空を駆けるウマ娘になりたくて アグネスフライト育成ストーリー   作:通りすがる傭兵

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第2話 アグネスの姉の方

 

 

「人の部屋に上がり込んで、人の机にPCを広げて一体全体何をしているんだい?」

 

 タキオンは不愉快だ、と言わんばかりの表情で私を見下ろしている。タキオンは眠いのか少し目を擦っているが、もう寝るばかりだというところに厄介ごとが舞い込んできて思わず顔を顰めているというか、そんな感じだ。

 

「......ごめんねタキオン。デジタルに漫画の手伝いを頼まれているんだ」

「用事が済んだら早く帰ってくれたまえよ。私は仮眠をとる。せっかくいるのだから3時間後に起こしてくれまたえ、実験の続きをしなくてはいけなくてね」

 

 彼女は制服を脱ぎもせず、カバンを適当にそこらに放り投げてからベッドに倒れ込んですうすうとすぐに寝息を立て始めた。

 

 相変わらずタキオンの身なりは酷い。髪の毛はボサボサで肌も荒れ気味、見ての通りに身だしなみには気を使っていないようだ。生活リズムもいつものこうなら不規則だし、噂に聞くに食堂にも顔を出さず、サプリや適当な食事で済ませているらしい。あんな寝方をしてしまえば疲れなんてうまく取れないだろうに、身体をもっと労わろうとは思わないのだろうか。

 

 寝巻きに着替えくらいしないと、と言おうとして口をつぐんだ。それをとやかく言うような資格は私にはもうない。それを言えるのは将来の彼女のトレーナーか、付き合いのある同級生、マンハッタンカフェさんくらいだろう。変人として人を遠ざけ、周りに残れるのは彼女の立ち振る舞いに文句を言いながらもその場所に居続けられるお人好しだけで、私はそのお人好しにはどうしてもなれなかった。

 

 私は席を立つと、投げ捨てられたカバンを拾い、寝ているタキオンを起こさないように慎重に私の膝掛けをかけた。少しむず痒そうに身体を捩ったが、何もなかったようにまた寝息を立て始める。あとは集中できるように切っていた暖房をかけて、目覚まし時計のタイマーを8時間後にセットしてから席に戻りタキオンのカバンの中身を改めた。

 

 予想通り、書き殴った数字や数字でびっしり埋まった表を書いたプリント用紙がたくさん出てくる。2、3分ほどで今日やっていたらしい実験の概要を書いた紙を見つけることができた。その近くを探せば、その結果を書いた紙もすぐに見つかった。

 

 私は専門家でもエスパーでもないから何を目的としているかはわからないけれど、どんな実験をしてどんなデータを得ることができた、くらいはわかるように、タキオンの考えてていることの一端を理解できるように努力してきた。真面目にタキオンの背中を追いかけてきた昔の少し考えの足りなかった自分に感謝しながら、お絵描きソフトと別タブで操作できるようにパソコンを操作する。

 

「......筋繊維を破断しにくくする方法についての実験、かぁ」

 

左手で表計算ソフトに表を引きデータを打ち込み、

 

右手はデジタルの下書きと睨めっこしながら線を引く。

 

「まだ、目指してるんだね、タキオン」

 

スピードの向こう側、可能性の果て。ウマ娘をさらに超えた、最速の向こう側を。

 

タキオンは、ウマ娘が好きだ。

 

どこまで速く走れるのか。

どこまで遠くに行けるのか。

人間にはないウマ娘だけの『未知性』といえばいいのだろうか、タキオンはずっとそこに惹かれ、焦がれている。

 

 その未知性を確かめる方法をタキオンは『速さ』に見出した。自分の脚はどこまで速く走れるのか、自分はどこまで駆け続けられるのだろうか。

 

ウマ娘の『最速』はどこにあるのか。

それが今のタキオンの夢だろう。

 

 幼い頃からタキオンが掲げてきたその夢を私はもう応援してやることはできない。太陽に目が眩んで羽が溶け落ちたイカロスのように、私はそんな滑稽で、無茶で、非現実的な夢をもう持てない現実主義者のつまらない人になってしまった。タキオンの隣に立つべきなのは彼女と同じ何かに目が眩んだ、同じ最速の想いに殉じることができるタキオンと同じ天才、同じ景色を見ることができる人。

 

 少なくとも、私じゃないことは確か。

 

 だけれどその夢を叶える手伝いくらいはさせて欲しい。おせっかいかもしれないけれど、私はあなたのお姉ちゃんなんだから。

 

 明日のあなたの頑張りのために、だから今日は、ゆっくり休んで。

 

「タキオンしゃんとは、仲良くないのですか?」

「起きてたの?」

「すごく眠いですけど、話してるのが気になってしまってつい」

 

 振り向くと布団からちょっぴり顔を出していたデジタルと目が合った。薄暗くて見ることは難しいけれど声くらいは聞こえてしまったらしく、申し訳なさそうに小さな声でそう言うデジタル。聞かれてしまったものは仕方がないか、と私は少しだけ胸の内を打ち明けることに決めた。これから長い付き合いになる以上、もうこれを誤魔化すことなんてできないだろう。

 

「タキオンしゃんの噂はよく耳にしていました。クラシックを狙えるウマ娘が親戚にいると。それが、ふたりも」

「うん。そうだね、多分それは私とタキオンのことだろうね」

「ですが、その噂を聞いたのは少しだけの間でした」

「そう、だろうね」

「入学するまでずっとタキオンしゃんの噂ばかりが耳に入ってくるんです。授業を真面目に受けていないとか、論文が雑誌に載ったとか、また学校で問題を起こしたのか、とか。誰もフライトしゃんの話なんてしていませんでした」

 

 デジタルはそこまで言ってから、恐る恐る次の言葉を言いました。

 

「フライトしゃんは、それをどう思っていたんですか?」

「すごい妹だなってだけ。確かにいっぱい一緒に怒られたけど、ずっと可愛い妹だもの。へっちゃらだよ」

「じゃあ、どうしてあんなにタキオンしゃんはフライトしゃんを嫌っているんですか。あんなに怒っているようなタキオンしゃんを滅多に見たことはありません。何かあったんですか、私でよければ、お手伝いを」

「いらないよ。これは、姉妹の問題だから」

「で、ですが仲良くしたほうがいいですよ。それじゃ、フライトしゃんがかわいそうじゃありませんか」

「これでいいの。私とタキオンは、今の関係がいいんだ」

「そんなこと、あっていいはずがありませんよ」

 

布団から少しだけ顔を出しながらデジタルは答えた。その様子は今にも目が閉じてしまいそうなのに、頑張って起きているように何度も瞬きをしている。

 

「喧嘩することも時には大事ですが、こんな、わざとすれ違ってしまうようなことをしてしまえば、仲直りもできないじゃないですか。どうしてそんなことをするのですか。苦しそうな顔をしているのは、フライトしゃんのほうなのに」

「私がそれを望んでいるからだよ。ほら、そんなこと考えていないで、休んで」

「そんにゃの、ぜったい、おかしいでしゅ」

 

 最後はもう何を言っているかわからないくらいになってしまって、デジタルはすうすうと寝息を立て始めた。最後ので限界だったらしい。

 

「タキオンと私が仲直りするなんて、難しいよ」

 

デジタルに聞こえていないことがわかっているから、本音がポロリと漏れてしまう。

 

タキオン(いもうと)の夢を無意識に否定した私に、仲直りする権利なんてもうないんだ。だから。私が苦しむだけなら、今の方がずっといいんだ」

 

漫画の中の登場人物の晴れやかな笑顔と比べて、私の顔は曇って見えるのだろうか。

 

「デジタルに心配させちゃうなんて、私もまだまだだね。もっと、頑張らないと」

 

 私はペンを手に取り、キーボードを叩く。今年ももうすぐ、終わりに近づこうとしていた。

 

 

 

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