新米C級冒険者は最善を尽くす   作:我らに幸あらんことを

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C級と獣人と睡眠ポーション

「え、えっと、す、少し右、ですっ」

 

 獣人の少女はリーコスというらしい。彼女の治療が終わり目覚めた後、ルルシスとハント、ジェットとリーコスを背負ったグレゴリーが山を登っていた。

 フィストの考えた作戦は、案外突拍子のないことでもなかった。しかし、作戦を成立させるために必要なものがあり、それらの採取のためグレゴリー達は山を登らざるを得なかった。また、同様にリーコスも必要であった。

 すんすん、とグレゴリーの背中で鼻を鳴らす少女は、狼の獣人である。普通の人間と異なる点は多々あるが、その中で最もわかりやすいのは嗅覚である。彼らの探す植物『白白根(しろしらね)』は特有のにおいがするのが特徴であり、リーコスにとって探し当てるのはとても簡単であった。

 もっとも、グレゴリーには一つ心配なことがあった。

 

「あの、僕汗くさくないですかね?獣人の方って嗅覚が人間の何倍もあるって聞いたんですけど」

「え?えっと。だ、大丈夫ですよ?そっそんなににおいしましませんし、グ、グレゴリー、さんのはむしろいいにおいです」

「っス?」

 

 確かめるようにルルシスが近づき、においをかぐ。女性二人ににおいを確認されるという通常ではありえない場面に、グレゴリーは何も言えず黙ってしまった。なんだか、何を言っても不正解である気がするのだ。おっさん二人が彼を見てけらけら笑う。

 

「私もかいでいいかい?」

「俺も」

「黙っててください」

 

 割と危険な状態にもかかわらず和気あいあいとしているのは、自然への恐怖よりあの村にいることの億劫さの方が勝るからだろうか。フィスト一行やガウント村にいたころに比べ会話がよく回る。明るい空気に安心したのかリーコスがおずおずと質問する。

 

「し、白白根なんて何に使うん、ですか」

「睡眠ポーションを作るのに使えるんですよ。原材料ですね」

 

 白白根は強い睡眠作用がある。昔から睡眠薬として採取され、今でもよく使われている。グレゴリー自身何度も世話になっているが、体感として微量の中毒性がある気がする。まあ、これもご愛敬である。

 回答をもらえたものの、なお怪訝そうな顔をするリーコスに今度はジェットが解説する。

 

「別に私たちが服用するわけではないよ。ミネシスウルフの罠用だね。睡眠ポーションを塗った肉塊を置いておいてわざと食べさせておくのさ」

「そ、それはわかりますけど」

 

 人間ですら独特なにおいだと思う白白根。それを肉塊に塗った程度でミネシスウルフが食べるだろうか。少なくとも、やつらの嗅覚はリーコスと同等であるのに。

 だが心配はないとジェットは伝える。

 

「白白根は正しい手順を踏むと無臭の睡眠ポーションになるんだよ。魔剤(ポーション)師の資格を持っているのなら簡単に作れるのさ。そして、グレゴリーくんはD級魔剤師の資格を持っているからね」

 

 魔剤師におけるD級とは、「一般的なポーションを作成でき、一人で店を構えることができる」という定義で、大半のポーション屋はこのランクである。リーコスは尊敬のまなざしをもってグレゴリーを見た。

 

「す、すごいですね。私の村にいた、グレアおばさんも、た、たしかDランク、だった気がします!もう、亡くなってしまいましたけど」

「……そうですね。今回、睡眠ポーションを作る際はグレアさんの道具をお借りさせていただきます」

 

 作戦実行のため、グレゴリーたちはあらかじめ機材の確認をしていた。問題なく使えるだろう。その際村人に聞いた話だが、グレアという人物は唯一偏見なしでリーコスと接してくれる人物であったらしい。毎日、グレアの家に訪れて、ポーションを作っているところを眺めながら会話をしていたらしい。

 

「もしよければ、一緒にポーションを作りますか?」

 

 どうしてこんな言葉が出たのかグレゴリー自身にもわからなかった。ただ、リーコスがグレアの話をするとき悲しげであっただろうか、なんとなく、そうすべきだと思った。

 突然な申し出に、リーコスはしばらく目を丸くしたが、すぐ「はい!」と元気よく返事をした。

 

「いいなあ、私も早く娘に魔術教えたいなあ」

「まずは生き残ってからだな」

「っス」

 

 そのあとすぐに白白根は見つかった。ついで、食べれそうな山菜や木の実、他のポーションに使える薬草なども採集し、ガウント村に帰った。

 グレゴリーたちが山に行ってる間、フィストたちは村をパトロールすると言っていた。正直疑わしくあったが、意外なことに村の青年たちとフィストの腰ぎんちゃくたちが仲良くしていることから、事実であるらしい。

 さらに、フィストがあれほど嫌いっていた村の代表の青年ナントと話し合いをしている。

 

「何を話しているのですか」

 

 グレゴリーが近づくとナントはあからさまに嫌な顔をした。その表情に嫌な予感を感じたが、フィストはいつものようにへらへらしてこちらを向いた。

 

「よく帰ってきたなァ。遅かったからてっきり死んじまったかと思ったぜえ。なに、ただの話し合いだよ。夜間のパトロールに村の男性諸君も参加してくれるらしくてなァ」

 

 これもまた以外である。この村の人が自分の身を危険にさらしてまで、大勢のことを慮るとは全く思わなかった。これはいったいどんな魔法を使ったのだろう。あるいはフィストの「詭弁使い」としての本領を発揮したのかもしれなかった。

 

「僕はポーションを作成してきます」

「じゃあ俺たちはパトロールに加わろうか」

「っス!」

「了解」

 

 そう言って、ハントたち三人は去っていった。残ったグレゴリーとリーコスは元グレイ家に向かう。まだけがをして歩けないリーコスであったが、背中の上で楽しそうに村を案内した。

 何年も手入れをされていない家であったが、建物の役割は果たしていたらしく、中はほこりが積もっているもののしっかりしていた。軽い掃除をして、大釜に水をくむなどの準備を終えた後、グレゴリーはさっそく製薬に取り掛かった。

 

「ど、どうして、グレゴリーさんは、冒険者をしつつ魔剤師の資格を、持っているのですか?」

 

 比較的汚れていない布団にくるまれたリーコスが、遠慮がちに聞いてきた。耳をぴくぴく揺らす姿が小動物みたいでかわいらしい。しかし、投げかけられた質問をグレゴリーは正しく返すことができなかった。

 

「……いろいろありましてね。もともと様々な分野に手を伸ばしていたのですが」

「な、なんとなく、り、理由分かりますよ。誰かの、ためですよね!だってグレゴリーさんは、優しい人だから」

「いいえ、違います。全部()()()()()()()()

 

 苦々しく答える。グレゴリーの顔に浮かぶのは後悔の念であった。たしかに、回復ポーションしかり、魔剤師というのは()()に適している。しかし、当時病気だったのはグレゴリー自身であった。ただ、肉体的にではない。精神の、である。今から約二年前、グレゴリーは多くの人間から『頭の病気』であると言われていたのである。

 すり鉢に白白根を入れゆっくりとすりつぶす。鼻に透き通るような独特なにおいが強くなる。

 

「私も!私も、みんなからおかしいって言われます。変なしっぽだって、あ、悪魔の子供だって。唯一認めてくれたのはグレアおばさんでした」

 

 そこまで一気に言うと、リーコスはグレゴリーにすがるような、どこか期待するような目線を送る。

 

「グ、グレゴリーさん。私を昔救ってくれた人が、魔剤師で、きっ今日、私を救ってくれたのはあなたです。こ、これが偶然だと思いますか!?あ、あ、あなたはっ私の救世主ではないのですか!?」

 

 少女の切実な助けの声に、グレゴリーは思わず手を止める。グレゴリーはどうしたらよいのかわからなかった。ただ、英雄を見るかのようにこちらを頼る瞳に、何も言えずにいた。彼は自分が英雄だと思わなかった。なぜなら、世界を救った英雄は既に存在していて、また彼女本人に彼もまた救われたのだから。しかし、少女の希望を摘むことも彼にはできなかった。

 

「まだ、村はミネシスウルフの群れに囲まれています。完全にあなたを救ったとはいえません」

 

 そういってリーコスの頭をなでると、なるべく彼女の顔を見ないように目を背けながらポーションづくりにいそしんだ。明らかに答えをはぐらかされたリーコスはふくみっつらになりながら、それでも笑って答えた。

 

「なら、救った後に」

 

 そうしてすぐ、リーコスは眠ってしまった。

 グレゴリーは十分な睡眠ポーションを作り、フィストに手渡した後、多くとってきた薬草を使い回復ポーションを作った。単純作業をしていると、とりとめのない記憶が浮き沈みするように現れた。

 

『君、親はどこにいるの?』

『わからない』

『家は?』

『居場所もない』

『なら、私と一緒だね!』

 

 急にやってきて、自分の姉を名乗り始めた彼女は、グレゴリーの救世主だった。自分はいったい、リーコスにとっての救世主になれるだろうか。なる資格があるのだろうか。いまだ彼女の背中も見えないのに。

 すべてのポーションを作り終えたら、あたりはすっかり暗くなっていた。元グレアの家にグレゴリーのチームは集まる。ルルシスの手にはスープの入ったなべがあり、どうやら村人一同がグレゴリーたち冒険者に作ってくれたらしい。

 

「あいつらが俺たちに飯を作るなんて意外だな」

 

 ハントの言葉に皆が同意する。どうにも、冒険者、とくにグレゴリーたちが彼らに嫌われているらしい。にもかからず、こうやってご飯を作ってくれるのは以外であり、はっきりいて不気味でさえあった。

 

「さすがに村のピンチだしね。彼らも協力するしかないのさ」

「っス」

 

 ジェットの言葉にルルシスが賛成する。彼女は真っ先にスープをよそい、見ていてすがすがしいほどの食べっぷりを見せてくれた。ほほえましいが、しかし、グレゴリーはいまだに嫌な予感がしていた。彼のしかめっ面に気づいたジェットが肩をたたく。

 

「グレゴリーくん。そんなに気を張らなくていいよ。ポーションは完成したんだろう?罠がある以上ある程度は大丈夫さ。どうしようもなかったら、それこそ考えても無駄だし」

「っス!」

「それはそうなんですが。罠の様子もまだ見ていませんし。どうにも違和感と言いますか」

「そういや罠を見てないな。フィストの野郎ちゃんと仕掛けたのか?おとりに使う肉をつまみ食いしてんじゃねえだろうな」

 

 不信感。ハントは一切彼らを信じていなかった。いや、彼が信じているのは今なべをかこっているグレゴリーたちだけである。あとは正直、誰が裏切ってもおかしくないだろう。

 

「っス?」

「まあ、こんな状態で裏切るほど彼らもバカではないよ。ハント、むやみにグレゴリーくんの不安をあおるようなことをしないでくれ。ルルシスさんも、真正面から受け取らなくていいよ」

 

 ジェットは場を仕切って、ざっくばらんに言い切った。次にグレゴリーに視線を移す。

 

「グレゴリーくん。君の長所がたくさん考えることなのは間違いないよ。でも、同じくらい短所でもある。ゆっくり休む時は休むべきだ」

 

 ジェット、ハントの二人はグレゴリーの心の調子が悪い時期を知っていた。ハントはあまり気づかいができないタイプだがジェットは違う。子供にものを教えるようにゆっくりとした声で、またいつくしむような目で諭されると、グレゴリーは何も言えなくなってしまうのだ。

 

「ふあっスぅ」

「俺も飯を食ったら眠くなってきたな。リーコスの布団はどこから出してきたんだ?俺は多少汚くてもいいからさっさと寝たいぜ」

「そうだね。私たちのパトロールの当番はそろって早朝だし、ここらへんで眠るとするか」

 

 ルルシスはあくびをしながら布団を敷いた。合計五人が川の字になって眠るには少し狭いが、寝れないことはないだろう。

 

「それじゃあ、お休み」

 

 明かりを消した。

 グレゴリーは気になる点がたくさんあって、とても眠ることはできないと思ったが、案外まぶたが重くなって寝付けそうであった。これなら無理に睡眠ポーションを使う必要はないだろう。

 他も面々も村人の対応につかれたのか、それとも久々の布団だからか、すぐに眠ったようである。

 もうすぐ寝てしまいそうな頭で、グレゴリーは考えた。自分は考えすぎているのだろうか。その自覚は自分にもある。しかし、いやな予感は決して消えることなく、むしろ時間がたつたびに大きくなるのである。

 グレゴリーはそんな考えを断ち切って目をつむった。案外簡単に寝れたのが不思議だった。そして、自分の心配は結局正しかったことを知るのだ。

 そうして夜が明ける。

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