ブルー・ホースマン   作:堂廻り 眞くら

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プロローグ

 

 

「「「スイーツ!スイーツ!スイーツ!」」」

 

 生徒たちの元気な掛け声が聞こえてくる。

 僕と杉原は、夕日を浴びる河川敷にひた走るレグルスのチームメンバーを、ふたりで見守っていた。杉原は嘆息して、チームの先頭を走るラックリーターを顎で示す。

 

「正直よぉ」

「ああ」

「思ってなかったよ。ラックリーター、マジでG1取っちまったぜ」

「そうだな……」

 

 杉原の言いたいことはわかる。

 いよいよラックリーターはG1を見事に勝利してしまった。最初期の、入学当初の彼女を知るものからすると、信じがたい奇跡だった。

 

「杉原」

「ん?」

「お前って、ドーピングとか駄目だと思うか」

「当り前だろ」

 

 杉原は少しだけ目線を僕の方によこして、それからすぐにまた目線を前に戻した。

 

「ルールで禁止されてるだろ?ドーピングで他のウマ娘よりも速く走れるっていうのはどう考えても卑怯だし、ドーピングにどんな副作用があるかもわからない」

「だよな」

「レースはとことんフェアであるべきだろ。じゃないと勝ち負けの意味も、走る意味もなくなっちまうぜ」

「……」

 

 あれはほんのちょっとした思い付きだった。バクシンオーの幻影が姿を消してから暫くがたった頃、俺はふと思い至ってラックリーターに短距離を走らせてみた。その時のラックリーターは中距離用に体を調整していたし、少なくとも短距離のタイムは依然と比べて落ちているか、よくても維持圏内であろう。そうなるはずだった。

 しかし、結果は僕の予想を外れて、ラックリーターは信じられないほどの好タイムをたたき出した。念のため数度に分けて計測したのだから間違いない。ラックリーターは一切短距離のトレーニングをせずに短距離のタイムを伸ばしたのだ。

 

 確証はない、証拠もない。しかし、随分前から予感はあった。僕の「能力」がラックリーターに何かしらの影響を与えているのではないか、という予感が。

 

「じゃあ、ルール上何も問題のないけど、希少で誰も使ってない薬物でのドーピングはありだと思うか?」

「んなモン有るわけねぇだろ」

「仮にあったとしてだ」

「使わないね」

 

 杉原はハッキリとそう言い切った。

 

「フェアじゃない。レースの一ファン、それからトレーナーとしての誇りにかけてそんな事は絶対にしない」

「そうか」

 

 ラックリーターの急成長が、僕の能力によるものだのだとしたら、それは果たしてフェアと言えるのだろうか。

 いや、どちらかというとドーピングに近い気がする。

 当然僕もラックリーターも故意にルールを冒しているわけじゃない。ラックリーターに関して言えば、問題を認識すらしていないだろう。

 

 結局は僕が納得するかどうか、だ。

 

 そんなことを考えている時だった。

 

「おっ」

 

 目の前を、フードを深くかぶったウマ娘が勢いよく走り去った。

 

「今の、うちの生徒か?いい走りだったなぁ」

 

 杉原が走り去るウマ娘の後姿を目で追った。

 

「わんっ!!」

 

 僕と杉原は同時に、大きな声のしたほうを振り向いた。杉原はすぐに目線をまた例のウマ娘に戻した。

 なんてことはない、河川敷を散歩していた犬が突然吠えただけのことだ。飼い主らしい女性が懸命になだめているが、犬の方は一向に吠えるのをやめない。

 

「……」

 

 僕は杉原を置いて、犬の方へ近づいた。

 

「ちょっと失礼」

 

 それから飼い主の女性に断わりを入れてから、犬の頭をなでると、犬は徐々に落ち着きを取り戻し始めた。

 

「あ、ありがとうございます。この子急に吠え出して……」

「いえ。すみません、勝手に」

 

 飼い主の女性は頭を下げてから、この場を後にした。犬は始終振り返って、僕の隣を気にする素振りを見せた。飼い主の女性にはわからなかっただろうけど。

 

「ごめんなさい」

 

 僕は顔を上げて隣を見た。いるのかいないのか、あまりにも希薄な存在がそこにいた。

 

「……」

 

 幻影だ。しかも、その幻影の顔には見覚えがあった。大きなため息が漏れそうになったのを、とっさに堪えた。

 

「あなたが安藤さん、なんだよね?」

「そういうお前はライスシャワー」

 

 僕の言葉に、幻影は両手を胸元へもっていく。

 

「あなたがライスのおねがいを、叶えてくれるんだよね」

「それは、場合による。できないことだってあるから」

 

 ライスシャワーの幻影は、僕に向かって頭を下げた。

 

「安藤さん、ライスを助けてあげて」

「……」

「ライスの、宝塚記念の出走を、止めて欲しいの」

「……」

 

 僕は幻影から目を離して、河川敷を見やった。

 ラックリーターが、チームを先導して、絶えず光り輝く川に沿って走っている。僕には、夕日を浴びている彼女が、宝石のようにキラキラと輝いて綺麗に見えた。

 

 

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