冒険者ギルドは騒がしいところだ。騒がしくない時がほとんどない。
朝まで飲んでる同業者、昼は同じパーティーメンバーだろうか、今回の反省点、次回の依頼の話などをしている。夜になればまたバカ騒ぎ。
仕事の受付と食堂が一緒になっている方が悪い。という意見もあるが、どう考えてもまともなモラルのない冒険者が悪いのである。もっとも、モラルがないからこそすぐ他人のせいにするのだが。
そこに一人、ぽつねんと座って待っている黒髪の青年がいた。
彼の名前はグレゴリー。魔術師にして戦士。前衛にして後衛というあべこべなスタイルでC級まで上り詰めた天才である。二つ名は『害虫』。
四人は座れるだろう机に一人だけ、というのは少し哀れに見えるが、とうの本人はあまり気にしていないようだ。
というか、今、彼は何も考えていない。ただ、自分の手の中にある木の枝を見つめるだけである。
ときおり、
「うぇへっへぇ」
と気持ち悪い声が聞こえてくるだけである。
なぜ彼はこんな悲しい生き物になってしまったのだろうか。
時は少しさかのぼる。
冒険者一団が無事お姫様を国にお連れできた時。
エルフは基本かなり排他的である。他国のものを町に入れることはない。
しかし、今回のように致し方ない場合もあり、そのような時は、よそ者専門屋敷に連れていかれる。
よって、セレビアとグレゴリー一団が最後に顔を合わせるのは、国の玄関ともいえるような場所であった。
セレビアの国――クルイアは国土のほとんどが森林である。もちろんただの森林ではない。中央に生えているこの世界で最も大きい植物、名を世界樹。それを囲むように、ここ以外では見かけることのない多種多様な植物が生えている。
もっとも、そのほとんどに輸出制限がかけられているが。
故に、セレビアがグレゴリーに渡したものは、通常のエルフにはありえないことであった。
「あなたにこれを差し上げますわ」
「……えっと」
渡されたのは30cmほどの木の枝である。
さながらRPGの初期装備かと思えるほど何の変哲もない枝に見える。
とりあえず、グレゴリーは渡された得体のしれないものをじっと見ながら、セレビアに返答した。
「ありがとうございます?」
「あら。あまり驚きになられないのですね。てっきり泣いて喜ぶと思ったのに」
くすくすと笑うセレビアだが、グレゴリーには本当に心当たりがなかった。いったい、たかが木の枝ごときに自分が泣いて喜ぶだろうか。お姫様は平民のことを見下しすぎである。
いつのまにやら、グレゴリーの周りには冒険者たちが集まり、木の枝を勝手に奪ってはじろじろと眺めていた。
「なんだあ、こりゃあ」
「見りゃわかんだろハント。木の枝さ」
「俺がガキの頃こんな枝拾ってよく遊んだな」
「しかし、お姫さん。異性に渡すプレゼントが木の枝とか……」
「エルフの感性って独特ね」
各々が好き勝手に言うのを、セレビアはむっとして言い返した。
「でしたら返してもらってよろしいのよ。せっかく魔術触媒を差し上げようと思ったのに」
「ちょっとハントさん返してください。僕がもらったものですよ」
「まあまあ、ちょっと待てって。もう少し見てからだな」
「そう言って懐にしまわないでください」
全員が手のひらを返し、木の枝にべたべた触ろうとするのを横目にセレビアはあきれたように説明を加えた。
「『リクヨの樹の杖』。私たちの国にしか自生してない魔力伝導率のいい大樹の枝よ。全体として癖が少なく、そこまで大きな効果もないから、魔術師見習いなどがよく使っているわ。とはいえ立派な魔術媒体。大事になさい」
まるでできの悪い生徒と接するような態度である。腕まで組んでいる姿は師匠のようで、グレゴリーのいやな記憶を刺激する。
実際、魔術師はよく弟子に魔術媒体を送る。そういう習わしがあるのだ。
「魔術媒体もなしにあれほどの魔法が使えるなら、今後にますます期待といったところね。精進しなさいな」
そう言って、笑った。
彼女のためにも頑張らなければなるまい。グレゴリーは精一杯の返事と感謝の念を伝えた。
こうして回想を終える。
つまり、今グレゴリーの手元にあるのは魔術媒体「リクヨの樹の杖」である。
彼は常々ほしいと思っていながらも、何の役にも立たないだろうがらくたたちにお金をささげ続け、ついぞC級にあがってしまった。
しかしよもや、こんな機会があろうとは。これからはうんと利口になって、無駄遣いを減らそう。
まず、この杖を収めるスティックホルダーでも買おう。なるべくかっこいい奴がいい。
こうやって妄想を広げ、ひとりでににやにやする奇人が完成した。
周りが一切気にしていないのは、冒険者自体に奇人が多いおかげか、それともグレゴリーは常にこんな感じだからなのか。
「おや、グレゴリーくんではないですか。いつクルイアから帰ってきたんです。それに――魔術媒体ですか。昇給祝いに購入されたんですか」
奇人に臆することなく話しかけたのは、ジェット・アイスマン。水色の髪にやせこけたほほ、今年35歳になるらしいが見た目はそれ以上におっさんっぽい。D級冒険者でまさに中堅といったところだ。
「昨日ですね。それに、魔術師は一目で魔術媒体とわかるんですね。購入と言いますか――まあそこらへんはどうでもいいでしょう。『リクヨの樹の杖』なんですが、ジェットさんから見てどう思います」
「ちょっと持ってみても?……ああ、やっぱり癖が少なくて素直ですね。私も初めの媒体はこれでしたよ。今は違いますけど」
そういって胸元の、透き通る水色の宝石がついているペンダントを揺らした。
ジェットは珍しい氷魔術の使い手で、それゆえ魔術媒体は他の人とは違ったものを使っている。
グレゴリーは頭の辞書をめくり、あたりをつける。
「えっと、『氷結石』ですか」
「よく存じてますね。そうです」
氷結石は魔術媒体として使われることはほとんどない。魔力をよく通しはするが、氷魔術師しか使えず、また氷魔術を使える人間はかなり少ない。
しかし、貴族の家には必ずあるという魔道具クーラーボックスを作る際には大量に使うため、供給自体はある。
「私の場合は、素材の値段よりも魔術媒体にする加工代の方が高かったぐらいでね。それで結構高くついてしまったんだ」
「そうなんですか。でも、一生ものですからね。ジェットさんはこれ以上魔術媒体を買うことはないでしょう?」
「それが――そうでもないんだ」
ジェットは深く息を吐いた。
おや、とグレゴリーが思ったのが、ジェットはそんな姿をめったに見せないからだ。
ジェット・アイスマンは慎重な男である。魔術師らしいやばめの好奇心も薄い方だし、奥さんに財布のひもを管理されてから、ますますおとなしくなった。
すでに娘がおり、D級冒険者としてこつこつと仕事をする姿は、他の冒険者に比べ安定感というものがあった。
そして、グレゴリーはジェットのそんな大人らしいところが好きであった。
そんな彼が、いまは何やら困った様子である。
「新しい魔術媒体が必要なのですか?今のものに不満が?」
「いや、不満はないよ。ただ娘がね。どうしても魔術師になりたいっていうんだ」
そうか、と合点がいった。魔術師の師弟関係は割と血縁つながりが多いのである。
まず、属性という点。魔術属性の得意不得意は非常に遺伝しやすく、またジェットのように珍しい属性になると師を見つけるのは非常に困難になる。
また、他の魔術師に知られたくない秘伝も家族間では漏れにくいし、魔術師のように稼げる家庭では、魔術媒体を与えやすいといえる。
とはいえ、ジェットはD級冒険者である。家族を養いながら魔術媒体を買うお金を貯めるのはかなりきつい。
もちろん、魔術師を目指すうえで必要なのは魔術媒体だけではないし、金銭関係はかなりきついだろう。
「ジェットさんが昔使っていた魔術媒体はないんですか?」
「とうの昔に売ったよ。そのお金で氷結石を買ったんだ」
「……そういえば、ジェットさんは最初どうやって媒体を手に入れたんです。お師匠さんからもらったんですか」
「私に師はいないよ。全部独学だったし、媒体を買うまでは冒険者の雑用でもしてたさ。大変だった、だから娘には楽をしてほしいんだ」
そういって、困り顔のままジェットはふっと笑った。
大人だな、とグレゴリーは思った。こんな家族を持てた娘さんはさぞ幸せだろう。
できることなら、手伝ってやりたい、しかし、自分にできることは正直あまりない。
彼にできるのはせいぜい話題を変えることぐらいであった。
「しかし、独学ですか。すごいですね。魔術を師匠なしで学ぶのは相当骨が折れたでしょう」
「そりゃあね。当時の私は無学だったし、とにかく珍しい属性だったからってはしゃいでしまって、ろくに文献も読まず半端な訓練ばかりしてしまったよ。だから晩年D級なんだろうね」
「としたら娘さんは幸福ですね。人生一人分のノウハウがすでにあるんですから」
自分が娘に魔術を教えている姿を妄想したのだろう、ジェットのほほがゆるんだ。
娘に魔術を教え、ともに語り合い、いずれ自分を越していく。それはいったいどれほど幸福だろうか。
冒険者に入り、あっという間にD級へ。きっと私の娘なら五年以内にC級へはいれるだろう。
そこでふと、ジェットは一人の魔術師を思い出した。
「グレゴリーくんは、アマリス・ノーフェスを知っていますか」
ジェットの何気ない質問にグレゴリーの肩が少し震える。
今、アマリス・ノーフェスを知らない冒険者は存在しないと言っていいだろう。
冒険者になってからわずか一か月でD級になった天才。秀才と言われるグレゴリーでさえ、D級に上がるのに一年半を要したほどだ。
そして、アマリスはいわゆるヒロインであるということもしっている。
「もちろん知っていますよ。『赤き超新星』でしょう?僕じゃあ到底かないっこない天才ですよ」
「君もC級なんだから十分天才ですけどね。それじゃあ、彼女がC級の昇級試験を受けたがらないという話は?」
「それは……」
当時、アマリスがD級に上がったばかりときは、何か月でC級に行けるかが、賭け事の対象になるほどであった。
しかし、昇級してから半年、昇任試験に落ちるどころか試験を受けてすらいないという。
さらに不思議なのは、実力はすでにC級並みであるというのだ。
一体全体、ないが彼女の足かせになっているのだろうか。邪推やくだらないうわさが冒険者内にめぐっていた。中にはくだらない嫉妬によるものもある。
正直、実力のあるものがしっかり昇級されないというのは、ギルドにいらぬ不信感がつのるものである。現状は非常によくないと言えた。
とはいえ
「そこまで気にする話ではないと思いますよ」
「少なくても『冒険者になってから五年以内にC級へ――』というジンクスは守れそうだって?」
「どころか五年以内にA級にあがれます」
グレゴリーは断言をした。間違いなく、といった様子にジェットが驚く。
「言い切りますね。さすがC級といったところですか。人を見る目に相当な自信があるのですね」
「いえ、そういうわけでは……。それにC級と言っても僕には才能がありませんから」
「私から見るとグレゴリーくんにも十分人外じみてますけど。特に体力ですね。昨日依頼から帰ってきたばかりなんでしょう。よく休暇も取らず依頼を受けに来ますよね。普通数日は休みません?」
「消耗品も備蓄がありますし、欲しいものもまだまだあります。それに今回は依頼ではありません。ギルドから呼び出されていまして」
「うへぇ、それは災難ですね。C級になると、ギルドのごたごたにも付き合わされますからね。お疲れ様です」
それじゃあ、といってジェットは席を立った。彼も今後の依頼を探しに来たのだろう。お金が必要なことだし。
ともあれ、グレゴリーはただ一人ギルド職員がやってくるのを待っていた。
ギルド職員は多忙であるが、ここまで人を待たせるのは珍しい。いよいよ何かあったのか、とグレゴリーが腰を浮かした瞬間、自身に向かってやってくる二人組が見えた。
「申し訳ありません、グレゴリー様。遅れてしまいました」
「いいえ、お気になさらず」
一人は顔なじみの職員である。冒険者として働いている以上、職員と関わらずに依頼をこなすのは不可能であり、多くの冒険者と職員は互いにある程度のことは把握しあっていた。
しかし、一方の人は見おぼえがない。
そも、服装が職員ではなかった。ローブである。真っ赤なくせっけの髪。半身より大きい木の杖には、持ち手に赤い宝石らしいものが埋め込まれていた。そして何より、年若い少女。年齢はおそらく15~16歳ほどだろう。吊り上がった眼は勝気そうな、同時に生意気そうな雰囲気がある。
「……ふんっ」
態度もまた横暴であった。ギルド職員が遅れたのも大方この女の子が遅れてきたからだろう。しかし、彼女は一言の謝罪すらなかった。
この、いかにも生意気そうな娘を、しかしグレゴリーは知っていた。
「……アマリス・ノーフェス」
「そう、私こそがアマリス・ノーフェスよ!」
胸を張ってこたえるところから、相当な自尊心がうかがえる。
反応に困ったグレゴリーは職員に視線を移す。
「それで、どういった用件で」
「ええ。グレゴリー様とアマリス様にはしばらく行動を共にしてもらおうと思います」
ギルドが冒険者に同伴を依頼する。これには様々なパターンがあるが、ランクに差があることから理由は一つに絞られる。つまり、人材育成である。
ギルドはグレゴリーに「アマリスには足りない点があるからそっちで教えておけ」と言っているのだ。
もちろん、このことはアマリス側も理解しているのだろう。これは一種の挑発である。アマリスは、グレゴリーをじろっとにらめつけた後、心底いやそうな顔で言った。
「あんたが誰かしらないけど、絶対に私に命令をしないで。いくらランクが上だからってそれだけは許さないから」
グレゴリーは早々に帰りたくなった。