空を駆けるウマ娘になりたくて アグネスフライト育成ストーリー   作:通りすがる傭兵

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2023/02/04 再編


第1話 アグネスの漫画を手伝ってくれる方

 

 

「助けてくださいフライトしゃーーーーん!」

「どうしたの?」

「実は、少し手伝って欲しいことがあって」

「もしかして、漫画?」

「そうなんです」

 

 寮談話室で友達と話しているとドタバタと慌ただしい足音を立てながら階段を転がるように駆け降りてきたかと思えば、流れるように頭を地面に擦り付ける見事な土下座を披露したアグネスデジタル。あれかなと思って質問してみると、その通りだった。

 

そういえばもう12月、デジタルちゃんが大好きだというお祭りの季節だったか。

 

「デジタルちゃんのアレ?」

「そうだね」

「じゃあ土日は丸潰れか、かわいそ~」

「そんなことないよ、たまに手伝ってるし、絵を描くのだって案外楽しいんだから」

 

 デジタルちゃんに最初に声をかけられたのは2年も前のことだ。それから年に数回といえど、足を引っ張らないようにたまに練習もしている上達だってするよ、と冷やかしてきた友人に対して言葉を返す。

 

「でも、もうそろそろ締切の季節だよね。計画性のあるデジタルが締切ギリギリだなんて、珍しいじゃない、何かあったの?」

「じ、実はやむにやまれぬ事情がありましてね......」

「うん、続けて」

 

 指をいじいじと合わせて言い淀むデジタルに対してしゃがみ込んで優しく目線を合わせる。言いにくい時がある時こそ笑顔で言いやすい雰囲気を作ってあげないと。

 

「じ、実は」

「実は?」

「ここ2ヶ月ほど練習で原稿に取り組む時間が取れず、本番用の原稿の進捗が真っ白なんですぅ!」

「あらら」

「もうフライトしゃんだけが頼りなんです、どうかお慈悲を! 私と一緒に漫画を描いてくださぃい!」

「うーん、メジロドーベル先輩は? 同じ漫画を描く先輩は頼れないの?」

「ど、ドーベルしゃんは今追い込み中で、他の先輩も勉強はレースで手伝えないと」

「となると私が最後の砦か」

「どうにかなりませんか」

「......ふぅ、デジタルは機材の準備。ブルボン先輩が帰ってきたら絶対に近寄らせないこと、2年前の二の舞にだけはしちゃいけないからね。そっちは任せるよ」

「オッケー」

「アイアイサー!」

 

 デジタルは敬礼を短くしたかと思えば、ばひゅん、風を巻く音が聞こえるくらいの速さで階段を駆け上がっていた。そのデジタルを見送ってから席を立とうとすると友人はやれやれと肩をすくめて言った。

 

「フライトはつくづくお人よしだねえ。自分のトレーニングだってあるだろうに、どうしてこうも人に尽くせるわけ?」

「誰にだってするわけじゃないよ。デジタルは同門の仲だもの」

「にしたって大概でしょうに」

「困った人は放って置けないじゃない?」

「流石にやりすぎだよ」

「いいじゃない。頑張ってるんなら応援してあげなきゃ。ああ、今日明日部屋には帰れないからあとでフジ寮長には私から報告しとく」

「そっちはやっとく。あと夜食も持っていくよ。おにぎりでいいよね?」

「やった、持つべきものは友人だね」

「そこは親友じゃなくて?」

「じゃあそうやって呼んだ方がいい?」

「堅苦しいのはいらないよ。これからも友達でよろしく」

 

 友達に手を振ってから立ち上がり、スカートを軽くはたいてデジタルの後を追いかけて階段を登った。

 

 デジタルの部屋に入るとデジタルはバタバタと段ボールを開けて機材を取り出しているところだった。彼女は自分の机の反対側にあるあまり使われてないであろう小綺麗な勉強机の上に機材を並べ、電源を引こうと四苦八苦している様子。机の上に配線を通そうとして背伸びをしているところで私はコードをデジタルの手からそっと取り上げて代わりにやってあげた。

 

「フライトしゃんたすかります、あとはPCを立ち上げて液タブと同期するだけです、起動はそちらのノーパソの方に、パスワードは」

「去年と同じでいいよね、大丈夫覚えてる」

「起動したらクラウドを開いてください、ネームの方は別のファイルに入れています。ページ数は40pです、多分」

「オーケー、じゃあ頑張ろう」

「はい!」

「ところで締切っていつ?」

「明後日の22時ですねえ!」

「なるほど、じゃあすごく頑張ろう!」

 

 私は素早くパソコンを立ち上げ、手早く接続を済ませてペンを手に取った。クラウドを開いて原稿を確認すると、うっすらと下書きが書いてあるページが表示されるが、下書きの段階であるはずなのに思わず唸る。

 

「ラフでもうまいねぇデジタルちゃん」

「それほどでも、でへへ」

「この本をたくさんの人に見てもらうためにも、頑張ろう!」

「了解であります!」

 

 

 作業がひと段落したところで目線を上げると、なんと外が薄らと明るくなっていた。冬だというのにもう日が昇るまでずっと作業をしていたらしい。友人の差し入れのタフネス30を3、4缶ほど開けてしまっていたからあまり眠気がわからなくなっていた。

 

「もう朝か」

「あと、あと半分......」

「3時間くらい寝ちゃえば? ちゃんと起こすよ。眠いとうまく絵も描けないよ」

「そうさせてもらいましゅ......」

 

 お絵描きソフトの保存ボタンを押すのでもう限界だったのかデジタルがペンを持ったまま机に顔を突っ伏す。普段だったら布団まで運んであげたいところだけれど、それをやるとうっかり自分まで寝てしまいそう。欠伸(あくび)をしてからデジタル分の保存データを呼び出して進捗を確認すると私のを合わせてちょうど20Pほど、折り返し地点というところだろうか。

 

 下書き段階で目を通したけれど、デジタルはやっぱり綺麗な絵で綺麗なお話を描く。イラストの上手さ、漫画としての上手さは本屋にあるような漫画雑誌に引けを取らない。少し見劣りする部分もあるけれど数年前と比べればすごく成長している。

 

 今回のお話は、自信のない小柄で引っ込み思案なウマ娘が少しだけちょっぴり成長する、というお話。

 

 レース場で迷子になってしまった小さなウマ娘の女の子を見つけてしまった主人公。彼女は引っ込み思案で、普段なら一緒にいるであろう友達やトレーナーに代わりに手助けしてあげてほしいと頼み込むだろう。けれど、偶然にも彼女はひとりだった。そして今日は大きなレースがある日で人通りも多い。たくさんの人に紛れて、困ってしまって泣きだしてしまう小さなウマ娘。

 

 主人公は、勇気を出して一歩を踏み出した。彼女の手を捕まえて、不器用だけど笑いながら言うのだ。

 

「だいじょうぶだよ」と。

 

「私が一歩を踏み出せたように、あなたも勇気を出して。もし勇気を出せない時は、誰かが一歩を一緒に踏み出してあげるはずだから」

 

 勝負服らしき主人公の後ろ姿で、誰かに語りかけるモノローグシーンでこの漫画は終わっている。

 

 デジタルがよく口にするおし、とかしゅき、とか、とうとい、とかはよくわからないけれど彼女はウマ娘の頑張る姿がきっと好きなんだ。喧嘩している姿だったり、一緒に練習している姿だったり、友達と話している時だったり、仲のいい2人や誰かが頑張っている姿を見てデジタルがメモ帳にペンを走らせる姿は何度も見ている。

 

 デジタルの物語はその誰かの頑張りを膨らませたものだと思う。この間、ゼンノロブロイさんがレース場で迷子の女の子を案内しているのをシンボリクリスエスさんと見守っていたのを見かけたことがある。主人公が小柄で本が好きなのも、きっと彼女をモチーフにしているからだろう。

 

 デジタルはウマ娘だけでなく、トレセン学校そのものを愛しているのだろうか、と時折考えることがある。競争ウマ娘、ひいてはトゥインクル・シリーズは全国民を盛り上げるエンターテイメントであり、注目されるということは同時に批判の的になることでもある。他のプロスポーツと比べて学生がやっているからこそまだ批判が表立ってされることはないだろうけれど、傷つく言葉をかけられてしまうことはないとは言えない。

 

 だからデジタルはこんなことを伝えたいんだと思う。ウマ娘だってただの可愛くて、等身大で、どこにでもいる女の子なんだよって。友達と些細なことで喧嘩したり、競争相手にライバル意識を燃やしてちょっぴり仲を悪くしてしまったり、臆病で一歩を踏み出せなかったり、ドラマのキスシーンで顔を赤くしたり、身近な大人、例えばトレーナーさんや先輩ウマ娘にちょっぴり憧れや恋心を抱いてしまったり、そんな、同じ年代の子供と同じことをするような子なんだよ、と。

 

 言葉だけでは届かないことは多い。けれど、もっと多くの人の心に届くようなものであれば伝えたいメッセージは必ず届く。例えば、このデジタルの素敵な漫画のようにね。

 

「......よし、頑張ろう」

 

 私は背伸びしたってこんなことは思いつくことはできなかった。だったら、その夢を叶えるための手伝いくらいはしてあげたい。

「もし、昔、私がこの本を読んでいたら、なんてことは考えても仕方ないか」

 

 勇気がなくて、一歩が踏み出せなかった自分。もし仮に私が一歩踏み出せる勇気を持っていたのならば、あの子とはもう少しだけ仲良く出来ていたのだろう。

 

けれど、もう過ぎた話だ。

 

 どれだけ悔やんでもレースの結果が覆るような事がないように過去は変えられない。だからせめてこれからの結果がより良いものになりますように、そんな私の願いも、デジタルの本に乗せさせてもらおうかな。

 

「あと半分。1日あれば、しっかり終わるよ」

 

 自分にそう言い聞かせながら眠い目を擦り、ペン先をタブレットに走らせ、デジタルの描いた下書きをなぞっていく。

 

そんな時だった。

 

「ただいまデジタル君、いや実験がすっかり長くなってしまってもうこんな時間になってしまったよ、と?」

 

 バタンと音を立てて扉が開き、誰かが時間に見合わぬ少し大きな声を上げながら部屋に入ってくる。その彼女は私を見つめるとああ、と何か面白くないものを見たと言わんばかりの冷たい口調で言った。

 

「ああ、フライト姉さんか」

 

 

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