新米C級冒険者は最善を尽くす   作:我らに幸あらんことを

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炎系後輩魔術師との模擬戦

 アマリス・ノーフェスは天才魔術師である。十六歳にしてD級冒険者であるどころか、その実力はC級相当であるともっぱらのうわさである。

 炎属性であり、魔術の火力はもちろん、様々な魔術を使え、汎用性でいってもかなり優れている。グレゴリーの使える魔術がたったの二つであることに対して、アマリスはおそらく五十を超えているといったら、魔術師としてのレベルがわかるだろう。

 そんな彼女が、ギルドの指示とは言えグレゴリーに教えを請わなくてはならない。アマリスの顔が不快そうにゆがむのも仕方のないことかもしれなかった。

 早々に帰りたがっているグレゴリーだが、ギルドからの依頼を断ると大抵ろくな目に合わない。言葉を慎重に選びながらアマリスに話しかけた。

 

「えっと、僕としては構わないですが、正直教えられることはほとんどないと思いますよ?」

「私もそう思うわ。でも、ギルドがあなたにつきなさいって。どうせそうしないと()()()()()()()()()()()()()()()

「ま、待ってください。昇格試験を受けさせてくれない?それはいったい……」

 

 グレゴリーは思わず職員の方を見た。冒険者ギルドの昇格試験は、確かにギルドから認められないと受けることはできない。しかし、それは実技試験中の不慮の事故を無くすためであって、わりと実力の伴っていない時から、試験自体は受けることができるのだ。

 もちろん、アマリスには十二分と言っていいほどの実力はある。

 しかし、職員は何でもない顔でいう。

 

「はい。アマリス様はC級に上がる資格を有しておりませんので」

 

 職員の言いざまにアマリスはぎっと歯を食いしばった。冒険者としての気性の粗さを考えれば噛みついていてもおかしくない。

 理性を抑えることができる、さらには魔術師として優秀であることからペーパーテストに不安があるとも思えない。

 いや、それとも噂はあくまでうわさであり、実力はD級にふさわしいのではないか。

 思考にふけって黙ってしまったグレゴリーを置いて、職員は「それではお願いしますね」といって立ち去ってしまった。

 残るアマリスはただグレゴリーをにらみつけている。

 

「ねえ、あんた。名前は知らないけどC級なんでしょ?」

「……グレゴリー・グレゴリオ。先週上がったばっかりだけどね」

 

 その言葉にアマリスはニヤッと笑った。グレゴリーは嫌な予感がしたが、逃れるすべを持たない。

 

「なら、あんたに勝てば私もC級ぐらい強いってことでしょ?簡単じゃない」

 

 グレゴリーは少し考えたものの、アマリスの提案をのんだ。

 結局戦ってみた方が早い。戦闘力に欠陥があれば指摘してやれるし、なかったら実力に問題がないことがわかる。

 ただ一つ、C級がD級に負けた時の面子(めんつ)を考えなければの話だが。

 

 

 冒険者ギルドの真後ろには、ただっぴろい更地がある。一応訓練場ということになっている。冒険者の多くはだらしなく、訓練なんかしないでぶっつけ本番であることが多いが、ごく一部の人間や、新人に技術を教えたりするのに使えたりする。

 中には模擬戦を行うことがあるが、前衛同士ならいざ知らず、魔術師同士になると訓練場全体を巻き込みかねない。よって、模擬戦を行うには予約をする必要があるが、今回はすでに職員が予約していた。

 つまり、ギルド側にとってアマリスがグレゴリーに突っかかるのも、それをグレゴリーが了承するのも想定済みであるということだ。

 うすら寒さを感じながらも、準備運動をしているアマリスに話しかける。

 

「模擬戦のルールを決めておきましょうか」

「そうね、一撃入れた方が勝ちでいいんじゃない」

「それと、ポーションとか消耗品の類はなしにしましょう。持久戦とかコスパが悪いので」

「……模擬戦でそこまでせこいことしないわよ」

 

 アマリスはしなくともグレゴリーはする。彼は冒険者だから。

 互いに距離をとるとお互いが杖を引き抜いた。グレゴリーが棒切れほどの大きさに対して、アマリスはこん棒ぐらいはある。魔術媒体の質としてもおそらくアマリス側が有利だろう。

 遠巻きに冒険者たちが観察している。噂のアマリスはどれほどか、新米のC級はどんな感じか。冒険者は情報が命である。あと単に野次馬根性ともいえる。

 ともかく、試合に負ければ噂は一気に広まるだろう。グレゴリーはますます負けるわけにはいかなくなった。

 お互いに十分な距離を取り、杖を向けあう。合図はなかった。

 

()()()!』

 

 アマリスの杖から出てきた火の玉が一直線にグレゴリーへ向かっていく。

 威力に申し分はなく、無防備に当たれば十分死ねるだろう。しかし、アマリスは一切の躊躇をしなかった。仮にもC級がこの程度でやられるはずがない。

 火球が直撃し、土ぼこりが舞う。避けた様子はなかった。まさか本当に?野次馬の中には悲鳴をあげる者すらいた。

 

()()()()

 

 土ぼこりから出てきたグレゴリーには傷の一つすらなかった。何でもないような顔で突っ立っている。

 

「へえ、やるじゃない。さすがC級ってところね」

「……」

 

 話しかけてもなお無言のグレゴリーに、アマリスは青筋を立てて、より大きな魔術のために詠唱を始めた。

 

()() ()()!』

 

 今度は炎でできた矢であった。範囲こそ先ほどの火球に劣るものの、威力速度はこちらの方が圧倒的である。

 ぐんッ、と伸びるように放たれた矢はグレゴリーに触れた瞬間にはぜる。

 

『固定しろ』

 

 再びの詠唱。その効果はてきめんで、やはりグレゴリーには一切の傷はない。あれほどの魔術をその身に受けたのに!

 否、アマリスはグレゴリーが詠唱した瞬間に見たのである。何か透明な壁が、自身の魔術を妨げるところを。

 それは属性に関係のない魔術であり、ほとんどすべての魔術師が持っている魔力壁(マジックバリア)ではない。

 からくりはわからないが、アマリスは思わず歯ぎしりをした。自身の攻撃を顔色一つ防いだ事実がアマリスの身に重くのしかかる。

 同時に悟った。今は、私こそが挑戦者である。

 今まで見くびっていた相手にここまで恥をかかせられたからなのか、アマリスは顔を真っ赤にして、大声で叫ぶ。

 

「ふざけんな!その余裕しゃくしゃくな態度、すぐに崩してやる!『炎よ! われの怨敵に 地獄の――』」

()()()()!』

 

 アマリスが大きな魔術詠唱を唱えきる前に、グレゴリーが二つ目の魔術を唱えた。

 ぴゅうっ、という風の音、目に見えぬものの、魔術の脅威をアマリスは確かに感じた。

 

()()!』

 

 アマリスは慌てて魔力壁(マジックバリア)を生成する。うすオレンジ色の魔力の膜がアマリスを包んだ。風は、少女の肌を切り裂くことなく通り過ぎた。

 グレゴリーは首をかしげる。おかしい、今使った魔術である「かまいたち」の威力が確かに弱いのである。今までは魔術媒体なしであったにもかかわらず、今回の方がいつになく弱弱しい。

 お互い、戦いが始まった位置から動かずにいた。しかし、すでに探り合いは終わっている。

(あのグレゴリーとかいうやつ、ガードは固いけどせめっけが足りないわ。でも、()()()()()()()()から見て、接近戦もいけるタイプ。私がすべきことは()()()()()()()()()()()!)

(魔術対決じゃあ勝てそうにありませんね。とにかく()()()()()())

 この戦いの要点をすでに認識しあっているのだ。アマリスはグレゴリーの一挙手一投足を見逃さないようにらみつけているし、対するグレゴリーは腰に付けた鉈をいつでも引き抜けるようにしている。

 一歩、グレゴリーが踏み出した。瞬間――

 

『爆ぜろ!』

 

 再び火球がグレゴリーを襲う。しかし、今度は壁に阻まれることはなかった。

 グレゴリーは半身になってよけたのだ。そのままアマリスに向け一直線に走り出す。

 

「ッ!?」

 

 魔術師は接近されると途端に弱くなる。アマリスは慌てて杖をふるい、この場に最適な魔術を詠唱し始めた。

 

()() ()()()()!』

 

 その魔術が体現するのは熱風である。殺傷能力は今までで一番低くはあるが、その範囲、グレゴリーは避けることができなかった。

 

『固定しろ!』

 

 風がやむまで耐えることしかできない。けがこそはなかったが、今ので距離をとるための時間を稼がされてしまった。

 

『炎よ われの怨敵に 地獄の――』

『切り裂け!』

 

 遠くから聞こえた詠唱に、グレゴリーが慌てて魔術を打つ。かまいたちは防がれてしまったが、詠唱を止めさせることはできたようだ。

 試合は振出しに戻る。

 アマリスはグレゴリーを倒すため必要な詠唱を唱えることができず、グレゴリーもまたアマリスの術によって接近することができずにいる。

 お互いがお互いに致命傷を与えることができずに時間は経過していく。この後の試合もアマリスが魔術を一方的に唱え、グレゴリーが防いだりかわしたりしながら近づこうとする展開が続き、決着がつかないと判断した野次馬たちは、両者に引き分けを宣告した。

 

 

「はあっ、はあっ」

 

 期待の新人同士の戦いに、野次馬たちが称賛をして三々五々に散っていったあと、アマリスはいまだに息を荒げていた。魔力欠乏症である。体力と違って魔力が戻るのはひどくゆっくりしたものなので、息切れも長時間にわたることが多い。

 グレゴリーが魔力ポーションを差し出す。

 

「必要でしょう?」

「っいらない!」

 

 アマリスはそっぽを向いてしまう。完全に意地になっているだけだが、グレゴリーは気づかずに的外れな気遣いをした。

 

「ポーションが高いのはわかりますが、魔力欠乏症で命を落とす魔術師も少なくありません。僕のをあげるので飲んでください」

「どの口が……」

 

 しかし、いくら拒絶しても渡そうとするグレゴリーに根負けして「……ありがと」と、ポーションを受け取りごくごくと飲み始めた。

 

「あっ、飲み終わったらビンを返してくださいね。洗ってまた使うので」

「ぐぅっ!?う、げほっげほっ、あ、あんたもしかしてこのビンって――」

「……?ああ、ちゃんと毎回洗ってるので大丈夫ですよ」

 

 なおも杖を振り回して怒りを表現するアマリスであったが、周囲から見るとバカみたいであることに気づいて顔をしかめるにとどまった。

 

「いやなやつ。そもそも戦い方からいやだったわ」

「いえいえ、今回の模擬戦、僕は防戦一方でしたし。魔術師としてはこっちの負けですよ」

「お世辞なんかいらないわ。あのまま戦っていたら負けていたのは私よ」

 

 今回の模擬戦は、一見するとアマリスが優勢であった。戦いのほとんどがアマリスによる攻撃であったし、術のレパートリーにしてもグレゴリーのはるか上であった。

 もし、これが本気の戦いであったのなら、攻め続けていたアマリスが勝っていたかもしれない。しかし、模擬戦であるのなら圧倒的にグレゴリーが優勢だったのだ。

 

「あなた、()()()()()()()()()()()()

 

 そう、最初のルール設定を覚えているだろうか。『ポーションとか消耗品の類はなしにしましょう』。この一言のためアマリスは魔力を回復することができなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 しかし、基本的に魔術師としての技量はアマリスの方が上である。当然、魔力量もアマリスの方が格段に多い。ではなぜ、グレゴリーは魔力切れを起こすことなく戦い続けることができたのであろうか。

 

「それにあんたは、()()()()()()という選択があり続けた。魔力を使わなくても魔術に対応するすべがあったのよ。だから、私が真っ先に魔力を切らした」

 

 アマリスは悔しそうにくちびるをかむと、目を伏せ肩を震わせた。

 

「あなたに勝てないなら、C級に上がる権利はないわ。あきらめて、もっと経験を――」

「それは違うよ」

 

 アマリスの言葉をきっぱりと切り捨てる。涙をためたアマリスの目を、じっと見つめ返した。

 

「実力でいうなら、あなたは間違いなくC級レベルです」

「でも」

「さらに言うなら、今回の問題点はアマリスさんがC級に上がれるか否かではありません。C級昇格試験を受ける権利があるかないかです。どう考えても、あなたの力が劣っているわけではないのですよ」

 

 アマリスはずずっと鼻を鳴らす。その顔を見ていると、年相応の喜怒哀楽がよく分かった。

 

「じゃ、じゃあ私は何でC級試験を受けられないの?」

「……うぅん。確定したわけではありませんが……」

 

 グレゴリーは顔をしかめて考え始めた。まだ、仮設ともいえる内容だが、彼にはアマリスの問題点が早くもわかりかけていた。

 

「とりあえず、アマリスさん」

「はい?」

「明日、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。でないと、たぶん死にます」

「……え?」

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