上総の星   作:雨本咲

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第一局「始動」

 ―――二年前の夏、千葉。

 富津南中学校の廃教室に、二人の少女が居た。

 一人は黒髪でショートボブの少女―――春柳(はるやぎ)知香(ちか)

 そしてもう一人は、襟足で結んでいる焦茶色の髪がぴょこんとハネている少女―――枦山(はぜやま)縁里(ゆかり)

 夕暮れ時が差し迫り、窓からは橙色の斜陽が差し込んでいた。夏至を過ぎたとはいえ日は充分に長く、そろそろ帰らなければならない時間である。

 

 

 

「縁里は高校どこ行くの? 富士見とか?」

 

「いや、麻雀できるとこ行く予定だから富士見はないかな。無難に言うなら白糸台とか東白楽とか」

 

「西東京は遠くない? 東白楽……って神奈川だし、アクアラインで通学は無理でしょ。須和田か、いっそ千里山とか姫松くらいまで行けって」

 

 

 

 教室の外にかかっている『麻雀部』という看板が、からんからんと音を立てる。創立当初からあるものの現在の部員は二人だけ。伝統の力でなんとか続いてはいるが、生徒数の減少が著しい中ではその守りがいつ意味を為さなくなるかもわからない。実際、縁里達二人が在学していた三年間、部員が三人以上になった試しはなかったのだ。このまま放っておけば、麻雀部は廃部だろう。

 

 

 

「私はどっかの私立行くよ。親がうるさくってさー、ちゃんとしたとこ行かないと金を出さないぞーって」

 

「知香のお父さん厳しいもんなぁ。―――うん、でもさ。私、実はもう決めてるんだ」

 

「え、どこどこ。やっぱ千里山?」

 

 

 

 

 

「館山商業」

 

 

 

 

 

「…………は?」

 

 

 

 ぽかん、と口を開ける知香。驚くのも無理は無かった。館山商業の麻雀部はマイナーも良いところで、()()()()()を除き、日の目を見た事が無かったのである。生真面目でいつも顰め面の彼女が浮かべた、間の抜けた表情が可笑しくて、縁里はクスクスと笑った。

 

 

 

「はは、やっぱ驚くよなぁ。麻雀やりに館山商業って」

 

「驚くっていうか何というか……本気で言ってるの?」

 

「大マジだよ。私は館山商業で麻雀やる。で、全国に行く」

 

「全国って、あんたさぁ……まぁ、本気で言ってるのはわかったよ。でも館山商業ってここ何年かエントリーして無いよね? って事は、もう廃部になったか部員が居ないか、とにかく大会に出れる状況じゃないんじゃないの?」

 

 

 

 生真面目な知香は、そう言って縁里に迫った。その言葉ごもっとも、ぐうの音も出ない正論だ。だが、縁里は快活に笑っていた。

 

 

 

「ま、そこは賭けだろ。私が全国に行くなんて、万が一、億が一くらいの確率しかない。……けど、そのほんの僅かな確率をちょっとでも上げる為に、私には考えがある。

 

 

 

 

 

 ―――知香、私と一緒に館山商業に来てくれないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在、春。

 館山商業高校麻雀部にもまた、春がやって来る。

 麻雀部の部室は館山商業の最辺境に位置しており、空調設備も儘ならない廃教室だった。快適に過ごせる期間が一年に二ヶ月ほどしかない麻雀部において、春はその貴重な二ヶ月の半分を占めている。

 そこにあるのは麻雀卓が一つ。そこに居るのは卓を囲む少女が三人。

 

 

 

「張った! 通らばリーチ!」

 

「ごめんなさい、それロン。立直一発メンタンピンドラドラ、12000頂戴するわよ」

 

「ぐはぁ!」

 

「もう、私の先制リーチが入ったのになんで追っかけようと思ったのよ。馬鹿なのかしら?」

 

「だだだってぇ! リーチかければ出和了りでも16000、暗刻に裏モロ乗りすれば24000、更に一発でツモれば32000だったんだぞ!」

 

「希望的観測が過ぎるでしょ」

 

 

 

 和了れなかった手牌を晒しながら騒ぎ立てる少女―――枦山縁里と、呆れたように手牌を伏せる少女―――春柳知香と、点棒を受け取る少女―――笆薫子。二年生が二人と三年生が一人、この部室で三人麻雀を打つのは何度目だろうか。数え切れないほど打っている気がするが、正確な回数は覚えていない。

 ただ言えることは、いつも通りの雰囲気だということだけだ。

 

 

 

「くっそ……また負けた……」

 

「なに言ってんの、今回はまだマシじゃん。こないだなんか四連続で振り込んでたでしょ」

 

「あれは酷かったな……。そのせいでトップから一気に箱割れしたし。あんな地獄初めて見たよ」

 

「ああいう時のあんたってほんっと雑魚いよね。薫子の数え役満に振り込むし、混乱して振聴リーチかけるし、ポンコツだし」

 

「悪口言う時はちゃんと聞こえないように言えよぉ!」

 

 

 

 半ば涙目になりながら自分の手牌を片付ける縁里を見て、二人が笑う。次の半荘が始まるまでの僅かな時間ではあるが、縁里達にとっては大事なひと時である。

 

 

 

「そういえばあれよね、そろそろ新入部員が来る季節よね」

 

「あ、私もそれ思った。来るかなぁ?」

 

「まあ期待くらいはしてみようぜ」

 

「この辺りで麻雀する子は須和田とか行っちゃうものね。本当に期待くらいしかできないわ」

 

「でも多少は勧誘とかした方がいいでしょ。んー、麻雀教室、とか」

 

「ま、考えても仕方ないわな」

 

「そうね、今はとにかく次の半荘をやりましょう。誰か賽振って頂戴」

 

 

 

 言われて「ん、私やるわ」と賽を振る縁里。そして始まる第二回戦。

 

 

 

「っしゃ、行くぞ!」

 

「―――すみません」

 

 

 

 その時、扉が開かれる音がした。そこには一人の女子生徒が立っている。

 背は高くもなく低くもない。華奢で小柄、胸元は控えめであり、スカートの下からは健康的な太腿が見えている。赤い髪を持つボブカットの少女であった。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 沈黙が流れる。縁里達は互いに顔を見合わせ、それから目の前に立つ新しい仲間へと視線を向けた。

 

 

 

「あの……ここが麻雀部でいいんですよね?」

 

「おお、マジか! 本当に来てくれたんだな! これ県大会出れるだろ!」

 

「落ち着け縁里。まずはこの子が麻雀打てるのか聞くのが先だ」

 

「あらいらっしゃい。入部希望かしら」

 

 

 

 盛り上がる縁里と宥める二人、それを見つめる赤毛の新入生。背後には青いアホ毛がぴょこんと飛び出ている。もう一人新入生が居るのだろう。

 

 

 ―――こうして、館山商業高校麻雀部の物語は幕を開ける事と相成った。

 

 




・枦山縁里
 本作の主人公(予定)。男っぽい喋り方は大体この子。

・春柳知香
 喋り方に癖がなくて書きにくい。

・笆薫子
 館山商業のお姉さん。唯一の三年。実は毒舌。

・最後に出てきた一年生二人
 ちゃんとメンバーに入ってくれる。

 という訳で、弱小麻雀部・館山商業高校の物語が始まりました。展開をざっくりとしか決めないまま見切り発車してしまったので、展開を考えつつ進める(=途轍もなくのんびり進行)事になります。小林立を待つのと同じくらいの心の広さで待って頂ければ、と思います。

 では、この辺りで目を離して頂いて、
 次話に進んで頂ける事を祈りつつ、
 今話はこの辺りで筆を置かせて頂きます。(鎌池和馬先生風)
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