空を駆けるウマ娘になりたくて アグネスフライト育成ストーリー   作:通りすがる傭兵

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第4話 アグネスのスカウトされなかった方

 

 

「全くもって、ダメだったねぇ」

「ダメだったね」

 

 レース場の土手の上で、寂しく水筒に入れた冷たいお茶を啜る。夕日がもうすぐ沈むだろうオレンジ色の空と、張り付くような日本特有の湿気っぽい熱気から逃げるように手で顔を扇いだ。逆に友人と言えば、納得いかないのかプンスカと鼻息荒く足をバタバタさせていた。

 

「4着だって立派な成績なのになんでスカウトされないんだよう! 掲示板には入ってるんだぞ!」

「5バ身離されて4着だもの、情けない結果さ」

「そんなことないよ! だって、フライトはいつもすごく頑張ってるじゃんか」

「ありがとう。けど、私の実力はこんなものなのかもしれないのさ」

「そんなことないって。もっと上にいけるはずだよ、私たちは」

「そうだといいけどねぇ」

 

 調整不足、暑さのせい、勉強に集中していた、いくらでも言い訳は出来るけれど、私は自分の練習不足の原因を割り切っていた。

 

自分の身体の弱さ、怪我をしやすいガラスのような脚を持っていること。入学時の健康診断であまり走れるほど身体は頑丈じゃないことを知ったが予感はしていた。何故なら母さんがそうだったから。

 

 体質は遺伝する。ウマ娘において囁かれる噂は、少なからず私たちにおいては真実だった。クッケン炎という不治の病でレース舞台から去った母は、まず私たちにストレッチや怪我をした時どうすればいいかを念入りに教えてくれた。怪我の恐ろしさや付きまとう弊害、後遺症。自分のようになってほしくないという願いは、私たちの足に枷をつけるには十分すぎた。

 

 だから私は自主練習で意識的にセーブをかけなければいけなかった。同級生よりも少なく、体に負荷をかけられない練習を行うばかり。それに付き合ってくれている友達も巻き込んで、それで勝てるようになるならば、私は母のようにすぐスカウトされて、母のようにG1ウマ娘になっているだろう。

 

 だが今はどうか。スカウトもされず、あまり物としてただ時が過ぎていくのを待つばかり。明確な目標も、叶えたい夢も、燃えるようなライバルもいない。そうなったウマ娘はどこに向けて努力すればいいのだろうか。

 

タキオンに聞けば、何か答えてくれるだろうか。それとも、彼女のトレーナーに......

 

「そういえば妹さんは選抜レースサボりまくって退学直前まで行ったんだっけ?」

 

 友人の言葉に現実に引き戻される。どうして今タキオンの話になったかわからないけれど、確かそんな事もあったっけか。

 

「そうそう。生徒会長......今はいないけど、ルドルフ先輩にどうにかならないかって相談されたレベル」

「アレでどうやってスカウトされたのさ。しかも、あの有名なトレーナー一門のひとに」

「多分タキオンが無理難題通して売り言葉に買い言葉ってやつじゃないかな。タキオンのトレーナーさん、たまに光ってるから仲がいいことは確かだけど」

「まった、妹さんと仲良い人って光るの?」

「たまに教官の隣にいる若い女の人いるじゃん」

「ああ、あのたまにピカピカしてる人」

「......タキオンが気を許した人はああなるの」

「ドユコト?」

「昔っからああなの。昔は私もキンキラキンに光ってた事もあったっけ、懐かしいなあ」

「あんたらおかしいよ......」

 

 そんなやくたいもないことを話し込んでいると、誰かが私の後ろで足を止めたように足音が止まった。その誰かは少し面倒そうにため息をつきながら言う。

 

「そこな黄昏てるウマ娘2人、もう日が暮れるから寮に早く戻りなさいな。早く帰らんと夕飯食いそびれるぞ」

「すみませ、あ、エアシャカールさんのトレーナーさんじゃないですか」

「おや、いつぞや見学に来た子じゃないの。久しぶり。レース見てたよ」

 

 謝ろうと振り向いて、見たことのある顔であることに気がついた。スポーツキャップとカジュアルジャケットというアンバランスとも言える2つの衣装を着こなす不思議な女性、それは以前会ったエアシャカールのトレーナーだった。

 トレーナーでありながら私たちと同じウマ娘でもあるのは尻尾と耳を見れば一目瞭然で、中央でも唯一の『ウマ娘のトレーナー』だと前に言っていたっけか。

 

 私を覚えていたのか、手を挙げて挨拶したエアシャカールさんのトレーナーはよっこらせと掛け声を上げながら私の隣に座った。その手には大量の紙資料を挟んだバインダーがあり、そのどれにもかなりの量のメモや書き込みがあるのが見てとれた。

 

「レースみてたよ。入着おめでとう」

「お恥ずかしいところをお見せしました」

「んまあ、デビュー前の出遅れはよくあること、気にするな」

「いえ昔からゲートは少し苦手なんです。どうにも狭いところにいるのが怖くて。末脚には少し自信はあるんですけれど」

「そんな感じだったね。うん。伸び代があるいい走りだった」

「あははは、はぁ」

「シャカールと同じ追い込みとはね。こりゃあ難しいライバルになりそうだ。隣の君もいい逃げウマ娘になれるよ。もう一皮剥ければ、だけどね」

「きょきゅうきゅ、恐縮ですっ!」

 

 珍しいというか奇妙というか、隣の友人はまるで尊敬する有名人にばったり会ってしまったかのように舞い上がっていた。目線はあっちこっちに行き、尻尾は所在なくゆらゆら、耳はぴこぴこと忙しなく、顔は恥ずかしいのか少しだけ赤い。

 

「褒められた......エースさんに褒められた......へへへ〜」

 

 ついには喜びのあまり体をくねくねと変に揺らし始めた友人。確かにG1を取るようなすごいトレーナーに褒められたのは私も嬉しい。

 だけど、シャカールのトレーナーさんは「是非、スカウトさせてほしい」と私たちには言ってくれなかった。

 

私にも、友達にも。

 

「......どうして、スカウトしてくれないのでしょう?」

「おっと、それ聞く?」

 

 つぶやきが声に出ていたのか、少し嫌そうな顔をしてシャカールのトレーナーさんが言った。だけれど、私は向き直って頭を下げた。

 

「お願いします」

「わたしも!」

 

 友達も乗ってきて頭を下げる。先に折れたのはトレーナーさんのほうだった。しょうがないか、と頭をかきながらファイルをめくり少しだけ悩むようなそぶりを見せてから、ペンで友達の方を指しました。

 

「そこの君、タップダンスシチーと言ったっけか」

「はい!」

「クラシックに間に合わない子はうちはあんまりスカウトしたくない。なんだかんだウチは基本クラシックを目標に頑張るチームだからやりたいことと君の適性が噛み合わないね。3年以上長く付き合えそうなトレーナーを探しな」

「......は、はぁ?」

「んでアグネスフライト。君に足りないものはまあ色々とあるんだ、スタートセンスとか、体質とかあるんだけど重要じゃない。君に足りないのはもっと別のものだ」

 

彼女は咳払いして少しだけ溜めを作ってから言った。

 

「君に足りないものは熱意、かな」

「熱意......気持ちが足りない、ということでしょうか」

「おーけい、じゃ、ちょっとだけ語らしてもらうよ」

 

◇◇◇

 

 

 

 

 勘的にも、年齢的にもそろそろ本格化を迎えるであろうシャカールと同級生だという2人。片方はあのアグネスタキオンの実の姉、期待の眼差しとライバル候補の下見ということで選抜レースではマークはしていたのだが、結果といえばお眼鏡に適うものでもなかった。

 

 タップダンスシチー、彼女は「時間がかかる」タイプか、そうでなければ純粋に足が遅い。基本的には瞬発力は一歩劣る、前で押し切る王道タイプのレース展開が向く先行タイプだ。この手のウマ娘はレースに出れば出るほど伸びるタイプもいる。急にステップアップしないでオープン以下でじっくり経験を積んだほうがいい。私の好みなタイプだが流石にシャカールの三冠に集中したいから今スカウトするのは難しいだろう。

 

 アグネスフライト。彼女の脚質はおそらく後ろ寄り、というよりそうならざるを得なかったタイプだろう。ウマ込みを恐れる、ガツガツ前に行きたがる、そんな性格を持っているから逃げを選ぶウマ娘がいるように、スタートやゲートが苦手ゆえに後方脚質を選ばざるを得ないウマ娘もいる。

 彼女の走りからはどうしてもそんな割り切ったような印象を受けた。現に選抜レースじゃスタートでもたつき一歩遅れてのスタートになっていたがレース運びはまるで出遅れが想定内だと言わんばかりに非常に落ち着いていた。後半しっかりと足を残し、最後尾から追い込んできたのは評価に値する。結果はついてこなくとも上がりタイムは悪くなかった。

 

 別に後ろからのレースが悪いとは言わない。現にシャカールの後ろからやった方が好みだということで追い込み脚質の練習をしているしフクキタルも後ろからのレースを好む。けど私が求めているのはそんなことじゃない。前後の脚質とか、距離適性とか、芝かダートか、そんなことは些細なこと(どうでもいい)

 

「気持ちが大事なんだ、って無茶苦茶なことを言っているのは自覚があるよ。けど、私はそういうのが好きなんだ」

「さっすが名トレーナー、すごく説得力のある言葉です!」

「私はただ運が良かっただけさ」

 

 マチカネフクキタル、ダイワスカーレット、エアシャカール、レッドキングダム、そしてイーグルカフェ。デビューしたウマ娘全員がG1に手が届いた『奇跡のチーム』と言われるが、ただスカウトした子が全員G1を取れる以上の才能を持っていただけだ。私自身は、まだまだ駆け出しに過ぎない。

 

「ところで君ら、レースの目標があるかい?」

「はい!」

「一応は、あります」

「んじゃあ勢いよく答えた君から」

 

 話が逸れている気がしたので話題を変えると、ショートヘアのウマ娘、タップダンスシチーはキラキラとした目で私の方を見ながら宣言した。

 

「私は貴女のようにジャパンカップで勝ちたいです!」

「ジャパンカップか、いいね」

「カツラギエースさん、実は貴女の走りに憧れてこの学園を目指しましたのでサインくださいっ!」

「そんなものないけど」

「がーーーーーん!? G1勝ったら自分のサインを持つようになるはずでは!」

「それは偏見」

「私は、G1に勝てるようになりたいです」

 

 タップダンスシチーと話しながらではあるが、しっかりと自分の言葉で目標を伝えてくれたアグネスフライト。ただ、その言葉尻というか、細かいところが私にはどうしても気になって仕方がなかった。それは学園を去っていくようなウマ娘たちがよく言うセリフで、喉に引っかかる魚の骨くらい私は好きじゃなかったからだ。座ったまま少し身体を揺らしアグネスフライトの方へと向ける。そして大人らしく真剣な顔で、ひとつ問いかけた。

 

「勝ちたい、ではないんだね?」

「......そこまで大きな違いは、ないように思いますが」

「そうだよね。普通はそうだ。勝てたらいいな、勝ちたいにそこまでニュアンスの差なんてない」

 

突き放すように、切り捨てるように。端的に言い放つ。

 

 ここからはもうお節介だ。普通のトレーナーなら仕事の一線を超えている。ここまでアドバイスするようなら担当になればいいくらいの言葉を無責任にも言おうとしている。けど私はこの子をスカウトするつもりはまったくないというのだから、本当に酷いトレーナーだ。けど一度失意のうちに学園を去った先輩としてこれは後輩に向けて言わなくてはならない言葉。才能に劣る凡人だからこそ必要な言葉になる。

 

「勝てればいいな、じゃ勝てない。トゥインクルは勝ちたい、じゃないと勝てないんだ」

「勝ちたいじゃないと、勝てない?」

「そう。強い言葉じゃないといけないんだ。誰かに勝ちたい、このレースには負けられない。そんな強い想い、願い、目標が必要になってくる。ウマ娘は誰かの願いを背負って走る、とはよく言われるがそれは本当のことなのさ」

 

 少なくとも、私はそうだったし、ルドルフも、シービーも、フクキタルも、スペも......私が知るウマ娘は、皆そうだった。

 

「目標はデビューしてから探してもいいさ。けど、心の底から叶えたい目標をひとつ見つけろ。誰かに勝ちたいでも、負けたくないでも、見返してやるでも、なんだっていい。

 

 どんな困難な無理難題でも明日にでも叶えられる簡単な目標でもいい。心の底からそうしたい目標をひとつ見つけないといけない」

「わかり、ました」

「納得いかんだろうが騙されたと思ってやってみな。それとタキオンがやらかしたら連絡すればすぐ飛んでいくからあげるよ。タキオンのトレーナーとは同期なんだ」

 

 アグネスフライトとタップダンスシチーの2人に名刺を渡しておく。名前と所属、電話番号だけの簡単につくったヤツだけどないよりはマシ。人の縁ってのはどこで繋がるかわかったもんじゃない、現にシービーのよくわからん人脈には今でも世話になってるしね。

 

 しかし、スカウトもしないウマ娘に初めて名刺を渡すことになるとは、よくわからないもんだ。

 

「んまぁ、スカウトしない身としてはこんなことを言っちゃうのは酷ってもんかもしれんけどさ。クラシック戦線で君たちと敵として会えることを楽しみにしているよ」

 

 

 




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