ブルー・ホースマン   作:堂廻り 眞くら

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シーン13

 

(焼き肉を頬張るオグリキャップ。(以下「オグリ」))

 

オグリ 「(なんだか、体が熱くなってきたぞ)」

 

(「うんうん」と頷きながらオグリは更に、口いっぱいに白飯を詰め込む)

 

オグリ 「(まるで私の身体は製鉄所、胃はその溶鉱炉のようだ……)」

 

(アップで映し出される肉、それから音を立てて燃え盛る炎)

 

オグリ 「美味い……」

 

オグリ 「(ウオォーン!

 

     わたしはまるでウマ娘火力発電所だ)」

 

 

「何言ってんだお前」

 

 下宿の一室にて、スマホに映し出された「オグリのグルメ」のワンシーンを見ているさ中、僕は思わず隣に座って一緒に見ていたオグリキャップの幻影にそう問いかけてしまっていた。

 

「台本にそう書いてあったんだ」

 

 オグリは若干気恥ずかしそうに頬を赤く染めながら、呻くようにそう答える。なんだか、以前に比べて幻影がだんだん人間味を、いやウマ娘味を帯びてきた気がする。前はもっとこう、浮世離れした雰囲気を纏っていたはずなのに。

 

「それで、この回に初めてドラマ出演したらしいタマモクロスさんはいつ出てくるわけ?」

 

 僕は続いて胡乱な眼差しを背後に送ってやる。

 

「まあもうすぐ……あっ、ちょっ、とめーや!」

 

 タマモクロスの幻影がそう叫んだので云われた通りに動画を止めてやると、幻影は身を乗り出して液晶画面の端の方を指さした。

 

「ほら、ここ!ここに映ってんのがウチやで!」

 

 指の先に目を凝らすと、確かに小さく映っているタマモクロスらしき人物の後姿を、辛うじて捉えることができた。

 

「……えっ?友情出演って、これだけ?セリフもなし?しょーもなっ」

「やかましいわっ。これでも初めは嬉しかったんじゃい!」

 

 という風に談笑しつつ、一通りドラマを見終えた僕は、長時間椅子に座って凝り固まっていた背筋を伸びでほぐしてやった。

 

「いやぁ、想像以上に面白いドラマだったな」

「せやろ」

 

 てっきりキャストの人気だよりだとばかり思っていたが、内容も実に素晴らしいの一言に尽きた。

 

「特に京浜工業地帯のシーンは最高だったな」

「いやそれはよくわからへんけど……あっ」

 

 とタマモクロスの幻影が声を上げた途端、二つの幻影が、音もなく、瞬きもしない内に姿をかき消した。僕は後ろを振り返った。

 

「お、安藤。こんなところにいたか」

 

 部屋の奥から顔を覗かせた竹中さんに、僕は軽く会釈する。

 

「風呂はもう入ったのか」

「いえ……」

「夜にミーティングがあるからな。早めに済ませとけよ」

「実は、これからちょっと出かける予定があるんです」

「出かける……?」

 

 竹中さんの目つきが一瞬にして鋭く尖り、視線が脳天を一気に突き抜けた。

 

「お前、もしかしてまた妙なことに首突っ込んでるんじゃないだろうな」

「い、いや、その……」

 

 しばらく張り詰めた空気が部屋に満ちた。

 

「……」

 

 竹中さんはその間、何かを決めあぐねているかのような、そんな惑いを感じさせる表情を浮かべていたが、やがて諦めたかのようにため息をつく。

 

「……ミーティングには遅れるなよ」

 

 それだけ言うと、竹中さんは部屋を出ていった。ホッと一安心する。

 

「悪いなぁ、にっちゃん」

 

 それから、再び途端に現れたタマモクロスの幻影に胡乱な目を投げかける。

 

「それ、俺のこと?」

「私は中々いい愛称だと思うぞ、安藤」

 

 オグリキャップの幻影のフォローを軽く無視して、僕は椅子から立ち上がる。

 

「そろそろ行くか……」

 

 スマホの画面を開いて現在の時刻を確認した。予約した時間までまだまだ時間はあるが……。

 

「もう行くんか?おっちゃんの病院」

 

 タマモクロスの問いかけに、僕はうなずく。

 

 早いに越したことははないだろうからな。何事も。

 

 

 

 

 タマモクロスの恩師とでもいうべき人、通称「おっちゃん」は、郊外の病院に入院していた。

 

「その人とタマモクロスを会わせる、ていうのがお前の頼み、ってことでいいわけだな」

 

 件の病院へ向かう道中を、僕とタマモクロスの幻影は肩を並べて歩いた。つい先ほどまで騒がしすぎるほど騒がしい街にいたのに、ほんの少し移動しただけであたりはすっかり落ち着きを取り戻していて、それが逆に居心地の悪い空気に感じられるのは、僕がこの数日間ですでに大阪に毒されてしまっているという証左なのだろうか。

 

「せや、はようせんと手遅れになってまう……」

「……」

 

 彼女が言うには、そのおっちゃんがあと一週間もしない内に容態が急激に悪化して結果亡くなってしまうのだとか。

 

「ウチが駆けつけた時には、もうおっちゃんは……」

 

 つまり、幻影は別れの挨拶をちゃんと済ませたかった、というわけだ。

 

「大阪にもう一人のウチがおる、この一週間が最後のチャンスなんや。にっちゃん、なんやいい作戦あるかいな」

「お前、自分の携帯の電話番号覚えてるか?」

「ん?んああ、もちろんやで」

「じゃあ、タマモクロスの携帯に「おっちゃん危篤、スグカエレ」とでも入れとけば、すっ飛んで病院に駆けつけてくるんじゃないかなぁ」

「うーん」

 

 僕の提案に、タマモクロスが悩まし気に唸る。

 まあ彼女の懸念する通りあまりに投げやりな作戦だし、上手くいかない可能性が高い。もっとしっかりとした検討が必要だろう。

 

「そもそも俺がわざわざ病院に出向く必要、あるのか?おっちゃんとやらと俺が顔合わせしなくても、もう一人のタマモクロスを説得するのに注力した方がいいんじゃ……」

「あーそれやねんけど……」

 

 と、その時、タマモクロスの言葉を遮るように、ポケットの中の携帯がなり響いた。

 

「あ、悪い、電話だ」とタマモクロスの幻影に断わりをいれてから電話に出る。「もしもし?」

 

『松尾です。頼まれてた人探し、終わりました』

「早いな」

『連絡先と住所、携帯に送っておきますね』

「ありがとう」

 

 しっかりと彼の宛名でメールが届いているのを確認してから、僕は携帯をしまう。

 

「オグリキャップ。父親が見つかったぞ」

「よかった!」

 

 それからオグリキャップに呼びかけると、幻影が即座に現れて感嘆の声を上げた。

 

「あとは父親ともう一人のお前に、お互いあって話をするよう、交渉するだけだ」

「ああ、よろしく頼む安藤」

 

「オグリも順調なようで何よりや」タマモクロスの幻影が道を一足先に駆けだしていく。「ウチらもいこや!」

 

 そう言って病院めがけて物凄い速度で走り出した幻影。僕は人並みの歩調でそれを追ったのだった。

 

 

 

 

 

 それからほどなくして僕は病院にたどり着いた。が、「おっちゃん」こと錦田さんとの面会予定時間よりもかなり早く到着してしまった。さすがに少し急ぎ過ぎてしまっていたらしい。

 

「今の間にオグリの件、片付けとくか……父親に連絡してアポ取っとこう」

「病院でケータイ使ってええんか?」

 

「ここでならな」そう言って室内のとある一角を指さした。その先には「指定通話エリア」と大きな文字が浮かんでいた。「一昔前と違って、今は携帯電話の機能改善や医療機器の機能の向上で、携帯の利用が医療機器に影響をほとんど与えなくなったからな。まあ、最低限マナーを守っていれば咎められることはまずないよ」

 

「しかし、……父は応じてくれるだろうか」

 

 電話を取り出して、松尾さんから送られてきたメールに添付されていた連絡先をチェックしていると、オグリキャップが藪から棒にそんなことを言い出した。

 

「せやで。今までオグリのこと、散々ほったらかしおった奴なんやろ?」

「それについては考えがある」

「おお!さすが安藤だ、頼りになる!」

 

 目をキラキラ輝かせているオグリキャップには申し訳ないが、僕の考えというのは酷く杜撰なものなのだ。

 断られたら金を積む。それが僕の考えている作戦要するに買収だ。二、三十万くらいで何とかなることを祈っている。もし金で解決できなければ、その時はもうどうしようもないから、無理やりにでも二人を鉢合わせてやるつもりだ。

 

「……一応最終確認なんだけど、本当に父親と会わせても良いんだな?」

「ああ」

 

 オグリキャップはそれから、少しだけ俯いて

 

「もしかしたら、もう一人の私は「会わない方がよかった」と後悔してしまうかもしれない」

「それをわかってて、お前は会わせるんだな」

「こっちの私は、私と同じ後悔をしてほしくないんだ。

 たとえどんなに嫌われていても、興味を持たれていなかったとしても、お母さんと私を捨てて出ていった人だったとしても、たった一人の父親だ。一度くらい、会ってちゃんと話をしたいと思ったんだ。死んでしまう前に」

「せやな。好きでも嫌いでも、家族なんやからな。オグリの考え、ウチは間違っとらん思うで」

「ありがとう、タマ。安藤はどう思う」

「俺?」

「安藤は、もう会えない人に会いたいと考えたことはないか?」

「俺は……」

 

 ある。

 今はもうなくなってしまったいとこに、会いたいと思う。会ってもう一度ちゃんと話したいと思う。

 まあ、いくらそれを願ったところで、こいつら幻影とは違い僕にそれを叶える術はないのだけれども。

 

「俺も、オグリキャップの考えは正しいと思うよ」

「そうか」

 

 オグリキャップは僕に向かって微笑んだ。嘘偽りのない、自然の、そしてごく普通のなんて事のない笑みだ。

 その笑みを向けられた一瞬だけ、彼女が幻影であるということを忘れてしまっていた。もしかしたら、僕は彼女たち幻影と接するうちに、徐々に幻影と本物の区別がつかなくなってしまっているのかもしれない。幻影と、現実の境界があいまいになっているのかも……。

 僕は頭を振ってもやのようにこびりついて離れないその思考を振り払った。本当に現実と幻影の区別がつかなくなった暁には、いよいよ僕は本当の狂人になり果ててしまうではないか。

 

 僕はそれ以上幻影たちとの会話を控え、オグリキャップの父親とのコンタクトに没頭した。しかしそれも意外にあっさりと済んでしまい、オグリの父親から「暇があればあってもいい」との言を見事に取り終えたのだった。思ったよりも出費が安く済んで助かった。これで後はオグリキャップ本人を説得するだけだ。

 

「それでもまだ時間があるな。風呂入っとけばよかったなぁ」

 

 と、待合室で呆けている時だった。

 

「番号札「323番」の方、いらっしゃいますか」

 

 受付で唐突に僕の番号札の番号が、口頭で呼び出された。まだ予約の時間までまだまだ余裕があるはずだ。それに、僕を読んでいるスタッフは少し慌てた様子なのが気にかかる。

 とりあえず受付に言って呼び出したスタッフの女性に話しかけた。

 

「あの、まだ時間じゃないと思うのですけど……」

「ご予約されていた安藤様ですね。実はーー」スタッフの女性は少しだけ声のボリュームを落として、周囲に漏れないようにして言葉を続けた。「面会を希望されていた錦田さんがたった今急患になられまして……」

 

 それを聞いた直後、僕は驚いて後ろを振り返った。突然の僕の挙動にぎょっとしているスタッフにはやはり、タマモクロスの幻影の悲痛な叫びが聞こえていないのだろう。

 

 この世でただ僕だけにしか、彼女の声は届かない。

 

 

 

 

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