場面は街道である。お世辞にも整備されているとは言えない、馬車がガタゴトなる田舎道である。
馬車には従者が一人、中身にひとがいるかわからないが、その周りには六名の護衛がいる。
Dランク冒険者が五名、Cランクが一名であり、その一名が最近昇進したばかりのグレゴリー・グレゴリオである。
年は若く、幼顔といった風情である。身長も平均かそれよりも下で、冒険者全体でみると小柄の部類に入るだろう。もちろん、人間の冒険者の中で、である。
しかし、グレゴリーには子供特有の甘えという雰囲気がなく、むしろ苦労をよく知っている管理職といった顔つきであった。
「おい、グレゴリー。お前C級に上がったんだってな」
グレゴリーの隣、禿げた頭に悪人面。恵まれた体格に担がれた大剣は、それだけでグレゴリーの身長を超えてしまいそうだ。彼の名をハントという。
「お前、冒険者になって何年目だっけか」
「僕は四年半ですね」
「おお!ともなりゃワンチャンA級もあるな。その調子で頑張れよ」
冒険者になってから五年以内にC級へ行ける奴は、生涯をかければA級になれる。
根拠なんて一つもないただのジンクスではあるが、一定の指標になっているのも事実である。
冒険者の大半はDランクで終わる。その中でC級に上がれるのは才能がある証拠であり、それもまだ若いグレゴリーがなしたのだから、その分の期待というのも大きくなる。
もっとも、グレゴリー自身はC級が自身の限界だと思っているらしく、
「とはいってもですね、ハントさん。B級からは本当に人間の域を超えていると言いますか……」
「グダグダ言ってねーでよ。まだ若いんだから自分の限界を決めつけるのはまだ早えだろ」
「ハントは晩年D級だからな!」
「うるせえ」
仲間のヤジに、ハントはゆでだこのように顔を真っ赤にし、鼻息を鳴らした。
「C級からは昇進試験に学力テストが追加されやがる。だから武器を振り回すしか脳がない俺たちはD級どまりだ。だが、お前は利口だからな」
「まあ、ハントさんよりかは賢いですかね」
だっはっはっ、と仲間たちの笑いとともに、グレゴリーは馬車に目を向けた。
何が入っているのだろう。
これはただの好奇心からなるものではない。グレゴリーたちは現在馬車の護衛を依頼されている。よって、中身によって最悪の場面にどう対処する関わってくる。
荷物だったら、即逃げて、違約金を払う。なんてことも可能だ。
しかし、従者、馬の動きやスピードによってあまり重くないという想定はつく。
人間だろうか。馬車の外見はかなり古臭く、壊れはしないだろうがお偉いさんを運ぶにしては貧しいなとも思う。
その時、中から声がした。
「もし、」
「……はい」
声は少女のものであった。窓にかけられた布から顔を出すと、やはり、想定と同じぐらいの年齢であった。グレゴリーより少し幼い十五から十六といったぐらいか。
変わった点はその見た目である。うす緑の肌に、とがった耳、そして馬車と不釣り合いな高価な身なり。
「お嬢様。あまり下賤な方とお話しするのはお控えください」
奥にいた執事らしい人物の制止を、しかし聞くことはなかった。
「いいえ。今回の目的は世情に通じるためのものですわ。このような方々と話してこそではなくて?」
下賤と言われ青筋を立てるハント。冒険者は血の気が多く、たまに依頼主と喧嘩をして罰則を与えられることもよくある。
そうなってはたまらない、グレゴリーは慌てて会話の主導権を取りに行く。
「えぇと、名前も知らぬお嬢様?何か質問がございますか」
「ええ。さきほどあなたはCランクに上がりたてと申しておりましたわよね。それが事実なら、この度の冒険者ギルドは大きな過失を行ったといえるわ」
一種挑発じみた発言にますます、気を荒くする冒険者たち。一方で、ばかにされた本人は涼しげな表情で、冷静に返答する。
「というと?」
「ギルドは『この度の依頼にぴったりな人材を設けます』とおっしゃったのよ。にもかかわらず、唯一のC級が上がりたて?馬鹿にしないでくださいますか」
「そういうてめーは何者なんだよ!」
耐え切れずに、ハントが怒鳴った。もちろんグレゴリーを除いた冒険者の代弁であった。冒険者の多くは反骨精神にあふれている。彼らもまたその例外ではなかったのだ。
無礼者に手を出そうとする執事風の付添人を制し、少女は高らかと名乗った。
「わたくしは、セレビア・L・リーフィア。ご存知なくって?」
ご存知ないわけがなかったのだ。いくら無学な冒険者と言えど今から向かう国の姫君の名前は当然把握している。ましてや筆記試験を乗り越えたグレゴリーはなおさらだ。
それだけではない。
(セレビアだって!?)
グレゴリーにはこの世ならざる知識があった。この世界を仮想と見立てて、人物全てに役割があると思い込む異端の発想。いやゆるメタビジョンである。そして
(セレビアと言ったらヒロインの一人じゃないか。まさかこんなところで会うなんて)
彼女のことをよく知っていた。
「さて、あなたたちはどう弁解されるおつもりかしら」
セレビアの追撃にとうとうしびれを切らしたハントを片手で抑えたグレゴリーは、驚愕しつつも現状を冷静に分析していた。
「……言ってた通り、少し傲慢で視野が狭い」
「はい?」
「いえ、それでこの度の依頼はですね、ギルドとしても正当な手配でございますよ」
「といいますと?」
彼女の質問に答えるため、グレゴリーはすっと息を吸った。
ハントやそのほかの冒険者は怒りを抑え、この隊の責任者に行く先をゆだねるらしかった。
「今回の依頼は
隠密、という言葉にセレビアは眉を少し動かす。このことは、グレゴリー側には一切説明をしていないにもかかわらず、今回の依頼は隠密であることを見抜いたことにある。
また、返答の速さもよかった。本人は自分に知らされていない情報を冷静に分析し、いわれのない上層部の過失を否定すべく、依頼主に説明する。
なるほど、確かに頭の回転はCランクにふさわしいかもしれない。
だが、一国のお姫様をDランク、Cランクだけで護衛をするのは、力不足と言っていいだろう。
B、もしくはAランクであってもおかしくない。
しかし、
「A級、B級が護衛をするということは、それだけ大切なものを抱えていると教えているようなものです。情報に詳しい人なら、それだけで誰を護衛しているのかたやすく理解するでしょう。それに、盗賊たちは独自のブラックリストを作っています。周囲のA~C級冒険者はすべて顔が割れている」
「それはもちろん、存じています。しかし、結局Cランクであるあなたが護衛しています。同じCランクなら手練れの方がよくって?」
「たしかに、僕はC級の中でも弱い方です。
「……ああ、そういうこと。つまり、あなたは新米であるからこそ盗賊のブラックリストに載っていない、と」
「ええ」
つまりはこうだ。Cランクは一線を越えた存在だ。否が応でも活躍は広まり知らない人はいなくなる。グレゴリーもまた、盗賊たちのブラックリストに載るのは時間の問題だろう。
だが、今は載っていない。なぜならCランクに上がったばかりだから。盗賊たちにとって今の護衛はただのDランク集団だ。
よって、隠密の依頼である以上、ギルド側が出せる最高戦力はグレゴリー一人であったわけである。
「ご理解いただけましたか?」
「ええ。でも一つだけ。もし、それでも盗賊に狙われたらどうするのです?私狙いではないとしても、普通に商人を狩る盗賊に出会ったら。ほぼDランクの方では護衛できないのでは?」
「それは――」
「おいっ、グレゴリー!」
護衛集団の一番先頭が大きな声でグレゴリーを呼んだ。
切迫した様子が声でわかる。周囲の人間も当然グレゴリーも非常事態に備え身構えた。
「どうしました」
「先頭に人影多数!おそらく盗賊だ」
「なっ!?」
セレビアの従者が驚く。当然、もしセレビアを狙った盗賊であれば、隠密は全くの裏目であり、また一国の姫を暗殺することを考えると、その強さも現戦力では対応不可能であろう。
グレゴリーは落ち着いて先ほどの冒険者に続きを促す。
「規模と推定の強さは?」
「五十人前後……だな。装備は貧弱。おそらく一般人と大差ないだろう」
とはいえ、数が数である。現在グレゴリーの戦力は自身を含め六人。約九倍の人数差である。
従者はすっかり青ざめ、セレビアさえも眉をひそめている。
「わたくしも手伝いましょうか」
「いえ、結構です」
グレゴリーは、セレビア側とは正反対の好戦的な表情を浮かべている。
おそらくこれは、王族として生まれ、強者として育ったセレビアには一生理解できないことであろう。
しかし、一般の冒険者はたいてい生まれが貧相であり、弱者として生きてきたものが多い。
だからこそ、力を誇示することが何よりも好きでたまらないのだ。
それがいかに、血にまみれた力であろうと。
「総員、
グレゴリーの言葉遣いが一気に変わる。
戦闘を今か今かと待っているメンバーは、不服そうだが従っている。
「なんで待機なんだ。さっさと突撃すればいいだろ」
「ハントのいう通りだぜ。何か懸念が?」
「いいえ、ただ――早い者勝ちが冒険者の鉄則でしょう?」
瞬間、周りの木々が騒ぎ始める。木の葉が舞い、土ぼこりが巻き上がる。
何かが、何かが自然の法則を捻じ曲げているのだ。
セレビアの目には、グレゴリーからあふれ出す魔力がはっきりと見えていた。
いや、セレビアでなくともその事態は理解できた。
透明であるはずの風が、グレゴリーの鉈に巻き付いてゆく。
『
グレゴリーが自身の得物をふるうと、ゴウッの音とともにい、斬撃となった風が盗賊を襲った。
「いってえぇええぇ!!」
「ギャアア!」
「お、俺のうでがぁ……」
まさに死屍累々、彼の一太刀は瞬く間に盗賊を半数に減らしてしまった。
セレビアたちは驚愕を、冒険者は各々不満を垂らした。
「ふざけんな!俺の取り分が!」
「半数はやりすぎだ」
「すみません、つい……。あとは皆さんに任せます。冒険者は――」
「「
冒険者たちは早々に駆け出し、盗賊めがけて暴力という名の力を誇示し始めた。仕事が終わるのに十分もかからないだろう。
「すごい、あれだけの魔術を低級詠唱で!あなた魔術師だったの?」
「はしくれですけどね。僕の使える魔術はたったの二つです。それに、
魔術媒体とは、魔術師が魔術師たらしめる必需品である。その形、あり方、性質は人それぞれだが「魔術師の人となりは魔術媒体を見ればわかる」と言わしめるほどのものであり、もはや魔術師の半身と言ってもよいほどだ。それには大きな理由がある。
「魔術媒体は、使用者の魔術の効率化、威力の上昇など様々な効果があります。それもなしにあれだけの威力を!たしかに魔力の効率は良くありませんでしたが……。なぜ魔術媒体をお持ちにならないのです?」
セレビアは珍しく、人間をほめ、興味を持った。エルフとして魔術の話には弱いといっても、彼女の人となりを知っていれば、それがいかに異常なことか。知る人が知れば驚愕するだろう。
そして、当然の質問。魔術媒体は基本持つだけ得である。もちろん、媒体の合う合わないというのも存在するが、だとしても持たないという選択はない。
ただ、このお嬢様にも知らないことがあるらしい。
「高い」
「……え」
「魔術媒体、高い」
魔術媒体はとても高い。質はピンキリであると言え、一番安くて市民の一年分の平均年収ぐらいある。魔術師として歩むのに必要なのは、まず魔術媒体を手に入れる機会があるかどうかなのだ。
「っな!高いとは言ってもあなたCランクでしょう?」
「C級になったのはつい最近です」
「だ・と・し・て・も!Dランクでも半年ぐらい節約すれば……もう!」
セレビアがぷりぷりと怒り出した。童女のようにほほを膨らませる姿は実にかわいらしい。
それに、彼女の推察は当たっていた。実際、D級になると魔術媒体は買えなくもないものであり、さらに言えばワーカーホリック気味のグレゴリーは、三か月も節約を続ければ魔術媒体を買うことができた。
ただし、彼に浪費癖がなければの話だが。
彼がたったの一週間も新しいおもちゃを我慢することができるわけがない。
「と、会話をしてるうちにハントさん達が帰ってきましたね」
「露骨に話を変えるわね……。しかし」
セレビアは帰ってきた冒険者たちの様子をじっと眺めた。
なるほど、グレゴリーが盗賊を半数減らしたとしても二十五人余り。彼ら五人では大体五対一だ。
しかし、彼らの服には返り血一つすらない。
つまり、返り血の心配ができるほど余裕があった、ということだ。
「どうです。D級も案外やるでしょう」
「案外は余計だ、くそグレゴリー。C級になったからって俺たちの強さを忘れんな」
「もちろんですよハントさん。だって、冒険者の平均はD級。つまり、ギルドの主力ですよ?弱いわけがない」
平均、D級。一見「弱そう」といった字ずらでも、実態は戦闘集団の主力である。日々骨身を削り、敵と相対し、どうすれば殺せるか、どうすれば生き残れるかを真剣に考える仕事について、一人前の太鼓判を押された人たち。
その武術は、その魔術は、当然一般人の比ではない。
ただ、それ以上が人間離れしているだけで。
「いかがです、セレビア様」
「そうね……、訂正します。この旅路は安泰です」
それだけ言ってそっぽを向いてしまった。
グレゴリーは肩をすくめ、他の人は腹の虫がおさまらないらしく、盗賊の身ぐるみをはぎに行った。
ただ、『この旅路は安泰である』。この一言だけは皆の総意であった。
こうして、新米C級冒険者グレゴリー・グレゴリオの初任務は終わった。