愛と料理の伝道師、海岡次郎が、IS学園に波乱を巻き起こす。

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ここの短編はフィクションです。実在の人物や製法、団体などとは関係ありません。


【一発ネタ】ISんぼ

 

 

――――この料理は出来損ないだ。食べられないよ 

 

 

 

  

 

 IS学園食堂、いつもは授業より解放された女子生徒達の声で騒々しいこの場所が、今は静寂に包まれていた。 

 その中心に立つのは一人の男子生徒、名は海岡次郎。この世界においてたった二人しか存在しない男性IS操縦者の片割れである。 

 

 「言い過ぎだよ次郎! セシリアだって一生懸命作ったんだから!」 

 

 動きを止めた食堂で、シャルロット・デュノアは言い咎めた。 

 その一言に普段は織斑一夏を中心にいがみあっている第一幼馴染や各国の留学生達もそれに同調し、周りの生徒達も起動して同意し始める。 

 しかし海岡次郎は気にする様子もなく、ほじほじ鼻をほじっていた。 

 不躾な一言を投げ付けられた当の本人、英国代表候補生のセシリア・オルコットは訳もわからず唖然としていた。 

 

――私の料理が出来損ない? 

 

 心の中で言葉を反復する内に、言い知れぬ怒りが沸々と沸き上がる。 

 

「わ、私の料理の何が出来損ないですって!? あなたに私の何が分かりますの!?」 

 

「……はぁ、可哀想に。君は料理の本質を、愛の本質を理解していないようだ」 

 

 必死に鼻をほじっていた次郎は、憐れむような視線をセシリア・オルコットに向け言い放つ。 

 一方セシリアの料理を振る舞われた意中の男、織斑一夏は「あぁ、またか」と苦笑した。

 彼の大事な親友の一人である海岡次郎は大の料理好きであり、一夏に料理を教え込んだ師匠でもある。そして彼が起こす様々な料理関係のトラブルの被害にも数多く巻き込まれていたので、最早こんなことも慣れっこであった。 

 

「次郎、俺もさっきのは言い過ぎだと思うぞ? セシリアは頑張ったんだからさ」 

 

「一夏さん!」 

 

 ああ、やはりこの方は私の理想の殿方だ。とセシリアは目を輝かせた。そして自分の料理と愛を否定した男に目をやる。 

 正直に言ってセシリアは海岡を余り好いてはいなかった。

 彼は普段からぐーたら三昧であり、実技では三歩歩けば転げ回って体力も女子に劣り、座学では盛大なイビキを響かせ教師陣の額に青筋を作る日々。

 セシリアが軽蔑する男性像を体現したかのような人物、まさにぐーたらの権化その人であった。 

 

「でも一夏、この犬の糞を発酵させたかのような汚物がゲロまずかったのは紛れも無い事実だぜ? こんなものを異性に得意気に喰わして何が一生懸命なものかよ。MI6の男性操縦者毒殺計画と言われたほうがまだ納得できるぜ俺は」 

 

 余りにも非道い言い様である。周囲の女子生徒達は殺意のビームを次郎に放ち始め、セシリアは怒りを通り越して眦に涙を浮かべた。 

 

「で? そこまで言っといてアンタはどうしたいわけ? 次郎」 

 

 さすがに不味いと思い、中学時代、一夏と同じく次郎に巻き込まれた経験のある凰鈴音は、フォローするように未だ鼻をほじっている次郎に言葉を掛けた。 

 

「んーそうだなぁ……うん、一週間待って貰おうか。い一週間でセシリア・オルコットを愛の戦士にしてやるぜ」 

 

 次郎は鈴の言葉にニヤッと笑ったかと思えば、周囲に向かってドヤ顔で大言を言い放った。 

 理解不能の妄言を吐いた次郎に周囲の一同はぽかーんと停止、セシリアも「え、私?」と目をパチクリさせた。 

 

「よし! 決まりだな! 次郎! セシリアを頼むぜ! みんなもそれでいいな!!!」 

 

 いい加減めんどくさくなってきた一夏は、強引にこの場をまとめて解散させた。 

 

「悪い癖だぜ次郎……」 

 

「許せ親友、お前のためでもあるんだ」 

 

 二人は拳をぶつけて笑い合った 

 

 一夏には、次郎がドヤ顔をした時は大抵上手く行くという確信もあった。ここ一番で頼れる親友を一夏は心から信頼していたのだ。 

 

「ハァ……全く敵わないわねアイツには」 

 

「海岡次郎……見極めさせて貰おう」 

 

 一夏を慕うハーレム一同は、そんな次郎達を複雑そうに見つめていた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本列島上空 

 

 

海岡次郎とセシリア・オルコットは飛行機で二人、ファーストクラスで快適な空の旅と洒落込んでいた。 

 

「な、なんで私までこんな所にいますのー!?」 

 

 あの後セシリアは気付けば海岡に簀巻きにされタクシーの荷台にぶち込まれて気絶したかと思えば、目覚めると既に遅し空の上、何故か航空機のファーストクラスに座っていたのである。

 そしてその隣では憎っくき男海岡次郎が、豪勢な機内食にもがもがと舌鼓を打っていた。 

 

「あぁん? 君を愛戦士にするって言っただろ? 本人がいなきゃ始まんないからな」 

 

 いかにも高級そうな赤い液体をぐびりと一飲みすると、次郎はドヤァ…顔でそうセシリアに言い放った。 

 

「聞いていませんわよこんな事! 大体IS学園がそんなふざけた事に許可を出すわけが無いでしょう!」 

 

「くけけ、問題ない。総理大臣と学園長は俺の知り合いでね。ちゃんと正当な許可は貰ったよ」 

 

 二人の護衛に関しても、織斑千冬と在日英国大使に弱味をチラつかせて万事問題なしであった。こういうところは存外しっかりしているのである。 

 

「な、そ、そんな馬鹿な話が……」 

 

「ほれ」 

 

 次郎に日本政府と英国大使の書状を突き付けられ、セシリアの頭は真っ白になっていた。 

 

「昔色々あって各国の大使や政府、マスコミのお偉いさんに貸しがあったんだよね。しかも今の俺は世界に二人しかいないIS操縦者。連中を有用に使う事ができるのだ。いやぁ、IS様々だね全く」 

 

 ただの子供が政府やマスコミの弱みを握れるものか。一体何者なのだこの男は。セシリアは海岡という男がさらに分からなくなった。 

 

「……一体どこに向かっていますの?」 

 

「そうだなぁ、君には料理の奥深さを知って貰いたいんだ。ただレシピ通り作るだけじゃあ無いってことをね。それが愛にも繋がるのさ」 

 

 この男が何を言ってるのかさっぱり理解できないのだが今のセシリアには逆らう術もない。愛機ブルーティアーズも、丁度メンテナンスのために身につけていなかった。 

 

「そうだ、京都へ行こう。なんつってね」 

 

「京都…………ですの?」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 京都 

 

 

 

「京都は始めてですが趣があっていいですわね〜」 

 

 飛行機では文句たらたらだったセシリアだが、京都に着く頃には初めての土地に若干興奮していた。 

 

「こら、観光じゃ無いんだぞオルコット嬢、こっちだ」 

 

「わかってますわ!」 

 

 二人が向かった先は京都市郊外の某所にある調理器具専門店の老舗『逢江洲』。包丁や鍋といった手造りの調理器具がなんでも揃う、知る人ぞ知る名店である。 

 

「はぇ〜……伝統を感じさせる見事なお店ですわね…ってあら? 中に入らないんですの?」 

 

「こっちだ」 

 

 次郎は店の正面を通り過ぎ、店の裏手へとズンズン歩いていった。 

 

「あ、ちょっ……んもうっ全く!」 

 

 

 店の裏手には大きな工場の様な建物があり、鉄同士のぶつかり合う音が絶え間なく鳴り響いている。どう見ても関係者以外立入禁止な建物であるが、次郎はなんの躊躇いもなくスルリとシャッターの下をくぐった。セシリアは戸惑ったがここまで来て引けないため、ええいままよと後に続く。 

 

「失礼するぜ」 

 

「お、なんや次郎坊やないか!」 

 

 打鉄の音に負けないような大声が、ビリビリと響き渡る 。

 

「やあ鉄さん。久しぶり」 

 

「ひっ!?」 

 

 奥からヌッと現れた巨漢の姿に、セシリアは思わず奇声を漏らしてしまった。

 なにせ身長3mはあろうかという大男である。しかも上半身は裸であり、鋼の如き筋肉はまるで金剛力士像を彷彿とさせるかのようであった。 

 

「おっ、なんや女連れかい次郎坊! お前のコレか?」 

 

 ニヒヒと下品にニヤつく大男の聞き逃せない物言いに、セシリアは恐怖も忘れムッと顔を顰めた。 

 

「誰がこのような下劣な男と! 私は既に心に決めた殿方がいます!」 

 

「だってさ鉄さん」 

 

 肩を竦めてニヤリとキザに振る舞う姿がまた腹立たしく、セシリアは射殺さんばかりに海岡を睨みつけた。 

 

「ガァッハッハ! なんや、おもろい嬢ちゃんやな!」 

 

 

 巨漢の名は剛鉄鋼。逢江洲の社長の三男坊であり、調理器具を造らせれば京都一と名高い職人である。海岡とは古い付き合いであり、仲良くなるまでは当然なんやかんや事件があったのだが割愛する。 

 自己紹介を済ませ建物の奥にある工房まで案内されたセシリアはその光景に思わず目を奪われた。 

 その空間の棚や机には、色とりどりの磨き抜かれた調理器具がまるで宝石のような輝きを放ちその存在を主張していた。 

 

「凄いだろ? オルコット」 

 

「ええ……でもなんだかこの鍋やお玉、どこか見覚えがあるような……」 

 

「当然さ、IS学園の調理器具は全てここから取り寄せてるんだからな」 

 

「えぇっ!? そうなんですの!?」 

 

 海岡次郎がIS学園に入学するに当たって日本政府にまず突き付けたのは学園内における食の環境改善である。 

 当然それは調理器具から始まり、新鮮な無農薬野菜や魚介類、自由に放牧された家畜まで用意させ、食堂の料理人も次郎が全国からスカウトしてきた精鋭達である。まさに徹底した食への追求であり、そのムチャぶりに政府や学園関係者は幾人もが血の涙と尿を流したという。 

 

 次郎がセシリアの料理をぎったぎたに扱き下ろした一因もここにあった。最高級の環境、道具、食材を使っておきながら完成されたのは形容し難い毒物。

 この様な汚物を次郎の弟子であり親友でもある織斑一夏に食わせる事はまさに全ての食と次郎への侮辱である。

 実は次郎は結構内心煮えたぎっていたのである。と言ってもそんな事はセシリアには知ったこっちゃないのだが。 

 

「鉄さん、鍋を作るところを彼女に見せてやって欲しいんだけど」 

 

「へぇ……ま、次郎坊の頼みなら仕方ないな。ほんなら銅鍋でも行っとこか」 

 

 3、4ミリはあろうかという銅板を引き出し紙型を当てて線を引き、特殊なハサミで切った後に金槌を使って大まかに整え火で加熱し、硫酸で表面を洗っていく。

 ここまで一切の迷いのない素早い作業にはセシリアの素人目で見ても相当な腕の高さが伺えた。 

 

「こっからがええとこや、よーく見ときや」 

 

 ウォーミングアップが終わったとでも言うように、空気がガラリと変質する。まるで鋭い刃物を全身に突きつけられたかのような感覚に、セシリアは思わず息を呑んだ。 

 職人剛鉄の野獣のような眼光が未だ不揃いな鍋を一瞬見据えたかと思えば、瞬間、激しい打鉄音が重奏の如く鳴り響き閃光が走った。 

 

「す、凄い…手元が全く見えませんわ!」 

 

 大雑把だった形状は一気に均整され、セシリアの知る鍋の形へと仕上がっていく。打つ度に銅の張りと光沢が増し、言い知れぬ力あるオーラを纏っていく。 

 

「ただがむしゃらに叩いているんじゃない。衝撃や歪みを一叩き事に計算しているのさ、あの速度でな。それも一つ叩くごとに固くなっていく銅は一切のやり直しが効かない」 

 

「なっ!?」 

 

 それが本当ならば驚愕的である。IS乗りであり、ビットシステムという精密な思考と動作を要求される特殊な武器を使うセシリアだからこそ瞬時に理解した。職人剛鉄の凄まじさを。 

 音が鳴り止むと瞬時、スズと、剛鉄が開発した特殊な塗料を塗って乾かす。そして剛鉄は仕上がった鍋を宙に翳して息を吐いた。 

 

「ふぅ……ま、急拵えじゃこんなもんやな」 

 

 そう言って差し出された茜色に鈍い光を放つ鍋は、急拵えとは思えない程に美しく完成された美であった。 

 

「Excellent!!……これはもう一つの芸術ですわ! 言い値で買いましょう剛鉄さん!」 

 

「お、おう。でも金はいらんわ。そんかしISの話を聞かせてくれなはれ!」 

 

 そうしてセシリアはめでたく最高級の鍋を手に入れたとさ。めでたしめでたし 

 

 

 

 所変わってここは新幹線内部 

 

次郎とセシリアの二人は個室グリーン席でくつろぎながら、駅のPIOSKで買った牛膳弁当をパクついていた。ちなみにこれら旅全ての経費は日本国総理大臣の財布から零れ落ちる予定である。 

 

「オルコット、調理器具を造る現場を見てどう思った?」 

 

「……ええ、素晴らしいものでしたわ。あれらは全てが丹精のこもった芸術品であり、全てに製作者の愛がありました。……なぜ貴方が私の料理に怒ったのかも今ならば分かる気がします」 

 

「そっか……まあ、俺もあそこまで言うことなかったかなー……なんてね」 

 

「ふふ……なんですの、それは」 

 

 当初の険悪なムードから一転、今の二人の間には和やかな空気が流れていた。 

 セシリア・オルコットは己を恥じた。あれ程に完成された器具を使っておいて不味い料理を作ってしまった。しかも料理の基本である味見すらしなかった。

 あれでは愛が無いと言われても仕方がないだろう。一夏さんは私に失望したのではないだろうか。そう考えれば考える程に悲しくなってきた。 

 

「おいおい落ち込んだってしょうがないぜ? 俺じゃ無いんだから一夏はそんな事ぐらいで怒ったりしないさ。今もIS学園で君の帰りを待っている筈だ」 

 

 そんな次郎の励ましの言葉に、セシリアは少しだけ勇気を貰った。 

 そして当初は地上最底辺を這いずり回るゴキブリにも劣る屑の中の屑、アルティメットゴミ糞野郎という次郎への認識を改めたのである。 

 

「では早く帰りましょう! 今の私ならば一夏さんへ最高の料理が作れる気がします! ……そういえばなぜ東京行きの新幹線に?」 

 

「そりゃあ残った時間はまだ一週間もあるからねぇ、取り敢えず次は築地にでも行こうか」 

 

 

 セシリア・オルコットの眼前に座る男は、ニンマリと不気味に笑ってそう言い放った。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからの三日間、次郎とセシリアは日本中を飛び回った。そしてそれは、まさに壮絶の一言であった。 

 

 

 

――海に行っては船に乗り 

 

「も、もうダメですわ……ぎぼぢわ"る"い"ぃ"ぃ"」 

 

「お、おい! ここに吐くな! 海に吐け海に!」 

 

「う、ぼぉ…オロロロロロロロロロロロロ(白目)」 

 

「ぬわーーーーーーーーーーっっ!」 

 

 

 

――山に行っては猪を追い 

 

「そっち行ったぞオルコットーー!」 

 

「逃がしません! マシンガン乱れ撃ちですわ!」

 

「やめろーー!ぬわーーーーーーっ!」 

 

 

 

――川に行っては釣りをした 

 

「釣れませんわねー」 

 

「そうだなー」 

 

「今日まで本当疲れましたわよー」 

 

「期限日近いからね、しょうがないね」 

 

「もう帰りません?」 

 

「うん」 

 

 

 

 そんな訳で二人はIS学園へと帰還を果たしたのであった。 

 

 

 

「次郎! セシリア!」 

 

 3日ぶりにIS学園の門を潜った二人を待っていたのは、次郎の親友にしてセシリアの愛する男性、織斑一夏であった。 

 

「一夏さん!」 

 

 一夏の姿を認めた瞬間、この三日間で積もりに積もったセシリアのあらゆる疲労は芥塵のように吹き飛んだ。

 その変わり様にさすがの次郎も苦笑を禁じえない。 

 

「いきなりいなくなったから心配したぞ二人共。ってなんだか顔色悪いけど……大丈夫か? セシリア」 

 

「全然平気ですわ! そんなことより一夏さん! 私は遂に愛の答えに辿り着きましたの! 今の私は愛に生きるセシリア・オルコットですわ!」 

 

「そ、そうか」 

 

「……もう一度、私の料理を食べてくださいますか?」 

 

 消え入りそうな声で不安そうに自分を見上げるセシリアに、さすがの唐変木織斑一夏も少しだけグッときた。

 この三日間で見識を広げ井の中を飛び出したセシリアは、女としての魅力に磨きがかかっていたのである。

 確認するように次郎を見れば、一夏の目を見て後押しするように頷いた。 

 

「もちろんだ。また、俺に料理を作ってくれるか? セシリア」 

 

 その言葉を聞いたセシリアは、満開に咲き誇る華のような笑顔を浮かべた。普通の男なら一発ノックアウトであるのだがなにせ一夏である。

 ちょっとかわいいなーくらいにしか思ってなかった。無念セシリア 

 

 

 

 

 IS学園、食堂

 

そこには既に一夏と生徒達が集められていた。流石に全生徒は無理なので1組の面々+鈴音のみではあるが。 

 

「三日であの料理がどうにかなるのか……?」 

 

「虎の穴だろうな! クラリッサがそう言っていた!」 

 

「ははは……」 

 

 箒、ラウラ、シャルロットの三人は、先ほど集まった面々に意気揚々と宣言したセシリアに未だ懐疑的であった。

 次郎の料理の腕は知っているが、あの地獄のような料理を生み出すセシリアが三日程度でどうにかなるのだろうか、と。 

 しかし鈴音だけは違った。鈴音は嫌と言うほど知っている。あの男、海岡次郎の影響力を。やるといったら必ずやり遂げる信念の強さを。 

 海岡に相談したが最後、いつの間にか拉致されて毎日のように酢豚を作り続けさせられた地獄の如き夏休みは、未だに悪夢に出るほどの鈴音の忘れられないトラウマなのである。 

 

「まぁ悪いやつじゃないんだけどね…………」 

 

 

 

 こちら厨房 

 

 

「で、セシリア。どんな料理を作るつもりだ?」 

 

「えっと、やはり一夏さんの好きな和食でしょうか……」 

 

 前回は失敗したが今のセシリアならば難易度の高いダシローリングエッグだろうがミソスープであろうが美味しく作れる自信があった。

 持ち前の聡明な頭脳でレシピもしっかり暗記してある。一夏の師匠で親友の次郎ならば好みの味付けも知っているだろう。 

 

「……本当にそれでいいのか? セシリア・オルコット」 

 

 しかし次郎の口からは意外な言葉が飛び出した。 

 

「それは……どういう意味ですの? 海岡さん」 

 

 次郎はコツコツと窓際まで歩いたかと思えば、懐から取り出したる棒状の物体を口に加えふーっと息を吐き出し瞑目した。(注※ココアシガレットです) 

 

「覚えているか? 学期の初め、君が一夏と言い争った時の事を」 

 

「……ええ、あの時の私は視野狭窄で……傲慢でしたわ」 

 

 当時、男という存在を心底軽蔑していたセシリアは、高圧的な態度で一夏に突っかかり争ってしまった。そしてその事をセシリアは未だ心の奥底で引き摺っていた。 

 

「あの時、一夏はこう言ったな『イギリスの飯は不味い』と」 

 

「っ! ええ、でもあれは私が悪いんですの……」 

 

「本当にそうだと思うか?」 

 

「? それはどういう……」 

 

「本当にイギリスの料理はゲロ糞ゴミ不味いのか? 英国代表候補、セシリア・オルコット」 

 

「っそんなことはありませんわ! それは……フランスやイタリアに比べれば目立たないですけど、美味しい料理だってありますのよ!」 

 

 そうだ。色々と言われているが英国だってまともな料理は存在するのだ。

 日本人が毎日寿司を食うか? ノーだ。

 アメリカ人が毎日ハンバーガーを食うか? ……ノ、ノー……なのか? いや、ノーだ!  

 ステレオタイプなんてもう古い。

 それぞれを知って理解することが大事なんだ。ラブエンピース!イェア! 

 

「ならそれを一夏に食わせてやれ。オルコット」 

 

「しかし……一夏さんの好きな料理は」 

 

「オルコット。君はこの三日間で何を学んだんだ?」 

 

「っ! それは…………愛……ですわ」 

 

「君が食べてきた愛は、君のソウルフードは和食なのか? 違う筈だオルコット。誰しもが生まれ育った国で、土地で、料理という愛を食らって育つんだ。なればこそ、それが真に愛情ある料理ではないのか? 俺はそう思う」 

 

 その時、セシリアに電流走る。そうだ、私は覚えている。私の誕生日に母が作ってくれた料理を。普段料理をしない母の料理は決して高級レストランのような美味しい料理ではなかったけれど、私にとって母の料理は紛れもなく世界一の料理だった。

 そうだ、それこそが真の――

 

「愛、だ」 

 

「愛、ですわ」 

 

 そしてセシリアの瞳に紅蓮の如き炎が宿った。『理解』したセシリア・オルコットは、まさしく真の愛戦士となったのだ。 

 

「ここにあるのは全て日本中から君自身が集めた最高の素材だ。これで作る君の英国料理には日本の愛すらも織り込まれる。まさしく愛のレボリューションってやつだな」 

 

「一夏さんと私の……」 

 

「今の君なら出来るさオルコット」 

 

「……セシリア」 

 

「ん?」 

 

「セシリアと呼んでくださいまし、海岡さん」 

 

 その時、セシリアと次郎はお互いを真の友人として認め合った。これもまた料理が生み出した奇跡であろう。

 ラブエンピース、イェアアァ! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしましたわ!」 

 

 

 数十分後、料理を完成させたセシリアと次郎が揃って食堂に姿を表した。 

 

 セシリアのポイズン料理を知っているクラスメイト一同は少しでも吐瀉物の量を減らす為朝昼の食事を抜いており、みな腹を空かせて喉を鳴らしていた。 

 

「最高の……いえ、究極の料理が出来上がりましたわ!」 

 

 いつかを彷彿とさせるセシリアの自信満々な姿に一同は息を呑み、中には遺書を書き出す者までいる。それでも試食を嫌がって逃げ出さないあたり良いクラスメイトであるだろう。 

 

「ま、論より証拠だ。食ってみてくれ一夏」 

 

 やはり緊張しているのかセシリアは慎重に一歩ずつを踏み出し一夏の前に料理を運ぶ、しかし待ち受ける一夏の目に不安は無い。

 一夏は誰よりも次郎を信頼しているからだ 。そして今はセシリアも信頼する1人だ。不味いはずが無い。 

 

 コトリ、と一夏の眼前に置かれた料理はチキングリルやベイクドポテトなど英国の一般的な家庭料理である。主に和食を好んで食べる一夏にはあまり馴染みの無い料理であった。 

 

「美味しそうな匂いだな。これは?」 

 

「英国料理ですわ」 

 

 英国料理、それを聞いた一夏以外の一同はざわめいた。中には泣き出し叫ぶ者もいる。

 やはり英国料理のイメージは良くなかった。それも作る人間が前科ありなら尚更の事である。

 脳内のかけ算によって一同の想像する死亡率がぐーんと跳ね上がったのだ。そりゃ嘆く。 

 

「い、一夏、やめておけ。はやまるな」 

 

 思わず箒が一夏を止める。ラウラやシャルロットも言葉には出さないが同意見のようだ。

 しかし一夏は箸を止めない。その目はしかと眼前の料理を見据えている。 

 

「箒、俺は約束したんだ。それにこれまでのセシリアの努力を信じている。俺は食べるぞ」 

 

「一夏さん……」 

 

 一夏の男気に、セシリアだけではない1組の女子生徒達は胸きゅんハートで揃って顔を赤らめた。恐るべし織斑一夏。 

 

 ハーブと柚子の香りで絶妙に味付けされたチキンを口に運び咀嚼する、その姿を一同が固唾を呑んで見守っていた。 

 

「……………………っ!」 

 

 その時、一夏の眦から涙が零れ落ちた。一体何事かと食堂が座喚く。頬に涙を作った一夏は瞑目したまま動きを止め天を仰いだ。 

 

「一夏! 大丈夫か! 吐け!」 

 

「衛生兵ーー! 衛生兵はまだかーーーー!」 

 

「あわわ」 

 

「はわわ」 

 

 IS学園食堂にパニックが巻き起こる。しかしその中で冷静な者が二人いた。次郎と鈴音である。 

 

「おい待てぃ!」 

 

「しっかり見なさいあんた達!」 

 

 その鶴の一声でてんわやんわの食堂は次第に落ち着きを取り戻した。そして未だに瞑目を続ける一夏に注目が集まる。 

 

「あの、一夏さん。どうでしょうか……?」 

 

 不安な様子でセシリアが問う。今度こそ精一杯作った。下準備を完璧に整えて、味見もした。

 しかし、やはり一夏の口に合わなかったのだろうか? 

 一夏はその問いに、ゆっくりと目を見開きセシリアの不安に揺れる両眼を見据えた。 

 

「…………美味い」 

 

「へ?」 

 

「美味いんだ……この料理には懐かしい暖かさを、愛を感じるんだ」 

 

 賞賛をもって一夏はセシリアに優しい微笑を見せた。その心からの笑顔に女子生徒一同は思わず見惚れてしまった。 

 

「一夏、そのチキンの味や食感に覚えはないか?」  

 

「ああ、これは長崎の……ばっちゃんの育てた鶏だ」 

 

「そうさ、あのババアの家の庭で、セシリアが必死に走り回って捕まえて、自分でシメた鶏だ。それだけじゃない、ここにある料理は、食材も調味料も全てセシリアが日本中から自分で採ってきたものなのさ」 

 

 本来ならば最高の食材を次郎が用意する筈であった。しかしセシリアは全てを自分の手で用意したいと懇願したのである。

 そのセシリアの愛の覚悟に次郎は感動した。

 一週間で全てを集めるのは困難であったが、次郎はこれまで培ってきたあらゆる繋がりを総動員させてそれに応えた。

 それに巻き込まれた総理大臣をはじめとした政府関係者は幾人もが倒れ伏したという。 

 

「そうか……この料理の懐かしい味。次郎と料理修行の旅をしたあの時の」 

 

「ふふ、正直死ぬかと思いましたわ」 

 

 一夏に続いてセシリアの料理を口にした周囲の面々からからは次々と感嘆の声が上がる。

 決して舌がとろけるほどに美味い訳ではない。むしろ普通の味と言えるだろう。

 だがそれがいい、まるで母の愛に包まれたかのような確かな暖かさがこの料理からは感じられるのだ。 

 

「セシリア……すまなかった!」 

 

 箸を置いた一夏は勢いよくセシリアに向かって頭を下げる。その突然の謝罪にセシリアは戸惑った。 

 

「い、一夏さん何を」 

 

「俺は……よく知りもせずイギリス料理を不味いと決めつけ、セシリアの思い出を侮辱してしまった。だから謝らせてくれ」 

 

 そして一夏以外の生徒達からも謝罪の声が上がる。そんな一夏達の姿にセシリアは頭を振った。 

 

「……私にも謝罪させてください皆さん。この三日間、日本中を飛び回って素晴らしい文化と自然を見てきましたわ。私もよく知りもせず一夏さん達の育ったこの国を侮辱してしまったのです」 

 

 そうしてお互いにしんみりとなった所で、次々と笑い声があがり全員が笑顔になった。

 これまでまだ何処かで壁のあった1組の生徒達が、真の意味で一つになったのである。 

 

「セシリア! これ全部食べていいのか?」 

 

「ええ、しっかり食べなさいラウラ」 

 

「おかわりもあるぞ」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 和気あいあいと1組の面々が食を囲む食堂の外で、次郎はシガレットを咥え1人黄昏れていた。そこに1人の女子生徒が声を掛ける。 

 

「なーにカッコつけてんのよ次郎」 

 

「鈴か……あいつらに交ざらないのか?」 

 

「私は2組よ? やってらんないわ」 

 

 深まった1組の連帯感に2組の鈴音はどこかアウェー気分であった。 

 

「アンタまでISを動かしたって聞いた時は驚いたけど、やってる事は昔と全然変わらないわね」 

 

 次郎が行動を起こすのは今に始まったことではない、学校の給食から始まり、あらゆる時と場所で騒動を巻き起こしてきた。

 そしてその度に一夏や鈴音といった幼馴染達は巻き込まれて四苦八苦させられた。 

 

「師匠が言っていた。刃物を使って人を幸せに、笑顔にできるのは料理だけだ、とな。それを伝えるために俺はここに来た」 

 

「師匠って……ああ、あの天道とかいう変質者の事ね…………」 

 

 鈴音も何度か会ったことがある天道という謎の男は、次郎に料理の真髄を叩き込んだと言うだけあって次郎を更に超えた変人であった。

 天道と次郎に感化されて一夏がああにならないように、鈴音ともう一人の幼馴染は四苦八苦したのも今ではいい思い出である。 

 

「一体何処に居るんだろうなぁ師匠は」 

 

「知らないわよそんなの」 

 

 そんな次郎達の背後からヌッと影が覆った。それと共に周囲の空気が凍てついていく。 

 

「随分と寛いでいるようだな? 海岡ァ」 

 

 振り向けばゴゴゴゴゴゴゴと獄炎を背負い、仁王立ちする女性 。

 

「げ」 

 

「ち、千冬さん」 

 

 IS学園の教師であり一夏の姉である織斑千冬である。

 その般若如く怒りに歪む目元には色濃い隈が縁取られ、足取りもどこかふらついていた。 

 

「…………お前達が失踪してから今まで……その後始末に追われていたのは誰だと思っている……?」 

 

 次郎とセシリアが飛び出してから政府や自衛隊、各自治体にマスコミと全国からIS学園に苦情や問い合わせが殺到していた。

 当然千冬達学園関係者一同はその対応と後処理に追われ、三日三晩寝れねー夜を過ごしていた。

 そしてこれからもそれはしばらくの間続くであろう。

 さらに次郎は貴重な男性操縦者であるため退学になる事は決して無く、卒業まで学園に居座り続けるのだ。

 次郎は順調に日本中からヘイトを蓄積させていた。 

 

「取り敢えず来てもらうか海岡次郎……五体満足では帰さんぞ…………」 

 

 幽鬼のようにフラフラと近付いてくる千冬に次郎は恐怖した 

 

「ひぃい!? 鈴! 助けてくれぇ!」 

 

 しかし無情、鈴は既に持ち前の勘と経験に基づき遁走、そこには人っ子一人いなかった。

 

 

「あああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 

 勧善懲悪、悪は滅びるのだ。IS学園に愚か者の断末魔が響き渡ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一台の黒塗りされた高級車がIS学園前にその車体を停止させた。

 

「旦那様、どうぞ」

 

運転席のドアから降り立った角刈りの男が、後部座席のドアを開け降車を促す。

 そこからスッと音も無く和服を身に纏った大柄の男が降り立ち、鋭い眼光で眼前に佇むIS学園を睥睨した。

 その圧倒的な存在感に門前を警備する警備員達の額に冷や汗が流れた。

 

「これはこれは、山原様。よくぞおいでなさいました」

 

 その到着を待っていた壮年の男性が頭を下げた。

 

「久しいですな大原さん。まさかこの様な場所とは思いませんでしたが」

 

「ハハ、少し立て込んでいまして……私もここから離れる訳にはいかないもので……いや申し訳ない」

 

「いえ、それならば仕方の無いことでしょう。おい外川、アレの用意はできているな?」

 

「は、はい。しかと此処に」

 

 角刈りの男、外川に用意させた包を確認すると山原なる男はニヤリと口角を上げ、忌々しげに学園を睨みつけた。

 

「次郎めが……この山原雄海が直々に叩きのめしてくれるわ…………」

 

 

 

 若人賑わうIS学園に、暗雲が立ち込め始めた。

 

 




fin


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