新米C級冒険者は最善を尽くす   作:我らに幸あらんことを

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新米C級冒険者と二つ目の任務

「それで、今回受ける任務って何なのよ」

 

 メンバーが集まって真っ先に声を出したのは、アマリス・ノーフェスである。魔術師らしいローブ姿は髪の色に合わせたのか同じ赤色で、半身を超える大きな杖の持ち手には赤い宝石がはまられている。準備をしてこい、という命令に従ったのか、前回は持っていなかったポーチをぶら下げてやってきた。中身はおそらく消耗品の類だろう。

 朝に弱いのか、目を少ししょぼしょぼさせてはいるが、彼女特有の眼光の鋭さは相変わらずである。

 次に発言したのは水色の髪をした中年魔術師である。

 

「私もまだ聞いていませんね」

 

 ジェット・アイスマンはD級冒険者のちょうど中堅といった強さである。無理をしない性格で、その安定感から同業者およびギルドからの評価もそこそこ良い。しかし、今は訳があってお金が必要である。

 二人の視線の先には黒髪の青年がいた。二人同様に魔術師――とは言えないが、またちゃんとした前衛ともいえない、いわばオールラウンダーである。

 また、この中で一番ランクが高いのもこの青年であり、他のメンバーは彼に呼び出されたに過ぎない。

 名をグレゴリー・グレゴリオという。

 

「ええ、今回集まっていただいたのはほかでもありません」

 

 まるで探偵気取りのグレゴリーを他二人があきれたような目線で見る。多くの場合、グレゴリーは常識人ではあるが、奇人変人の域を出ないのである。おかしな言動はよくあるし、何を考えたらそうなるのかとんでない爆弾を爆発させることもある。

 

「僕たちで、ドラゴンを狩ろうと思いまして」

 

 今日もまた一つの爆弾が投下された。

 ドラゴン狩り、その一言でギルド内に緊張が走る。ドラゴン種もピンキリであるが、そのすべてが狂暴。古来より調子に乗った冒険者が挑み、返り討ちに会い、死んで来た。しかし、それと同時に竜殺しは一つのステータスであり、なしたものの将来は間違いなく安泰(あんたい)といえるだろう。

 

「とはいっても今回の討伐対象は劣等緑鱗竜(レッサーグリーンドラゴン)ですけどね」

「な、なにがですけどね、よ!ドラゴンって時点でどんな種類でもかないっこないわ!」

 

 劣等緑鱗竜はドラゴンの中でも最弱である。ドラゴンであるにもかかわらず空を飛べず、火も吹くことができない。しかし、成体の体は馬車よりも大きく、一つの生き物として間違いなく最強である。一つの山を平気で支配するほどの実力である。もし、数百人程度の村が劣等緑鱗竜に目をつけられたら、その土地をあきらめるしかない。それ以外の選択は死である。

 

「安心してください。レグドラ討伐の適正ランクはCですよ」

「そのCは上澄みの方のCでしょ!少なくとも平均的なC級冒険者が五、六人集まらないと話にもならないわ。あとレッサーグリーンドラゴンをレグドラって略すな!」

「グレゴリーくん。チームは私たち三人なのかい?」

「あと竜の死体を運ぶE級を三人ぐらい付けますが……戦力にはなりませんね」

 

 依頼の推奨ランクには気を付けておかなければならない点がある。それは同じランクであってもかなりの格差があるということだ。基本的にそのランクの一番強い奴と一番弱い奴の戦力差は二十五倍である。もちろん例外はあるが。つまり同じC級依頼も難易度が二十五倍ということもあるわけである。もちろん、身の丈以上の依頼を受けようとするとギルドから止められるが。

 

「ギルドは認めてくれましたよ。めちゃくちゃ止められましたけど」

「じゃあダメじゃない」

「ダメじゃありません。結局は認めてくれたわけですから。少なくても()()()()()()()()()()()()()()()

 

 グレゴリーの感じの悪い言い方に、アマリスは反論することなく黙ってしまった。よく考えずともこの依頼は無茶だ。戦力が新米C級一人にD級が二人のみ。たったの三人でドラゴンに挑むなんてのはバカのすることだろう。しかし、()()()()()()()()()()()。自分は、自分が昇級試験を受けるのはこれ以上に無茶なことなのだろうか?怒りよりも、悔しさが心を支配する。

 アマリスが黙りこくったのを見て、グレゴリーはジェットに視線を移す。まだ彼の意見を聞いていなかった。

 

「どうですか?ジェットさん」

「……考えはあるんだろうね」

「もちろん」

 

 グレゴリーの自信満々な様子に、ジェットは思わず笑みをこぼした。

 

「いいよ」

「ちょっと水色のおじさん!」

「彼にも考えがあるんだろう。少なくてもギルド側を黙らせるだけの計画がある。グレゴリーくんとは長い付き合いだし、私もお金が必要でね」

「僕も知人に借金を返さないと」

 

 ちなみにドラゴンの素材はかなり高額で取引される。魔術媒体になるし、武器や防具にも使うし、秘薬にも使える。金持ちどもは頭を剥製にして飾ることもあるぐらいだ。それを三人で山分けできるとするなら、D級としては願ってもない話である。少なくとも、娘を魔術の世界へ快く迎えてやることができる。

 これで二人目が賛成した。残るは一人である。

 

「あ、あたしは……」

「……」

()()()()()()()()()()

 

 それも仕方のないことであった。ジェットと違ってアマリスとグレゴリーの関係は浅い。そして、客観的な事実として、この依頼は受けるべきではないのである。自分や味方の戦力を冷静に分析できるからこその判断と言える。しかし、C級であるグレゴリーが、自分に足りないものを持っているらしい彼が、全く反対のことを言っているのだ。

 アマリスは、もう何もわからなくなってしまった。現実とプライドが彼女を板挟みにしていた。言葉があふれて、ゆえに何も言葉が出ない。ただ、目が泳ぐだけである。

 グレゴリーは、そんなアマリスに過去の自分を重ねていた。葛藤にさいなまれてしまった人間は、もはや一人で脱出することは不可能である。そのことをグレゴリーは知っていた。

 故に、今必要なのは導き手である。

 

「アマリスさん。では、上司としての命令です。ついてきてください」

 

 グレゴリーの言葉に、彼女は従うほかなかった。

 

 

 グレゴリー、アマリス、ジェットとE級冒険者三人は町を出ていた。劣等緑鱗竜の目撃情報があったところに向かっている。道は馬車がすれ違えるほど大きく、舗装もされているようであった。

 道の両端には木々が生い茂っており、暗く、魔物による奇襲も警戒せねばならなかったが、E級はともかくD、Cの彼らにとっては話しながらでも簡単なことである。

 

「……それで、アマリスさんに足りない物って?」

 

 ジェットにこれまでのいきさつを伝え終わった後、この質問が返ってきた。ジェットにはどうもグレゴリーは問題点をすでに把握しているように見えるらしかった。

 グレゴリーもまたある程度の仮説はある。しかし、それにはまだ証拠が足りない。

 

「それにはアマリスさんに事情を聴かなくてはなりませんね」

「……」

 

 アマリスは彼らの話を聞いているのかいないのか、ただ地面を見ているだけである。

 しかし、グレゴリーは話しかけ続けた。

 

「アマリスさんは僕と会ったとき、最初『命令をしないで』といったのを覚えていますか。どうして、アマリスさんは命令されるのが嫌なのですか?」

 

 不思議な質問であった。誰だって命令されるのは嫌だろう。冒険者の、それも挫折を知らない若い娘が、『命令するな』といきがるのは自然なことである。

 もちろん、冒険者としてはギルドやチームの意向には従ってもらわなければ困る。しかしアマリスは、致命的なまでに指示に従わないわけではないように思える。

 

「……あたしのお父さんは貴族だったわ」

 

 そうか、とジェットは思った。ノーフェス家はそこまで大きくなくとも貴族である。今まで使用人に命令する側だったのに、冒険者になって命令されるのが気に食わない、というのは十分考えられるストーリーであった。

 だが、アマリスの話には続きがあった。

 

「でもお母さんはそうじゃないの。あたしは使用人の娘なのよ。お父さんはあたしを愛してくれたけど、そのほかの人たちはそうでなかったわ。とくに、本家の兄弟はね、『使用人の娘なんだから命令を聞くのが当たり前だ』って」

 

 母親はアマリスを生んだ時に亡くなってしまったらしい。父親は何としても娘を育てたかったが、家族のいじめを止めることができなかった。だから、魔術媒体を持たせて旅に出させたのだ。

 アマリスは涙をこぼし、杖を握りしめながら続けた。

 

「あたし、命令されると家族を思い出して、それで」

「もういいですよ」

 

 ジェットははなしをさえぎった。娘がいる身として、これ以上女の子を泣かせたくなかったのだ。

 

「グレゴリーくんも分かっただろう?()()()()()()()()()()()()()()ところだ」

()()()()()()()。彼女の問題点はそこではありません」

 

 グレゴリーは断言した。他の二人はあっけにとられる。二人は信じられなかった。そもそも命令の話をしたのはグレゴリーであったし、アマリス自身心の底でさいなまれ続けていたものが、問題点ではないとされたのだ。

 だが、アマリスはすでに命令を聞くことができている。ギルドの指示でグレゴリーに会ったときから、この依頼についてくるように命令して聞き入れたことから、アマリスは問題点を理解して改善する努力をすでにしていた。『命令を聞くことができない』というのはすでに克服されていたのだ。

 真の問題は、彼女自身認識していないところにある。それは――

 

「『()()()()()()()()()()()()』ことです」

 

 グレゴリーがアマリスと会話した中で、一番いやそうな顔したのは『()()()()()()()』と()()()()()()()。アマリスが結局この危険な依頼についてくる羽目になったのは、こんな依頼やめろと()()できなかったから。

 

「――ああ、そうよ。あたしなんで気づかなかったのかしら。本当に嫌なのは、命令をされることじゃない。命令をして本家の人たちみたいに醜くなるのが嫌だった」

 

 彼女に命令をするときの、いやな顔。意地の悪い顔。顔に悪意をまとわせた、気色の悪い表情が頭によぎった。あんな、最低な人たちと一緒になるのだいやだったのだ。

 アマリス・ノーフェスは自分の内側を真の意味で理解した。そして、命令を下せない人が、チームの頭になるC級以上になる資格がないと、わかったのだ。

 

「なら、何でこんな依頼を受けたの?あたしが断れないことを確認するためだけに?」

「荒療治のため、です。僕がギルドから依頼されたのは問題点に気付かせることではありません。問題を解決させるためです」

 

 アマリスは嫌な予感がした。しかし、逃れるすべを持たない。

 

「劣等緑鱗竜を倒す計画を皆さんに教えます。しかし、実際の戦闘中、タイミングおよび指示はすべてアマリスさんが行ってください」

「えっ、ちょっ、いやいやいや」

 

 彼女は首を激しく振る。たしかに、命令を出せるようになる必要がある。しかし――

 

「あ、あんたたちそれで死んだらどうするのよ!命がかかっているのよ」

「ええ、命がかかっているからよいのです。言ったでしょう、荒療治だって」

「水色のおっさんはどうなのよ!」

「いいよ」

「えぇ……」

 

 水色のおっさんはすでにアマリスの家庭事情を聴いて使い物にならなくなった。ただの全肯定マシーンである。親バカは他人の子供にすらバカであるらしい。そも、娘のために命を懸ける男が、こんなものに尻すぼみするわけがなかった。

 

「……あたしが失敗するって思わないわけ?」

「思いませんね」

「右に同じです」

 

 冒険者は大なり小なりいかれている。彼らにとってこんなリスクは無視できるほど些細な問題でしかなかった。

 アマリスは少しほほを赤くしたあと、そっぽを向いていった。

 

「……ありがとっ」

 

 そうやって冒険者一行は進んでいった。

 グレゴリーの頭には、昔の映像が流れていた。

 

『僕、うまくできるかな。失敗したらどうしよう』

 

 まだ彼が幼かった時、隣にはいつも()()がいた。心配性な彼を抱きしめながら、決まってこう言うのだ。

 

『大丈夫、グレゴリーは失敗しないよ』

 

 どうして彼女がそう断言できるのか、いつも不思議であった。今は、それが愛情のなせるものだと気づいた。

 

『ありがとう、()()()()()

 

 気づいたときにはもう遅かったが。

 アマリス・ノーフェスは本来、ヒロインである。主人公とともに世界を救うはずであった。

 しかし、彼女はもう世界を救う必要はない。なぜなら、世界はすでに救われているから。

 故に、グレゴリー・グレゴリオは少しでも多くの人間を救うために邁進(まいしん)しなければならないのだ。

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