冒険者ギルドの裏側。更地には少しだけ草が生えているだけで他には何もなかった。この土地は一応、冒険者たちの訓練場となっている。そして、二人の男性が、模擬戦を行っている最中であった。
大剣を持った大男、ハントに対して、黒髪黒目の青年、グレゴリーは鉈をもって向きあっていた。
「ッ」
地面をけったグレゴリーは、相手のリーチをつぶすように懐に潜り込み、鉈を細かく振るう。ハントは器用に大剣を使い、最小限の動きで攻撃をいなしていた。
右腕に鉈をもって、水平方向に右から左へ切りつける。ハントはバックステップでかわすも、鉈は囮である。ハントが鉈に注意しているを見たグレゴリーは、鉈をふるった格好のまま後ろ蹴りを腹部にくらわした。
「いってぇ」
衝撃に逆らわず後ろに飛んだハントも、さすがに無傷とはいかなかったのだろう。苦痛を顔に表した。しかしすぐにニヤッと笑うと、声をかけてきた。
「いい蹴りだ。けど、悪手だな」
大剣の構えを下段にし、蹴りによって空いた距離を使って、ハントは勢いよく突っ込んでくる。
ハントの突進を受け止めようと、鉈を手前に構え防御の姿勢を取りはしたものの、体格差もあって吹っ飛ばされてしまった。
受け身を取りながらも地面に転がると、起き上がる暇もないうちに、グレゴリーののど元に大剣の切っ先が突き付けられた。
「参りました」
グレゴリーの降参と共に、今日のハントとの模擬戦は終わった。十戦やって二勝八敗。魔術なしではあったもののC級として振るわない結果となった。
「体重差のある相手に待ちの姿勢はよくねえな。前半のように速さで圧倒していた方がやりずらかったぜ」
伸ばされた手を握ってグレゴリーが立ち上がる。反省会はギルド内でやろう、と話していると、観戦をしていたアマリスが近寄ってきた。
「情けないわね、C級がD級に負けるなんて」
言葉こそ辛辣であるが、あくまで友達をからかうも声のトーンである。グレゴリーも彼女に合わせて、
「アマリスさんこそ試験対策大丈夫なのですか。特訓に付き合っていただくだけでなく、観戦までしてくれるなんて」
「あんな簡単な試験受からないバカいる?……あら、ハントさんいたの?気づかなかったわ」
「じゃあさっきまで何を観戦してたんだ?」
ワイズに帰ってきてから約二週間。アマリスとハントはよく彼の特訓に付き合ってくれている。アマリスの魔術の腕はともかく、ハントの技術はC級でも見劣りしないほどであり、頭の方がもっとしっかりしていたら彼もC級に至れたかもしれないほどだった。
三人が並んでギルドに向かいながらも、話をつづけた。
「ハント、グレゴリーの技術はどんなものなの?正直魔術の進みはまあまあって感じなのよね。成長はしているのだけど、爆発的かって言うと……」
「はん、二週間そこらで大幅に成長するかよ。そんなのせいぜい素人どもぐらいだぜ。強くなればなるほど成長スピードは落ちていくんだよ。凡人はな」
むしろ、C級になって、二週間で成長を確認できてる時点でかなり異質だぜ。と、続ける。
グレゴリーの中途半端な立場がそうさせたのか、彼自身の才能の結果かわからないが、ともかく二つの側面からグレゴリーは成長していた。本人もそのことを自覚しながらも、さて、いったいどれほど時間をかければ、満足なほどの力を手に入れられるか。
考えながらもギルドに入ると、そこには見覚えのある、汚い金髪が目に映った。真っ先に反応したのはハントである。
「フィストてめえっ!」
不潔な金髪、他人を馬鹿にするように張り付けられたにやけっつらは、彼のどこまでいっても軽薄な性格を表していた。
フィストはC級冒険者である。ガウント村では真っ先にグレゴリーたちを裏切り、彼の取り巻きとナント達村の青年を引き連れ、唯一生き残った男である。役職は盗賊、斥候といった方が良いかもしれない。
大男であるハントに詰め寄られても、彼はへらへらとした態度を改めることなく、両手を広げて歓迎の構えすら見せた。
「ああ!ずいぶんと久しぶりだなア。ガウント村ではどうもぉ。けど俺を恨むのは筋違いってもンだぜ。
「どの口が言いやがる!」
「落ち着いてください、ハントさん」
尚もとびかかるハントをグレゴリーは諫め、自身にも言い聞かせるように説明をした。
「ガウント村の一件は全て決着がつきました。そも、依頼内容を偽っていたこともあり、フィストさんの対処は多少の罰金で済んでます。今彼に暴力をふるってはこちらに非ができてしまいます」
「はん、非が何だってんだ。こいつを殴れるなら多少の罰則ぐらい目をつむってやるぜ」
とはのたまりつつも、ハントは冷静さを取り戻した。フィスト相手に、愚を犯す危険性。彼に社会的優位性を与えてしまえば何をされるかわからない。
C級冒険者『
「卑劣な男ね」
「あァ!そうだとも!!卑怯で卑劣で悪漢なのが俺ァさまだ。けどよぉ、
「あんたにとってはそうなんじゃない?」
アマリスとの言葉の応酬も、いやな笑顔で返すフィスト。仕掛けた側の彼女の方がすでに嫌気がさしていた。
「フィストさん、今回はどのようなご用事ですか」
「よぉグレゴリー。俺ァもうし分けないと思ってたんだ。前回の一件でよお、いや、
「えっと」
質問はうまく返ってこない。そのことを指摘しようかと思ったが、続きがありそうなので黙った。
「だからそうだなぁ、少しでも、ガウント村に貢献しようとォ、彼女の支援を買って出たわけだ」
「彼女?」
「あアそうだ。こっちに来い」
感動のご再開。耳障りな声とともに出てきた少女にグレゴリーたちは思わず目を張った。
うつむきながら出てきた獣人の少女、グレゴリーを追いかけてガウント村から飛び出した彼女の名前はリーコスである。
「グ、グレゴリーさん」
「そういうことですか」
誰もが驚く中、グレゴリー一人だけが状況を正しく把握していた。
もちろん、赤の他人が個人を奴隷にすることはできない。そこで悪用されるのがエンゲージ制度、つまり冒険者を弟子にする制度だ。一度保護者になり身元を保証することによって、新人を売ったお金をもらうことができる。
あまりに遠い親族(他人)を売り殺すことから、遠親殺しと呼ばれる詐欺は、たしかに、リーコスを対象にするのに最適であった。
「ならここに来たのはエンゲージ制度を結ぶためということですか」
「そうだなァ、残念、たった今提出したところだぜェ」
ぎゃははと笑うフィストに、グレゴリー冷や水をは浴びせるように鋭くはなった。
「たった今提出された、ということはまだ承認されてませんね。なら僕は、リーコスさんにエンゲージ制度を申し込みます」
「はァ?何言ってんだ。すでに提出してんだろォ。なら、今更名乗り出ても無駄だろうがよお」
「そうですかね、僕の記憶だ正しければ『エンゲージ制度において二名以上が保護者に名乗り上げた場合、被保護者の意見が優先される』と記されいるはずです」
「!わ、わたしグレゴリーさんがいいですっ」
グレゴリーの意図をくみ取り、リーコスが慌ててぶんぶんと首を振った。
フィストは一瞬苦虫を食い潰したような表情をしたが、すぐにいつものにやけっつらに戻し、冷静に反応した。
「けどよぉ、こっちはすでに提出をしてんだぜえ。なら、あくまで俺たちの立場は互角、だよなァ」
「互角なら、なんですか」
両者がにらみ合い、空間が凍り付く。ギルド内にはもはや彼ら以外に会話をしているものはいなかった。
「決闘だっ」
その声は当事者ではなく周りにいた冒険者が勝手に叫んだものだった。しかし、同時に野次馬を含むすべての冒険者たちの代弁であった。
「場所はどうします?」
「訓練場でいいだろうなア。時間は?」
「二週間後で」
「それでいいぜえ」
二人は敵対しているとは思えないように息を合わせる。
「立ち合いは冒険者ギルドの訓練場」
「時刻はァ今日より二週間後」
「リーコスのエンゲージ制度をめぐって」
「正しい権利を主張するゥ」
「我、『害虫』の名をもって」
「我、『生存』の名をもって」
「「ここに決闘を宣誓する」」
うおーだとか、ぎゃーだとかやかましい野次馬をしり目に、アマリスがつぶやく、
「あいつら何で決闘の口上を覚えているのよ」
「誰にだってそういう時期はある」
ハントのフォローも効果を表さないようで、彼女の視線は炎の魔術師とは思えないほど冷ややかだった。
気が付くとフィストはすでに消えており、リーコスのみが残っていた。冒険者にとっては決闘で決められたことは絶対であり、今更身柄を拘束しても意味などないのだ。
狼の少女は涙を浮かべながらグレゴリーに駆け寄り、ひしとしがみついた。
「グ、グレゴリーさん。申しわけ、ない、ですっ。あなたの迷惑にならなようにって、一生懸命頑張ったのに、け、結局、私は……」
命の恩人の助けになりたい。その願いを胸に今まで生きてきた村を捨てワイドまでやってきたのに、また彼の足手まといになる。そのことが彼女にとってどうしようもなく悔しかった。
「僕こそ申し訳ありません。あなたのような純粋な子供が、この町に来てどのような目に合うかなんてわかりきっていたのに」
こちらの手違いだ、というグレゴリーの言葉になおさら悔しくなる。彼にとって私はいつまでも守られる側なのだ。自分は彼の助けになりたいのに。
「ま、今はおんぶにだっこだろうけどよ、グレゴリーのそばにいればそのうち助けになるようなこともあるんじゃねーの。これからは師弟なんだからよ」
「ハントのいう通りだけど、まだ気が早いわ。フィストってやつの腕前はどうなのよ」
「C級の中ではそこまでですけど、僕よりは圧倒的に強いですね」
「じゃあだめじゃない!」
だめである。そも、グレゴリーはC級としてまだまだ新米で、それはC級の中で一番弱いと言ってさしちがえないだろう。
むろん、それは今のままでは、である。
「当てがあんのか?」
「あります。そのためにも、僕は合わなくちゃいけない人物がいるのですが」
この町にいることは知っている。しかし、どこにいるかはわからない。
「なるほどね、じゃあまず、私たちはその人を見つけるところから……」
「その必要はありませんわ」
凛、として、その人物は現れた。うす緑の肌に、とがった耳、高貴な生まれを感じさせるお嬢様言葉。
「お、お前は」
驚くハント。
「誰?」
「誰ですか?」
知らないアマリスとリーコス。
「わたくしをご存知ない?ではよくお聞きになられて。わたくしの名前はセレビア・L・リーフィアですわ」
一国のお嬢様がそこに立っていた。
「どうも、
「ええ、
お互いにニコッと笑ってあいさつを交わす。二人の関係がわからない方は、ぜひ一、二話目を読み返していただきたい。
「お嬢様にはぜひ、二週間のうちに教えていただきたい魔術があります」
「それを聞く理由がどこにありまして?わたくしはただでさえあなたに杖を送ったのに、さらなる要求をするのは失礼ではないかしら」
グレゴリーは彼女の護衛任務を終えた後、個人的に魔術媒体『リクヨの杖』をもらっている。貸し借りでいえばすでに多大な恩を受けているのである。セレビアも本気で言っているわけではないが、何の理屈もなくただ自信に甘えるだけであるなら、何もせずに去る腹積もりである。しかし――
「だからこそですよ、セレビアお嬢様」
「?」
「魔術媒体は本来、師匠が弟子に与えるもの。でしたら、かわいい弟子のわがままぐらい、聞いていただくのが師匠というものではありませんか」
「ふっ、ふふふ、あっはっはっはっ」
あまりに失礼な物言いに、本人たちを除いた冒険者たちが冷汗をかく。不敬なんて話ではない。厚顔無恥にもほどがある。
だが、言われた本人は何とも思っていないようで、少し笑った後、グレゴリーの目をまっすぐ見て、
「ふふ、いいですわ。気に入りましたの。あなたのようなまっすぐな向上心、嫌いじゃなくてよ。それでわたくしの子弟さま、何をお望みですの」
「ええ、それはですね――」