『じゃあ早速1曲目いきます……聴いてください!私達のオリジナル曲で、ギターと孤独と蒼い惑星!』
演奏が始まり、喜多の歌声と共に流れるオリジナル曲。
そのパフォーマンスは、良いと言えるものではなかった。
「(なんか……虹夏ちゃんさっきからドラムもたついてるな……)」
ギターを引きながら、ひとりは思う。
「(喜多さんも……リハでできてたのにずっとミスってるし……リョウさんも虹夏ちゃんと息が合ってない)」
曲が進むにつれて、それは増える。
「(みんな……いつもと全然違う!)」
オーディションの時とは全く違う、悪い意味でのライブだった。
観客の反応は様々で、色々な人間がいた。
不安そうな顔をする者や気怠そうな顔をする者、余裕を崩さない態度、そして───
「…………」
「…………」
真剣に、4人を見つめる者。
『ギターと孤独と蒼い惑星でした……』
六弦と高谷と少し離れた場所におり、演奏に僅かながらノっていたきくりは、1曲目が終わった間に横目で2人を見た。
「(あの2人……)」
2人の表情は、真顔。
無関心で冷たいものではなく、結束バンドの4人を見て、何かを待っているようだった。
「 やっぱ全然パッとしないわ」
「早く来るんじゃなかったねー」
ライブハウス内が静か故に響くその声。
『あ……えっと……』
『喜多ちゃん!次の曲紹介しないと』
4人の中でも喜多が特に堪えているようで、虹夏に促されなければ数秒固まったままだった。
『は……はい!次も私達のオリジナル曲で、つい先日できたばかりの曲なんですけど……』
喜多が曲紹介をし、3人が少しばかりマイナスなことを想像する中で、ひとりは別のことを考えていた。
「(私たち、演奏も曲もまだまだだ……)」
けれど、そんな自分を応援して、期待して、自分のためにライブを見に来てくれた者がいることを、ひとりは痛いほど理解していた。
「(六弦さんだって、高谷さんだって、お姉さんやあの2人だって……!)」
高谷に激励されたからか、ひとりがこの場でギターヒーローになりつつあるのか、彼女の頭は今、感情のままにギターをかき鳴らしたい衝動でいっぱいだった。
「(虹夏ちゃんやリョウさん、喜多さんもこのライブに向けて頑張ってるんだ!だから!)」
そして我慢できなくなった彼女は遂に───
「(このままじゃ……嫌だ!)」
ギターヒーローの片鱗を、見せ始める。
『!』
客どころか、結束バンドの3人も驚くひとりの暴走。
控えめな動きとシンクロするかのように、ギターは酷く丁寧な音を奏でており、確実に客の目を引いていた。
「……やっと来たね、ごっちゃん」
夢中でギターをかき鳴らすひとりを見て、高谷は嬉しそうに笑う。
隣の六弦もほう、と感嘆の声を漏らした。
「(……上手いな)」
そして、先程まで携帯を見ながら無反応だった観客たちも、全員が顔を上げてひとりに注目していた。
「2曲目か」
ひとりがギターを引き終えると同時に、音響のアシストにより連なって2曲目が始まった。
「六弦さん」
「ん?」
2曲目を聞いている途中急に呼ばれ、隣を見る六弦。
するとそこにいたのは、少しの冷や汗と、心から楽しそうに笑う高谷だった。
「マジでいいっすね……このバンド……!!」
それを見て気分が高まったことで、六弦も口角を上げた。
「あぁ」
今この時、客全体の視線、耳、ライブハウスの中を取り巻く空気全体が、結束バンドから離れずにいた。
星歌ときくりは分かっていたようにドヤ顔を、他の観客達は衝撃を受けると共に鳥肌を。
「最高だ」
そして、笑顔を。
2曲目が流れている間、一瞬たりとも結束バンドから目を離す者はいなかった。
「ちょっといいじゃん……」
「ね……」
演奏終了後、客の零す感想は様々だった。
「めっちゃかっこよかった!」
「ねー!」
ただ、結束バンドを「良い」と思っていることだけは、STARRYの中の全員に共通していた。
「ふふん」
「(見事なドヤ顔)」
星歌のドヤ顔を隠し撮りして笑うきくりと、気付かず首を傾げる星歌。
「(へへっ)」
「?」
一方結束バンドの4人は。
「はぁ……はぁ……」
暴走してしまったことを自覚したひとりは、慌てて後ろを向く。
「……!」
ひとりの目に映ったのは、親指を立てて笑う虹夏と、ひとりの目を見て微笑む喜多と、よくやったとでも言いたげにひとりを見るリョウだった。
「(高谷さん……!)」
そして拳を突き出す高谷と、何も言わず頷く六弦を見て、安心したようにひとりは笑った。
『2曲目、あのバンドでした!じゃあ次ラストの曲です!』
雨は、上がっていた。
○○○○○
「「「「「「かんぱーい!!!」」」」」」
打ち上げの中で、しれっとついてきたきくりを受け入れると共に、今日のライブについて語り合う面々。
「ライブ最後は大盛り上がりでよかったね~」
「観客10人くらいでしたけど」
「でもその人達は全員満足してくれたじゃん」
「ですかね」
そしてひとりは、真っ白に燃え尽きていた。
ギターとマイクの妖精と一緒に、天に召されようとしていた。
声かけにより調子を取り戻したと思いきやぼっちタイムを発動し、顔面崩壊した後、どこぞのハンサムのような顔に手直しされていた。
「そういえば郁代」
「!」
「今日のライブ、ギター初めて3か月かそこらでよく頑張った」
「あ……ああ……」
リョウに呼ばれ、わなわなと震える喜多。
呼ばれた名前の主がわからずきくりは質問した。
「え?郁代って誰だっけ?」
「あ……ああ……だ……誰でしょうね……そんなしわしわネーム、だっ、誰の事かな~……」
「お前の名前だろ!」
きくりの質問に星歌が答えると、喜多は答えて欲しくなかったと言わんばかりに顔面崩壊を始めた。
「あ~喜多ちゃんか~」
「その顔伝染するんですか」
「あーあー!ずっと隠してたのに!この名前嫌なんですよ~!」
「なんで?かわいいじゃん」
「うん」
名前を呼ばれて顔面崩壊する理由がピンと来ず、思ったことを話す星歌。
それに対して喜多は、星歌の名前は素敵ネームだろうと噛み付いていた。
「店長さんには分かりませんよ〜!だってダジャレみたいでしょ!?「きたーいくよー」って。あはは!あほか~い!あはは!あははは!」
「おい。ぶっ壊れたぞ」
目をぐるぐる回しながら頭のネジを飛ばした喜多を見て、リョウは楽しんでいた。
喜多劇場か始まっている最中、きくりはひとりの方へ移動していた。
「で~、さっきの話だけど」
「え?」
「ほら~。ギターで食えないとニート~とかぶつぶつ言ってたじゃん」
「あっ……あっ!取り乱してすいません!」
「ああいや、謝ることないけど…… 先輩バンドマンとして一言言わせてもらうけどさ。ま、気楽に楽しく活動しなよ」
いつもの呑んだくれな雰囲気とは違う妙に刺さる物言いに、ひとりは少し違和感を感じた。
「漠然と成功することばかり考えてると辛くなっちゃいますもんね」
「そうそう。夢を叶えていくプロセスを楽しんでいくのが大事だからな」
大人達の経験を踏まえての言葉。
ひとりは聞き入っていた。
「え?……うわっ!?」
そしてちらりと隣を見れば、沈んだ喜多が虚ろな目で何やら呟いていた。
「私のフルネームは喜多喜多です……」
「ぷっ。なんか弱ってるの新鮮で面白い」
「お前性格悪いな」
「な、なな……」
あまりの出来事にひとりは口をぱくぱくさせて戦慄していた。
「あー、下の名前が嫌だとかでそうなってるんだって」
「ぼっちちゃんみたいだねぇ!」
「(ふ、不名誉すぎる!喜多さんごめんなさい!)」
本当に不名誉ながらひとりと同じような状態になってしまった喜多だった。
星歌がそれに至るまでの過程を思い返すとある矛盾に気づいた。
「ん?でも六弦くんには呼ばれてるよな」
「!」
「確かに」
六弦の名前を出すと、喜多は調子を取り戻すも、少し恥ずかしそうにしていた。
「あ、歩さんとはその……リハビリ中だから良いんです!」
「何それ」
「い、いいじゃないですか私のことは!今はほら、後藤さんを労ってあげましょうよ!」
強引に誤魔化そうとする喜多だが、大人3人組は食らいついて話そうとしない。
「そういえばリョウとの話は聞いたけど、喜多ちゃんの話聞いてないな。教えてよ」
「あ、私も聞きたーい!」
「わ、私の話は……!」
「えー教えてくれたら歩くんの推し教えたげるからさー!」
天啓。
リョウと喜多の頭に雷が落ちた。
「郁代、話して」
「ううっ……!」
六弦の推しを知れるとあってはなりふり構っていられないリョウは即座に話すよう促し、喜多は推しを知りたい気持ちはありつつも話したことで名前呼びが増えることを恐れていたが、結局リョウの顔面に迫られたことで断りきれなかった。
「もう……ちゃんと教えてくださいね?歩さんの推し」
「もちろん!」
「(歩の推し、私だといいな)」
「(私の事、推してて欲しいなー……)……あれは、私が公園でいた時───」
喜多は、リョウと話した時のように少し申し訳なさそうな気持ちで話していたが、話が進むにつれて嬉しそうな顔をしていた。
「───と、こんな感じです」
喜多と六弦の馴れ初めを聞いた大人3人組は、眩しい青春と恋を知って目を押えつつ、そのダメージを酒でカバーするため、追加で注文していた。
「……いい話じゃん。鳥の糞ってツッコミどころ満載だけど」
「そりゃ救われるよねー!」
「素敵な出会いですねぇ」
哀愁を漂わせながらちびちび酒を飲む3人組。
喜多とリョウは何も言えず、見ることしかできなかった。
「そ、そういえば!約束守ってもらいますよ!」
「んぇ?約束ぅ?」
「はいっ!歩さんの推しを教えてください!」
「あー、言ってたねぇ」
リョウと喜多、2人の目が光る。
「「誰なんですか!?」」
「うぉっ!?」
犯人に迫る刑事のような勢いで質問する2人を前に、酔いが覚めつつあったきくりは、咳払いをして間を置いた。
「えー、その前にここで───」
「ちなみに高谷さんの推しは後藤さんだと知っているので無駄ですよ!……ってあれ?伊地知先輩と後藤さんは?」
「ちょっと外に出てるだけ。それより推しを聞く」
瞬きせず見つめる2人に、きくりの方が気圧されてしまう。
酒が回っていることを確認しながら、いつも通りのテンションで発表を始めた。
「歩くんの推しはねぇ……」
「「…………」」
ライブよりも緊張していると言ってもいいほど、鼓動が速まる2人。
六弦の推し、つまり1番見られる者が誰か分かる機会。
逆に言えば、六弦が目を離せずにいる存在。
それが自分であって欲しいと、強く願っていた。
「……妹ちゃんでーす!」
「えっ」
「……虹夏?」
「それ本当?六弦くんが言ってたの?」
喜多とリョウだけでなく、星歌の方も面食らってしまい、思わず質問を投げかけた。
「ほんとほんと。ちゃーんと聞いたよ?」
「私はリョウか喜多ちゃんだと思ったんだけど……理由とかあんの?」
「んーと、大黒柱ーとか、全体で見るならーって」
「……なるほど」
星歌は前の座敷で固まっている2人を放置し、きくりを腕で雑に巻き込んで内緒話を始めた。
「……つまり人として見た推しは、まだ決まってないってことだよな?」
「うん」
「虹夏が結束バンドの皆を支えてるから、推してるってことだよな」
「そうだよ?」
きくりを解放し、まだ固まった2人を見て虹夏のことを考えた星歌は、ふと思った。
「2人には悪いが、虹夏を推したままでいてほしいな……」
「先輩どうしたの〜?」
「ん?六弦くんが虹夏を支えてくれたらなって思ってさ」
星歌がそう思った理由は、六弦の第一印象にあった。
「えー?妹ちゃん任せられるの?」
「どういう意味だコラ」
「いやーなんでもー?」
「……六弦くんは真面目だから、空回りしがちな虹夏とは相性いいだろ」
星歌なりに考えた末の結論は、きくりにとっては謎を感じるものだった。
「空回りしてんのって先輩じゃない?」
「あぁん!?」
「あがががが!!」
星歌のアイアンクローを喰らい、悲鳴をあげるきくりと、それを止めるPA。
店内でそんな一幕が繰り広げられている中、店の外では虹夏とひとりが話していた。
「今日の演奏見て気づいたんだけど、ぼっちちゃんがギターヒーロー……なんでしょ?」
「……え?」
唐突過ぎる指摘に、反応が遅れたひとり。
「いや……あの……ちっ……違う違う……」
「あのキレのあるストロークを聴いたらわかったよ~。今更だけどそういやギターも一緒だし」
確信を持たれてる以上、慌てて否定したところで無駄だった。
「(誤魔化すのは無理か……)えっと……そうです。でもわざと隠してたんじゃなくて……い……今の私なんかまだ全然ヒーローじゃないし……この性格を直してから話したかったんです。と……特に虹夏ちゃんには……」
虹夏は何も言わない。
その数秒の沈黙が、ひとりの口を半ば強制的に開かせた。
「わ…私と知ってショックですか?」
「ううん。むしろぼっちちゃんでよかったと思った」
「え?」
「あのさ、私本当の夢があるって言ってたよね」
虹夏が語り始めたのは、STARRYが出来た経緯だった。
幼い頃に母親が亡くなり、父親はいつも家におらず、家族と呼べるのが姉の星歌しかいなかったという。
「お姉ちゃんがバンド始めてからは寂しがる私をライブハウスに連れて行ってくれるようになったの」
その頃の虹夏にとって、ライブハウスは全てが輝いて見える幸せな空間だった。
「そんな私を見てたからお姉ちゃんはバンドをやめてライブハウスを始めて……スターリーはね。お姉ちゃんが私のために作ってくれた場所なんだよ。お姉ちゃんは絶対そんなこと言わないけどね」
だからこそ、その時虹夏は強く思った。
「私の本当の夢はね。お姉ちゃんの分まで人気のあるバンドになること!スターリーをもっと有名にすること!」
そう言い切るも、虹夏は少しして暗い顔に変わった。
「でもバンド初めてみたら、私の夢って無謀なんじゃないかって思う時もあって。今日だってみんな自信なくしちゃったし……でも……とんでもなくやばい状況をいつも壊してくれたのが、ぼっちちゃんだったよね」
当時のことを思い出せば、暗い顔にもなってしまう。
だからこそ自分を救ってくれたひとりに対して、虹夏は信頼を置いていた。
「今日のぼっちちゃん、私には本当にヒーローに見えたよ」
「!」
そんな風に言われたのは初めての経験だったので、ひとりは喜ぶでもなくただ驚いていた。
「(……皆大事な想いを抱えてバンドに託してるんだ)」
虹夏の言葉のおかげで、ひとりの中の意思が固まっていく。
「に、虹夏ちゃん!」
「んー?」
「わ、私は……ギタリストとして、皆の大切な結束バンドを最高のバンドにしたいです!……こっ、これが私の想い……です。虹夏ちゃんに……結束バンドに託します」
ひとりは虹夏の手を握りながら強く言った。
「……うん、託された!」
それを聞いてひとりの想いを感じた虹夏も、手を握り返した。
「あ~、ぼっちちゃんの演奏が動画の時みたいに毎回発揮できたらいいんだけどな~」
「が……頑張ります」
以前は聞いたら凹んでいたであろうボヤキも、自信に変えるため努力を誓うひとり。
初めて会った時から大きく成長していた。
「でも私確信したんだ!ぼっちちゃんがいたら夢を叶えられるって!」
「え……」
それでも確信、とまで言われるとどうしても自信を無くしてしまうひとり。
虹夏は構わず続けた。
「だからこれからもたくさん見せてね。ぼっちちゃんのロック!ぼっちざろっくを!」
「……!」
たくさん見せてね。
ぼっちちゃん”の”ロック。
自分にしかできないことを噛み締めながら、ひとりはいつものように な小さな声ではなく、虹夏にしっかり聞こえるようはっきりと、自分の思いを声に乗せて返事をした。
「はい!」