空を駆けるウマ娘になりたくて アグネスフライト育成ストーリー   作:通りすがる傭兵

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第3話 アグネスの秀才であって天才ではない方

 

 

「2位だ」

「すごいじゃん! 今度なんか奢って!」

「そこは、お祝いするところじゃなくて?」

「一夜漬けで疲れたんだよ。そっちこそめでたいんだから奢ってよ」

「そうじゃないんだけど思うんだけどな」

 

 私が期末テストで最高得点をいくつか更新し、無事に友人が追試をギリギリで回避に成功した期末テスト成績トップ10が廊下掲示板に張り出された。トレセン学園のモットーの一つが文武両道、ちょっとおバカな生徒もいるけれど、両方できて当たり前というのがこの学園。当然成績が悪ければ怒られるし、成績が良ければ襟元を正すべし、そしてその努力を表彰するということで名前と点数が上位10名分張り出される。あとついでに赤点を取った人も。

 

 私は成績は勉強する時間が取れれば今回のように上位に滑り込めるし、時間が取れなければ10位より下に沈む。1年目はトップ5、6人は固定されてるけれど、デビューしたりトレーナーがついたりで勉強より練習を優先したりで、選抜レースのある時期はもちろんレースシーズンの冬、いまは大きく順位が入れ替わることが多い。今回も名簿の半分以上がこの間のテストと入れ替わっている。

 

けれどこの学年の1位だけはずっと変わらない。なぜなら、全教科100点をもう中等部のころから年も続けている怪物が1人だけ同学年にいるからだ。

 

「今回はいけると思ったんだけどな」

「全教科オール100点、流石に一位は遠いね。こんなだったらレースでG1取る方が簡単なんじゃないの?」

「真面目に授業聞いてればみんなもこれくらいできるよ」

 

今回も、一位の名前は決まっていた。

エアシャカール、名前も顔もよく知らない同級生だ。

 

「エアシャカール、かぁ」

「すごいガリ勉な人もいるんだねぇ。ウマ娘は走るのが本分なのに」

「学園のモットーは文武両道、だよ」

「ちぇっ、きっと分厚いメガネのつまんない子だろうね」

「すごい偏見」

 

変なところでやっかむ友達を少し嗜めつつ、その顔も知らない優等生に少し思いを馳せる。エアシャカールさん、か。クラスメイトではないので名前や顔はわからない。噂はとんと聞かないしどんな人となりなのか、どんな走りをするのか、なんで勉強を頑張っているのか、もし会えたなら質問してみたいものだ。なんてことを少しだけ考えてみたくなる。

 

「ふぁーあ、ねみねみ......」

 

 眠い目を擦りながら、ベタベタとステッカーを貼ったノートパソコンを片手にラムネを齧っているような、おそらく同学年であろうウマ娘が目の前を通り過ぎていく。きっとあんなパンクファッションみたいに尖った髪型なんてするような不真面目じゃなくて、キッチリカッチリした身だしなみなんだろうか。

 その不良学生が通り過ぎようとしたところ、カラリと小さな音が脚元から聞こえた。

 

「ん?」

「どうしたん?」

「何か落ちてる」

 

 彼女があくびをしたところだろうか、何か小さなプラスチック片のようなものが落ちているのを見つけた。しゃがみ込んで拾い上げてみると、どこかでみた覚えのあるようなものだった。確か、デジタルが使っていたものによく似ている。

 

「何それ?」

「落とし物みたい。USBかな、データ保存に使うやつものだよ」

「おおう。すごいけばけばしいというか、派手なステッカー貼ってあるね。目に優しくない」

「......じゃあさっきの人かな。届けてくるよ」

「本当にお人好しだね。手伝いは必要?」

「もちろん。すみませーん、ちょっといいですか? 実は落とし物を拾ってしまって、なんというか、独特な雰囲気のウマ娘だったんですけど」

 

 手近に歩いていた人に声をかけ、手元のUSBメモリを見せる。捜査は脚で稼ぐ、とはかの往年の名探偵ウマ娘の至言だからね。声をかけた両耳にクローバーの耳飾りをつけたウマ娘はすぐに手を叩いて私の手を握るようにUSBメモリを手に取った。

 

「あ、それシャカールの! ありがとう! 貴女、お名前なんて言うのかしら!」

「......シャカールさんというのは、エアシャカールさんのことですか?」

「うん、そうだよ!」

 

あの、明らかに不良と言わんばかりの格好のウマ娘が、学年トップだって?

「......人は見かけによらないね」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「おかえりシャカール。テストまた全教科100点なんだって? おめでとさん」

「成績悪いと面倒だからな。つか、あんなので100点取れない方がおかしいだろ。あんなの教科書読むだけで充分だろ、取りこぼす問題なんてねえよ」

「うえ、それ不良生徒だった私にいうこと?」

「じゃあバカなんだろ」

「酷いなぁ......」

 糖分補給のラムネをボリボリと奥歯で噛み砕きながらラップトップを立ち上げる。パスワードを打ち込み、データ収集を終えたプログラムを立ち上げ、くるりと画面をトレーナー側に見えるように回した。

 

「『Parcae』の育成は順調そうだね」

「今の精度だと5割ってところだ、完璧じゃねえ」

「でも結果は変わったまんま?」

「あァ、三冠は叶う。今のところはな」

「なんで急に変わったんだろうね。この間まで日本ダービーで負けるってことになってたというのに」

「わからねえ」

 

『Parcae』、オレの信仰する数式。最初は「Hello,world」と返すだけのプログラムに数式を書き加え、積み重ね、削ぎ落とし、練り上げてきた、オレ自身が唯一と信仰するオレの神。トレセン学園に来る前、幼いだけの知識と技術で組み上げたコイツとはもう長い付き合いになるが答えが大きく変化するというのは初めてだ。

 

「で、原因は?」

「Unknown、さっぱりわからねえ、だとさ」

「にっちもさっちもいかないね。原因がわからないことにはシャカールのトレーニングも滞る。しばらく練習は休みにするかい?」

「いや、こっちのミスで練習機会を失うのは最悪だ、そっちで勝手に組んでてくれ。直ったら補正を掛け直す」

「OK、んじゃスタミナ強化メニューにしとく?」

「勝手にしろ」

「んじゃ今日は坂路を何本かこなそう。ウッドチップ用のシューズの用意しといて」

「それは今はそっちの管理だろうがよ、っと」

「そうだったっけ?」

「テメェがそうしたんだろ?」

「......そういえばそうだった」

 

 バタバタと荷造りで随分と整理されたはずの荷物をひっくり返し始めた間抜けなトレーナーから目を切って、練習が始まるまで暇でも潰すかと作曲ソフトを立ち上げる。作りかけの曲の入ったファイルにアクセスしようとしたところで誰かがチームルールの扉をノックした。

 

「中等部のファインモーションです。エアシャカールさんはいらっしゃるかしら?」

「いるよー」

「オイ」

「失礼します」

 

 礼儀正しくノックは3回、ドアを開けたら恭しく頭を下げる少し小さなウマ娘。身体的特徴は取り立てて言うほどでもねえが、問題なのはその出自。アイルランド王室の末裔でいずれは国を継いで女王になると言う高貴な出自。名前を、ファインモーション。春に海外から転校してきてからどうも鬱陶しくオレに付き纏ってくる、年下のウマ娘だ。ファインモーションはにっこりと笑うと、珍しく一歩横にずれる。積極的にラーメンラーメンだの絡んでくるいつもの姿勢と違って珍しい行動に、何か裏があるんじゃないかと警戒を強めるが現れたのは見たくない顔だった。

 

 いつも身嗜みのかけらもない髪に櫛を通し寝癖を整え、パリッとノリのきいた制服をかっちりと着こなすアグネスタキオン。同じ研究者でありながら『数字で表せない何か』を探し続けるイカれ理想主義者ロマンチスト。そういえばそろそろデビューしようか考えてるなんて言ってたが、宣戦布告のつもりか?

 

「よぉタキオン。他所行きの格好してどうした?」

「あの」

「オイオイ、随分とナヨナヨしい言葉使うじゃねえか。心機一転性格まで直せって桐生院にでも言われたか?」

「間違えてます、姉のアグネスフライトの方です」

「アァ?......アイツ姉妹なんて居ンのかよ。聞いたことねえぞ」

「あはは、私は有名じゃないですからね」

「ハン。一目見ただけで相性が悪ィのはわかったよ」

 

 眉尻を下げ、気まずそうに頬をかくタキオンそっくりのウマ娘。周囲の空気を読くことに重きを置く自分の意思が希薄なバランサー、集団の中じゃ波風を立てることを嫌う、典型的日本人的性格。

 アイツが最も嫌いな「世間一般の凡人個々のない人々」てヤツ、か。

 

「んで、なんだよ。妹につく悪い虫をひっぺがしに来たってか?」

「もう、シャカール! せっかく落とし物を届けてくれたのに、そんな言い方はないでしょう?」

「落とし物、だァ?」

「これ、あなたのじゃないかって、ファインモーションさんが」

 

 差し出されたのはオレが作ったステッカーが貼られたUSBメモリだった。反射的にスカートのポケットを確認すると硬いプラスチックの感触はなく、間違いなくアグネスフライトが差し出したソレはオレのものらしい。

 

「助かる」

「ダメよ、シャカール。ニホンではちゃんとお礼を言う時は『ありがとう』じゃないと!」

「ウルセェ、そんなのはオレの勝手だろ」

「ただ落とし物を届けただけ、当然のことをしたまでだよ。お礼を言われるほどのことじゃないから、大丈夫ですよ」

「そうなの?」

「うん。だから、ファインさんは気にしないで」

 

 つっかけるファインを穏やかにとりなすアグネスフライト。腹立たしいことにオレもタキオンもこんなまわりくどいヤツは苦手なのは一致している。早く出ていけ、と受け取るものを受け取りPC画面に意識を集中し2人に背中を向けた。

 

「用がねえなら出ていけ、これから練習だ」

「えー、でもパソコンいじっているだけではなくて?」

「練習記録用に色々あるんだよ。素人は黙ってろ」

「見学していい?」

「テメェ部外者らは帰れ、邪魔だ」

「けちー! シャカールのトレーナーさん、見学してよろしいかしら?」

「別にいいよ」

「やったー!」

「オイ」

「べつに減るもんでもないし、いいでしょ? それとも見られてると恥ずかしくて練習にならない?」

「......ッチ、勝手にしろ」

「ほい、シューズ」

 

 練習用シューズを手渡された以上、もうトレーナーの中じゃ練習に混ざるのは既定路線てところか。つまらないことになったとさっさと着替えて先に行くかとPCの電源を落としたろころで、何故かトレーナーが予備のシューズを何個か机の上に並べ始めていたのが目について思わず目を見開く。

 

「何してンだ?」

「単走じゃつまらんでしょ。見学と言わず君らも坂路走るかい?」

「走ります!」

「あ、じゃあ、私は大丈夫で」

「貴女も走るでしょう?」

「......走ります」

 

 ファインモーションの期待の眼差しにやられて、渋々と言った感じにテーブルの上の靴に手を伸ばしたアグネスフライト。本当に姉妹で随分と性格が違うもんだ。この時アイツだったら突っぱねるかすぐ首を突っ込むの2択、少なくとも迷うことなどないし、他人にも流されることは絶対にない。

 

 本当に、気に入らない性格だ。

 

「もっと自分のやりたいことすりゃあいいのによ」

「あはは、流されることも悪くないよ」

「流されてばっかじゃねえかよ」

「自分の意思で物事を決めるのは、大変でさ」

「ああん?」

「なんでもないよ」

 

 最後の自嘲するような、年齢にそぐわない大人びて乾いた言葉。オレたちじゃなく、もっと年上の上級生やトレーナーが吐きそうなツマラナイ台詞が妙に印象に残った。

 

先に外に出て着替えている奴らを待つ間、軽く体を動かしながらトレーナーに話を振った。

 

あのバカ(タキオン)と姉妹とは思えねえな。全く変なヤツだ」

「それ君が言うかいシャカール?」

「うるせえ、噛み付いてやろうか」

「怖いこと言わないでよ!」

「冗談だ。それでアイツのこと、少しでもタキオンから聞いたことあったか?」

「ないね、全く。どうしてそんなこと聞くのさ」

「根拠なんてねえ。だけど、理由もなくイライラするんだよ、アイツを見てるとよ」

「タキオンと同じ顔してるから?」

「そうじゃねェんだ。ギブアンドテイクの法則が通じる以上、相手の要求する情報を予測すればタキオンと付き合うのには困らねえ。ああいう性格の持ち主の考えてることがわかんねえんだよ」

「有象無象と切り捨てちゃえば?」

「不確定要素を取り除かなきゃ、数式は解を導き出せねぇ。もしかしたら不確定要素はあの気持ち悪い、あー」

「アグネスフライト?」

「そいつ。それになるかもしれねえってことだよ。情報集めとけ」

「オーケー、任しといて」

 

 

 

 

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