灼熱ろっく!   作:フェンネル

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ヒーロー

体育館の舞台は思ったよりも高く、六弦は安堵した。

1番前に立ち、結束バンドを全身で感じようと構える2人。

やはりと言うべきか、高谷は秀華高校の生徒たちの視線を集めていた。

 

「秀華高校に高谷FCが出来るのも、そう遠くないか……」

 

「大丈夫ですよ。どーせ皆4人しか見ないんで」

 

「……うむ、そうだな」

 

気を取り直して鞄をゴソゴソと探り、ある物を取り出した奏和組。

その直後幕が上がり、楽器を構えた4人が現れた。

それと共に凄まじい歓声が。

 

「喜多ちゃーん!」

 

「喜多ちゃんこっち向いてー!」

 

『は〜い!』

 

まず最初に聞こえるのは喜多への声。

上がる数が圧倒的で、喜多も慣れたように笑顔で返す。

ひとりはそんな喜多と自分を比べて凹みかけていた。

 

「おねーちゃーん!がんばれー!」

 

それでも、彼女を応援するもの者はいた。

カメラを持ち、始まる前から号泣する後藤父。

両手を上げて1番大きな声を出すふたり。

ジミヘンの団扇と共に優しく背中を押す後藤母。

その他にも、

 

「(私のファンの人達……同じクラスの人達も……)」

 

結束バンドは勿論の事、「後藤ひとり」を見に来ている者は大勢いた。

そして1番前には、「今日は特別にカップ酒〜」などと抜かすきくりが泥酔していた。

 

「かっこいい演奏頼むよ〜!うぇーい!」

 

そんな彼女に対し、近くの女子生徒はドン引きしていた。

 

「酒臭っ!」

 

「やばい人入ってんじゃん……」

 

「あっ?ってあれ?ぼっちちゃんなんで無視すんのー?きくりお姉さんだよー?」

 

酒の臭いを撒き散らしながらワカメのように動くきくり。

悪い意味で圧倒的に目立っていた。

 

「てめーは……そろそろいい加減にしとけ!」

 

そんなきくりに、見かねた星歌は技をかけた。

完全に極まっている。

 

「あっ……い、いや先輩……ギ、ギブ───うっ」

 

ゴキッ、と音が鳴った。

これには喜多も苦笑いで、ひとりは知り合いと思われたくないため下を向いたままだった。

そろそろ大人しくなったかと客の方を見ると、きくり達の隣に見覚えのある男2人組が目に入った。

 

「ごっちゃーん!かっこいいよー!!」

 

「こっち向け後藤ォ!!」

 

多少見た目から来る柄の悪さはあれど、とても熱の入った応援である。

 

【やっちまえごっちゃん】

 

【ぶちかませ後藤】

 

と書かれたうちわで、奏和組がひとりを見ていた。

きくりが悪い方向で目立っていたために見られていなかったが、ひとりはその応援で体が熱くなるのを感じた。

 

「魅せてみろ後藤ー!!」

 

「ごっちゃん頑張ってー!!」

 

2人は完全に結束バンドもといひとりの限界オタクで、ひとり以外の3人からは顰蹙を買っていた。

 

「(私だって歩さんの応援欲しいのに!)」

 

「(高谷はともかく、歩は私用のうちわ作って来ると思ってた……)」

 

「(えー……2人とも応援してくれないのー?)」

 

だがそれに気づかず2人はうちわを振っていた。

ここで六弦が3人、特に虹夏の視線に気づいた。

 

「よく考えれば、後藤だけ応援するのもおかしな話だ」

 

「でも……このうちわ、ごっちゃんの名前しか書いてないですね」

 

「…………」

 

2人はスッとうちわを裏向け、最初から無地のうちわだったとでも言わんばかりに、誤魔化すように振っていた。

 

「虹夏ー!見てるぞー!!」

 

「虹夏ちゃーん!えぐいドラムかましちゃってー!!」

 

それでも応援に嘘はなかった。

奏和組が鈍感を晒したところを、ムスッとした顔で睨む喜多。

その隣で何も言わずジッと見つめるリョウ。

そして満足気な虹夏と、応援を欲しがるひとり。

少しカオスになりつつあった。

 

「(いやーこれ、結構いいね)」

 

虹夏は少し照れながらも、応援を噛み締めていた。

 

『歩さんっ!』

 

喜多が六弦の名を呼んだことで静まる会場。

まるで時間が止まったような空気になったが、それを気にせず喜多は前口上を述べた。

 

『え~気を取り直して……私達結束バンドは、普段は学外で活動してるバンドです。今日は私達にとってもみんなにとってもいい思い出を作れるようなライブにします!それでもし興味が出たら、ライブハウスにも見に来てくださーい!』

 

観客は気を取り直して歓声を上げた。

盛り上げ上手の喜多の性格がここで大きく活きていた。

 

『それじゃ1曲目いきまーす!結束バンドで───』

 

それを見計らったように、虹夏がドラムスティックでテンポを合わせる。

 

「(ふんだ!歩さんも高谷くんも、後で謝っても遅いんですよ!)」

 

若干拗ねつつも、笑顔で手拍子する喜多。

 

「(……ま、歩はベースで魅せれば褒めてくれるからいいや。高谷は後でお仕置き)」

 

楽しい未来を想像し、余裕を崩さぬリョウ。

 

「……!」

 

3人がそんなことを思いながら演奏の準備を始めると、高谷は目を見開いた。

 

「高谷?」

 

「いや、なんでも……」

 

「……ん?」

 

ここで、六弦も眉をひそめた。

奏和組は2人して真顔になってしまう。

 

そんな中結束バンドの演奏が始まると、先程の静寂が嘘のように、観客一同手拍子でノリノリになっていた。

前奏はとても爽やかだった。

そして新曲なので、六弦と高谷は真剣に聞いていた。

隣にいるきくりも目は向けずニヤッと笑う。

 

「(2人は結束バンド大好きだから、逆に盛り上がらずガチで聞いちゃうんだよねー)」

 

「六弦さん」

 

「わかっている。今は後藤に委ねろ」

 

「……はい」

 

奏和組は、互いに理解していた。

高谷は聴力で確実に、六弦は動きの差で大まかに。

きくりもひとりを見た直後に少し表情が強ばったことから、気づいたのだろう。

そして、ひとり本人も少なからずそれを感じながら演奏していた。

 

『ありがとうございました!1曲目、「忘れてやらない」でした!』

 

だが、体育館内の9割はそのことに気づいておらず、ライブはそのまま進行していく。

 

『それじゃあ次の曲の前に結束バンドのリーダー、ドラムの伊地知虹夏先輩です!』

 

『皆さん初めましてー!盛り上がってますかー!?』

 

観客はそれに歓声で答えた。

 

『うちのベースの山田リョウいわく、結束バンドはMCがつまらないそうでして。どの口がー!って思うんですけど面白いトークできるようになるまでライブ告知だけにしときますねー』

 

くすくすと笑う観客。

 

『って…まだ次のライブの予定はないんですけど。もし気になるーって人が居たらボーカルの喜多ちゃん……』

 

「「喜多ちゃーん!」」

 

にこやかに手を振る喜多。

 

『ギターのぼ…後藤ひとりちゃんに今度声かけてください!……それじゃ次の曲行こっか』

 

『はい!それでは聴いてください!2曲目で「星座になれたら」!』

 

そして2曲目が始まった。

その様子を見て、星歌は微笑む。

 

「割と頑張ってんな」

 

1曲目とは違う静かな曲調で、ゆっくりと進んでいる。

観客や素人目に見れば順調である。

 

「ですねー。でもぼっちちゃん……」

 

きくりにはなにか思う所があるようだ。

だがそれを口には出さず、横の奏和組を見る。

大多数は曲に聞き入っているが、奏和組は異なる反応を見せていたために、きくりにとっては異様に目立った。

2人はそれぞれ表情こそ違えど、何かに焦っているのは明白だった。

 

「(……あ、これ歩くんも煉くんも気づいてるな)」

 

高谷は冷や汗をかいている。

耳がいい事でより確実に事態を把握しているからだろう。

対して六弦は冷や汗こそかかないが、落ち着かない様子だった。

 

「(歩くんはベースだよね?煉くんも楽器については素人なのに凄いな)」

 

当のひとり本人は、誰よりも焦っていた。

 

「(やっぱりおかしい……昨日までなんともなかったのに……1、2弦のチューニングが異常に合わない……)」

 

「(……!やべぇ!)」

 

高谷の危惧した事は、サビに突入した辺りで遂に起きた。

 

「(あっ、1弦が!)」

 

よりによって弦が切れたのである。

 

「(まずい…… せめて2弦のチューニングだけでも!……っ、ペグが故障して……!)」

 

「(あれじゃ2弦も使い物にならない……これじゃソロ無理だぞ)」

 

きくりは珍しく酔いが覚めたようで、真面目な顔でひとりを見ていた。

否、あまりのアクシデントに酔いが覚めつつあった。

つまりまだ酔ってはいるが、今のような非常時においては思考、判断力共に真面目になっている。

実際のところはきくり本人にしか分からないが。

 

「(折角の文化祭ライブが台無しに……どうしよう、どうしよう

……!)」

 

対策をするにはあまりにも時間が足りない。

正に絶体絶命。

演奏しているひとり本人が諦めかけていた時、右隣の空気が変わった。

 

「(喜多さん……!)」

 

それを見てひとりは勿論、六弦と高谷までもが驚いていた。

喜多がソロでギターの演奏を始めたのだ。

それもアドリブで。

ひとりの現状を見ての咄嗟の判断だった。

弾きながら、彼女は笑った。

 

「(皆に見せてよ、本当は後藤さんは、すごくかっこいいんだってところを!)」

 

喜多が信じるような視線を向けると、それに気づいたひとりの中で、彼女の強さ、「ギターヒーロー」が顔を出し始める。

 

「(アイデア……何か、何か……!)」

 

『皆のマイナスを吹き飛ばしてくれる存在ってこと』

 

この緊急時に、高谷の言葉がちらつく。

それは、余計な思考ではなかった。

舞台の下にいる高谷をちらりと見れば、目が合った。

 

「(高谷さん……!)」

 

『簡単に言えば───』

 

高谷は不安げではなく、「信じている」と言いたげな強い目でひとりを見ていた。

疑うことなくひとりを信じている。

それは、無責任な期待なのかもしれない。

いつもの自己肯定感の低いひとりであれば無理だと決めつけていたかもしれない。

 

『ヒーローだよ』

 

だが今回、ひとりが萎縮することはなかった。

それどころか、このアクシデントを冷静に受け止められていた。

自分を信じてくれている者に魅せるためにも、その顔つきはより真剣なものへと変わる。

そして、周りを見てきくりの空になった酒瓶を使い、ボトルネック奏法を駆使して乗り切った。

 

「この土壇場でボトルネック奏法とか普通やるかぁ?」

 

「あれならチューニングズレてても関係ないもんね!」

 

これには星歌やきくりも驚き笑顔になった。

そして奏和組は、ひとりに釘付けになっていた。

 

「ごっちゃん……カッケェ……!」

 

高谷はより一層、六弦も改めてひとりに尊敬の意を向けていた。

 

「(凄まじいな……高谷の言うことも、少し分かった気がする)」

 

カバディと音楽では分野が違うが、今ひとりが成し遂げた事がどれだけのものか、2人は直感で理解した。

そしてアクシデントを乗りきった事で2曲目の演奏も無事に終えることができ、会場はさらに盛り上がっていた。

そして2曲目終了後。

 

『あ~……えっと……ほんとは続けて最後の曲行くところなんですけど………これだけ言わせてください!』

 

会場と共に気分が上がっていた虹夏は、とても嬉しそうに言った。

 

『今日は本当にありがとー!!』

 

観客もそれに応えるように歓声を上げる。

 

『この日のライブをみんなが将来自慢できるくらいのバンドになりまーす!!』

 

「いいぞー!」

 

「武道館行っちゃえー!」

 

今この場で、観客全員の心は1つになっていた。

最高のライブであると。

ここにいる者達はこの先、結束バンドという存在を忘れることはないだろう。

 

「ご…なんとかさんもよかったぞー!」

 

その中でアクシデントを乗り越えたこともあってか、元は薄かったひとりの存在感は、名前は覚えられていないにしても、観客が認識できる程度には強くなっていた。

 

「弦切れたのに頑張ったねー!」

 

ちらほらとひとりへの褒め言葉という、彼女が欲しがっていたものが飛んでくる。

だが、ここで更なる緊急事態が発生してしまう。

 

『ほら後藤さん!一言くらい何か言わなきゃ!』

 

ひとりが褒められているのだからせっかくなら、とでも思ったのか、喜多はひとりにマイクを向ける。

要はコメントを求めていた。

 

『えっ?』

 

だが、それはひとりにとっては無茶振りであり、すぐにこなすのは簡単ではなかった。

 

「(コ……コミュ障は事前に台本作っとかないと喋れないのに……よ、予想外のフリされたら……)」

 

周りを見渡すと、観客もひとりのコメントを期待していた。

対してひとりは、

 

「(何が面白いこと……何か面白いこと……)」

 

青ざめていた。

それでも、期待に応えるために必死で頭を回している。

 

『後藤さん?』

 

「何か……面白いこと……」

 

呪文のように繰り返しながら、焦るひとりの目にカップ酒が目に映ってしまった。

 

「……ハッ」

 

そして何を思ったのか、SICKHACKのライブを思い出して、きくりと、同じように観客席に向かって舞台から飛んだ。

あまりの奇行にか、観客全員の脳が全く予測していなかった故か、体育館全体の時間が止まる───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっ……と!」

 

そして、飛んできたひとりを受け止めたのは、高谷だった。

六弦には及ばないとしても、高谷自身パワーが無いわけではない。

よってひとりを受け止めるくらいなら全くとはいえずとも問題はなかった。

 

「わー煉くん力持ちー!」

 

とはいえ実際重さもかかってしまうため、力を入れて受け止めた結果、抱きしめるという結果になってしまっていた。

恐らく普通に受け止めた場合、2人は床に倒れ込んでいた。

その衝撃で怪我をする可能性はあったので、結果として良いキャッチであったと言える。

 

「(うーむ、1度なら問題はないだろうが、膝に負担がかかるな)」

 

そのキャッチに対して、六弦はスポーツマン故高谷の身体的負担について考えていた。

 

「(だが今は、後藤が何ともなくて良かったか)」

 

その思考を他所に、良くか悪くか、一番ダメージを受けているのは誰あろうひとりであった。

 

「た、たた高谷さ」

 

「ごっちゃん!」

 

高谷はあまりの感激ぶりに、ひとりの言葉に反応せずそのままの状態で話を続けた。

 

「はっはははい!?」

 

「マジでかっこいいよ!」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「ごっちゃんから目離せなかったし、ゾクゾクしてさ、超楽しかった!」

 

「あ、あわわわわ……」

 

目を輝かせて嬉しそうな顔で言っていたものだから、ひとりは言おうとしていた事を言えずにいた。

 

「ほんっっとにすげぇよ!!」

 

最大級の笑顔を向けて。

 

「───あぅ……」

 

キラキラした目で面と向かって、自分の事を直球で褒めるという、慣れていないことの連続にひとりの頭はショートした。

 

「あ、あれ?ごっちゃん?」

 

簡単に言えば意識がトんでいた。

加えてぐるぐると目を回している。

 

「ごっちゃーん!?」

 

普段ならばもっと褒めてと思いながら謙遜する所だったが、今回ばかりは状況やら何やらが上手く重なりすぎたため、ひとりはあまりの嬉しさと恥ずかしさに、本能的に意識を遮断したのだった。

 

「ろ、六弦さん、これどうしたら……」

 

「ひとまずは保健室にでも運ぶなり誰かに頼むなりしよう。目が覚めた後に改めて労ってやれ」

 

「そ、そっすね。」

 

とりあえず高谷は保健室へと駆けていた。

六弦は結局こうなるのかと少し頭を抱えた。

 

 

 

 

 

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