空を駆けるウマ娘になりたくて アグネスフライト育成ストーリー 作:通りすがる傭兵
「なんで授業サボったらトレーナーができたの?」
「わかんない」
「なんでなんで、なーんでよー! ドラマみたい! ロマンチック! ずーるーいー! 私もロマンチックな出会いがしたいよぉー!」
その日の昼休み、私はカフェテリアで友人にご飯粒を飛ばされながら怒られていた。担任の先生から保健室の先生への報連相がつつがなく行われた結果私のサボりはあっさりと露呈し、ついでに友人にもバレた。どこで何をしていたんだと問い詰められ、正直に話した結果が先の言葉になる。
友人は一通り騒いでから深くため息をついて言った。
「もう誰だっていいから教官にでも泣きついてトレーナーになってもらうよ。もう後がないから手段を選んでられないね」
「すごく強引な事考えてるね、どうして?」
「フライトと戦うにはこうでもしないと無理だもん」
「私と?」
「フライトだってどうせ今年デビューの来年クラシックでしょ。クラシックG1で勝負するなら今年デビューじゃないと間に合わないよ」
「そもそもクラシックに間に合うかな、私たち」
「そんな事ないよ! って言えたらよかったけどね」
師走も半ば、もうすぐ有馬記念が始まらんとする頃と同時期に行われるレースがある。普通なら有馬記念、年末のお祭りに注目が集まるだろうけれど私たちは違う。
ホープフルS、朝日杯FS、阪神JFのジュニアG1レース。将来壁になって立ちはだかってくるであろうライバル達の晴れ舞台があるからだ。勝ったウマ娘のみならず好走したウマ娘はクラシック有力候補になっていくというのが通例。
ステップレースで滑り込むという手もあるが、王道といえばこちらだろう。ジュニア級、前哨戦をしっかりと勝ち残り、G1の舞台に待ち受ける側として立つ。
その一角、すでにクラシック最有力候補と噂されているのがあのみるからに不良っぽいけど妹と気が合うらしいあの子だ。
「ホープフルにはエアシャカールが出るんでしょ、行く?」
「見に行く、と思う」
「歯切れが悪いね、それとも年末は実家に帰るの?」
「わかんない」
「わかんないって......」
「トレーナーさんが何か言わないことには何も出来ないよ」
「あ、そっちなのね」
「年末年始練習するのか、すぐデビューなのか何も聞いてないままなんだ、正直言って不安だよ」
「贅沢な悩みだこと。私もそんな悩みを早く持てるようになりたいね」
ごちそうさまと互いにどちらがいうでもなく揃えて手を合わせる。気分が乗り気かそうでないかにも関わらず、相変わらずトレセン学園の食堂のご飯は美味しかった。
何か劇的なことが起きるわけもない午後の授業を済ませ放課後になった。いつもなら友人と連れ立って教官のところに集まって合同練習の日になるが、
「んじゃ、またね」
「うん」
今日から私はトレーナーと練習を始めることになるのだ。さあ頑張ろうと鞄を背負って立ち上がったところで、どこに行けばいいのかわからないことを思い出した。
「そういえば、何も言われてない」
やったことといえば握手をかわして連絡先を交換した程度だ。放課後にはどんなことをするのか、どこに行けばいいのかなんてのは全く言われていない。
「どこに行けばいいんだろう」
「ハロー、アグネスフライトさんはいるかな?」
そんな時私を呼ぶ明るい声がクラスの入り口の方から聞こえてきた。誰だろうと振り向いてみれば、顔や手に包帯を巻いた、いかにも怪我人ですという風体のウマ娘が教室の扉から顔を覗かせていた。
ざわめくクラスだったが、近くにいたクラスメイトがあの人ですと私を指差す。すると、彼女はたたたっと足色軽く瞬きする間に人混みをすり抜け私の前に立っていた。
「どうしたの? 元気なさそうだね。そんな時こそ笑って笑顔笑顔! 笑顔になれば元気が出るよ!」
「あ、あのー、どちら様で?」
「おっと、自己紹介がまだだったね。私の名前はエガオヲミセテ! 君のチームの先輩になるかな?」
「は、はぁ」
包帯で隠されていない右目でウインクして笑顔を崩さないそのウマ娘は元気いっぱいといった感じで元気よく声をあげて名乗った。
友人だったら気の利いた返しのひとつも出来ただろうが、私といえば気の抜けた返事を返すので精一杯だった。
「ヒロちゃんから新人を連れてきてって頼まれてるの、君がその新人ってわけ! アグネスフライト、そうだよね」
「いかにも私はアグネスフライトですが」
「じゃあ、チームルームに行こう、ほら、早く!」
「わ、わかりましたから押さないでください」
そのまま背中をぐいぐいと押されながら教室を後にし、押されるままに学園内を歩く。
「こんにちわ!」
「こんにちわ」
「最近調子はどお?」
「ぼちぼちかな、そっちは?」
「いつでも元気だよっ!」
その中であっても先輩は元気そうに笑顔で挨拶をし、道ゆく人のほとんどが笑顔で挨拶を返していた。先輩はとにかく騒がしく明るいらしい。落ち着いたベテラントレーナーの率いるチームらしくないといえばそうなのかもしれないが、楽しいほうがいいに決まってる。
「もうすぐもうすぐ、いやあ、私に後輩ができるなんて思わなかったよ。ウチは人気ないからね」
「そうなんですか?」
「だってトレーナー、説教くさいおじいちゃんでしょ、そんなの好きになる子なんて多くないよ。なんとか人数確保してやってける零細チームなんだよ、うちはね。トレーナーになるんだったら夢のある若いお兄さんの方がいいでしょ? しかもイケメンだとなおよし」
「確かに、そうではありますが」
「けど、そこがいいんだけどね〜。真面目な子ばっか来てくれるからね、そこら辺はありがたいかな。ちょっと、笑顔がないのは面白くないけれど。ほら、キミも笑顔」
「え、えがお......」
急に覗き込んできた先輩の笑みに合わせて口角を上げて笑って見せる、しかし先輩は不満気味に顰めっ面をすると、私の背中を押す作業に戻っていった。
「うーん、うちのチームはやっぱり真面目な子ばっかりだね」
「だ、ダメでしたか......?」
「全然そんな事ないよ。でも笑顔ってのはもっとこう、パーっと晴れやかに、キラッと輝いていて、なんというか。もっと、楽しくなれるんだよね!」
抽象的すぎてよくわからないけれど、先輩がとても楽しそうできっと笑顔でいるに違いないことはわかる。きっと笑顔な先輩はそのまま言葉を続けた。
「私の目標は、レースを見てくれた人が笑顔になることなんだ。私はみんなを笑顔にすることが好きだったけど、方法だけがどうしてもわかんなくてね。それでレースと、トレーナーに出会ったの!」
「それで、今のチームに?」
「そうなの。あの人は、じゃあみんなを笑顔にする方法を探しに行こうって誘ってくれたの。ちょっと立ち止まってる時も、トレーナーさんはずっと待ってくれたんだ」
「そうですか」
「だからキミも、ゆっくり悩んで、迷って、納得いくまで走ったらいい。トレーナーさんは、ずっと待っててくれるからさ」
「流石は名トレーナー、ですか」
「チームメンバーにとっては優しいおじさんなんだけどね。ま、気負わなくても大丈夫だからね」
そろそろ着くよ、と言うと、プレハブ立ての建築物群が目に入ってくる。ジャージ姿で駆け出すウマ娘のグループが何組も脇を通り抜けていった。
プレハブ小屋のひとつにつくと、先輩は足を止め、その扉の一つをノックした。
「トレーナーさん、連れてきたよ!」
「案内してくれるかい」
「いいよー、フライトちゃん、入ろ入ろ!」
「あ、では、失礼します」
一礼して敷居をくぐる。ドアを上げたすぐ先には、パイプ椅子に座った、さっきあった男性トレーナーが待っていた。人の良さそうな笑みを浮かべて、彼は手を広げてこう言った。
「ようこそ、チームレグルスへ」