「どんな感じなんだい」
冒険者ギルドの裏側、訓練場と呼ばれる更地にはすでに常連となった冒険者たちが集まっていた。
今、声を出したのは水色の髪のおじさん魔術師ジェット・アイスマン。それに答えるのは、ハゲ、ハントである。
「決闘まで残り一週間。まあ、ぼちぼちと言ったところだな。ところでジェット、お前娘に魔術を付きっ切りで教えるんじゃなかったのか」
「それがね、『たまには一人で練習させて!!』って。家を追い出されちゃった」
「まだ十才だろ?ずいぶん早い反抗期だな」
「『トイレまでついてこようとしないで』って。こんなに反抗期が早いなんてね」
「てめーが犯行期なだけじゃねえか」
子煩悩の塊の凶行にやれやれと頭を振って、視線をグレゴリーに戻す。訓練場では汗をかきながら杖を振る彼と、教鞭をふるうセレビアの姿があった。
「ぼちぼちとは言ったが、この一週間は意力がちげえな。先週までは何つうか、心ここにあらず、って感じだったが」
「彼の真骨頂はまさに『課題解決能力』だからね」
「どういうことだ」
訳知り顔のジェットにハントが続きを促す。ジェットは時々こうして後方保護者面をよくする。あくまで彼自身の鋭い観察眼があってのものだが、正直ハントはちょっと気持ち悪いと思っている。
「今までの訓練は『強くなる』という漠然とした目標のせいだよ。彼はそういう抽象的な目標には向いていないんだ」
それが今、『フィストに決闘で勝つ』という目標が定まった。具体的な内容であればあるほど、グレゴリーの強みは増す。
「さすがの観察眼だな、フィスト」
「まあね、正直グレゴリーくんのことちょっと息子だと思ってる」
「ちょっとかわいそうだな」
「アマリスさんは娘」
「かわいそうだな」
「冗談はともかく、フィストにとっても彼の成長性は危険視せざるを得ないだろうね。だからそろそろ妨害の一つや二つ出てくるかなと思ったんだ」
「ああ、
と、二人は足元を見る。そこには氷漬けにされ、剣で体を破壊された十数人のチンピラたちの姿だった。
「うぅ」
彼らのうめき声を無視して、話が続く。
「じゃあこいつらフィストにやとわれたのか。なんかグレゴリーにちょっかい出してたと思ったら」
「暗殺者、というにはあまりにお粗末だね。大方偵察って感じじゃない?どうせ、グレゴリーの戦闘情報でも知ろうとしたんだろうさ」
「
「無理だろうね。フィストはそこらへんしっかりしてるし」
物騒なことを会話をしながら、それ以上は興味を失ったみたいで、
「はん、くだらねえな。ところでところでグレゴリーの訓練についてだが――」
襲撃なんてのは
場面は変わる。どこかの地下室だろうか、昼間にかかわらず部屋中暗く、また窓もない。先ほどの訓練場とは打って変わって陰気臭い場所だが、二人の男性が話していることは一緒である。
片方の名をフィストといった。
「それでよォ、暗殺
「……それが」
フードをかぶったもう片方の男が、恐ろし気に答える。彼は町のチンピラ団『
彼の表情からフィストは作戦の失敗を悟る。
「偵察も、だァ?お前ら一体何ならできンだよ」
怒気を含む罵声に男は黙ったままであった。
さすがのフィストも、あんな有象無象でグレゴリーを暗殺できると思っていない。必要なのは情報である。戦闘さえ行えば、それがわかるというのに。
「そ、それが、ハントとジェットとかいうやつらが」
「邪魔が入るぐらい予想できンだろォ。だからあ、一人の時を狙うとか、寝込みを襲うとか考えられんだろォ?愚図がよ」
思ったよりも使えない。フィストは隠しもせずにため息をつく。それになけなしのプライドを傷つけられたのかフード男の顔に赤みがかかる。
何を偉そうに、くそっ、こんな奴、お前のいう通りいつか寝首を掻いてやる。
「お言葉ですが、対象者の訓練を見ても、奇怪としか言えません。あの気味の悪い耳長女と、
「だからそれを知るためのお前らなんだろォうがっ。下らねエ言い訳はそこまでにしておくンだな」
にべもなく言い放つとフィストは腰を上げ立ち去ろうとする。口も開けない男に向かって、どうでもいいように聞いた。
「あアそうだ。俺ァ、お前に言ったよな、お前以外の奴には俺が依頼主だってことを隠しとけって。あれ、守られてンのか」
「え、ええ」
そういえば、依頼内容にそんなのが含まれていたような気がする。と、そこで一つの名案が、男に天命のように与えられた。
依頼主を秘匿にするということは、ばれたら困るということだ。
散々俺を馬鹿にしたんだ、それにチームを壊滅状態ではないか。少しくらい、いい目を見てもいいはずである、そう思い口を開いた、はずだった。
「ぁ」
気が付くと、男ののど元には短剣が突き刺さっていた。思わず悲鳴をあげようとするも、それを可能とする器官がすでにつぶれている。
「じゃア、お前を殺せば秘密は守られるってことだ、ん?」
質問を投げかけておきながら、フィストは振り返ることなく部屋を出ていった。かつて人間だったものが部屋を真っ赤に染めるのみ。
一階に上がると、あらかじめ用意していおいたわらに火をつけ、表に出る。ここはフィストの隠れ家であったが、一つや二つ消えたところで支障はない。彼の言う「寝込みを襲う」というのは彼自身もまた当然のように対策してあるのだ。
「さてとぉ」
先ほど人を殺したと思えないほどのんきな声を出しながら、フィストは思想に耽る。
グレゴリーとの決闘にさほど不安はない。同じC級だが、その実力には大きな隔たりがある。戦闘を得意としないフィストではあったが、それは相手も同じことだろう。
問題は自分自身の社会的立場である。
(一応すべての行動はグレーだがぁ、少しヘイトを稼ぎすぎているなア。手ごまも犬畜生に食われちまったし)
冒険者は個人の自由が確保されているのと同時に、個人では生きにくい制度ではある。舌先三寸が得意なフィストだが、聞く耳すら持ってもらえなければ彼の本領も発揮できない。
第一、ミネシスウルフの件がかなり響いている。もし、グレゴリーたちも痛手を受けていたなら、フィストの逃走も仕方のないことだと評価されていたかもしれない。しかし、相手はガウント村の英雄。一方こちらは大損害を作り出した。
さらに悪いことにグレゴリー一派には少し恨みを買いすぎていた。だがしかし、
「そこらへんは、グレゴリーを殺してからでいいかァ」
決闘中不慮の事故で相手を殺してしまっても責任は問われない。彼の一派も、頭が倒されれば反撃する意欲もなくすだろう。その後、ゆっくり立場を回復させていけばいい。これが彼の計画だった。
「なんだか、彼忙しそうね」
再び場面は変わって、冒険者ギルドに併設された酒場。昼食としては遅く、夕飯としては早い時間帯に、真っ赤な魔術師、アマリス・ノーフェスが座っていた。飲み物だけを頼み、紙面を広げて昇級試験の対策をしていた。
相対するは獣人の少女、リーコスである。い心地が悪そうに、ただでさえ小さい体を狭めて座っていた。
彼女二人は面識があまりなく、どちらも会話上手ではないものの、アマリスは少女のメンタル管理として話し相手になっていた。
「大体、どうしてあんな胡散臭いフィストについていったのよ。あんたの町を崩壊一歩手前までもっていって張本人じゃない」
あまり責めるような言葉にならないよう気を付けながら、半分好奇心の質問は半分心からの疑問であった。言い訳、ではないものの、リーコスからせめてもの手口を聞き出したところだった。
リーコスは怯えるように、小さな声を出した。
「彼に足りないのは狡猾さだって」
「ん?」
「彼は優しすぎるから、狡猾な誰かが必要なんだって。わ、わたし彼の助けになりたかったんです。それで、焦ってて、そしたらフィストさんが」
奴に必要なのはやさしさではない。彼にはあふれんばかりのやさしさがすでになるのだから、彼に足りない物こそお前は身に着けるべきだ。そして、俺はその技術を持っている。
このような口調で誘われたらしい。そこから彼の指示に従ってあれよあれよという間に借金地獄である。
もっとも、これだけでだまされたわけではない。他にも細やかなだます手順、手口が用意されていたのだろうが、結局のところ一番の理由はそれだった。
「わたし、納得しちゃったんです。彼は優しすぎるんだって、まじめすぎるからあんなに傷つくんだなって。だから」
この際、フィスト自身のうさん臭さはむしろプラスに働いたのだろう。逆に、そのような裏技じみた、真正面から向き合わない技術が、リーコスの欲するところだったのだ。
アマリスは少し考えて、小さくうなった後、結論を出した。
「確かに、あのごみの言い分は一理あるわ。全部が全部嘘じゃないところが厄介ね。でも一つだけ間違いなく言えることがあるわ。あなたはその技術に向いていない」
そもそも、命の恩人に報いたいという目標から、身に着ける手段が姑息さであるのがひどい矛盾だった。もっとも、まだ子供である彼女にそんなことを言うのは無茶というものであるが。
「まったく、これはグレゴリーの間違いよ。幼い子供をこの町にほっておくのが一番の悪手だわ」
「で、でも!わたしは守られてばっかりじゃいやなんですっ。だから子ども扱いなのは」
「じゃあ力を身につけなさいよ。……って、そうやって彼に騙されたわけね」
早く、早くと結果を求めるものは、どれだけ怪しい近道でも試さずにはいられない。なるほど、フィストには詐欺の才能があるようだ。そして、リーコスにはだまされる素質と背景があったわけである。
はあ、とため息をつき頬杖をつくアマリスは憂いの表情であり、その大人っぽさにリーコスはドキリとした。私に足りない物、大人らしさ。自身には足りない物であふれているらしいと悟り、リーコスもまた心の中でため息をついた。
「だいたい」
言いかけて一拍おく。これは自身にも当てはまることでもあるから、自分に言い聞かせるためにも、アマリスはあえて語気を強める。
「会ってたかが数週間の相手に、性格がどうとか判断する権利はないわ。私もグレゴリーは善人だと思うけど、だからと言って狡猾でないとは限らない」
目的のためならいかなる手段を使うことこそが狡猾であるなら、グレゴリーもまたそうではない保証はない。それが良いことなのか悪いことなのかはわからないが。
ともかく、彼に救われた二人だからこそ、彼を神聖化している部分はあるだろう。神聖化は言い過ぎでも、色眼鏡ぐらいはついている。そのことを自覚しなければ、彼の助けになりたい彼女たちも間違った判断を下しかねない。あるいは、間違っている彼を正すことができないかもしれない。
「けど、ま、前も言ったけど時間はあるわ。これからゆっくり彼の人となりを見ればいいし、あなたもゆっくり力をつければいい。もちらん彼が決闘に勝てばの話だけど」
「それは、大丈夫だと思います」
と、二人は顔を合わせて笑いあった。先ほど、彼への先入観をなくそうと決めたばっかりで、それでも彼が勝つことを疑わない。ひどい矛盾を自覚しながら、彼女たちはその色眼鏡を外すことはなかった。
「いいわね、あんたの笑顔。そうやって笑ってなさい。彼もあなたに笑っていてほしいでしょうから」
「はいっ、アマリス、さん」
「アマリス姉さんでもいいわよ。今日、泊まる場所ある?よかったらあたしの宿屋に来なさいよ。今までどこに泊まっていたの」
「えっと、ジェットさんの家に」
「あたしの宿屋に来なさい。いいわね?」
もちろんジェットは妻子持ちだし、ここ最近は家を追い出されているからアマリスの考えていることにはなっていないのだが、彼女まで娘判定されてはたまらない。一人でも被害者を減らすべく、かつて不慣れであった命令まで行うのであった。
もっとも、ジェットのがばがば娘判定はすでに行われ、全くの手遅れではあるが。
各々が各々、決闘に向け準備をしている中、時間は刻一刻と約束の時に近づいていく。鍛えるものも、策略を巡らすものもいる中で、運命の女神は誰に微笑むのかはわからない。
「ふう、これで何とか」
「まあ、形にはなりましたわ。まさか、あなたがこんなに不器用だったなんて」
「でも、
「赤点すれすれですわ」
「十分ですよ」