灼熱ろっく!   作:フェンネル

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ヒーローとは

ある日、六弦の元に届いた喜多からの電話。

 

「郁代か。どうした?」

 

『歩さん……お願いがあって……その、今からSTARRYに来たりって……』

 

その声は重く、いつもの明るさは消え去っていた。

 

「問題ない。で、お願いとは?」

 

六弦は喜多に対して普段と余りにかけ離れた声に少し嫌な予感がしてはいるが、特段掘り下げることなく用件を聞いた。

喜多からはただ一言。

 

『……助けてください』

 

「……郁代?」

 

詳しい話を問おうとした時には、既に電話は切れていた。

携帯の画面を見ると、高谷からも1件、『今すぐSTARRYに来てください』と救援要請らしきメッセージが来ていた。

 

「(とにかく急がなくては)」

 

2人の只事では無い物言いに慌ててSTARRYに来た六弦だったが、まず目に入ったのは棺桶に入ったひとりだった。

何が何だか分からなかったが、要は激しめのぼっちタイムが発動していた。

 

「あっ、歩さん」

 

ライブハウス内に入った六弦に1番に反応し、駆け寄ってきたのは喜多だった。

 

「郁代。これは?」

 

「こ、これは───」

 

喜多から事情を聞いた六弦は、盛大なため息を吐いた。

そして、その場に座り込んだ。

 

「歩さん?」

 

「郁代」

 

「は、はい?」

 

「あんな言い方をすると何かあったのかと勘違いするからやめてくれ」

 

ひとまず安心しつつも、ひとりの奇行はいつ見ても慣れんと思いながら棺桶を見つめる六弦。

対して喜多は連絡してから六弦がSTARRYに来るまでの早さ、今かいている汗から、いかに焦っていたかを感じ取った。

 

「……あっ!ご、ごめんなさい」

 

「まぁ、何も無かったのなら何よりだ」

 

そして、自分の為にそこまで急いでくれたのかと考えた結果、とても心地好くなっており、自分の世界にトリップしてしまっていた。

 

「(歩さんが私のためにこんなに……!)」

 

そして完全に心を撃ち抜かれてしまい、脳内はピンク色の思考で埋め尽くされていた。

顔がだらしなく緩みきっている。

 

「えへ、えへへっ……!」

 

そんな喜多を置いて、ドリンクを飲んでいた高谷が合流した。

 

「六弦さん、とりあえず椅子座りません?そんなヤンキーみたいな座り方ダメでしょ」

 

「それもそうだが、とにかく詳しい話を聞かせてもらうぞ」

 

「勿論」

 

ひとり本人の代わりに詳しい話を聞いた六弦は、ぼっちタイムになる理由が理解出来ずにいた。

 

「文化祭ライブだろ?出ればいいじゃないか」

 

「俺もそう思う。ごっちゃん、緊張してるの?」

 

「し、しますよぉ……」

 

棺桶から出はしたものの、今にも液体になって溶けてしまいそうなほど弱気になっているひとり。

その姿は、STARRYでのライブでぶちかましたギターを弾いている姿とは真逆どころか別の生き物のようなものだった。

 

「後藤よ。緊張することは別に悪いことではない。たしかに萎縮したりして十分に動けない自信があるが、同時に気を引き締めることができる」

 

「た、たしかに───」

 

「ま、本人次第だからどうとでもなるよね。思いっきりとちったり」

 

「おぐっ!」

 

本人次第となれば自分に100%任されることとなる。

自己評価が地面を通り越して地球の核位まで低いひとりは、そのプレッシャーに耐えきれず棺桶に逆戻りした。

 

「馬鹿者。この状況でモチベーションを下げるようなことを言うな」

 

「あー、ごめんなさい。……六弦さん、ちょっと待っててもらえます?俺から話したいことがあるんで」

 

「構わん。後藤相手ならばお前の方がずっと向いている」

 

高谷は少し離れた場所でこれから昇天しようとしているひとりの元へ近づき、ひとりにしか聞こえない声で言った。

 

「ごっちゃんはさ、誰よりも自分を理解してると思うんだ」

 

へんじがない ただのしかばねのようだ

 

「だから踏み出せない事が多いと思うし、俺が言っても仕方ないと思うんだ……だから言いたいことだけ言うね」

 

へんじがない ただのしかばねのようだ

ただし耳は肥大化している。

 

「勿体ねーよ。ごっちゃんは凄いのに」

 

耳が動いた。

ひとりは何か言ってほしそうに死んだふりをしている。

 

「俺はごっちゃんの凄さを皆に知って欲しい」

 

ひとりはもっともっとと言わんばかりに目を薄く開けている。

 

「てか俺も見たい。ごっちゃん”の”ギターを見たい」

 

「!」

 

高谷が見たいのはひとりである事を強調させると、ひとりはここ一番の反応を見せた。

 

「前に俺が「ごっちゃんの演奏をずっと見てるよ」って言ったの覚えてる?」

 

「…………」

 

返事がなくとも高谷は続けた。

 

「その時言ったよね。「結束バンドを見てて」って。そんでライブも成功させたじゃん」

 

高谷はカバディの試合中、敵の守備が1人の時、その相手以外の情報が遮断されるような感覚に陥ることがある。

極限集中やゾーンなどと言われたりもするが、要は相手のことしか考えられなくなる状態である。

 

「あん時のごっちゃんは別人みたいでさ」

 

ライブの時の高谷の心は、まるでその時のようにひとりのギターに釘付けになっていた。

 

「それを見たからこそ、ごっちゃんにできないことなんてないんじゃないか、って思うんだ」

 

「あのバンド」のライブの際、高谷は聞けば聞くほど鳥肌が立つような凄まじい演奏を見て4人を尊敬していた。

 

「……だって、あの時のごっちゃんは───」

 

けれども、高谷にとっての1番は迷いなくひとりになっていた。

 

「かっこよかったからさ……誰よりも」

 

高谷の声には、惜しむような感情が含まれていた。

 

「……っ」

 

高谷自身言いたいことを言っただけなので、自分の言葉がひとりにどう影響を及ぼすかをそれほど深く考えてはいなかった。

 

「な、なんで……高谷さんは私のことを……そんなに見てて、褒めてくれるんですか……?」

 

だが、ひとりは自分がこうも褒められたり誰かにとって大切な存在になっていると思うことが今まで無かったため、高谷の言葉が少なからずきっかけになっていた。

 

「んー、一言で言うと光ってるからかな」

 

「ひ、光って……わ、私にそんなの……」

 

「そんな事ないよ。自信持って」

 

「で、でも……」

 

褒められているのに何故かそれを否定するひとり。

高谷はこういうとき、詳しく話して理解させるのが1番早いと理解していた。

 

「ごっちゃんはね、普段度を越してやばいことするでしょ?」

 

「(や、やばいこと……!)」

 

分かっていてもメンタルの弱さから心に傷を負うひとり。

 

「けど、ここぞって時は誰よりも強いじゃん」

 

「つ、強い……」

 

「皆のマイナスを吹き飛ばしてくれるような存在ってこと。簡単に言えばヒーローだよ」

 

ひとりの心臓が跳ねた。

 

「だからどうしても目で追っちゃうんだ」

 

「ヒ、ヒーロー……?」

 

そして、確認するように聞く。

 

「わ、私が……?」

 

ギターヒーローという名前で動画投稿しているものの、ひとりは自分の中で自らが誰かのヒーローであるという自信など、微塵も持っていなかった。

そんなひとりに対して、高谷は迷うことなく当然とでも言いたげに頷いた。

 

「少なくとも結束バンドの皆にしてみれば、そうなんじゃない?」

 

「!」

 

それを聞いて、ひとりは自分が一歩前進したような気がした。

チケットノルマを達成した時も、ライブで少しづつ沈んでいっていたファンの2人が最後には笑顔になった時も、虹夏にお礼を言われた時も、高谷の言葉を聞いた時も。

あの時自分は、誰かのために何かを成し遂げていたのだと、ようやく理解した。

 

「だから出て欲しいんだ。文化祭ライブ。ごっちゃんはどうかな?」

 

ひとりは思った。

自信を持つと、こんなにも周りが明るく見えるのかと。

そして殻を破りつつある今の状況を逃すまいと、思ったことを口にしようとした。

口に出すことで、自分がそれを必ず成さねばならないと強く思うために。

 

「わ、私は───」

 

「あれ〜?皆何してんの〜?」

 

ひとりが決断を口にしようとした時、まだ開店前のSTARRYに酔っ払ったきくりが自分の家のように入店してきた。

 

「やっほ〜タダ酒飲まして〜」

 

「飲ませるか消え───っ、おい!」

 

いつもの様に杜撰な対応をしつつ視線を向けると、星歌は目を見開いた。

それも当然のことで、きくりの体がふわっと浮いたのだ。

正確には足を滑らせて階段から転がろうとしていた。

さらに実際は転がると言うより全段飛ばして地面に激突しようとしているので「落ちる」が正しいが、大怪我は確実なので大した違いはなかった。

 

 

 

 

 

○○○○○

 

 

 

 

 

「(あ、ヤバいかも───)」

 

そんな中、きくりは冷静だった。

その理由は、「訓練されたボクサーは相手のパンチが超スローモーションで見え、事故に遭った瞬間の人間は体内や脳でアドレナリンやら何やらが分泌されて、一瞬が何秒にも何分にも感じられるというあれ」の状態になっていたからだった。

 

「(え、これで死ぬの?)」

 

落ちていく中、下に見える誰か。今からでは回避が間に合わず、きくりの下敷きになってしまうだろう。

きくりとしても、それは避けたかった。

 

「(ごめん下の子、頑張って当たらないように───)」

 

重力に従って落ちる最中に近づく誰か。その正体に気づくと、途端にきくりは考えるのをやめた。

 

「(……なーんだ、大丈夫じゃん)」

 

と言うより、無責任に自分の救助を押し付けることにした。

きくりは安心して落下していった。

楽観的に、ぼーっとしながら。

自分が助かることを確信し、焦ることなく身を任せた。

 

「(キャッチよろしくね〜)」

 

下にいる六弦に向かって。

結果として、きくりは怪我ひとつなく受け止められた。

 

 

 

 

 

○○○○○

 

 

 

 

 

「(……よし、受け止められたか)」

 

「へへ〜。ありがとね、歩くん」

 

「気にするな」

 

六弦はきくりが落ちてくる瞬間に気合を入れたことで何とか間に合いはしたが、あのまま落下してぶつかっていてはいくら六弦とて何かしらの怪我をしていたかもしれない。

 

「きゃ〜、見てせんぱ〜い!私お姫様抱っこされちゃってる〜♪」

 

「ふざけている場合か。どこか痛む場所は?」

 

「えへへぇ、ないよぉ〜」

 

それ程に危険な高さだった。

それでもきくりが怪我することなく受け止められたのはやはり六弦の力だろう。

 

「ナイス六弦さん!」

 

「こんのバカ!ちゃんと歩け!」

 

「ぎゃん!」

 

星歌から拳骨を食らい、涙ながらに六弦の背中に隠れるきくり。

 

「助けて歩く〜ん!先輩がいじめるよぉ〜!」

 

「六弦くん、とりあえずそいつ渡してくれる?」

 

「……ありゃ?ぼっちちゃんどしたのー?」

 

「オイコラ……!」

 

きくりは切り替え凄まじくひとりに声をかけていた。

血管を浮かべて拳を握る星歌を、六弦は何とか宥めようとしていた。

 

「店長、怪我がなかったことを喜んだ方が良いと思いますが……」

 

「あいつのこと助けてくれてありがとね。でも今は血祭りにあげなきゃ」

 

星歌のそんな怒りを知る由もないきくりは、入って早々目に入る棺桶に入って眠ろうとしているひとりを気にせずにはいられなかった。

 

「どーもきくりさん。実は───」

 

きくりの問いに反応した高谷はなぜこんな状態なのか、今何をしていたかなどを手っ取り早く話した。

 

「そっかぁ、文化祭ライブ……ぼっちちゃんはどうしてもやりたくないの?」

 

実際はひとりが1歩踏み出そうとしたところにきくりが入店してきた挙句、転落死寸前までいったことから話が逸れ、その間にひとりのよわよわ決断力は完全に霧散してしまったのだが、ひとりはそれに気づいていない。

理解しているのは、先程までの高揚感が無くなってしまっていることだけだった。

 

「(ど、どうしよう……)」

 

ひとりがちらりと横を見ると、高谷と目が合った。

それにより先程までの会話が鮮明に蘇る。

 

「私は出たい……です」

 

だから、今は思いを口に出すことができた。

 

「……!ごっちゃん!」

 

その成長を喜び、横で見ていた高谷は喜びながら、ひとりとハイタッチした。

 

「言えたじゃん!」

 

「あっ、へへ……」

 

それでも、文化祭本番を想像してしまうとひとりの性格上マイナスなイメージが湧いてきてしまう。

 

「でっ、でも、学校での私を知ってる人の前でライブするのは……やっぱり怖くて…… 」

 

しかもそのマイナスを自分が背負うのを他ならぬ自分自身で想像しているから悪質である。

 

「私のせいで台無しになんてしたら……」

 

膨らんだ風船が萎むように、いつものネガティブ且つ妄想の激しい性格に戻っていってしまった。

いまいち決定力に欠けるひとり。

それを見てきくりは自分の組んでいるバンドのライブチケットを渡した。

 

「この前のお返し。良かったら見に来てよ」

 

「えっ……?」

 

「歩くんたちもどーぞ。お代はいらないから」

 

「SICKHACKのライブか……願ってもない」

 

六弦の隣でリョウは顔に出ずとも嬉しそうにしていた。

 

「ありがとうございます。歩、よかったね」

 

機嫌が良くなるリョウ。

 

「そうだな……ん?」

 

六弦は以前より見たいと思っていたSICKHACKのライブなのでとても楽しみにしていた。

そんな2人から少し離れた所で、高谷はひとりと考え込んでいた。

 

「ごっちゃん、どう思う?」

 

何を、とは言わなかった。

いつまでも金欠のきくりが無料でライブチケットをくれたのだ。

異常と言う他ない。

 

「……ま、まだ電車賃も返してもらってなくて……不安です。リョウさんは返してくれたのに……」

 

「リョウさんのことは置いといて、きくり姉さんについてはまぁそうだよねって感じだけど……一応払っとく?」

 

「は、はい……その方がいいと思います」

 

高谷が財布を取り出そうとした瞬間、六弦がそれを止めた。

 

「六弦さん?」

 

「高谷、帰るぞ」

 

「へっ?」

 

これからという時に止める理由が全く浮かべず、高谷はほぼ反射的に質問した。

 

「何でですか?」

 

すると、六弦は言いづらそうに目線を逸らしつつため息を吐いて意を決したように高谷と目を合わせた。

 

「……片桐がバーベルに潰されて怪我をしたらしい」

 

「えっ!?」

 

「しかも原因はオーバーワーク気味なのに加えて補助無しで……だそうだ。木崎が怒り狂っている」

 

「片桐さぁん……」

 

それ程心配した様子がなかったのは、片桐が無事であると確信しているからか、はたまたいつもの事だからなのか。

それは奏和高校カバディ部にしか分からない。

 

「ということで俺たちは帰る。廣井さん、ライブにはいつかまた行かせてもらう」

 

「またね皆。ちょっと先輩がピンチでさ」

 

「た、高谷さん……帰るんですか……?」

 

「ごめんねごっ───」

 

寂しそうに高谷を見るひとり。

身長差から上目遣いになっており、それに胸を撃ち抜かれた高谷は膝をついて六弦に後を託そうとした。

それを見て喜多とリョウは目を光らせた。

 

「六弦さん、俺今ここで帰ったら自分を許せない気が……」

 

「はぁ……」

 

六弦がふざけてないで帰るぞ、と言おうとした時、喜多とリョウも同じ手法を使ってきた。

ひとりの場合は天然で、2人の場合は計算しての行動だった。

 

「歩さん、帰っちゃうんですか……?」

 

喜多に関しては完全に魅せ方をSNSで培った経験のおかげで熟知しているので、100点満点だった。

涙目付きである。

 

「歩、帰るの……?」

 

一方リョウは喜多と同じ涙目ではあったが、六弦とSICKHACKのライブを見に行けるというとても嬉しい機会なのに、それができなくなってしまったからか目に見えてしゅんとしており、虹夏や喜多ならば間違いなく折れていただろう。

こちらは計算とかではなく滅茶苦茶素だった。

 

「こーら2人とも、大事な方は優先しなきゃでしょ?ごめんなさい六弦さん。行ってください」

 

「すまないな、虹夏。感謝する」

 

「どういたしまして!」

 

「高谷、行くぞ」

 

「うい……」

 

六弦は心の中で虹夏に対してやはり推せるな、と思った。

下北沢の大天使の手助けによって、奏和組はSTARRYを後にした。

リョウと喜多は寂しがりつつも、切り替えてきくりの方を見た。

 

「これチケット代です」

 

「いいよ。無料であげるって」

 

2人の視線の先にあるのは、虹夏から渡されたチケット代を拒否するきくりとどうしても支払おうとする虹夏、という図がだった。

 

「あのー……」

 

「あ、いい所に。喜多ちゃんはどう思う?」

 

「妹ちゃん止めに来てくれたんだよね?」

 

「お金払いますよ!無理しないでください!」

 

「ほら、リョウも早く!チケット代払うよ!」

 

「ちょっとぉ!?」

 

リョウは無料に甘えようとしているが、虹夏と喜多は強引にでも支払おうとしている。

それを見ていく中できくりはあることが頭によぎった。

 

「……君ら私のこと女子高生から金巻き上げる貧乏バンドマンだとか思ってない?」

 

少しショックを受けながらも恐る恐る質問したきくりだが、現実とは無慈悲なもの。

 

「え?違うんですか?」

 

虹夏は素100%で問い返した。

その言い方は完全に疑うことなくそう思っている者のそれであり、ボケでもなんでもなかったのでツッコめる訳でもなく、きくりはやけ酒を決意したのだった。

 

「くそー!先輩焼酎ボトルで!」

 

「やるかバカ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ、あの、高谷さん……文化祭ライブ……やります』

 

「マジで!?」

 

 

 

 

 

 

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