新米C級冒険者は最善を尽くす   作:我らに幸あらんことを

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炎・風・氷魔術師ども、ドラゴンを狩る

 ドラゴンと言って読者諸君は何を想像するだろう。ファンタジー小説だろうか、いや、何かの映画か。変わり種でいうなら、鯉の滝登りか?画竜点睛なんて故事もある。その中で最もポピュラーなものはやはり絵本だろう。勇者に倒されてしまう、あるいはお友達になる、子供ながらの夢であり、力強さの象徴。この世界もまたその例外ではない。

 ただ一つ、こちらの世界と違う点があるとするならば、実在するということだ。

 絵本から飛び出したような、という表現しかできない。緑のうろこに鋭い爪。馬車ほどの大きさでゾウなんかよりもよっぽど大きく、目はやはりは虫類を思わせるような縦長の瞳孔が見て取れる。迫力は満点だ。これが劣等緑鱗竜(レッサーグリーンドラゴン)?これが劣等?これが竜種で最弱?とんでもない!どこまで行っても竜種は化物だ。人間様のかなう相手ではない。

 そのドラゴンが、行く道に座り込み、こちらをにらみつけている。相対するは三名の魔術師。グレゴリー、アマリス、ジェット。臆することなく真正面から向かい合っていた。

 

「たまたま道にいてくれたのはうれしいですね。誘い込む手間が省けました」

「こうしてみると緊張するものだね。竜種か、一生縁がないと思っていたよ」

「はぁー、本当にあたしが指示出すの?」

 

 グレゴリーからはすでに作戦が伝えられていた。聞いてみると、なるほど妥当性のある内容である。しかし、それを実際に試すのはまた別の問題だ。

 ふう、と息を吐いてアマリスが覚悟を決める。今はただ、全員がドラゴンを見やるのみである。

 開戦は、アマリスの命令から始まった。

 

「ジェット」

『氷よ 貫け!』

 

 ジェットの生みだした氷の槍は、まっすぐにドラゴンへ向かい、着弾した。にもかかわず、ドラゴンには一つの傷もつかない。ただ、目を細め全身を震わせるのみである。顔をこちらに向け四つん這いの重心を後ろへ下げる。魔術師たちは悟った。やつは完全にこちらを敵と捉えた。突撃が来る!

 ドラゴンが地面をける直前、いや、もっと前からアマリスは詠唱を始めていた。

 

『炎よ 我が怨敵に 地獄の片鱗を 見せつけろ!』

 

 生み出されたのは両腕で抱き込めるほどの炎の塊であった。しかし、それはグレゴリーとの模擬戦で使った火球なんかでは断じてない。温度が、質が比べ物にならないほど高い。それは小さな太陽のようであった。

 アマリス渾身の一撃が、突進してきたドラゴンに当たった。煙、のちに出てきたのは傷ついたドラゴンであった。さすがのうろこもこの一撃を無傷に抑えることはできなかったように見える。しかし、致命傷とは言えない。そのままこちらに向かってくる。

 

「ごめん止められなかったっ」

 

 自分が出せる最大威力の魔術でさえ、ドラゴンを倒すことができないおろか、突進の威力を殺しきることすらできない事実にアマリスは驚愕し、慌てる。

 もし、このまま突っ込んできたら作戦は実行できなくなってしまう。

 グレゴリーは冷静に、リクヨの杖を構えた。

 

「十分に速度は落ちてますよ。『固定しろ』」

 

 突然、ドラゴンが止まってしまった。いや、止まったのではない。見えない何かにぶつかったのだ。グレゴリーは風を固定することによって見えない壁を作ったのだ。それだけでない、見えない壁はドラゴンの四方と上空を覆い、閉じ込めてしまった。

 もちろんドラゴンは抵抗をする。狭さのせいで振りかぶることはできないでいるが、単純な筋力で壁を打ち破らんとしている。グレゴリーも冷や汗を浮かべ、壊されまいとさらに魔力を送った。が、それも時間の問題だろう。

 

「ジェット、早く例の魔術を!」

『氷よ 御冷気を かの愚か者に 思い知らせろ』

 

 ジェットは見えない壁に両手をつけると、ありったけの魔力を注ぎ始めた。効果はすぐに表れた。透明の壁が徐々に曇りまじめたのである。どんな馬鹿でも、ドラゴンを閉じ込めた四角の中に冷気を流し込んでいると分かる。

 ドラゴンも黙っていない。両足を思いっきり壁にたたきつけ、尻尾で薙ぎ払いをしている。もしそれらを生身で受けていたら、軽く半身がはじけ飛ぶだろう。

 魔力が切れる。透明の壁を生成する陸凪(りくなぎ)は強度と面積に比例して魔力を消費する。ドラゴンを閉じこめておくにはどちらもたくさん必要だ。

 両手が開いているグレゴリーは、サイドポーチから魔力ポーションを二つ取り出し、飲み始めた。

 もう一方はアマリスに渡し、両手の使えないジェットに飲ませてあげている。

 ここからは持久戦である。しかし、残念なことに二人の実力から言ってドラゴンを凍死させることは不可能である。魔力の量としても、冷気の威力としてもである。それらを込みで劣等緑鱗竜であり、C級冒険者ようの依頼なのだ。

 けれど、それはあくまで()()までの話である。

 三人が用意した魔力ポーションの在庫が切れかけた時、ドラゴンの動きがだんだん緩慢(かんまん)になっていく。ついには反撃するのをやめて、四角の中で丸くなってしまった。

 

「……本当に寝た」

「はっ、はっ、はっあ。い、いったでしょう。一部のドラゴンは、冬眠するんですよ」

「げほっげほっ」

 

 二人が魔術を解いても、ドラゴンは眠ったままだった。すべてにおいて紙一重ではあったが、とにかくここまでは計画通り。あとは一撃で葬るのみである。

 しかし、もしここで仕留められなかった場合は、この恐ろしい化物と真正面から戦う羽目になる。三人の消耗具合から見てそれは不可能だ。

 グレゴリーは再び魔力ボーションをのむと、腰に下げている鉈を引き抜いた。使う魔術はかまいたちである。

 前回の模擬戦で、魔術媒体を使ったにもかかわらずかまいたちの威力が低かったのは、この鉈を使わなかったからである。鉈を振る動作、生み出される風圧、知らず知らずのうちにそれら含めての魔術詠唱になっていたため、鉈を使った方が威力が高い。

 しかし、それでもなお――

 

「――それでも、威力が足りないかもしれませんね」

「……あたしの使える魔術の中で、一番威力の高い奴を選んだつもりなんだけどね。鱗が焦げて、肉が焼けてはいるけど、命を脅かすダメージは与えられなかった」

 

 果たしてドラゴンをしとめることができるだろうか。今ならまだ逃げて帰るという手もある。しかし、あまりに消極的すぎる。

 心づもりが決まらぬうちに、グレゴリーは鉈を両手でつかみ、掲げる。

 すると、アマリスが、

 

「やろう。あたしが魔術でサポートする。だから、グレゴリーは思いっきり()()()()()()

 

 決意をみなぎらせた瞳で、グレゴリーを見つめた。彼女は今、命令を下していることに気づいているだろうか。

 そこにはもう、トラウマにさいなまれる少女はいなかった。肩書以外に、少女とグレゴリーの差は一切なくなったのである。

 すうっと二人が息を吸う。

 

『炎よ 聖なる祝福を 勝利の剣に まといたまえ』

 

 グレゴリーの鉈が赤色に輝く。その次には、刀身からごうごうと炎を吹いていた。グレゴリーはそこから自身も魔力を吹き込み、風が炎を巻き込みながら、一本の火柱となった。

 天に届かんばかりの炎は、ついにその得物から解放される。

 

『切り裂け!』

 

 灼熱のかまいたちがドラゴンの首を襲う。二人が放った魔術は、生命を正しく破壊し、その首を落とした。

 竜殺しの完成である。同時に、少女の冒険者としての完成でもあった。

 三人は黙ったままだった。やがて火柱を見た三人のE級冒険者があわただしくやってきて、竜の亡骸を荷台に積む際に当たっても、会話をしようと思わなかった。

 どんな言葉も無粋であると思えた。この心の内をいかにして表現できようか。すべての言葉も、今の感情の前では偽物に過ぎなかった。

 黙って町まで帰った。ギルドに戻るころには、当事者とは打って変わって多くの人間が騒いでいた。あるものは羨望の目線を、またあるものは懐かしむような目線を。

 声帯の硬直は、差し出された液体によって失われた。だけど誰も三人の冒険譚を無理に聞こうとはしない。ただ飲んで、ただ食べた。

 結局、アマリスがグレゴリーに話しかけたのは、祝宴の終盤、皆が静まりかけた時間帯であった。

 

「……あたしたち、本当にやったね」

「いまだに実感がわきませんよ。竜殺しの称号なんて」

 

 二人は視線を合わせなかった。合わせる必要を感じなかった。

 深夜の静寂の中、二人は討伐した竜の話をした。初見の迫力と、場面ごとの印象と感想を語り合った。それは、先ほどの出来事が現実のものだったか確認をしているようであった。

 

「ジェットのおじさん、さっさと帰っちゃったね」

「『一刻も早く娘に自慢したい』でしたっけ。本当に親バカですね」

「そういうところも、らしいっちゃらしいけどね。あたしのお父さんがジェットだったらなって思うよ」

「貴族のお父さんよりも?」

「貴族のお父さんよりも」

 

 アマリスは初めてこちらを見た。口元の笑みは今まで見せてこなかった、虚勢をすべて捨てた親愛の表情であった。

 

「グレゴリーは近所のお兄さんかな」

「僕は家族じゃないんですか」

「身内だと、少し面倒くさい」

 

 グレゴリーはちょっとだけ傷ついた。

 

「あたしね、冒険者になってほとんど(つまづ)かないできたから、この半年は本当につらかった」

「……」

 

 アマリス・ノーフェスは一か月足らずでD級に上がった天才だ。秀才と呼ばれたグレゴリーでさえ、一年半かけたぐらいである。ものが違う悩みにはさすがのグレゴリーも黙りこくってしまう。

 

「だから、あんたには感謝してるんだよ。トラウマと一緒に問題点も解決してくれたんだから。一生の恩ができたと思ってる」

「……僕たち会ってからまだ二日ですよ。酔っぱらっているんですか」

「会って二日……、そんな気しないね」

 

 アマリスはグレゴリーの肩に寄りかかった。彼女の髪からは、名前を思い出せない花のにおいがした。

 グレゴリーの腕をつかんで、身を寄せる。アマリスの整った顔が、すぐ近くに見える。

 

「……アマリスさん?」

「アマリスって呼んでくれない?」

「アマリスさん」

「……はあ」

 

 彼女はグレゴリーの手をパッと離すと、適切な距離を保ってニヤッと笑った。

 

「残念。妹みたいに頼めば行けると思ったのに」

「あなたの妹像は少し歪んでいますね」

 

 と同時に、グレゴリーは彼女が妹でなくてよかったと思った。もし妹なら、自分は一生彼女のわがままを聞く羽目になっていただろう。

 

「そういえばなんでいつも敬語なの?」

「師匠の言いつけです。彼がすごく変わっていまして『誰に対しても敬語を使え。敬語以外の言葉は美しくない』って何度もしつけられまして」

「変なの。それに魔術の師匠なんていたんだ」

「いえ、魔術の師匠ではないんですが……」

 

 そもそも、師匠と呼んではいるが、彼から教わったことはほとんどない。もらったものはたくさんあったが、彼の師匠は少し放任主義なところがあった。

 

「そっか。確かに魔術の師がいたにしては魔術のレパートリー少ないもんね」

「ちくちく言葉は控えてください」

 

 たった二つしか使えないグレゴリーも悪いが、五十以上使えるアマリスも頭がおかしい。

 グレゴリーは身をひるがえしてギルドのカウンターに向かう。アマリスも不思議な顔をしてついてくる。

 

「どうして受付に行くの?依頼の報酬は明日まとめて送られるって言っていたじゃない」

「依頼達成の報告を」

「?」

「アマリスさんの問題点を解決することはギルド側の指示だったでしょう?だから、完了したので報告しに行くんです」

「あっ」

 

 忘れていた、という表情に半ば呆れながらもギルド職員に報告した。

 報告自体はあっさり終わった。もっとこまごまと顛末(てんまつ)を説明しなければなるまいといきこんでいたが、「ああ、確認しました。お疲れ様です」の一言で終わってしまった。グレゴリーは少し釈然としないまま、アマリスの方に向き直ると、なぜか彼女は泣きそうになっていた。

 

「うぐっ、……あたし、もうあんたと何の関係ないけど、見かけたら話しかけてもいい?」

「別にギルドの指示以外でアマリスさんと話したくないわけじゃないですから」

「困ったことがあったら頼っていい?」

「僕もそうします」

「じゃあ早速なんだけど、C級昇級試験の紙面試験どんなのが出るか教えて」

「……他の知り合いから過去問見せてもらっていないんですか」

「あんた以外知り合いいない」

 

 本当に手間のかかる妹みたいだな。その言葉を飲み込んで、過去問を渡すことを約束した。

 そういえば、とグレゴリーは昔のことを思い出した。姉は自分のことどう思っていただろうか。

 今抱えている感情と全く同じだろうか。いや、アマリスよりはうまくやっていた自信はあるが。

 かつて、グレゴリーと彼の師匠と姉、三人で暮らしていた家には、すでにグレゴリーしかいないことを思い出して、彼は少しだけ帰るのが億劫になった。

 さらには、ガラクタでとっ散らかった家の中から、過去問を探さないといけないこともその億劫さに拍車をかけていた。

 こうして、新米C級冒険者グレゴリー・グレゴリオの二つ目の依頼を終える。

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