ブルー・ホースマン   作:堂廻り 眞くら

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第六話 無能

 

 

 

「小林の前の連絡先を教えてほしいだぁ?」

 

 それを聞いた竹中さんは珍しく眉を顰めて私を睨んだ。

 

「アイツのはもう繋がらないぞ」

「ええ、でも、一応調べておこうかと思ったので」

 

 竹中さんは手に取って飲んでいた紅茶を、呆れたような素振りでテーブルの上に置いた。

 

「安藤に続いて、福良さんまでおかしくなったんじゃないだろうな」

「はぁ?おかしくなったわけじゃありません。同僚の失踪何て、気になるじゃないですか、ていうだけの話ですけど」

「ああ、そう……だったらいいんだけどさ」

 

 竹中さんは面倒ごとを極力嫌う性質がままあった。元々面倒見のいい基質なだけに、彼のそういった側面には少し違和感がある。むしろ性格的に率先して面倒を買って首を突っ込んでいくタイプだと思ったのに。

 

 

 

 

 竹中さんから小林さんの連絡先をもらった後、そのままの脚で安藤君の元に向かった。彼ならすでに何かしら動き始めている気がする。こういうことに妙に首を突っ込みたがるのがあの男なのだ。

 と思っていたのだが、意外にも安藤君はのんびりラックリーターと談笑していた。

 

「……何を話してるの」

 

 そう尋ねると、安藤君とラックリーターが「あっ」とこちらを振り向く。

 

 ラックリーター。

 彼女と私には面識があった。一時期は彼女の面倒を見ていたし、その後も何気に接する機会が多かったのだ。そんな私にとって彼女は、安藤君の異質さを際立たせている要素の一つであった。

 ラックリーターがお世辞にも大したウマ娘でないということは、一目見た瞬間からわかっていた。だが今の彼女はめきめきとその頭角を現し、今やG1で勝ち得るほどの実力を得ている。

 

 忌憚なく言わせてもらうと、まるで信じられない。

 華がなかったり燻ってたりで中々勝ち上がれないウマ娘は何人も見てきたし、そんな光らない原石である彼女たちを磨くのがトレーナーの仕事の一つだと思っている。しかしラックリーターはそんなウマ娘たちとは根本から違う、単純に能力の足りない凡百のウマ娘の一人だったはずなのだ。

 

 そんな彼女が、一時期預かっていた私の手を離れ安藤君と行動を共にしたその時から、彼女は異様な成長を遂げた。そして今も。

 彼女の成長ぶりの異様さ。その例の一つに、先月見せてもらった短距離と長距離の時計のデータがある。二つのデータは、それぞれ単体で見ればぱっと見でも素晴らしいの一言に尽きる。タイムが以前と比べてはっきりと縮まっているからだ。しかし両者を比べると、その異質さが浮き彫りになるのだ。

 

 つまり、短距離と長距離二つのタイムが同時期に縮まっていた。

 

 そもそも短距離と長距離では、主に酷使する筋肉がそれぞれで異なる(いわゆる遅筋と速筋というものである)。そしてそれらの筋肉を均等に鍛えるのは非常に難しい、というかそれらを同時に鍛えるメリットが基本的に全くない。どちらかに絞って鍛えなければまず群雄割拠の重賞レースで勝つことなど不可能。そしてどちらかに絞れば必然、もう片方の筋肉は衰えてゆくためタイムの維持が難しい。いわゆる全距離適性を持つオールラウンダーの実現が難しい理由の一つがこれだ。

 

 しかし、彼女はタイムが伸びていた。

 彼女がまだ体の出来上がっていない状態だったなら、考えられなくもなかった。短距離だろうが長距離だろうが、初心者であればまず筋肉と持久力をつければ確実に記録が伸びる。それと同じ原理だ。

 でも彼女はアスリートとして、すでに限界まで体を絞っている状態だ。つまりもう「とりあえずここのマッスルを鍛えればキミも直ぐに速くなれるよ」の段階を超えてしまって、身体ポテンシャルの維持に努めなければならない領域にいた。

 

 だから二つの記録が伸びるなどありえない。もうドーピングして計測したか、謎のパワーが走っている途中で注入されたか、その名の如き幸運の暴風が彼女の背中を押しに押したか、くらいしか考えられない。そしてそれらは、実際は実現性の乏しい妄想の域を出なかった。

 つまり、ラックリーターは異様だった。

 そしてそのトレーナーである安藤君もまた、私の眼には異様に映った。

 

 彼女に対する世間の評価は、今では完全に二分している。デビュー当初は全く光るものを感じさせなかったウマ娘。フロックか、フロックじゃないのか。その実力は今や完全に未知数の、稀代のダーク・ホースマンとして、G1への参入はまだかまだかと世間からの注目を大いに集めている(中には彼女の名前を揶揄して「ラック・ホースマン」と呼ぶ者もいる)。

 それが今のラックリーターだ。

 

「あ、福良さん!見てくださいよこれ」

 

 そんな、世間の注目を集めるダーク・ホースマンだなんて微塵も感じさせない平凡さを見せる彼女が、手元に置いてあったカードを手に取って私に見せてくる。

 

「トレーナーさんがこんなものを持ってたんですよ」

「おいおい、あんまり見せびらかすな」

「いいじゃないですかぁ~」

 

 なんて言ってキャイキャイと、目の前で仲睦まじい姿を見せつけてくる二人。トレーナーとその担当として、大変良好な関係を築けているようで何よりの微笑ましい光景のはずなのだが、少しイラっとするのはなぜだろう。

 眉を顰めながらも、ラックリーターが手渡してきたカードに目を落とす。

 

「ドナーカード?」

 

 ドナーカード。

 自分の身に何かあったときに自らの臓器を提供する意思を示す、臓器提供意思表示カード。これを常に携帯しておけば、万が一意思疎通ができない状態になったとしても、臓器提供の意思は示すことができるわけだ。

 

「どうしてこんなもの持ってるのよ?」

 

 安藤君は時折破滅的な行動に打って出るときがある。彼がこんなものを持っていると、何かの不吉な予兆のような、フラグのような気がしてならない。

 

『俺、来週腎臓摘出するわ』

 

 妄想の中の安藤君がありえないことを言い出して、慌てて首を振って妄想を消し去る。

 

「こんなものもって、どういうつもりよ」

 

 責めるような声で安藤君にそう聞くと、彼は苦笑して応える。

 

「どういうって……それは前の頭の怪我の時にたまたま手に入れる機会があったってだけだよ」

「頭の怪我って、……あ、そういえばアンタ、そんなことあったんだっけ」

「そういえば福良さんがここに来る前の出来事だったな、あれ」

 

 もう一年以上前になる。頭を鈍器で殴られ重傷を負った安藤君と入れ替わるように、私はこのトレセン学園にやってきたのだ。当初は学園全体に緊張感が走って、厳戒体勢も敷かれていたのだが、時がたつにつれやがてそれらもなくなって消えていった。

 結局犯人が捕まらないまま、事件は風化していったのだ。

 

「あの、もう頭の怪我は治ってるんですよね?」

「……ああ、傷はふさがってるよ」

 

 心配そうに顔をのぞき込むラックリーターに、安藤君は少しだけ言い淀みつつもそう言った。

 そういえば私は、頭を怪我する前の彼を知らない。怪我する前もやはりこんな感じだったのだろうか。それとも、怪我の影響を受けて今のような気質に変化したのか。

 まあ、そんなことは考えたところでどうしようもないのだけど。

 

「これってどこで売ってるんですか?」

「売ってるっていうか、病院とか警察署とか、あと少ないけどコンビニにも」

「へぇー」

「それよりも、もうすぐ昼休みが終わるぞリタ」

 

 ラックリーターは「あっ」といって部屋の壁に掛けられた時計の針に目を向けた。

 

「やばいっ!!授業に遅れちゃう!」

 

 そういって、「さようならー!」と言いながら、勢いよくトレーナー室を駆け出て行ってしまった。

 

「……」

 

 彼女がいなくなって暫く、耳の痛い沈黙が私と安藤君の間に走る。

 

「……それで」

 

 それから安藤君は、

 

「何か用があって俺の所に来たのか?」

「今朝の話よ。小林さんが失踪したでしょ」

 

「ああ……」安藤君はもうすでに私の話に興味をなくしてしまっているみたいだった。「小林さんとは特に親しくもなかったし、連絡先もつながらないし、俺たちじゃどうすることもできねぇよ」

 

「じゃあ、探さないんだ」

「当りま……」

「でも、彼の担当の生徒たちは悲しんでたりするんじゃないの?」

 

 安藤君なら、今回の事件に関して何かしら動くと思っていたのだが……。

 

「アンタなら目の色変えて飛び出すんじゃないかと思ってたんだけど」

「……」

「ねぇ、本当に探しに行かないの?」

「……」

 

 ……。

 

「安藤君?」

 

 安藤君は、虚空をじっと眺めていた。

 目の色が、変わっていた。

 

「小林さんの担当って……」

 

 安藤君はようやく私に目を向けてから、重たげに口を開く。

 

「アイネスフウジン、だったよな」

「え、ええ、でも彼女今は引退してるけど……」

「そうか、ありがとう」

 

 そんな私の言葉尻を聞いていたのか聞かなかったのかわからない内に、安藤君は立ちあがって部屋を出ていった。

 私は唖然としながらそれを見送ったのだった。

 

「なんなのよ……」

 

 一体彼には何が見えているのだろうか。

 

 安藤君。

 彼は間違いなく、私たちとは違う何かを持っている。私たちには見えない何かを見ることができ、聞こえない何かを聞き、知れない何かを知ることができるのだ。

 

 私はふと思った。

 

 彼ならば、或いは私の求める答えにもたどり着くことができるのかもしれない、と。

 

 

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