グレゴリーはただまっすぐにミネシスウルフたちのもとに向かい、手元の鉈を引き抜き、振るった。鉈はオオカミを切断し、一つの生命を終わらせたが、大振りであったため隙ができてしまった。足元を狙う攻撃を
「五匹目」
三匹のミネシスウルフを相手にしながら、一連の流れを見ていたハントにグレゴリーは目で合図を送った。ハントは少しの間迷ったが結局覚悟を決めたように、右足を差し出す。当然のように噛みつかれる。
「っっああ!くっそいてぇっ!?けどよ、噛んでる間は何も出来ねえよな。体のどこかにかみつかせておけばよ、相手にする数は減るよな!?」
三対一が二対一に。噛みつかれた狼を無視するように、ハントは一匹をしとめる。ハントのワンアクションが終わり、動きが停止した瞬間を狙ったミネシスウルフを背後からグレゴリーが襲った。
「六、七匹目」
ミネシスウルフは戦況の不利を悟ったのか、動きが消極的になる。グレゴリーの左手、ハントの右足に食いついていた狼も素早く外し、距離をとってしまった。グレゴリーの左手は血を流し、いまだに止まることはなかった。
「おい、左腕大丈夫なのか」
「動きませんね。ハントさんこそ右足は」
「俺はちゃんとすねあてをかませたよ。狼どもが及び腰になった、こっちもゆっくり攻めるか?」
「いいえ、時間がありません。先ほどのように速攻で」
いうやいなや、グレゴリーは飛び出してしまった。ルルシスの容体がわからない以上、こちらは攻めるしかないのだ。動かない左腕と、グレゴリーよりはましだがけがをして十分に動けないハントの右足で、なるべく早く奴らをしとめるしかない。
それを知ってか知らずか、ミネシスウルフは攻撃をかわすようになった。右腕だけで鉈をふるっているのもあるだろうが、相手側はすっかりカウンター狙いになっている。こちらに余裕がないことを知っていて、より焦らせるための時間稼ぎである。
グレゴリーの攻撃をミネシスウルフたちは完全に間合いを読み切り、右へ左へ避けていく。攻撃にハントが加わっても均衡は崩れず、魔獣たちはぎりぎりの距離で人間たちの攻撃をかわしていく。しかし、それがいけなかった。
「ハントさん、頼みましたよっ」
グレゴリーが大きく足を踏み込む。当たれば一撃で、と思える大振りは、しかしミネシスウルフのバックステップによってかわされてしまう。あとは、三匹から攻撃を食らっておしまいである、はずだった。
『切り裂け』
刃をふるった軌道の延長線上。本来届かないはずの空間に、風の刃が届いた。
魔術師は基本、魔術媒体なしでは魔術を使えず、また、体を大きく動かしながらの使用も、集中力の関係であまり現実的ではない。しかし、ことグレゴリーのかまいたちは、鉈を振る動作とセットの魔術。本来の魔術師では悪癖とされることであっても、彼にとってはそれが一番集中しやすい形であった。
「八匹目」
だが、戦闘はまだ終わっていない。一匹をしとめようと残り二匹が残っている。大振りを放ったグレゴリーを前に、ミネシスウルフは容赦なく、右腕にかみつこうとした。しかし、その一撃も防がれてしまう。
「さすがです。ハントさん」
ミネシスウルフはなぜ忘れていたのだろうか、青年の隣にいるこの大男に。狼の視界に彼の姿が映った瞬間、大剣により彼は絶命した。
「九匹目」
残り一匹。だからと言って油断をしていたわけではなかった。グレゴリーはこう考えていた。あと一撃なら
「ジェットッ」
ハントの叫びに気づいたジェットが、ルルシスをかばうように前へ出た。しかし、間合いはすでに狼のもの。魔術を使うにはあまりに遅い。
『氷よ――』
詠唱を唱えるきる前にミネシスウルフがジェットの首筋にかみつく、もしこのまま頸動脈をかみちぎられれば、簡単に失血死してしまうだろう。もっとも、もしもの話だが。
『――奪いたまえ』
噛みつかれた瞬間、ジェットはミネシスウルフに手を当てつつ、詠唱を完成させた。魔術師は当然接近されると弱い。だからこそ、接近された際の切り札は、一つや二つ持っているものである。彼の場合は触れた対象を凍らせるの魔術である。デメリットは数えきれないほどあるが、人間はともかく狼程度の大きさならば瞬時に凍らせることができたようだ。そのまま両手で狼を砕く。
「十匹目だね」
戦闘終了。
グレゴリーは慌ててルルシスのもとに向かう。息はまだ乱れたままで、意識は失っていた。大けがをした部位は、止血の甲斐があったのか血こそは止まっていたが、ルルシスの青白い顔を見ると、あまり喜べる状態ではないことがわかる。
「応急処置はしたけどね。あまりに多くの血を失いすぎている。早く医者に見せた方がいい」
グレゴリーは左手が動かず、また、ジェットも先ほどの魔術の後遺症でしばらく両腕を使うことができない。比較的軽症なハントが運ぶことにしようか、などと話し合っていると遠くから少女の声がした。
「おーいっ、グ、グレゴリーさーん?大丈夫、ですか」
「す、すげえ。本当にミネシスウルフを倒したのか」
「これで村は救われたの?」
たくさんの大人たちの先頭にリーコスが立ち、グレゴリーのもとにやってきた。
「リーコスさん!できるだけ早く医者を」
「お、お医者さんならもうつれてきました、よ。にっ人間の血の匂いがしたので……」
リーコスの隣に立っていた老人は救急箱を開けてルルシスの様子を見始めた。心配そうな顔をしつつも黙って処置を見届けるグレゴリーとジェットと違い、ハントは遠慮もなく医者に食ってかかった。
「おい、この医者信用できんだろうな。藪医者はごめんだぜ」
「藪医者でも素人よりましじゃろうて。どれ……」
確かに、医者の手際を見ると熟練の動きであった。仕事柄包帯を巻きなれている冒険者でもそう思うのなら、彼の技術はちゃんとしたものである。どうにも村全体が無能であるというわけでもないらしい。
「ふむ、血を流しすぎておるの。輸血の準備をしよう。用具はそろっとるからあとは提供者だけじゃ」
「なら僕からとってください。彼女がこうなったのは僕の責任でもあります」
「俺のでもいいぜ、なんならジェットのも合わせれば足りねえってことはないだろ」
「馬鹿かおぬしら」
グレゴリーとハントの提案を、医者は少しも悩まず却下した。グレゴリーは当然、彼の責任は文字通り彼の血肉をもって償うべきであると考えていたし、ハントたちも断られるとは思わなかった。しかし、医者は確固たる強い意志を声に乗せ、自身の職としてまっとうな判断を下した。
「おぬしらも血を流しすぎじゃ。特に若いの、おぬしもこれ以上血を失ったら危ういぞ」
「だから何だというのですか。僕の部下を見捨てろと?僕は僕の部下のためならいかなる責任も負います。当然命が失われようとも」
グレゴリーにはグレゴリーなりの覚悟があった。その責任感が時として彼自身を猛烈に責めてしまうことをハントとジェットは知っていた。いつもはそんな彼を押しとでも支える彼らも、この時ばかりは何も言えず、ただ成り行きに身を任せていた。もちろん、グレゴリーから血を抜くことがあったら、彼が暴れてでも止めるだろうが。
はあ、と医者のため息をつきつつ、呆れたように呟いた。
「頑固じゃの。そもそも、おぬしらが血を提供する必要なんてどこにもないじゃろうに」
「それはどういう」
言いかけたとき、リーコスが彼の発言を遮るように、おどおどと、それでいて覚悟を決めて発言した。
「わ、わたしの、を、つっ、使ってください!私は獣人ですけどっ。き、汚い獣の血が混ざっていますけどっ。それでも、」
リーコスは彼女なりに考えたことを一つ一つ、つっかえつつも話した。目に涙をため、声が震えようとも、グレゴリーたちのためになろうと考え行動した。グレゴリーはただ目を丸くして何が起こっているのか理解できずに座っていた。
すると、リーコスに感化されてか他の村人も次々と手を挙げた。
「いや、俺の血を使ってくれ。こんな幼い体から血を抜いてしまっては、いつ死んでしまうかわからないだろう」
「私も協力するわ。だって村を救ってくれた恩人だもの」
その場にいた全員が自身の血を差し出した。ハントやジェットでさえもこの展開は予想外であった。もちろん、人によってはただの手のひら返しであると思えよう。村を救ったからただ態度を変えただけであるように見えよう。しかし、それで十分だった。ルルシスの命が救えるのであれば、それ以上のことはなかった。
「ありがとう、ございます」
グレゴリーは頭を下げた。ただの謝罪ではない、この一つの動作に感謝と過去の許しと未来の関係を一挙に作り上げた、そんな気がした。
こうして、グレゴリーたちの間で一人の犠牲もなくミネシスウルフとの戦闘を終えることができた。
ルルシスは村長宅に運ばれて医者と助手たちにつきっきりで看病されることになった。グレゴリーたち三人は用事があるため、故グレア宅で養生することになった。グレアは生前魔剤師であったため、家にはポーションを作る機材が置いてある。グレゴリーは休みながらもさらなる回復ポーションを作る腹積もりであった。
ポーションを作りながらも、ハント、ジェット、少しの村人たちは今後ガウント村がどうなるのか、そも、なぜ彼らがミネシスウルフを退治することができたのかを話すことになった。
「てめえが秘密主義なのは今に始まった話じゃねえけどよ。そろそろ話してくれたらどうだ。なんで俺たちはミネシスウルフを倒せたんだ。それに『最悪の事態を免れた』ってのは何なんだ」
新米C級冒険者グレゴリー・グレゴリオをハントとジェットはよく知っていた。彼はC級としてはあまり強いということができない。メンタルも弱くすぐにへこんでしまう。しかし、彼がここまでやってこれたのは知識量と、それを現実に生かす応用力である。彼は常に奇想天外な作戦によって難を逃れてきた。今回も、一体どんな手を使ったのか、それを彼らは聞きたかったのだ。
「僕は今回特別な手を使っていません。むしろ、
沈んだ顔をしたものの、グレゴリーはすぐに立て直す。とりあえず説明をしなければならない。
「一つずつ整理していきましょう。なぜB級相当のミネシスウルフを倒せたのか。それは
「申し訳ないけど知らないね。本来戦う相手の情報は事前に調べておくけど……」
「俺はしねえぞ」
「君はね。今回はグレーウルフと戦うって聞いていたから」
「――百匹前後」
数の多さに皆が驚愕する。たった十匹でさえあれほど苦戦した相手が本来の十分の一。ミネシスウルフの強みは連携力である。仲間同士が意思疎通をして一匹の生き物であるように群れで狩りを行う。そんな生き物が約百匹ともなれば、なるほどそれはB級相当であろう。十匹を分断しつつも倒せたのに納得がいく。
「だが、残りは?」
「残りはおそらくフィストたちを追っていきました。ガウント村に現れたミネシスウルフが十匹だったときそう確信しました」
たしかに、本来百匹来るはずがその十分の一しか現れなかったら、最悪の事態を避けたといえるだろう。しかしなぜ、なぜ十匹程度しか現れなかったのだろうか。
「きっと僕たちが相手したのは足止めの部隊だったんです。メインは全員フィストの方へ。なぜそのような事態になったのかも予想できます」
「……肉塊」
ジェットのつぶやきは正解だった。グレゴリーがわずかにうなずく。本来罠に使うはずだった肉がきれいになくなっている。これはおそらく村の青年たちが旅路の途中に食べようと思ったのだろう。リーコスは肉塊のありかを、今朝嗅ぎ当てることができた。狼と同様の嗅覚を持つ彼女にできるなら、ミネシスウルフたちにとっても難しくないだろう。
「でも、なぜ?フィストがそんなミスをするとはとても思えない。出発の前に忠告の一つや二つをするはずでは?」
「忠告をしたでしょうね。でも、青年たちはそれを無視した。田舎町では肉はめったに食べれるものでありません。彼の言い分を無視して持ち運んでも何もおかしくはないでしょう。何せ自分たちのために村を見捨てるほど自己中心的なのですから」
結果、グレゴリーは何をすることもなく、ジェットとナント達が勝手に行動し、ともなって判断をしたミネシスウルフにより末路が決定した。グレゴリーは何もできなかったのである。ゆえに、何の手柄もない。ただ、相手がミスをしただけ。
「フィストのミスはナント達を連れて行ったことです。いざとなったときの肉壁にするつもりだったんでしょうが。ただ、彼が愚図たちを仲間に引き入れたせいで、たったそれだけで彼に悲劇が襲い、僕たちは助かったんです」