新米C級冒険者は最善を尽くす   作:我らに幸あらんことを

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後輩目隠し盾使いの見舞い

 ガウント村の一件で多くの人間が傷ついた。精神的にも肉体的にも。その中で、一番大けがをした者はだれか、というとそれはルルシス以外にはいないだろう。前髪を目元まで伸ばし、大楯を使うE級冒険者。わき腹と足をミネシスウルフにかみつかれ、命まで危ぶまれたのだ。

 ワイズにあるリウィング病院は正しい処置、まあまあの値段、早すぎる退院を掲げており、ルルシスはいったん医者の目にかかっておくことになっていた。

 木製の扉をたたく。「っス」と、入室の許可らしいものをもらえたのでグレゴリーは病室に入る。中にはベットひとつ、隣にタンスやいすなどがある。窓から光が差し込んでおり、照らされる彼女の顔色は十分によいようだ。

 

「っス!」

「ああ、おはようございます。ルルシスさん」

 

 昨日、ガウント村から帰りギルドおよびアマリスへ出来事を説明した。朝になり真っ先にすることはルルシスへのお見舞いである。早すぎるのも悪いと思っていたが、起きた時刻は朝と昼の間だったので、支度も含めるとほとんど昼の時刻であった。

 

「一応、お土産を持ってきたので」

「っス?」

 

 普通であれば果実や花束などを持っていけばよいのだろうが、グレゴリーが持ってきたのは回復ポーションである。あまりにかわいらしくないお土産ではあったが、ルルシスはそれでも嬉しそうに受け取った。

 空いている席に腰を掛け、一つ二つ声をかけた後、会話が続くことなく二人とも黙ってしまった。ルルシスの心情はわからないが、グレゴリーは彼女の傷、および死にかけたことの責任から負い目を感じている。そのことを感じ取ったのか、ルルシスは小さい声で話しかける。

 

「先輩のせいじゃないっスよ」

 

 思わず顔をあげると、いつもは前髪に隠れている彼女の瞳がこちらを見ていた。心を読まれたことか、後輩に気を使われたことかグレゴリーの顔が少し赤くなる。と、同時に申し訳ない思いが浮上する。

 

「先輩がいなかったらミネシスウルフも倒せなかったっス。私たちが生き残ったのも先輩のおかげっス」

「と、言うなら、ルルシスさんのけがもやっぱり僕のせいです。僕がもう少し強かったら」

 

 問題なのは、彼が彼自身を許すことができないことだろう。そもそも、強さの話をするならけがをしたルルシス本人が弱かったのが悪いのである。冒険者のほとんどは自己責任であるし、フィストに盾にされた腰ぎんちゃくたちも、一部の間では「あんな奴を信用していたのが悪い」と言われる始末である。

 それだけにグレゴリーの責任感がいかに強いかがわかる。当然C級だからというのもあるのだが、大部分は彼のトラウマ、それと生まれながらの性質である。

 

「先輩は十分に強いっス」

「いったいどこがですか」

「優しいところっス」

 

 ルルシスは目を閉じて、過去を懐かしむように、柔らかい声で語った。

 

「私は物心ついたころから孤児院にいたっス。親の顔も覚えていないから、シスターだけが私たち子どものよりどころっス」

 

 孤児院には大きく分けて二つの種類がある。一つは宗教団体が立ち上げたもので、もう一つは貴族に作られたもの。ルルシスの話に出てきたシスターという言葉から、おそらく前者である。ユウ王国の国教、つまり「国全体でこれを信仰しよう」というのはイフロンと呼ばれる宗教のみである。

 イフロンの最大の特徴は何といってもかなり寛容であるところだ。そも、冒険者が集まるユウ王国は、様々な人種、伝統、思想であふれかえる。そうすれば当たり前のようにいさかいが起きる。その摩擦を減らすために大体のことは許してくれる――悪く言えば毒にも薬にもならない――宗教、イフロンが国教となるのだ。

 そのほとんどないような教えの中に、一つこのようなものがある。『子は宝である。我が子を守りなさい。それでも余裕のあるもの、また子を持たぬものは、他の子を守りなさい』。この一文だけでいうならなんと素晴らしいことだろうか。

 

「シスターは優しくて強い人っス。でも、お祈りをささげているとき、たまにすごく寂しい目をするっス」

 

 シスターはたまに自分の無力さを嘆くことがある。どれだけの子供たちを救っても、手の届かない場所はあり、救えない人たちがいる。そのことを思い出すたび、彼女は悲しむのだろう。

 

「先輩の今の目が、その目にそっくりっス」

 

 ルルシスから見てシスターは強く優しく、そして儚い存在だった。その印象はそのままグレゴリーにも適用されている。だから、ルルシスは彼の役に立ちたいのだ。なぜなら、強くて儚い人を守るために、自分よりも他人を守ろうとする優しい人を守るために、ルルシスは大楯を手に取ったのだから。

 彼女の手がそっと、握りしめているグレゴリーの手を包んだ。人の温かさが伝わってくる。振りほどこうとも思えなかった。

 いつまでそうしていただろうか、グレゴリーは先ほどまで悩みこんだ顔をしていたのに、いつのまにやら迷いを断ち切っていた。しかし、それはルルシスの発言を否定する決断である。

 

「僕はシスターさんが強い人だと思いません」

 

 自分の大切な人を否定されたからか、ルルシスは大きく目を見開いて固まってしまった。何も、彼がシスターのことを馬鹿にしたからではない。シスターを否定することは、グレゴリー自身も否定することだから、それがショックだったのだ。

 尚もグレゴリーは続ける。顔に自嘲(じちょう)するような薄ら笑いを浮かべて。

 

「いえ、シスターさんは十分に強い人です。ただ、戦場に立たない限り、です。刻一刻と戦況が変わっていき、命が失われていく環境では、その儚いやさしさ逆効果ですよ」

 

 それではあまりに優しすぎる。

 ああ、グレゴリーは今になった思い出した。ミーミルのセリフを。『あなたは冒険者をするには優しすぎる』

 グレゴリーはルルシスが半生を語ったように、とつとつと過去を振り返りはじめた。

 

「僕はルルシスさんと同じように孤児でした。けど、一人の女性が拾ってくれたんです」 

 

 ルルシスの手にぎゅっと力が籠められる。身の上を話すグレゴリーはとても苦しそうで、実際彼はなるべく昔のことを思い出したくない。

 

「自分が姉になると言ってしばらく面倒を見てもらいました。途中、エンゲージ制度を使ってA級冒険者に保護者になってもらいましたが、それらの制度もすべて姉がやってくれました」

 

 エンゲージ制度とは、C級以上の冒険者がランクの低い子供たちの保護者となり、冒険者としての技術を教える仕組みである。基本的に活用されないのは、保護者側にメリットが全くないからである。そんなことするなら自分の子供に受け継がせた方が早い。

 しかしどういう訳か、グレゴリーの姉はA級と話をつけ、この制度を見事に活用して見せたのである。ただ、当時のグレゴリーにとって不思議だったのは、わざわざ従事しなくとも彼らは生活できていたという点だ。

 

「目的は僕の安全のためだったんです。自分をA級冒険者に預けると、途端に『世界を救うための旅』と言って飛び出してしまいました」

 

 破天荒な女性だった。わがままで、傍若無人(ぼうじゃくぶじん)で、本当に強かった。グレゴリーにとって強さとはまさに彼女のことであるのだ。

 

「……その女性はどうなったんっスか」

「世界を救いましたよ」

 

 グレゴリーはぐちゃりと笑った。なんとも痛々しく、決して子供にはできない笑顔であった。

 

「僕の考える強い人は、少なくともあなたに怪我を負わせるような人ではありません。これは僕の判断ミスです」

 

 そもそも、ミネシスウルフは群れ単位でB級、一匹一匹でさえもD級である。E級のルルシスに相手をさせるのはあまりに酷である。それでもルルシスを前線に出すしかなかったのはどうしようもないほどの人手不足と、ミネシスウルフを分断させるのに手一杯だったグレゴリーの責任である。万が一の場合を考えて、ルルシスは後方に下げるべき――

 

「――それは、いやっス」

 

 グレゴリーが下そうとした決断に、ルルシスが確固たる意志をもって否と唱える。その続きは決して言わせまいと、本来の彼女ではありえないほど強い声で遮った。

 

「それじゃあ、ただ守られるだけっス。私はまだ弱いけど、みんなに頼られたいから冒険者になったっス。先輩もそうっスよね?先輩だって()()()()()()()()()()()()はずっス」

 

 彼女の視線から逃れるように、グレゴリーは目をつむり自身の心に集中した。にもかかわず、彼女の言い分が図星だったのか、的外れだったのか、自身にすら判断がつかなかった。ただ手を軽く額に置き、しばらく考え込んでいた。だが、わからないものはわからない。きっとこの言葉は時間をかけて解決させるものだと見切りをつけて、少々強引だが会話を本来のものに戻すことにした。そう、グレゴリーはルルシスの見舞いに来たのである。

 

「けがの調子はどうですか」

「わき腹は先輩の回復ポーションのおかげでそこまで長引かなそうっス。足の方は……後遺症は残らないってお医者さんが」

 

 包帯の巻かれた足を自分でポンポンとたたくと顔をしかめて痛そうにする。リウィング病院はさっさと退院させるので、しばらく自宅治療が続くそうだ。

 となると、心配なのは治療期間中のお金周りである。病院代などは組んだチーム内から平等に使用されるが、通院中までのことは保証することができない。回復ポーションは定期的にグレゴリーが届けるとしても、たくわえが無ければ食うにも困る。体が資本の冒険者だからこそ、けがをした時が怖い。

 

「先輩と違って貯金するタイプなんで大丈夫っスよ」

 

 んべっ、といたずら小僧のように舌を出し、すぐニコッと笑った。

 ルルシスの元気な姿が見られたからか、一つ大きな息を吐くとグレゴリーは長い間病室にとどまっていたことに気が付いた。

 慌てて立ち上がり、着ている服のしわを伸ばすと、ルルシスの方を向く。

 

「ちょっと話過ぎましたね、まさかここまで会話が弾むとは思っていませんでした」

「っス!」

 

 すっかりいつもの調子に戻った彼女を見て、「それでは」と去っていくグレゴリーの背中に、ルルシスは一つ心配そうに声をかけた。

 

「最近、イフロン教に過激派が出てきてるっス。なんでも入団していない一般人を襲うらしいっス」

 

 先ほども述べたが、イフロン教は毒にも薬にもならないことで国に認めてもらっているのである。そんな、悪目立ちをするのはかえって悪影響だろうに、と考えながらも忠告を頭に入れて、ついにグレゴリーはルルシスの病室から出て行った。

 リウィング病院を出てから歩いて十分以内に、魔術商店と呼ばれる大きめの店がある。グレゴリーはアマリスのアドバイスに従うように風の魔術書を購入しようとしていた。

 しかし、店へ向かっている途中、路地裏の方に真っ黒なロープに身を包んだ人物が、露天売をしていたのが目に入った。いかにも、といった店ではあったが、もとより好奇心が強く、さらにはガラクタ好きということも相まって、自身でも気が付かないうちに足が向かっていた。

 

「あっ、いらっしゃいませですわ」

「……ですわ?」

「そうですわ。人の語尾に何か文句がおありですこと?」

「いえ」

 

 ロープに身を包んだ人物は体格が見えないこともあって、てっきり小汚いおっさんだと思っていたが、女性の声で、まだ若く、しかもどこかで聞いたことがあった。しかし、似ているだけだろう。なぜなら彼女がこのような路地裏にいるわけがないのだから。

 改めて商品に目を通すと、どれもきれいな状態で保存されている魔術関係の商品であった。中には魔術書も二冊あり、値段もほぼ定価である。正直、露天で売っていい品ぞろえではなかった。

 

「しかもこの『風属性の魔術と媒体』、アマリスさんがお勧めしていたリストにも乗ってある」

 

 アマリスは貴族の生まれで、最近絶縁されてしまったものの貴族としての教育を受けてきた。その際得た信用できる魔術書の一覧リストを、グレゴリーにも見せてくれたのだ。

 

「これっていただけますか」

「もちろん!はあー、初めて売れましたわ」

 

 当たり前である。こんな怪しげな店で大金を使う方がバカである。

 

「あっ、でも一応もう片方の魔術書も見た方がいいですわ。平民の方々にとっては魔術書一冊でも高価なのでしょう?ゆっくりお決めになられて構いませんわ」

 

 余計なお世話である。この店員、絶望的なまでに接客業が向いていない。

 

「こっちはどんな魔術書なんですか」

「これは『加重詠唱の書』ですわ。加重詠唱を習得いたしますと、魔術を一つ継続しながら新しい魔術を詠唱・発動することができますの。使える魔術が多い方にお勧めですわ」

「二つしか使えないんですけど」

「宝の持ち腐れですわー!」

 

 本当に言いたいことをいう性格のようだ。きっと実家で甘やかされて育ったに違いない。

 とはいえ、目的のものは手に入ったし、魔術書を買ったうえでさらに買い物をする財力も胆力もグレゴリーは持ち合わせていなかったので、家に帰ることになった。

 願わくば、今回買った魔術書は、ガラクタたちの仲間入りしないように。

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