も見つからない。少なくとも彼女の個人情報を第三者が特定できるようなものはネット上には上がってないな」

「じゃあやっぱり学園での交友関係に何か問題を抱えているってことじゃないの」

「前のトレーナーにそのあたりの事情も多少聞いているんけど、クラスに仲のいい友達も多いみたいだし、チームメイトとも上手くやってたみたいなんだ」

「じゃあ何が問題なのよ」

 

 わからない。

 ただ一つ、ヒントがあるとすればそれは、シンボリルドルフと彼女との関係性、正確には彼女の父親である元中央トレーナーの飯田さんとの因縁だろう。一番手っ取り早いのは幻影本人から事情を聴くことだが、彼女はなぜが口を割ろうとしない。それでいて彼女の目下の願いであるサードステージの引継ぎを終えた後も消えずにいつまでも付き纏っている様子を見ると、やはり幻影が出現した根本の要因はもっと別の所にあるのだ。

 なんにせよ、クラスメイトや前のチームの娘にも一度話を聞く必要がある。より深く調べて、彼女が抱えている問題をじっくりと炙り出すのだ。

 

「精が出るわね。そんなに気になる娘なの?」

「うん、まあ……。怪我の具合を見たけど、頑張れば学校に来れないこともないくらいの怪我だったのに来ないし、このままなし崩し的に不登校になられたら拙いから」

「へぇ。じゃあ、私も気になってることがあるんだけど聞いてもいいかな」

「いいけど、何?」

「サイレンススズカの故障のこと」

 

 僕の表情筋が分かりやすく硬直した。

 

「アンタ、あの時確か『次のレースで脚を怪我しそうな奴がいる』っていってたよね」

「あ、ああ」

 

 嫌な位置にパンチがめり込んだかのような感覚が、ぐさりときた。

 

「もしかして、彼女の故障を予測してたの?」

「いや、まさか……。あれは誰も予測できなかった故障だろ?」

「そうだよ。だから不可解なの。アンタの言っていた奴っていうのが、サイレンススズカだったらの話だけど」

「だから違うって」

「ならいいんだけど」

 

 福良さんはそれ以上この件に追及することはなかったが、間違いなく疑念は抱かれただろうと思う。

 彼女との会話は極力気を付けなければならないだろう。

 

 そんなことを考えつつ、僕は普段あまり近づかない中等部校舎に向かった。

 サードステージのクラスメイトらに話を聞くために。

 

 

 

 

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