「グレゴリーさん、グレゴリーさん!?た、大変ですっ、起きてくださいっ」
リーコスの叫びとともにグレゴリーは起床する。事態の把握に一瞬時間をかけ、現在がいかに異常であるか理解した。
冒険者は基本的に、とても睡眠に気を付ける。野宿の際は見張りを配置するとはいえ、緊急事態に対応できるように小声で声をかけられても覚醒できるようになっている。たとえ村の中にいるとしても、かなり驚異的な魔獣に囲まれている以上、警戒を解くことはない。
しかし、グレゴリーたち
「リーコスさん!状況はどうなっていますか」
寝起きにも関わらず即座に思考を巡らせ、現状を把握しようとするグレゴリーに合わせて、他の三人も慌てて武器など戦闘の準備を始めた。
「は、はい!フィストさん達含めた、村人の、ナントさんを中心とした若い人たちが、み、見当たりません!どこを探しても、いないんです」
「クソっ!?」
ハントは悪態をつく。あまり賢くない彼でさえ現状を理解していた。つまり、ナント達を含めたフィストはこの村を見捨てて逃げ出したのだ。今村にいる村人は、逃げるには遅すぎる人、あるいはその家族たちだろう。
「村人を集めてください。場所は村長の家です。お願いできますかリーコスさん」
「わかりました!」
慌ててリーコスが飛び出す。グレゴリーは今にも死にそうな顔で、しかし、思案することをやめない。現状を突破するために必要なこと、一つ一つ積み上げていく。それでも、彼の手は震えていた。
「申し訳ない、グレゴリーくん」
突然、ジェットはグレゴリーに対して謝罪をした。グレゴリーは何のことかわからずにキョトンとするが、すぐにその理由を理解した。
「君は昨日の夜から考え事をしていた。それを無理に断ち切ったのは私だ。勝手に父親面をして君を含む大勢に迷惑をかけてしまった。どうか許してくれ」
「最後にその意見を聞き入れたのは僕です。だから、責任があるのは僕の方ですよ。それに、ジェットさんが寝ることをすすめていなくとも、結局結果は変わりませんから」
「っス?」
どういうことか、と首を傾げたルルシスに、グレゴリーはチームと状況を共有するため、そして本人も思考を整理するために一から説明をすることにした。
「僕たちはそろって寝坊をしたわけではありません。眠らされていたんです」
「眠らされていた?」
ハントが聞き返す。彼はこのチームの中で一番頭の出来が良くないので、彼に理解できるよう説明するのが一つの水準になるだろう。
「いつ、だれが、どうやってだよ。俺たちはみんな自分の意志で寝たんだぜ」
「昨日の夜、フィストが、スープの中に、です。僕が作った睡眠ポーションはもともとこのために作らされたんでしょうね」
気づけるはずだった、今になってグレゴリーに後悔が生まれる。フィストが自分の生存度外視で村を救う決断をしたこと、雑な作戦に、睡眠ポーション、山から帰った後のナントの態度、やけに協力的な村人たち。違和感なんてたくさんあった。敵はミネシスウルフだけではなかったのだ。グレゴリーはそのことに一番最後まで気づけなかった。
「しかし、だとすると何で睡眠ポーションなんだろうね。毒殺でも全然おかしくなかったのに。それに、フィストだけで逃げ出すこともできたのに、なんであのナント達も連れて行ったんだろう」
「毒殺にしなかったのは、僕たちがミネシスウルフの足どめに最適だったからでしょう。ナント達はいざ襲われたときの肉壁ですね」
最初っから最後まで、フィストは生き残ることしか考えていなかった。瞬時にこちらを裏切る算段をつけ、関わることする嫌がっていたナントの懐に入り込む。まったくグレゴリーとは異なった才能、C級たるゆえん。生存能力とは、つまりそういうことであったのだ。
「とにかく、村の状態を知らないことには始まりませんね。リーコスさんに村人を集めてもらいましたから、話を聞きに行きましょう」
グレゴリーたちおよび村人は、元村長の家に集まって話し合いをすることにした。代表のいなくなった村人たちは、頼れる人たちをなくしたからなのか、あるいは敵対できる状況にないからなのか、正直かつ協力的に話をしてくれた。
わかったことは以下のことである。
夜間にパトロールをしに行った若者およびフィストたちが帰ってこないこと。彼らの荷物はなく、家はもぬけの殻であったこと。睡眠ポーションや罠に使うはずだった肉塊がなくなったこと。
「睡眠ポーションは私たちに使われたとして、肉塊も?」
「リーコスさん。それは村までミネシスウルフが侵入したということではなく?」
「は、はい!わ、わたしの鼻ではお肉のにおいは、ま、まっすぐワイズの方からしています」
このことを聞いたグレゴリーは、目線を遠くにやって何やら考え込んでしまった。そんな様子をじれったく思ったハントは、荒々しくも今すべきことをまとめた。
「つまり、俺たちは小細工なしでミネシスウルフを倒さねえといけないわけだ。フィストの奴らがワイズについて救援を呼んできてくれるかもしれないが、やってくるまでは俺たちだけでな」
応援が来るまでの間、ミネシスウルフが襲ってくる確率はかなり高い。そもそも、肉塊を用意して誘い出した方はこちらなのだ。さらに言えば、村の中でも戦力になりそうな青年たちは全ていなくなっている。残った村人たちに戦闘を期待することはできないだろう。
「私たちだけで、村をミネシスウルフから守れるか……。かなり難しいだろうね」
「……っス」
「いえ、
期待のこもった目線が一気にグレゴリーに集まる。彼はあくまで可能性の話であったし、彼の手柄は何もなかったので話したくはなかったのだが、説明するほかないだろう。そう、口を開きかけた。
瞬間。遠吠え。
「――っ!?」
誰がのどを鳴らしたのか、しかし、思いはみな同じであった。ついに来てしまった!奴らは、冒険者の応援を待つことなく、村人たちを食い物にしようと侵入してきてしまったのだ!
背筋を凍らせ誰もが絶望をしている中、グレゴリーだけはさっさと立ち上がり、チームメンバーに指示を出した。
「行きますよ。村人の皆さんはなるべく一か所で、外に出ないようにしてください」
「なぜそう冷静なんだ!ガウント村はもうおしまいなんだぞ!?」
村人の一人が声を荒げた。しかし、グレゴリーは気にした様子もなくただ「まだわかりません」と答え、家から出て行ってしまった。
遠吠えは、礼儀正しくも村の入り口からした。全員が覚悟を決めて村の外に出た。そこにはこげ茶色の狼が十匹、やはり、敵はミネシスウルフだった。
「
グレゴリーのセリフにルルシスが驚愕する。ルルシスだけでない、ハントもジェットも意味が分からないという顔で彼を見た。しかし、当の本人はまるで本当に救われたような顔をしていた。
「
三人は今すぐにでも、彼の真意を尋ねようとした。しかし、魔物たちは彼らに時間を与えず、襲い掛かってきた。
戦闘開始である。
『固定しろ!』
十匹の狼がまっすぐ四人に突っ込んでくるのを、グレゴリーは見えない壁を作り、狼たちを二分にした。壁の内と外、五匹ずつに分けられたことに動揺したミネシスウルフのすきを見逃さず、四人は戦闘の構成を整えた。前方にルルシスとハント。後方はグレゴリーとジェットである。
「僕は魔術を使っている間、あまり役に立つことはできません。五匹ずつしとめていきましょう」
「了解」「りょーかい」「っス!」
二匹がルルシスに、三匹がハントに向かう。ミネシスウルフが跳躍をしたと思うと、ルルシスの首筋めがけて一直線に向かってきた。彼女は自身の盾を上に持ち上げ、魔獣を吹き飛ばす、が
「ルルシスさん!足元!」
「っ!?」
盾も持ちあげたことにより生まれた死角をつき、もう一匹が足元を狙ってかみつく。ルルシスは軽く飛んでかわした。
相手の死角を理解し、仲間と連携する賢さ。さらに、相手が逃げ辛くするため真っ先に足元を狙う狡猾さは、今まで戦ってきた魔獣とは比べ物にならないほど知性を感じさせる。
二匹を相手にルルシスは防戦一方、ハントの方もかなりきつそうだ。このままでは負けてしまうだろう。もっとも、魔術師のことを考えなければの話だが。
「ジェット!」
ハントはわざとらしく姿勢を崩す。空いたスペースにミネシスウルフは好機とばかりに突っ込んでくるが、後方からいきなり氷の槍が投げ込まれる。頭部に突き刺さり、動かなくなった。連携をするのは、何も魔獣だけではない。
「一匹目」
グレゴリーはリクヨの杖をふるったまま、透明な壁『
ジェットは地面に手を付けると、グレゴリーに一つお願いをした。
「グレゴリーくん、合図をお願いします」
「わかりました」
手を付けたまま、ジェットは深呼吸をした。大きな魔術を使う際、心身を落ち着かせるためのもの、例えるなら重い荷物を持つ前の覚悟のようなもの、を一気に終わらせ、多くの魔力をつぎ込む。
『氷よ 御冷気を かの愚か者に 思い知らせろ!』
「今だ!飛べっ!」
ハントとルルシスがその場でジャンプすると、地面が一気に氷始まる。ミネシスウルフの動きを完全に止めることはできないが、わずかながら足を止めることができる。そして、ハントはそのわずかな隙を見逃さなかった。
「うらあッッ」
また一匹、真っ二つになり地面に転がる。わずかに痙攣するが立ち上がることはなかった。
「二匹目」
さすがに焦ってきたのか、ミネシスウルフたちの動きが単調になってきた。一匹がまっすぐにルルシスに突っ込み、はじかれる。
『氷よ 貫け』
はじかれた先に飛んできた氷の槍を、一度見ていたからか何とかかわす。しかし、背後にいたハントには気づけなかったのか、大剣によって胴体と頭は切り離されてしまった。
「三匹目」
何とか三匹、この分では何とかなりそうだ。そんな油断がいけなかったのだろう。胴体から切り離されたミネシスウルフはそのまままっすぐにルルシスへ向かい、
「っぁッ」
「ルルシスさんっ」
倒れこむルルシスに残りの二匹がとびかかる。一匹はわき腹に食いつき、もう一匹はとどめを刺そうと頸動脈にかみつこうとする。しかし――
『切り裂けぇッ』
リクヨの杖から放たれた不可視の刃が今頸動脈に食らいつこうとするミネシスウルフの頭部を弾き飛ばす。グレゴリーはそのままルルシスに近づき、わき腹に食いつく狼を蹴っ飛ばした。
「っは、っは、っは」
右足と左わき腹から血を流すルルシスを、グレゴリーは見ることしかできなかった。血が出すぎている。このままでは死んでしまう。荒い呼吸がルルシスの体がいかに危険であるかを雄弁に語っていた。
血だまりがグレゴリーの靴を汚した。荒っぽく上下に動くルルシスの胸が、苦しそうに呼吸をする息が、グレゴリーを責め立てた。
「グレゴリー、あとにしろ」
ハントがこちらに向かって何かを言った。グレゴリーは聞き取ることができなかった。ただ、自身の鼓動しか聞こえなかった。
「グレゴリーくん、残りの六匹がこっちに来てる。早く、
ジェットもこちらに何かを言った。でも、グレゴリーはジェットのことを見なかった。ただ、ルルシスのことを見ていた。ルルシスの目を見ていた。その眼は、あの時と一緒だった。
『先輩なら大丈夫っスよ』
「っ申し訳ありません。指示を出します。僕とハントさんは前線、さらに前に進みます。ジェットさんはルルシスさんの治療をお願いします」
「「了解!」」
新しい前衛組は何も恐れることはないようにまっすぐに突っ込む。ミネシスウルフたちもそれを察したように足を止めた。
「作戦は?」
「ルルシスさんには時間がありません。早くちゃんとした治療を受けさせないと。だから――」
「速攻だな!?りょーかいッ」
幸いなことにジェットは氷属性だ。止血という点で彼より適任な人はいないだろう。速攻で倒せば何とかなるかもしれない。しかし、間に合うだろうか。グレゴリーは一切の邪念を捨て、いかに相手を手早く倒せるかに思考をシフトした。
ただ、殺意をもって目の前の敵を駆除せんと、人間と魔獣は今全く同じ心持になったのだ。