新米C級冒険者は最善を尽くす   作:我らに幸あらんことを

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白き巨人と冒険者の資質

「グレゴリーは冒険者をやめるべき」

 

 真っ白な髪はただまっすぐに腰まで伸ばし、身長は普通の男よりも頭一つ分でかい。顔は美人であったが表情というものは一つもなかった。ただ無表情で凛、としている。冒険者として高身長というのは大きな武器である。

 その女性が現れたのはミネシスウルフがガウント村を襲ってから二日後の朝。ルルシスの意識も戻り、十二分に回復ポーションを作り終えたグレゴリーもけがを治すことに専念していた。フィストを倒したミネシスウルフ本隊がガウント村に戻ってくる可能性もあったが、正直九十匹を相手にできることなどほぼなかったので皆割り切っていた。

 

「ミーミルさん、ミネシスウルフはどうなりましたか?」

「ん。ミネシスウルフは倒した。C級がひとりワイズに帰ってきて、一緒に引き連れてきたから」

「ちっ、あの野郎生きてやがったか」

 

 ハントが毒を吐くも女性は目を向けることもなくただグレゴリーを見ていた。手元には大槌(おおづち)。その細身な体で扱うことができるのかはなはだ疑問であったが、彼女の獲物にはべったりと血がついていて、おそらくはあの狼の血であった。

 

「まあ、フィストがワイズまで逃げ帰ったおかげで私たちも救われたけどね。もし、ガウント村を出てすぐに絶滅していたら、本隊は間違いなくこちらに来ていただろうから」

 

 ワイズは発展した町であり、国の特色である冒険者もかなり強い部類である。ミネシスウルフは群れの総合でB級だが、グレゴリーたちが拠点としているワイズにはそこそこB級がいる。そして目の前の白髪の女性、ミーミル・ローワンもまたその一人である。

 

「C級おめでとう、グレゴリー。ひさしぶり」

「久しぶりですね、ミーミルさん」

 

 ミーミル・ローワンは天才である。いや、表現としては天災と表記した方が良い。彼女はたった一年半でB級にまで上り詰めた、四分の一巨人族の血が入った女性である。驚くべきはその腕力。何もかもを一切合切大槌をふるい叩きのめす。たったこれだけでB級になったといっても過言ではない。

 

「ミーミルさん、おそらく戦闘があったと思うのですがけがとかはありませんか」

「ない。しいて言えばあの狼たちを()()()()()()倒して一気にここまで来たからちょっと疲れてる」

 

 という割には彼女の顔にはやはり疲れというものは見えなかった。彼女はつかつかとグレゴリーに近づき、けがの確認をした後、はあとため息をつき「やっぱり」と続けた。

 

「やっぱり、グレゴリーは冒険者をやめるべき」

 

 グレゴリーとしては痛感していることではある。ルルシスのけがについても、フィストに逃げられるまで事態に気づけなかった鈍感さも、あと一歩のところで取り返しのつかないところまで来ていた。これは自分の失態以外の何物でもない。

 

「ミーミルさんよお、確かに一年半やそこらでB級に上がったお方にはわからないかもしんねえけど、グレゴリーだって十分の活躍をしたと思うぜ。結果でいえば村も救えたし、チームからも死者を出すことがなかったんだから」

「ハントの言い分に賛成ですね。グレゴリーくんはリーダーとしての役割をしっかり果たしてくれました」

 

 ハントとジェットが否定する。隣にいるリーコスもこくこくと頭を振って意思を示す。もしこの場にルルシスがいたのなら彼女もまたグレゴリーをかばってくれていただろう。それでもなお、ミーミルの意見が変わることがなかった。

 

「本来のグレゴリーならけがの一つもしなかった。大方、味方のけがに動揺をして無茶をした。あんな雑魚相手に」

「グ、グレゴリーさんは、ル、ルルシスさんをっ、かばっていたんです!ゆっくり戦ってたら、彼女を助けられませんでした!」

()()()()()

 

 冷たい声が冷たい表情から発せられた。どこまでも冷酷な言葉に時が止まった。彼女は何と言ったのだろうか?そう、仲間を見捨てるよう発言したのだ。それは、村を見捨てて逃げたナント達やフィストと同じようなことではないか。ハントはむきになって反論をしようとしたが、それをミーミルが遮った。

 

「フィストたちもある側面から見たら優秀。彼らの目的は『自分が生き残ること』。彼らは彼らなりに考えて、結局フィストはやりおおせた。それに比べてグレゴリーは?」

 

 淡々とグレゴリーを追い詰める姿に、やはり反感を覚える三人ではあったが、言ってる内容はあまりに正しい。フィストの『手段を問わずに生き残る』というのは冒険者して一つの資質であることを、ハントとジェットはよくわかっていたからだ。グレゴリーはただミーミルのことをまっすぐに見つめ黙っていた。

 

「私はグレゴリーをよく知ってる。人生の目標が『より多くの人間を救うこと』だって。でも、自分の身に余る夢は、あなたの身を焦がすだけ」

 

 もし、より多くの人間を救うのであればルルシスなど見捨てて、安全に村を救うべきだった。一人の命で村の人間が救われるなら当然そうすべきである。

 もし、仲間の命を優先するなら、村など捨てるべきだった。フィストを見習ってとっととガウント村から出ていくべきだった。

 どちらも助ける、という自分の身の丈以上の目標を持っていたから、今回のように体を張り、けがを負った。冒険者としてぎりぎりまで戦うことは愚かであると誰もが知っていた。死線を乗り越えなかった冒険者はいない。が、死線を好む冒険者もまたいない。計画の不備によって死闘を演じることはあっても、死闘を前提に戦うことはあってはならない。

 ましてや()()()()()()。部下をけん引する上司としてはそんなことあってはならない。お互いチームを引っ張るミーミルとグレゴリーだけが、当たり前のように備えている責任感を前提とした会話。だからこそ、グレゴリーは一切の反論もなくただ沈黙を保つことしかできなかった。

 

「あなたは冒険者をするには優しすぎる」

 

 グレゴリーは冒険者をやめるべき。彼女が下した結論にもはや誰も反対の声をあげることができなかった。反論する能力をハントは持ち合わせていなかったし、リーコスにはまだ早すぎる。ジェットもまた異を唱えるにはあまりに理性的すぎた。

 リーコスは同時にこう思う。しかし、彼女は何者なのだろうか。グレゴリーに容赦なく言葉をぶつける彼女は、グレゴリーのことが嫌いなのだろうか。一つ一つミスを指摘して、彼の精神を追い込んでいるようにしか見えない。だから、次のミーミルの言葉は完全に予想外であった。

 

「だから早く、私のつがいになって」

「へ?」

 

 リーコスは呆けたまま、おっさんたちは「またか」という顔をした。グレゴリーは初めてミーミルから視線をそらした。そのことを気にも留めずミーミルはグレゴリーの前に立つと、両手首を取り視線を合わせようとする。身長差や体勢により王子様と姫のように見えるが立場は逆である。

 

「私が養ってあげるから」

「僕が冒険者をやめたら、ミーミルさんから借りたお金返せなくなりますよ」

「夫婦は共有財産、でしょ」

「……他の人からも借りているので」

「私が返す」

 

 会話の内容がひも男とその彼女そのものだった。まさか前半の長い批判がプロポーズの一環だったとはだれが思うのであろう。また、ミーミルの表情は変わらず、グレゴリーはしどろもどろをするばかりだ。

 

「あー、お二人さんの続きはワイズでもできるとして、この後どうすんだ」

「そうだった、私は護衛。今日のうちにみんなでガウント村を出る」

「えっ」

 

 お昼には出るから準備して、という命令に皆が唯々諾々としたがう。ルルシスは自分の足で帰れるか心配であるが、人一人程度ならミーミルが背負えばいいということになった。

 困惑したのはリーコスである。彼女とてグレゴリーたちがいつまでもガウント村にいるわけではないと十分理解していた。だが、彼女にとってあまりに急であることに変わりはない。外に出ていくミーミルを追いかけて「あ、あのっ」と話しかける。

 

「なに」

「えっと、その」

 

 話したいことはいくつもあるはずだった。グレゴリーのことだったり、あるいは彼との関係だったり、ワイズについてのこと、頭の中をいくつもの話題が巡る。だからこそ、リーコスは何も話すことができなかった。ミーミルの冷たい目に圧迫感を覚えたせいかもしれない。ただ下を見て、こちらが話しかけたにもかかわらず黙ってしまった。ミーミルはため息をつく。

 

「はあ、あなたそんなに自分の血が嫌い?」

「……ぇ」

 

 関係のないはずだ。自分はただグレゴリーについて聞こうと思っていただけのはずである。しかし、腹の底にある、ずっと抱えてきた重荷に触れられたような気がした。自身のコンプレックスを一瞬にして見破られた。心の周りにある殻をいきなり突き破ってきたミーミルの言葉に息が詰まる。

 

「『自分のような人間が彼に付きまとってはいけない』って」

「っ!?ど、どうしてっ」

 

 リーコスは肩を大きく震わせた。初めて顔を合わせて、会話という会話もする前からミーミルはなぜ自分のことを知っているのだろうか。底知れぬ恐怖がリーコスを襲った。ミーミルは返答をしばらく待ち、来ないことを悟ると背中を見せてさっさと消えてしまった。「自信がないなら、いつまでも自分の殻にこもっていればいい」と一言残して。

 一人残された少女は、白髪の冒険者を追いかけるわけにもいかず、グレゴリーのもとに行くのも惨めで、このままあったら彼に心配をかけるだろうと、村をふらつきながら回ることにした。

 ミネシスウルフを警戒していたころはすっかり聞くことができなかった笑い声がそこかしこから聞こえてくる。緑が生い茂る山のふもとからは子供たちが笑い叫ぶ声が、ボロボロになった家の中からは夫婦の笑い声が。酒屋はまだ朝なのにもかかわらず大人たちがひしめいていた。少女だけが孤独であった。情けなくなって、村のはずれに向かい顔を伏せて座った。

 

「そこで何をしておるんじゃ」

 

 声が聞こえたので顔をあげてみると、いつか見た医者であった。

 

「な、なにも、してないです。お医者さんこそ、な、なんでここにいるんですか」

「わしの家は町はずれにあるんじゃよ」

 

 冒険者が急に帰ることになったから、ルルシスの手当の最終確認に必要なもろともを取りに来たらしい。リーコスは返事をする元気もなく、医者は彼女を心配した。

 

「待っておれ」

 

 医者が家の中に入ると何かしらの装備品だろうか、少しほこり被った皮のポーチと中身の詰まった袋を持ってきてリーコスに手渡した。

 

「これは……?」

「ポーチはわしが若いころ使っておった装備品じゃ。袋には多少のお金が入っておる」

 

 リーコスが慌てて中身を見ると、そこには一振りの短剣と冒険者になるのに必要な装備の一式が詰まっていた。多少年季が入っているがよく手入れがされているからか使用することができそうだ。袋に入っているお金も、医者は少しと言っているが十分大金であり、ワイズでさえもひと月は遊んで暮らすことができるだろう。

 

「えっえっ?お医者さんは昔冒険者、だったんですかっ!?それに何でこんなお金を、わ、わたしに――」

贖罪(しょくざい)じゃよ。いや、自己満足と言ってもよい」

 

 少女の当然の疑問に、医者はため息交じりに答える。その姿がほんの少しだけ、リーコスを支え続けたグレアや彼女を救ったグレゴリーに似ていた。

 

「息子を病から救えず、村はずれに家を構えなるべく権力とはかかわらないようにしておった。結果は村長や青年たちの暴走、そして長期にわたるおぬしへの差別じゃ。何と詫びればよいかわからぬ。だからせめて、今まで抑圧されていた分だけ、おぬしのしたいことをしてほしいのじゃよ」

「わ、わたしのしたいこと?」

 

 声が上ずっていることが彼女にはわかった。視界がやけににじみ、こらえようとしても涙がこぼれる。リーコスには自分が何をしたいのかわかっていた。それでもわからないふりをしたのは、その願いを他人の口からきき、肯定されたいから。

 

「おぬしはグレゴリーとともにいたいのじゃろう?」

 

 その通りであった。彼女はただ彼のそばにいたいだけである。それでも彼がガウント村からいなくなってしまうなら、自身も出ていけばよい。彼が危険な場所に行くのなら、自身もまた武器をもって彼を守ればよいのだ。医者は手段を与えてくれた。

 自身の手を強く握り、涙をぬぐったリーコスは感謝を述べ、駆け出した。

 

「ありがとう、お医者さんっ!奥さんにもよろしくね」

 

 他意はない。ただ、夫婦は共有財産なのだから、お医者さんからもらったお金はその奥さんからもらったのと同じだと思ったのだ。

 医者は笑い、リーコスがいなくなってからつぶやいた。

 

「とっくの昔に別れたよ。なあ、グレア」

 

 老人の慈愛に満ちた瞳がリーコスの背を追った。

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