クラスメイトその1。
「サードちゃん?ちょっと変わってるけど、いい娘だよ?なんか練習中に怪我して今は療養中だって聞いてるけど、大丈夫かなぁ」
その2。
「最近担当に切られたって話を聞いたけど、……あ、やっぱり学校に来てないのって、それが原因なの?」
チームメイトその1。
「チームに入ってきた時はすごいルーキーが入ってきたもんだと思ったんだけどね。いや、すごく速かったよ、あの娘。怪我さえしなければ今頃デビューしてたんじゃないかな」
その2。
「怪我する三日くらい前かな、彼女、ものすごい形相で考え込んでて……。その日を境に調子を落としてたの。練習中に怪我したのも、それで集中力を欠いていたからだよ、きっと。なにかあったんだと思うよ」
一通り話を聞いて、少なくともいじめなどの交友関係で気を病んだ、という線はなさそうだな、と感じた。クラスメイトやチームメイトとも親しいようだし、もちろん仲がいい演技をしているという線もなくはないが、中一で大人を騙しとおすような狡猾さを身に着けているなんて、考えられない、というか考えたくない。いつまでも健気でいてくれ。
というわけで、友人たちとも不和が原因、という線は薄くなった。と同時にこちらで打つ手がほとんどなくなった。
アプローチの方法を変えなきゃだめなのだろうか。
やはりシンボリルドルフの幻影に問い詰めるのが一番なのだろう。だけど、彼女は時折姿を見せることはあっても、話をする気はなさそうだった。
となると、幻影にではなく、本人たちに問いただす必要があるかもしれない。
飯田さんと、シンボリルドルフ本人に。
『そうか、娘はまだわけを話さないか……』
そんな折に、飯田さんから電話をもらった。飯田さんの声の調子からは、かなり娘のことを心配して気に病んでいることが分かる。
「はい、原因はまるで不明です。……心当たりが全くないというわけではないですが。明日その心当たりを当たってみるつもりです」
『わかった、よろしく頼むよ』
「はい」
それから、電話越しにわずかな沈黙が走った。耳から飯田さんの逡巡が感じる。
「あの、飯田さん」
突っ込むなら今しかない、そう思い切って飯田さんの核心に迫ることにした。
「シンボリルドルフと、何かあったのですか?」
『シンボリ、ルドルフ』
明らかな動揺が、電話越しに伝わってくる。やはり、飯田さんとシンボリルドルフとの間には何かがあるのだ。しかも、飯田さんにはその心当たりがある。
『いいや、……あのシンボリルドルフが、どうかしたのか』
「もしかしたら、娘さんが落ち込んでいるのと関係があるかもしれないんです」
『そうか……』
飯田さんは何かを言い淀むような素振りを感じさせたが、結局何も僕に言うことはなかった。
「何かわかったら、また連絡します」
『ああ……悪いな』
それから一言二言言葉を交えた後に、飯田さんは電話を切った。
「……」
僕は後ろを顧みた。予想通り、幻影は何も言わずにこちらを見てるだけだった。
向こうが手助けしてくれないというのなら、僕が自分の手で彼女を消す方法を、探すしかない。
〇
昼過ぎに僕はサードステージの見舞いに向かった。
既に病院を(半強制的に)退院して今は寮の自室にてベットの上に横たわる彼女は、心なしか頬が痩せこけていて、顔も熱を帯びているかのように赤かった。何か怪我のほかに妙な病気を併発しているのだろうか。どちらかというと精神的衰弱からくるものだという気がする。
「あ、気にしないでください。……ちょっと熱があるだけですから」
「そうか……あ、バナナここに置いとくぞ」
見舞いの品にと適当な所で購入してきたバナナ一房を小脇に置いてから、ベッド近くの小さな椅子に腰かけた。
「なんだか元気が少ないみたいだな」
「そりゃあ、熱がありますから……。脚も痛いし」
「それだけじゃないだろ」
スッと顔を背けるサードステージに、僕は顔を数センチほど近づけて更に言葉を投げかける。
「いい加減事情を話してくれないか。いきなりチームを辞めたりして、前任のトレーナーやチームメイトも心配してるんだぞ。それに、今は俺の所属してるチームが仮入部させてるから問題ないけど、このままどこのチームにも入らず、学校にも来ないつもりなら俺もその内かばってやれなくなる。最悪留年するかも」
「うーん」
留年、という、真面目な学生にとっては絶望のワードに、サードステージは頭を抱え込んで唸り始めた。
「いや、脅してごめん。留年は大丈夫だから。今はレグルスの名義で出席手当もらってるし、そうじゃなくてもいきなり留年ってことはならないよ」
途端に顔色がよくなっていくサードステージに「だけど、」と待ったをかける。
「今は真っ当な理由があるからお休みしてもいいけど、退院して数日も学校に顔を出さないままじゃ、クラスのみんなも心配するし、君も顔出しづらくなるだろ。そのまま休みをズルズルと引きずって本当に学校に通えなくなったら、留年の可能性も頭をのぞかせてくるぞ」
「それはそうなんですけど、でも本当に体調が悪いんだから仕方ないじゃないですか」
「どうして体調が悪くなるんだ。そんなに病気がちではなかったと聞いてるけど」
「それは……」
サードステージは目を泳がせながら「源氏に睨まれたから、ですかね……」というわけのわからない台詞を呟いた。
「はぁ?」
「っていうか、安藤さん、でしたっけ。なんで寮の中にトレーナーが入ってきてるんですかっ」
「ちゃんと許可は取ってあるよ。あと一時間はここに居座っても問題ないはずだ」
「えっ、一時間もいるつもりなんですか……?」
「いや、もう少ししたら帰るけど」
そんな嫌そうな顔するなよ……。気持ちはわかるけどさ。
「部屋は一人で使ってるのか?」
決まりが悪くなった僕は、ひとまず話を変えることにした。
「あ、はい、一応相部屋なんですけど、私が一人で使わせてもらってますよ」
部屋を見渡すと、確かに一人で使うには若干広すぎるように感じる。サードステージは一人空いている分を広々と利用しているわけでもないらしく、部屋にはところどころ空いたスペースが散見された。
「寂しくないのか?」
「いや、特には。独りの時はアニメとか見てますし」
「へぇ、アニメ。アニメってういうと、あの、鬼滅の刃とかのね」
「……」
サードステージは胡乱な目でこちらを睨めつけてくる。
よくわからないが、僕はもうさっさと帰った方がいいのかもしれない。
〇
その日の夕方のことだ。僕は仕事をある程度済ませた後、学園のトラックに向かった。現生徒会長、シンボリルドルフに会うためだ。
僕には、彼女がどこにいるのか、なんとなくわかった。幻影の出現を感知できるのと同じように、自然に。そういえば以前に幻影が「もう一人の自分とは魂でつながっている」といったようなことを口にしていたが、もしかしたらその影響が自分にも出ているのだろうか。
シンボリルドルフはやはりトラックの周辺にいた。彼女は何やら感慨深そうにコースを眺めているようだった。
「ああ、君は……安藤トレーナー。暫くぶりです」
「そうだな。随分と熱心に、何をしているんだ?」
「なに、他愛もないことですよ。例えば……ほら、彼女」
シンボリルドルフが目線で示した先には、ターフを駆ける一人のウマ娘がいた。
「あそこにナリタブライアンがいるでしょう?」
「確か、生徒会の……」
「ああ、彼女に先日、『私には負けん』と強く主張されてね。それに『全ての壁は超えられるものだ』とまで言われてしまいましたよ」
七冠ウマ娘に向かってそいつは、なんとまあ豪胆な奴だ。
「そしてその言葉通り、彼女は日に日に目覚ましい成長を遂げている。敢為邁往、ただひたすら前だけを見据えて。もちろん、彼女だけではない」
シンボリルドルフは再び視線を戻して、ターフでトレーニングに励む何人ものウマ娘へ向けた。
「日々目標のために自らを律し、気力の一滴までターフに注ぎ続けている彼女たちの姿を見て、私も気を引き締めているのです」
そう言っている間も、彼女の視線はターフへ一心に注ぎ込まれている。
「トレセン学園の生徒会長として、彼女たちの幸せを願うものとして、私もなすべきことを為さねば、と……」
「それは、随分と高尚な心がけだな」
「生徒会長として上に立ち導くと決めた以上、その責を負うに値する存在にならねばなりませんから」
「そうか」
少し志が高すぎる気がする。一生徒である彼女に、いくら生徒会長とは言え、「責」なんてものを背負う必要はないと思う。それとも、彼女にとってはそれも大したプレッシャーにはならないのだろうか。
「安藤トレーナーも、私も、目指す所は同じはず」
「え?」
「トレーナーとして、生徒会長として、彼女たちの幸せを願うもの同士、共に助力し合う必要があるでしょう。ですから何か困ったことがあったらーー」
シンボリルドルフがそこで唐突に言葉を切り、耳をトラックの方へ絞った。その時「ひゃあっ!」という悲鳴が聞こえて、僕も遅れてトラックへ目を向けると、生徒たちが倒れ込んでいるのが目に入った。
「ーー何て事だ!」
シンボリルドルフの脚が、今にも駆けだそうとしていた。
「安藤トレーナー、今すぐ向かおう!」
「ちょっと待って」
トラックに入り込もうとするシンボリルドルフの肩を掴んで引き留める。
「何をっ!怪我をしていたら事だろうっ!」
「よく見ろ」
鋭い眼光を向けてくるシンボリルドルフに、あくまでも落ち着いて応える。僕に言われて、シンボリルドルフは改めて倒れ込んだ生徒に顔を向けた。
「……ん?」
倒れ込んだ生徒らの周りに、彼女たちの友人だと思われる生徒たちが群がっている。友人たちの顔に浮かんでいる表情は皆一様に、倒れた生徒を慮るような不安ではなく、互いを茶化しあっているかのような笑顔だった。その様子を見たシンボリルドルフも、ようやく自分の勘違いに気が付いたようだ。
「ただ友達同士でふざけ合ってただけだよ。大方、じゃれ合った拍子に足をもつれさせたんだ。倒れ込んだのも大した勢いじゃないし、介抱してやる必要はない。あんな所に君が血相を変えてすっ飛んでいったら混乱させてしまうだろ」
「……なるほど」
シンボリルドルフは、後ろに絞っていた耳をもとの位置にスッと戻した。
「私の、早合点だった、ということか。危うく彼女たちの遊戯に水を差してしまうところだった」
それから、シンボリルドルフはあからさまにしょんぼりとし始めた。
「未熟さここに極まれり、だな。……恥じ入るばかりだ」
「そこまで卑下すること、ないと思うけど……」
「いや、安藤トレーナーがいなければ、私は何をしでかしていたことか。生徒会長として、生徒たちとの距離を縮めねばと、常日頃から思ってはいるのですが」
「より精進しなければ」と苦笑交じりに話すシンボリルドルフ。
「安藤トレーナー、先ほどは引き留めてもらって非常に助かった、ありがとう。そして、どうか今後とも、指導鞭撻の程よろしく頼まれてくれるとありがたい」
「いや、こちらこそ、今後君に色々と相談があるかもしれないから、その時はよろしく頼むよ」
「ああ、それはもちろん」
「……実は、さっそくなんだけど、折り入って相談があるんだ」
この機を逃すまいと、今日ここに、シンボリルドルフに会いに来たその本題を切り出す。
「私にできることならなんでも言ってほしい。できる限り力になると約束しましょう」
「……最近チームに入った娘が、怪我で休んでいてな」
「ふむ、……怪我か」
シンボリルドルフは顔を引き締めて、僕の話に耳を傾け始めた。
「深刻な容態なのか」
「いや、怪我自体は治る。少なくとも、来年には復帰できると思う。問題は身体の方じゃなくて……どちらかというと精神的なものだな。今彼女はおそらく怪我とは別の理由で酷く落ち込んでいて、その原因がわからない」
「学業や交友関係に問題があるわけではないのだな?」
「ああ、成績も見たところ別段悪いわけでもないし、友人との関係もいたって普通。家族との関係も、多分悪くないと思う」
「なるほど……それで、私に相談、というのは?私に何かできることが果たしてあるのだろうか。生徒会長の私が下手に関われば、余計にその娘を混乱させてしまうのではないかな」
「少しだけ聞きたいことがあるだけだから、その心配はないよ」
「聞きたいこと、とは?」
「まず、その娘の名前は、サードステージというのだけど……」そう言いつつ、シンボリルドルフの表情の変化を盗み見る。「この名前に聞き覚えはないか」
彼女は少しだけ考え込む素振りをした。少なくとも僕の眼には、それが嘘偽りのないものに移った。
「……いや、すまないが、覚えはない」
「じゃあ、飯田さん……飯田耕平という名前には?」
今度は明らかに、シンボリルドルフの顔に動揺が走った。が、すぐにそれは取り繕われてしまった。その変化は迅速で、注意深く観察していなければ、まず誰にも気づかれなかっただろう。
「何か聞き覚えがあるのか?」
「……昔に、少し。彼が今回の件に、どう関係しているのかな」
「サードステージは、飯田さんの娘なんだ」
「娘……」
「何か気にかかることとか、思い当たることがあったら言ってくれ。サードステージの悩みは、もしかしたら君にとっても無関係ではないことかもしれないんだ」
特に反応を示さないシンボリルドルフに対し、僕は核心にもう一歩歩み寄る。最早取り繕う気は全くなかった。だけど、シンボリルドルフはそれに首を振って応えるのみだった。
「期待させてすまないが、飯田元トレーナーとは特に面識がないんだ。私がトゥインクルシリーズを走っていた時に、彼が中央のトレーナーとして勤めていたことは知っているのだが、親しかったわけではない。彼について私が話せることは何もないよ」
「……そうか。わかった、ありがとう、相談に乗ってくれて」
「いや、相談に乗ると豪語した手前に君の役に立てず、本当に申し訳ない。また何かあれば、いつでも生徒会室に」
「ああ」
そういって、シンボリルドルフは夕暮れのトラックを立ち去って行った。彼女の揺れる背中を、僕はじっと見送った。
「どうやらあいつもお前も、俺に積極的に協力する気はないみたいだな」
彼女がいなくなると同時に現れた幻影に向かって、ぶっきらぼうに嫌味を投げつけると、彼女は面白そうに、デフォルトでなってしまうらしい不敵の笑みを浮かべた。そんな彼女の態度には、少しだけ頭にくるものがあった。
「百歩譲って向こうが協力的でないのは、わかる。でもお前まで俺に核心を話さないのはどういうわけだよ」
そもそも、自分がこうして東奔西走しながら四苦八苦しているのはこいつが原因なわけで、だとすれば、最低限彼女だけは僕に協力的である責務があるのではないか。仮によっぽど後ろ暗い背景があって、それで話したくないのだとしても、だ。
「君の怒りは尤もだ。私もすまないとは思っている」
ここ数日口を開かなかった幻影は、ようやく何事か話す気になったらしいその口を動かし始めた。
「私はね、君に、もっと積極的かつ自発的に今回の件を解決してもらいたいのだよ」
「そうしてるだろ。今までのこと見てなかったのか。もしかして、姿を現さないときは寝てるのか?」
「いや、私たちは眠らないし、君の見聞きしたことすべてを知ることができる」
「……」
……おいちょっと待て、それは聞き捨てならないぞ。トイレとか、風呂の時はその能力ちゃんと切ってあるんだよね?
と、そんな僕の気を知ってか知らずか、どちらにしても性質の悪いことに、幻影は気にも留めないで話を続行する。
「君は積極的にも、自発的にも幻影を助けようとはしていないだろう?言うことを聞かなければ姿を消さないから、仕方なくそうしているだけ、という体裁を崩そうとしていない」
「それが気に食わないのか」
「ああ。君の力は素晴らしい。ウマ娘の幸福のために、積極的かつ自発的に使われていくべきものだ、と私は考えている」
たとえそれが僕の身を削る行為かもしれなくても、か。
「だから敢えて協力しないっていうのか。それだとむしろ俺に反感を覚えさせるとは思わないのか」
「今の段階では、多少反抗してもらうくらいが丁度いいはず。しかし、確かにあまりに非協力的なのもよくはない、か」
「何かヒントでもくれるのか?」
「いや。もうヒントならすでに提示されているじゃないか。でも、君の進むべき方向は間違っていない、とだけ言っておこうか」
「……」
幻影はそれから、大胆不敵な笑みをその場に残したままその姿を隠していった。
夕日が空を真っ赤に染め始めていた時のことだった。