「小林さん、最近元気なかったからなぁ」
翌日、私は小林さんと仲の良かったらしい後輩のトレーナーに話を聞きに行った。理由はもちろん、小林さんの失踪の原因を探るためだ。
「理由はわかるの」
「さぁ……でもやっぱり、アイネスフウジンさんのことが、ショックだったんじゃないのかなぁ」
「……」
小林トレーナーの元担当にして、彼が初めて契約を交わしたウマ娘。
アイネスフウジン。
デビュー三戦目で初勝利、続く朝日杯フューチュリティステークスであのマルゼンスキーのレコードタイムに並ぶタイムで初G1を制した。
その後は調整不足から弥生賞、皐月賞を惜敗。そのせいか、この時はまだ新人だった小林さんに非難が集中した。
しかし、日本ダービーにて三番人気に落ち着くもののライバルだったメジロライアンの追撃を振り切っての見事な一着を勝ち取り、さらにはダービーレコードまで樹立して見せた。稀代のスピードと惜しみない根性が光る全身全霊の逃げウマ娘。それが彼女だ。
彼女はトゥインクルシリーズで確かな実績と栄光を手にした。しかし栄光のダービーでの激走による代償は大きかった。レース直後にアイネスフウジンは左脚の屈腱炎を発症。結局そのまま、彼女はトゥインクルシリーズを引退せざるを得なくなってしまったのだ。
「小林さん、ずっとそのこと気に病んでましたから」
「なるほど」
それで、失踪、か……。
「弱いわね」
「えっ?」
「こっちの話よ、気にしないで」
「は、はぁ」
他に何か思い当たる原因はないのだろうか。
「そうですねぇ……あ」
「一つだけ」と後輩は指を一本あげてから「この前小林さんの担当だった娘が、成績不振で学園を辞めちゃってですね」
「その際に、どうもこっぴどい別れ方になっちゃったみたいなんですよ」
「酷いって、どんな」
「さあ、子細はわからないですけど、「あなたと出会わなければよかった」みたいなことを言われてたって、同期の一人が言ってましたね……」
「へぇ」
この学園じゃ稀によく見る光景だ。学園に在籍しているトレーナーの半数以上が一度は同じようなことを言われているだろう。
だから別にこれと言って特筆すべきことでもないけど……。
もう少し本人に直接あって詳細を聞いてみたい。しかし彼女がトレーナーである私に会ってくれるかどうか。
などと思考を巡らせていると、私と後輩の横から、安藤君が話しかけてきた。
「福良さん、話しているところ悪いが、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「何よ」
こうして彼が他人を頼るのは珍しいことだった。まあ、トレーナーなんてものは、水面下ではバチバチにやり合っていても、結局はもちつもたれつという協力関係が当たり前と言えば当たり前なのだけど、でも彼の場合、他人を頼るのがある種のフリであることが多く、大抵は大したことで頼ってこない。本当に人を頼りたい面倒ごとに限って、一人で抱え込む癖があるのだ。と、竹中さんが私に「安藤の悪癖だ」とぼやいていた。
「屈腱炎って、人間に当てはめた場合どんな怪我に該当するのかな」
「屈腱炎?」
なんて突拍子のない質問、……いや、そういえばアイネスフウジンは屈腱炎でレースを引退していた。もしかして、アイネスフウジンについて、彼なりに何か調べているのかもしれない。だけどそれはそれとして、私には彼の質問の意図が全く理解できなかった。
「どういう意味?」
「いや、ちょっとした興味というか……」
「……そもそも腱炎事態は別にウマ娘特有の怪我というわけじゃないわ。だけどウマ娘は走りのメカニズムが人間とまるで違うから、ウマ娘の場合屈腱炎を発症したときのリスクが高いけど、人間ならアスリートでもない限り、酷くてもねん挫程度で、大したケガじゃないと思う。ていうか、ウマ娘にしたって命に関わる病気ってわけでもないんだし」
「そうか、そうだよな……」
安藤君はひとりで勝手に納得すると、さっさとその場を後にしようとする。
「悪いな、変なこと聞いて。ありがとう」
「ちょっと待って。今の質問、結局どういう意味だったのよ」
「いやだから、興味本位で聞いただけだって」
ピクピクと眉を動かしながら、安藤君はそう答えた。私がこのまま疑り深い視線を存分にぶつけ続けても、彼は口を割りそうになかった。私が諦めて彼から目を外すと、彼は一目散に部屋から出ていった。
「悪かったわね、話の腰を折っちゃって」
「いえ……」
後輩は何か言いたげな顔つきだった。
「どうしたの?」
「福良さんと安藤さんって、仲いいですよね……」
「はぁ?」
別に仲良くなんかないけど?
そんなこんなの二日後。安藤君がアイネスフウジンを自らのチームに仮入部させ、レースに復帰させる目論見らしいとの噂を耳にした。
あの男何がしたいのかわからないが、どちらにせよあまりにも手が速すぎると思う。
〇
「アイネスフウジンを復帰させるだなんて、どういうつもりかしら」
前からすたすたと歩いてきた安藤君に、私は開口一番にそう言い放った。
「……その前に、なんでここに福良さんがいるんだよ」
安藤君はぽっかり口を開けて私を見据えていた。
「休日にどこにいようが、私の勝手でしょ」
「だからって、なんで俺の車の前に?しかもまだ朝の六時だぞ」
トレセン学園の関係者専用駐車場で、朝の五時からずっと待機していた辛抱がどうやら実ったらしい。
のこのこと駐車場にやってきた安藤君は、私の姿を見るとギョッとしてた。
「アンタこそたまの休みに、こんな時間からどこにお出かけなの?」
「それは……」
「もしかして、小林さんの所に行くんじゃないの」
どうやら私の勘は当たっていたらしい。
カマをかけると安藤君はわかりやすく動揺し、それからなぜが横を向いた。
「どうやって彼の居場所を知ったのよ」
「……知り合いに、探偵みたいな人がいて、その人に探してもらったんだ」
本当か、嘘かわからないようなことを言い出した。
「だったら、私も乗せてってよ」
「ええっ!!?」
「別にアンタのすることを邪魔しようってつもりはないから。でも乗せないなら邪魔するわよ」
「ええ……」
暫く安藤君は唸っていたが、やがてがっくりと肩を落として「わかったよ……」とだけ言った。
「勝手に乗りなよ……」
「ありがと」
それから安藤君は、助手席を開けて私に入るよう促した。ゴネていた割には素直に気が利くじゃない、と遠慮なく乗り込もうとすると、安藤君は突然目の前で開けていた助手席の扉をばたんと閉じた。
え?ちょっと安藤君。嫌がらせだとしても陰湿過ぎないかしら?
「なんで閉めるのよ」
「えっ、……あ」
ドスの効いた私の声を聴いた安藤君は「しまった」と顔をゆがめた後、申し訳なさそうに、
「悪いけど、福良さんは後ろの座席に乗ってくれないか」
「はぁ、まあいいけど」
安藤君は、稀に本当によくわからない。
〇
車は町を痛快に走っていく。
「車通り少ないわね」
「まあ、日曜だし……7時だし……」
「安藤君、休みの間は何してるの?」
「寝てる。福良さんは?」
「寝てる」
「「……」」
お互いになんて休日の過ごし方だろう。まあトレーナーなんてみんなこんなものだろうけども。
「……」
車が走っていく。
安藤君は運転がうまかった。発進や停止の際の反動が少なく、まるで大きなゆりかごに揺られているかのような。走るにつれて重くなってきた瞼を無理やり持ち上げていると、ふとルームミラー越しに安藤君と目が合った。
「到着までまだまだ時間がかかるし、福良さんは寝てたらいいよ」
「……その前にひとつだけ聞いていい?」
「なんだよ」
「あなたって、もしかして他人の心が見えたり聞こえてたりするの?」
「……」
暫く無言で走って、赤信号で停車したところで安藤君は改めて口を開く。
「急にどうした?」
「なんとなく、そう思ったってだけ」
「……見えるわけないだろ。そもそも、「心」なんて影も形もないんだぜ。それを……あっ」
グッと、少し焦ったように車が前に進みだす。
「……まあ、でも、断片的な記憶とかなら、見れる奴もいるかもな。俺はそんなことできないけど」
「ふぅん、じゃあもう一つだけ聞いてもいい?」
私が話しかけている間、安藤君はルームミラーを頻繁に調整していた。またミラーの角度がカクンと変わったところで、安藤君が「なんだ」と眉をこちらに向ける。
「どうして急にアイネスフウジンのために小林さんを探そうと思ったの?」
「俺が小林さんを探しに行くのは……」
そこで安藤君は言葉を切るとともに、ハンドルも左に大きく切った。ハンドルの位置が戻り、車が再び直進を始めると、また言葉を続ける。
「……俺も似たような経験があるからだ」
安藤君はそれから少し押し黙った。何を話すか迷っている、というよりは、これから話す内容を頭の中で整理している、といった類の沈黙に感じられた。
「俺の従妹も、前に一度失踪したことがあって」
従妹が失踪。小林さんも失踪。だから、似たような経験、か。
「といっても、従妹とは小学生の頃によく遊んでいた以来全く音沙汰なかったし、失踪したといわれた中学生の当時は、正直あまりピンと来なかったからショックもほとんどなかったよ」
「従妹はその後見つかったの?」
「ああ、随分時間はかかったけど見つかったよ。一年くらいかな。でも俺にはむしろ見つかった時の方がずっとショッキングでさ。というのも、久々に会ったいとこがさ、俺の知ってる従妹とまるで別人だったっていうか」
安藤君は、手探りで暗闇を進んでいくかのような、そんな慎重さを感じさせる話しぶりだった。
「まあ、だからその……そういうわけで俺はアイネスフウジンの今の心境が少なからず理解できるし、アイネスフウジンが俺と同じような思いをしてほしくないと思ったから、小林さんをできるだけ早く見つけてやりたいってわけだ」
「なるほどね」
「ていうか、福良さんこそどうなんだ。こんな無理やりついてきて、それこそ一体どうしてなんだよ?」
「それは……」
さて、なんと話したものか、と顎に手を当てて考え込んでいると、安藤君が不意に「はぁ!?」と声を荒げた。
「そんな、まさか」
それから、ミラー越しに私に戸惑いの視線を向けてくる。
「なによ、急に」
「ああ、いや」
安藤君はその後「まさか、な……」とかなんとかぶつぶつ言いながら、先ほどとは若干ふらふらとしたハンドルさばきで運転を続けた。
一体何があったのだろうか。安藤君はやっぱりよくわからない人間だ。
『
安藤 「小林さん、アイネスフウジンのためにも学園に戻ってきてください!」
小林 「でも俺は……あの娘にあわせる顔が……」
安藤 「まあそんなこと言わずに、これを食べてみてくださいよ」
小林 「こ、これは…っ!」
安藤 「アイネスフウジンの『ビタミン満天カップケーキ』ですよ。さあ、どうぞ」
小林 「う」
安藤 「う?」
小林 「ゥンまああ~いっ!!!」(昇天)
こうしてアイネスフウジンの気持ちたっぷりカップケーキに身も心も包まれた安藤と小林は、二人仲良く天に昇っていくのでした。
~fin~
』
福良 「……はっ」
福良 「……なんだ、夢か」
安藤 「あ、起きた」
お詫び
起きたら夜中の二時だったので、だからというわけでもないのですがこんなものを書いてしまいました。すみませんでした。