空を駆けるウマ娘になりたくて アグネスフライト育成ストーリー 作:通りすがる傭兵
「おかしな話でしょう? ここは夢を叶える場所なのに夢がないなんて。みんな憧れや夢を持ってここに来るている。なのに私だけ夢がないんです」
なぜわたしがこの学校に入れたのかよくわからない。少なくとも入学時の面接で問われた質問には当たり障りのない言葉で返していたけれど、本当は空っぽで嘘つきだったと見抜かれていたに違いない。
『私の夢は、母や祖母と同じクラシックウマ娘になることです』
ただわたしがあのアグネスタキオンの姉だったから入学できた、その可能性を心の底のどこかで否定できないでいるのだ。
「母はG1ウマ娘でしたが、私には何も言いませんでした。元気に悔いなく走り切るようにと曖昧なことを言って私達を送り出してくれました。妹は既に夢がありました。でも私には何もありません。
母が夢を託してくれるだけで良かったのに、母は何も言ってはくれなかったんです。どうしてなんでしょう?」
「そっか」
背中にいる誰かは少し考え込むと、私にこんな質問をした。
「君は、夢を背負わせることをどう思うかい?」
「背負わせる、というのは?」
「そうだね。例えばメジロマックイーンを知っているかい」
「有名なウマ娘ですから、もちろん知っています」
「彼女はメジロ家3代の夢、天皇賞を目標にこの学園の門戸を叩いたそうだ。その彼女はずっと自分の目標を『天皇賞の盾』として、自分の目標や夢について触れることはほとんどなかった。これを聞いてどう思う?」
「凄くプレッシャーになると思いますが、良いことだと思います。明確な目標があるというのは、良い事です」
夢は夢、目標は目標、誰が決めたのかは問題にならず、目指すべき到達点としてなんら変わりない。
「他人が決めた夢も自分が決めた夢も、同じじゃないですか」
「それは違うよ、アグネスフライト君」
彼はキッパリと私の言葉を否定した。それ以上に、私の名前を呼ばれたことが衝撃的だった。
「何故、私の名前を」
「君はお母さんにそっくりだからすぐにわかったよ。綺麗な栗毛と目元がそっくり、少し気難しい性格なところも良く似ている」
思わず振り向くと、壮年の男性が胡座をかいて座っている。その顔に私は見覚えがあった。私が見たものよりは随分と老け込んでいたがすぐにわかった。
母のアルバムにいた人、けど、父じゃない男性。
母のG1勝利の記念写真、自慢げにレイを肩にかけている若い母の隣で、はにかむように笑っていた青年。ウマ娘の隣に立てる大人はそういない。1番近い距離にいるなら自ずと正体は絞られる。
「もしかして、母のトレーナーですか」
「ずっと前のことだけれどね」
そう言って彼は写真の時のように笑った。彼は私の隣に座り直し、私はそれをとがめるわけでもなくただ一緒に座っていた。お互いに踏み込みすぎない、それとない関係性が友人に似ていて、なんとなく拒む気にならなかった。
「あの子の担当していた頃なんてもう20年近くも前のことになる。私もあの子の娘に会うことが出来るなんて思わなかったよ」
「私も母を担当していたトレーナーに逢えるとは思いませんでした」
「仕事をさぼった甲斐があったよ」
たまたま仕事をさぼってここにきたら、たまたま私も授業をサボってここにきていた。偶然だろうか、いやそんなはずがない。そんな奇跡的な偶然があってたまるもんか。心当たりはひとつしかない。私は端的に問いかけた。
「母の差し金ですか」
「差し金?」
「とぼけないでください。どうせ、スカウトもされなかったのを聞いて母から頼まれたんでしょう」
「うん、頼まれたよ。何かあったときは力になってあげてほしい、とね」
「やっぱり」
私は落胆した。母は何も言わずとも、私にお節介を焼きたがる。今回もきっとそうなんだろうと、彼の言葉を聞くまでは思っていた。
「20年前に、ね」
「20年前?」
「うん、君が生まれるずっと前。あの子が、アグネスフローラ、君のお母さんが卒業するとき、あの子も覚えているか怪しいところさ。私が勝手に覚えているだけの約束だよ」
訳が分からなかった。
20年前にしたような、きっと本人も忘れているような、不確かな約束をずっと覚えていたというのか、この人は。
頭がおかしいんじゃないのか、という私の言葉が顔に出ていたのか彼は少し悲しそうな顔をする。
「そんな顔しないでおくれよ。私がバカみたいじゃないか」
「20年間も不確かな約束を守っていたと聞けばそうもなりますよ」
「そうなのかい?」
「そうですよ」
「はははそうかそうか。それで──夢の話の続きをしようか」
夢という単語を出した途端に、何かスイッチが入れ替わるような気配を感じた。何かが噛み合うというか、入れ替わったというか、なんと言えば良いのか分からない。
ただ一つ言えることは、目の前の人物がひどく真剣に、ウマ娘であれば耳を絞るくらいには不機嫌だということだろう。
「自分の決めた夢と他人の決めた夢、そこに違いはないと君は言ったね?」
「ええ、同じ目標に変わりはないでしょう」
「そう、どんな目標も紙に書けば変わらない。ポスターにペンで書くのも、プリントの裏紙に鉛筆で書くのも同じようにね。
けれどそれを達成できるかどうかは別問題なんだよ」
「そうでしょうね」
「君はこれから、毎レース勝つにはだいたい10人を負けさせなければいけない。もし仮に君がG1に挑戦するというのなら、
最低でも3〜4勝が必要になる。単純計算で30人から40人。クラスメイト全員をレースで敗北させることで、やっとG1に手が届くことになる」
「そうですね」
「つまり君はこれから、40人を退学させなければいけないんだ。クラスメイトのあるなしに関わらずにね」
「それは極端じゃないですか? 負けた人全員が退学するというのはいささか暴論が過ぎます」
「そうでもない」
彼ははっきりとそう言った。そのあまりの確信度の高さに思わず息を飲む。彼は驚かせてしまったね、と少しだけ姿勢を崩し、最初のような優しい口調で続けた。
「実際はその半分ほどだけど、君と戦った殆どのウマ娘は君より先にターフをさる。君が勝てば勝つほど、その数は増えていく。
耐えられるかい、自分が誰かの夢を壊すことに」
彼が言った一言を、私は飲み込むことができなかった。
「誰かの夢を壊す?」
「勝つためには相手を負けさせないといけない。負ければ夢は叶わない。だから、勝つということは相手の夢を打ち破るのと同じなんだよ。それに耐えきれずに、調子を崩して去っていくウマ娘だって少なくない」
いつのまにか隣ではなく、向かい側に座っていた。顔のしわがいくつも刻まれたその顔は経験してきた年月の長さと重ねた苦労を記録しているように思えた。
「誰しも夢を持ってこの学園の門戸を叩く。そして夢破れて去っていく。そうやって学園を去っていくウマ娘を見て、心を病んでしまうウマ娘を何人も見送ってきた」
「勝っても負けても、地獄じゃないですか」
「そうかもしれない。レースは君が思う以上に過酷な世界だ。だからこそ、確固たる何かが必要なんだ」
「それが夢、ということでしょうか」
「そう。夢を打ち破るには夢しかない」
「それが、先程の話とどう関係するんです?」
「そうだね、じゃあ、簡単な例を出そうか。
目の前に宿題があるとするだろう。もちろん、丸つけのためにその答えだって持っている。
君は自分の力で問題を解いて丸つけをしたっていいし、答えを丸写しして済ませてしまってもいい。君ならこんな時どっちを選ぶ? もちろんどっちを選んでも先生は何も言わないよ」
「普通に自分の力で解きますよ」
「何故?」
「何故って、宿題でしょう? 自分の力が身についているかどうか、ちゃんと学んだことを覚えているかどうかの確認が宿題ですから、やらなければ自分の身になりません」
「そうだろうね。自分の力で解いてこそ、しっかりと覚えられるというものだ。夢もそれと同じなんだよ」
「同じ?」
「自分で考えなければ、真に自分の身にはならない。
何故自分はその夢を持ったのか、どうしてそのレースに勝ちたいのか、そのレースに出る相手にどうしても勝ちたい理由は何故なのか。その思いは相手の夢を踏み越えるほど強いのか。
どうしても耐えられない時の心の支えになるのが夢なんだ。それを強くするためには、自分でいちからつくらないと」
「......メジロマックイーンさんは与えられた目標でした。彼女は例外だと?」
「彼女は与えられた目標を自分の夢に昇華したんだ。メジロ家の歴史を知り、誇りを学び、与えられた夢に並び立つ思いを学び、自分のものにした。
生半可な覚悟じゃ足りないほどの努力と才能と思いが必要だよ」
彼はひと息間を開けると、ため息をついた。
「少し熱くなりすぎたね。けれど、あのこと君が重なって見えてね。状況は少し違うけれど」
「......母も、目標がなかったんですか?」
「あの子は『母と同じクラシックウマ娘になること』だったよ。そう周囲から期待されてここに来た。あの子はその夢を叶えるために、母の、君の祖母になるのかな、その人の元に通い詰めて、なんとか同じ夢を持つことに成功したんだ。少し無理をしすぎてしまったけれどね」
「では、私も──」
「君はやめた方がいい」
「何故です」
私も母のようになりたいという思いを彼はすぐに否定した。彼は諭すように優しい顔で続けた。
「誰かの夢を自分と重ね合わせるのはすごく難しいんだ。だからあの子は、君のお母さんは君に夢を託さなかった。自分と同じ道を辿るな、って伝えたいんだろうね」
「自分の娘には出来ないから、そういうことですか」
「ありきたりだけど自分の夢を見つけて欲しいから、とは思わないのかい?」
「まさか、いまのいままで自分の夢を口に出せない娘ですよ? 今更期待するのもおかしいってものでしょう」
「今だからだよ。君はこれからデビューするんだ」
「今?」
「レースの世界は残酷だ。だけれど、多くのものが落ちている。それを拾い集めれば、きっと君の夢も出来上がる」
彼は名刺を取り出すと、私の前に差し出した。
彼の名前を私は記録としてだけよく知っていた。ニシノフラワー、ダイイチルビー、アグネスフローラとティアラクラスで活躍したウマ娘をはじめ、ティアラ三冠を果たしたメジロラモーヌの担当トレーナー。
私には不相応すぎるトレーナーが、私の目の前で言った。
「私に、君の夢を探す手伝いを私にさせてくれないか」
私にはそれを断る勇気も理由も、持ち合わせてはいなかった。
感想、評価お待ちしています!!!!!!!!
0話〜4話までも大きく再編したのでもしよかったら読み直してください!