新米C級冒険者は最善を尽くす   作:我らに幸あらんことを

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 高評価ありがとうございます。


新米C級冒険者と三つ目の依頼

 ガウント村の地理を説明するにはまず、グレゴリーたちの住む国の話をしなくてはならない。

 この国ユウ王国は国として中くらいの規模であるものの、冒険者たちの質は先鋭中の先鋭と言ってもいいだろう。王都にはもちろん、その四方に配置された四つの街にも優れた冒険者が集まっている。

 一つの街の名前を『ワイズ』。これがグレゴリーたちが拠点とする場所である。

 ガウント村はユウ王国の辺境も辺境、周りには険しい山に囲まれていて、全体から見てもあまり重要な村であるとは言えない。敵国に攻められる心配はないが、山から下りてくる獣や魔物にひどく手を焼いていた。

 人口は約三百人ほど。村の特色といったものもなく、ただ国境を維持するために存在している。

 そんな田舎に続く道へ、八人の人間がいた。全員がほぼ走るように歩いているが、荷物を装備も重そうであり、通常の人がまねをしたらすぐにばててしまうだろう。

 もちろん、その面子の中でも息を切らしている人もちらちら見える。

 

「休憩にしましょうか」

 

 そう言ったのは黒髪黒目のC級冒険者グレゴリー・グレゴリオである。同様にこの中で一番高いランクであるフィストは、黙って彼の意見に賛同した。息を切らしている冒険者の大半はフィストが連れてきたお供であったからだ。

 グレゴリーが空を見上げると、太陽がちょうど南に上っていることに気が付いた。お昼時である。休憩のうちにご飯を済ましてしまおうと提案すると皆がうなずいた。

 疲れているのはフィスト以外のお供たちと、ルルシスであったが、彼女はまだましであると言えた。なぜなら、彼女が本来持っていたはずの大楯はグレゴリーが運んでいたのであり、また、移動をするにあたってはその方が効率的であると思えた。

 しかし、フィストは考えが違うらしく、「一番下っ端が一番荷物を持つべき」と言ってきかなかった。そのせいで、彼のパーティーメンバーが真っ先に息を切らすが、当のフィストは何の注意を払わずに、グレゴリーがしばしば休憩を提案する羽目になった。彼は意地でもグレゴリーに借りを作りたくないらしく、あくまで依頼の達成が遅れることを彼のせいにしたいらしかった。

 彼の金髪同様に汚い思想ではあったが、余計なことをしないだけましである。

 

「大丈夫ですかルルシスさん」

「っぅス」

「まだゆっくりしていてください。昼食は僕たちで作ります」

 

 まだ少しつらそうにしているルルシスは休憩させながら残り三人、グレゴリー、ハント、ジェットはせっせと昼食の準備を始めた。

 グレゴリーはバックの中から火付け用の魔道具と折り畳み式のなべをジェットに渡した。ジェットは焚火の下地を作り、鍋に彼の魔法で氷を張った。ハントがとりあえずの薪をジェットに渡すと、長期にわたり使用される分をまた取りに行った。グレゴリーは自身の知識をもとに食べられる山菜をとってきた。

 冒険者の旅路になべを使うのは珍しいことと言えた。実際、フィスト一行が食べているのは、干した大根や魚の薫製、高級なものでも塩漬けにした肉といったモノである。

 わざわざ火をつけてスープを作るのはグレゴリーのほぼ妄執(もうしゅう)と言っていいほどの執着からくるものである。

 温かい食べ物はそれだけで人々を救う。かつて孤児であり、愛を与えられることなく路地裏をさまよっていた経験は、何ともおかしな方向へこだわりを生み出させたのである。

 沸騰したお湯の中にベーコンと山菜を入れ、グレゴリーの手作りである特別のスパイス、いわゆるコンソメと呼ばれる粉末を加える。お湯が少し黄金色に光る。葉物が青くなると、各々が準備したボウルにスープをよそいながら食べ始めた。

 

「いつも通りにうまいな」

「っス!」

 

 ルルシスはこの中でも一番グレゴリーと一緒にいる時間が少ない。特性スープを食べる機会もあまりなかったからか、嬉しそうにスープを掻き込んだ。

 残りの三人にとってはもはやいつも通りになりつつあったが、ハントは他の冒険者に見せびらかすように飲んでいたのを、グレゴリーとジェットが冷たい目で見ていた。

 ごくっと喉を鳴らしたのはフィスト側の誰か。しかし、頭同士が、敵対とまではいかないものの警戒しあっている中、「俺にもくれ」と厚顔無恥(こうがんむち)にいえるものはいないようである。

 リーダーであるフィストが立ち上がり、こちらに近づいてくる。どんな時であれ、彼はにやけっつらをやめることがない。実に人を不快にする笑顔である。

 鍋を中心にし、囲むように座っているグレゴリーたちの間に割って座り、あろうことか、どこからか取り出したボウルに、ずうずうしくスープをよそい始めた。

 たまらずハントが非難する。

 

「おい!何勝手に食ってんだよ」

「食っちゃいけないって言われてねぇなあ」

「みんなの分はさすがにありませんよ」

「あん中で食うのは俺だけだぜえ」

 

 グレゴリーのやんわりとした拒否も、なんともないような顔でいなす。

 そも、食べるのがフィストだけであっても食わせる道理はない。グレゴリーは無理にでも追い出してやろうと思ったが、どうせ屁理屈をこねられて居座られるだけである。

 グレゴリーは頬に手をやり、少しばかり考えを巡らせた後、スープを飲む許可を与えた。ハントが眉間にしわを作りはっきりと嫌な顔をしたが、フィストはそれに気が付かなかった。

 会話らしい会話もなく、ただ気まずい空気の中、スープをすする音が響く。グレゴリーはいっそのこと、今回の依頼についてお互いの考えを聞こうと思った。

 

「フィストさん。ガウント村の依頼についてはどう思います?」

「どう、と言われてもなア」

 

 彼はおどけるようにして首を傾げ、何でもないように、濁った眼をグレゴリーに向けた。

 

「普通の依頼だと思ったぜえ」

 

 とバカにしたように答えた。もちろん、今回の依頼が普通であるはずがない。ギルド側の異様な対応と言い、内容に比べて過剰な戦力と言い、すべてが不吉な予感を感じさせた。

 少なくても、同じC級であるフィストが違和感すら覚えないというなら、昇格試験はもう一度見直すべきである。

 くくっと笑って、フィストは続ける。

 

「冗談だ。はっきり言って、ガウント村には何か秘密があるなァ。けどやることは単純だ。俺たちで解決できそうな案件なら解決する。できないならァ、帰る」

 

 ひどく不誠実に思えるが、ギルドには以下のような規則がある。

 仮に依頼主が虚偽の報告をし、その難易度が想定より高く、自身の力で解決が不可能な場合、依頼を達成できなくとも失敗と捉えない。

 この点でいえば、正直グレゴリーも賛成であった。冒険者として当然の行いである。誰だって騙された上で働きたくない。

 だから、できればもう一つ踏み込んだ話をしたかった。

 

「では、村の秘密とは何だと思いますか」

「くくっ、俺ア、おそらく人狼(じんろう)だと思ってる」

 

 人狼。アンデットの一つであり、太陽が昇っている間は人間であるにもかかわらず、夜になると二足歩行の狼に変身してしまうものである。聖水か、聖職者による祈りによって解呪されるが、人狼にかかったまま本人が死んでしまうと、ただ暴れまわる怪物になってしまう。そうなってはもう戻しようがない。

 

「おそらく、親しい人が人狼のまま死んじまってえ、その被害をグレーウルフのせいにしてんだろオ。俺たちはア、ただ確認をしてギルドに報告すリャアいい」

 

 筋の通った話で合った。必ずしもこれが真実である保証はないが、可能性は十分にあるだろう。人狼は恐ろしいが、しかるべき対処をすれば心配はないし、戦力的にもC級が二人いれば間違いはないだろう。そういうわけで、フィストは楽観的であった。

 一通りの話を聞いて、グレゴリーは胸の中を支配する不安の正体が本当に人狼なのか確かめた。ワイズを出てくるときのいやな予感とは果たしてその程度のものだったろうか。彼は自分が心配性なのを自覚していたが、それでも考えずにはいられなかった。

 一つ、ありえない仮説が脳裏によぎった。今回の敵。今の戦力ですらかなうかわからない相手。荒唐無稽(こうとうむけい)な話ではあるが、共通の危機を皆と共有せずにはいられなかった。

 

「僕の推測では相手は人狼ではありません」

「じゃアなんだってんだよ」

「……()()()()()()()

 

 瞬間、空気が凍った。誰もが食べる手を止めてグレゴリーを見る。フィストははじめ口を開け呆けていたと思うと、すぐに顔を赤らめ、早口で、そんなことはあり得ないと否定した。

 

「グレーウルフとミメシスウルフを見間違うはずがねぇっ!てめえが神経質なイカれ野郎だってことは知っているが、その妄想に俺たちを巻き込まないでくれッ」

 

 そういうやいなや、フィストは元の場所に戻っていってしまった。

 ミネシスウルフは単体でもD級相当の強さをほこり、賢さや体の大きさ、群れとしての練度もグレーウルフとは比べ物にならないほどだった。群れの大きさにもよるだろうが、通常の大きさでさえB級であうのが常である。これではいかにC級二人であろうと太刀打ちできるはずがない。

 しかし、グレーウルフとミネシスウルフを見間違うことがあるだろうか。大きさはグレーウルフより一回り大きく、色は季節によって変わるが、この時期では木に擬態できるこげ茶色。灰色などと見間違える可能性はない。住人が虚偽の報告をしたのだとしても、その必要性はどこにあるというのか。ただ、村を危機にさらすだけである。おおむね、フィストのように否定するのが正しいのだろう。

 ただ、グレゴリーは常に最悪を予想しなければならなかった。これは彼の悪癖であり、時として彼自身を神経衰弱に陥らせることも多々あるが、冒険者として生き残ってきた最後の砦でもあった。

 鍋の後始末をしているルルシスに目をやると、彼女は一生懸命に焦げを落としている最中だった。彼女はすでに一人で暮らしをしている自立した人間だが、かといって大人ともいえない年齢であった。彼女の年齢で働いている人もたくさんいるが、少しでも親が裕福であったりすれば、まだまだ守られる対象である。

 人の命が自分の手にあって、一つの指示であっけなく散ってしまうことに、グレゴリーは強い恐怖を抱いた。C級になり、人の上に立つ側になったものの宿命である。

 

「っス?」

「ああ、何でもありません」

 

 じっと見ていたことに気が付いたのだろう、彼女は不思議そうな顔をしてグレゴリーの方を見た。彼女は座って作業をしていたのでこちらを見上げるような形になる。そのせいもあってか、ルルシスの体はいつにもまして小さい。

 彼女は何を考えているのであろう、と思った。小さな頭の中で、大きな目で何を見て、善なる心でどう判断しているのだろう。彼女から見て自分は頼りになる人物であろうか。

 グレゴリーは人の本質をとらえるのが得意であった。裸一貫で冒険者になったときも、表裏のないハントや、冒険者の中で最も常識的であるジェットに近づき、ノウハウを身に着けたのは彼の観察眼あってのものだった。

 その眼をもってすると、フィストやその腰ぎんちゃくの軽薄さや浅さというものはとるに足らないものである。自身が彼らのために頭を悩ます必要はなく、配慮も無駄であることは明白だった。グレゴリーは悪意に強かった。

 しかし、その分彼は純然たる善意にひどく弱い。とくに弱者の善意である。強いものは自分が何をしようと強く羽ばたいていくだろう。アマリスがそうである。他にも、すでに完成された善意、ハントやジェットに対しても、一切の遠慮がないという点で、グレゴリーは非常にやりやすかった。

 打って変わって、ルルシスはどうだろう。彼女はまだ弱く、関係もまだ浅い。だからこそ、彼女の期待や信頼はうれしいとともに、少しばかり重かった。

 黙ったままである姿に、ルルシスも何か感じ取ったように笑った。

 

「先輩なら大丈夫っスよ」

 

 ひどく小さかったが、グレゴリーは初めて彼女の声を聴いた。驚きのあまり目を大きくしていると、やはり恥ずかしかったのか、ルルシスはすぐ人見知りをする幼子のように、顔を赤くして下を向いてしまった。今度はグレゴリーが笑う番であった。

 

「ありがとう」

 

 後輩に気を使わせて、激励をかけられるのは少し情けない気もしたが、初めて会話をしたことが彼はとてもうれしかった。どんなに鈍感であっても、信頼の成果であると分かるからだ。

 再びグレゴリーが笑うと、ルルシスも笑った。二人はしばらく声にならない笑い声をあげると、出発のために準備を始めたのだった。

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