ブルー・ホースマン   作:堂廻り 眞くら

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最終話まであと少しです。
宜しくお願いします




第一章最終話 献身

 

 

 僕は今までに、たくさんの理不尽な目にあってきた。幻影の無茶ぶりにも対応してきた。色々辛酸も味わった。

 僕に備わった能力。

 幻影を知覚し、彼女たちの願いを叶える力。

 これがもし誰かによって、何らかの理由で与えられたものではなく、まして僕の行いの結果でもなく、ただ偶然によって僕に宿ったものなのだとしたら、なんて理不尽な不幸なのだろうと思っていた。

 

 でも、そんなもの。

 

 理不尽で不幸なんてものは、よく考えてみれば世の中にあふれんばかりにありふれているじゃないか。

 

 決して僕だけに降りかかるものじゃない。

 

 万人にそれは訪れる。

 

 

 

 

 連絡を受けてから数日がたった。

 僕は、連絡を受けた病院に向かった。病院にたどり着いた僕は、入り口の前でじっと突っ立っていた。

 

「おい、安藤」

 

 振り返ると、杉原が向こうから歩いてくるのが見えた。

 

「杉原……」

「おう」

 

 僕はすぐに杉原から目を離した。暫く二人無言で、じっと病院の看板やらを眺めた。

 

「……」

 

 僕はあと一時間はそうしていたかったのだが、杉原は堪えられなかったようだ。やがて彼の方から口を開いて、僕に話しかけてきた。

 

「会ったか?」

「いや、まだ。お前は?」

「まだ」

 

 杉原は、じっとこちらを見ていた。僕はそれに気が付かないふりをした。

 

「……俺、行ってくるわ」

「ああ」

 

 少しだけ杉原は僕の前で立ち止まったが、すぐにまた歩き出して、病院の中に入っていった。

 僕はその背中を目で追った。

 

 それからまたしばらく時間がたった。具体的にどれくらい経ったのかはわからなかった。一時間は立ったかもしれないし、十分くらいだったかもしれない。

 

 病院から見知った顔、福良さんが出てきた。

 

「何やってるの?」

「……」

「ラックリーターのお見舞い?」

「まあ、そんなところ」

 

 福良さんの、どこか僕を責めているかのような双眸に、思わず目をそらす。

 

「もう会ったの?」

「いや、……病室には、まだ」

「私は今あってきたところだけど……ああ、そうだ。安藤君に会ったら伝えておいて欲しいことがあるって、医者の人に言われたんだけど」

「……?」

 

 

 

 

 

 

 

「説得……ですか」

 

 病院の中で、僕はリーターの担当医らしい人物と話をしていた。

 

「はい、ラックリーターさんの意思を尊重して、臓器提供を行うようにご両親を……」

 

 臓器提供。

 僕は拳を握り込んだ。

 

「……やっぱり……ダメなんですか?その……ラックリーターは」

「……残念ながら。この数日間脳波は平坦で、自発呼吸はなし。瞳孔は散大して固定、クレアチニンクリアランスも下がってきています。つまり、

 

ラックリーターさんは臨床的に脳死状態ということです」

「……」

 

 脳死。

 それって、死んでいる、ということだよな。僕はなるべく考えを巡らせないように努めながら、口を開く。

 

「あの……説得というのは?」

「ラックリーターさんの所持品の中に、ドナーカードがありました。そして、それには彼女の臓器提供の意思が表示されていました」

「ドナーカード……」

「ええ、まあこの年で持っている娘は中々いないのですが……」

 

 ……そうか。

 

 持ってたのか、アイツは。

 

「我々としては、彼女の意思を尊重したいのですが……ご両親が「娘の死後ならばいいが、今は無理だ」と」

「……」

「しかし、このままでは多臓器不全で移植可能な臓器までダメになってしまいます」

「そうですか……」

 

 ……だめだ。よくわからない。

 考えがまとまらない。

 

「あの……リーターに会いに行ってきます」

「ああ……はい」

 

 僕はそのまま、振り返ることなくその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 病室に向かう途中のことだった。

 

「……あっ」

 

 あれが来た。

 奇妙なあの頭痛が、前兆が来た。僕はハッとして、とっさに振り返った。

 だけど、僕の目の前に現れた幻影は、全く見知らない顔だった。

 

「……」

 

 幻影は病院の白い壁にもたれかかって、腕を組んでじっとその場に佇んでいる。そして頭に特徴的な帽子、サンバイザーを被っていた。

 

「……何?」

 

 暫く見ていると、向こうがこちらにちらりと顔を向けて、不愛想にそう呟いた。

 

「いや、何って……お前、俺が誰かわからないのか?」

「知ってるよ、安藤さんでしょ?で、何?」

 

 これまた今までの幻影とは毛色の違う奴だった。

 

「何か俺に頼みたいこととか、あるんじゃないのか」

「別に、何も」

「そ、そうか……」

「私のことはどうでもいいんじゃない?今は担当の娘が大変じゃなかったんだっけ」

 

 僕は幻影の前に立った。幻影は目を合わせようともしない。

 

「じゃあ、俺からお前に頼んでもいいか?」

「何を」

「アイツの……その担当の娘の怪我を俺に移したいんだ」

犠牲(sacrifice)を使うってこと?無駄だよ」

「どうして」

「あれ、死んだウマ娘には使えないもん」

 

 ……。

 

「リーターは脳死だろ」

「同じだよ。脳死だろうが何だろうが、死んでるものは死んでるのよ」

 

 そう冷たく言い放ってから、幻影はフンと鼻を鳴らした。

 

 僕は彼女をじっと睨んだ。彼女は少しだけたじろいだが、すぐさま気丈に睨み返してきた。その時だった。

 男性の叫び声が聞こえた。

 

「お願いです!!」

 

 僕が目を向けると、男の人が受付に張り付いて、なにやら騒ぎを起こしているみたいだった。

 

「警察に探させてください!!」

「こちらではそういうことは……落ち着いてください、坂上さん」

 

 ……。

 

「放っておけばいいわよ。パパってば病院で騒がしいんだから……」

「パパ?」

 

 しまった、とばかりに顔をしかめる幻影を置いて、僕はその男性に近づいた。

 

「あの、何かあったんですか?」

 

 僕がそう尋ねると、男は、

 

「あ、えっと、あなたは?」

 

「ああ、僕は……」財布から名刺を取り出して「病院の関係者でも、警察でもありませんが」

 

「トレーナーさん、ですか」

「僕でよければ、相談に乗りますよ。それで、何があったんですか」

 

 男はまだ僕に対するわずかな不信を拭えないようだったが、それでも口早に事情を話始めた。よっぽど切羽詰まっているらしい。

 

「実は、私の10歳の娘が腎臓の移植手術を受ける予定なんですが……ドナーが消えたんです。今日手術するはずだったのに」

「どういうことですか?」

 

 近くにいた医師らしき人に問いただすと、医師は戸惑いながらも坂上という男に、

 

「えーと、お話してもいいでしょうか?」

「はい」

 

 と、坂上さんの了承を得てから、

 

「患者さんはサンバイザーちゃん10歳、重い慢性腎不全です」

 

 歩いて移動しながら、僕たちは話を続ける。やがて、大きなガラス壁の向こう側で機器につながれて寝かされている少女が見えた。

 

「クレアチニンや尿素が血液中に蓄積しますので透析を行ってきましたが、状態は悪化」

 

 医師はガラス越しにサンバイザーと呼ばれた少女にちらりと顔を向けて、

 

「現在は週四日四時間の血液透析を行わなければなりません。長時間の透析は子供には耐えがたい苦痛ですがしかし、腎臓が末期の状態ですので」

「なるほど」

「体力のあるうちに生体間移植を行うことになりました。しかし父親はドナーになれません」

 

 医師は、サンバイザーに目を向けた。彼女の頭には、特徴的な耳があった。いわゆるウマ耳と呼ばれるものだ。

 

「そこで、母親がドナーになることに」

「妻とは三年前に離婚して、今は別々に暮らしています」

 

 医師の説明を、坂上さんが引き継ぐ。

 

「術前検査には来てたんです。ドナーになることは承諾してくれました」

 

 そこで、坂上さんは声を若干荒げた。

 

「それなのに今日、病院に来ないんです!電話もつながらないし、家にもいきましたがいません、何かあったのでは……」

「わかりました。僕も調べましょう」

「ちょっと、あなたね……」

 

 医師が若干咎めるような声を上げたが、坂上さんは安堵の表情を思わずといった風に浮かべた。

 

「ほ、本当ですか!?」

「彼女の名前と、住所、電話番号やメールアドレスも一応教えていただけると」

「わかりました!」

「あなたの連絡先も、お願いします」

 

 何やらメモに連絡先を始めた坂上さんをじっと見守っていると、医師が仕方なしといった様子で話しかけてきた。

 

「坂上さんは他に親族でドナーになれる人がいないんです。ドナーになれるのは6親等以内の血族か3親等以内の姻族と決まっていますから。母親がもしだめなら早期移植ネットワークに頼るしかありません。しかしドナーが少なく……」

「安藤さん!こちらのメモに」

 

 僕と医師の会話を遮るように、坂上さんが連絡先諸々の書き出されたメモを僕に渡してきた。

 

「わかりました。何かあったら、僕の名刺の連絡先に知らせてください」

 

 僕は、ガラス壁の向こう側に目を向けた。それから、壁に寄りかかって不満げな表情を浮かべている幻影にも目を向けた。

 

 やはり、二人は似ていた。幻影の方が二回りも大きくはあるが、成長すればきっとこんな感じになるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、ちょっと。何してるのよ」

 

 僕が病院を出て足早に歩いていると、幻影が後を追いかけてきた。

 

「わかるだろ。探すんだよ、お前の母親を」

「余計なことしないでよ」

「余計なことだと?」

「安藤さん、担当の娘が入院してるんでしょ?そっちのお見舞いは言いのかしら」

「……」

 

 僕は立ち止まらずに、幻影の問いに応える。

 

「今は一秒でも無駄にしたくない」

「何を?」

 

 何って……何だろうな。

 

 自分でもわからない。僕が今、何をしたいのか。何をすべきなのか。

 

「わからない……」

「何それ、意味わからないわ」

 

 幻影はそう言って、呆れたようにため息をついた。

 

 

 

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