空を駆けるウマ娘になりたくて アグネスフライト育成ストーリー 作:通りすがる傭兵
「あら、もうスカウトはしないんじゃなかったの?」
「古い縁でね」
「ふーん、ま、よろしく。ミッドナイト、新人が来たわよ」
「あと5分寝かせて」
椅子に座って暇そうにウマホを弄っているボブカットの鹿毛のウマ娘と、机に突っ伏したまま返事をする前髪にまっすぐの太い流星の入ったウマ娘。真面目とも真剣とも言い難い雰囲気の先輩方が2人とそれを注意しようともしないトレーナー。
このチームはおおらかなのが気風か、それともあまり風紀が良くないチームなのか。もしかしてとんでもないチームに入ってしまったのだろうか。
「心配が顔に出てるわよ」
「え」
「気持ちはわかるわ。私も来た時そうだったもの。ユーセイトップラン、好きに呼んで頂戴」
ウマホの画面を見ながらユーセイトップラン先輩は言った。そして画面を見たまま、机に突っ伏すもう1人のウマ娘を指差して続ける。
「その寝坊助がミッドナイトベット、んでそこのいっつも笑ってるのがエガオヲミセテ。チームメンバーはこれで全部よ」
「うぃ」
「イェーイ!」
「ど、どうも......3人だけなんですか?」
「ダメかしら」
「ダメとは言いませんけれど、もっとこう、チームって人が多いイメージがあったもので」
「そうね。普通はそうよ。メンバー5人以上がルール」
「最近4人になった」
「水ささないでよミッドナイト。ともかく、うちは最低人数以下で活動を許されている唯一のチームよ。少なくとも、あなたが卒業するまでの間はね」
「私が卒業するまで?」
「ミッドナイト」
まるで期限付きでこのチームが運営されると言っているような言葉に思わず聞き返すと、トレーナーさんが代わりに答えると口を開いた。
「そろそろ僕も年でね。もしかしたら君に後輩と呼べるチームメイトは入らないかもしれないんだ。でも、最後まで見届けるから安心してほしい。放り出すことなんてしないから」
「は、はい。アグネスフライトです、よろしくお願いします」
「よろしく。ところで路線はティアラ? クラシック?」
「クラシックです」
「私は短距離だから走らないけど、あ、じゃあユーセイちゃんとベッドちゃんとはライバルだね!」
「っ!?」
エガオ先輩の台詞に思わず体が固まる。同じウマ娘、同じチームであってもレースでかち合う可能性はゼロじゃない。特に路線を同じとするなら、勝ち上がるほど自然と出走するレースも限られてくる。チームメイトと争う、これが、トレーナーが言っていた厳しい世界ということなのか。
しかしトップラン先輩は肩をすくめ、ミッドナイト先輩は興味なさそうにすやすやと寝息を立て始めた。
「そんなことないわよ。アンタが私たちとかち合う時には、私たちは卒業でしょ、エガオ」
「えー、あと2年くらい走れるでしょ」
「私はもう体がボロボロ、ミッドナイトは負け癖がついてる、アンタだって、本調子じゃないでしょう?」
「それは──」
「せっかくの新入生なのに暗い話はダメだよ、トップラン。エガオも笑って笑って」
けんが深いトップラン先輩と顔が曇るエガオ先輩。それに割って入るトレーナー。思ったよりチームの雰囲気は良くないのかもしれない。
私はわざと2人の間に割ってはいるようにトレーナーに問いかけてみせた。
「トレーナー、デビューの予定を聞いてもいいですか。12月ですか、1月ですか?」
「え、うん、そうだね。2月か3月を考えているかな」
「随分と先ですね。ジュニア級はレースに出ないと?」
「そうだね。キミの今の現状もわからないし、まだ焦る時じゃない。皐月賞は厳しいけれど、日本ダービーなら充分狙えると思う」
「ダービー、ですか」
「とりあえずはダービー、間に合えば皐月賞を目標にしていくつもりだよ。それでいいかい?」
「はい、お願いします」
「うん、じゃあ、練習は明日からにしようか。火曜日と金曜日は休養日だけれど、それ以外は放課後ここに集合、何か変更があれば、LANEで連絡するよ。じゃあ、今日は解散」
「あれ、歓迎会は? お菓子パーティーは?」
「エガオはこのあと病院でしょ。ほら、行くわよ」
「怪我してる腕の方を掴まない優しさはありがたいけど力強いよー!」
「怪我人がガタガタ言うんじゃないわよ」
「トレーナー、今日はもうお休み? 自主練していい?」
「やったことだけ寝る前に報告してくれればいいよ」
「ん」
「......あの、今日はもうおわりですか」
「ん? ああ、ちょっと書いてもらう書類はあるけれどもう解散かな。黒のボールペンは持っているかな、フライト」
「あ、はい」
エガオ先輩はトップラン先輩に引っ張られて部屋を後にし、ミッドナイト先輩は返事はしたけど相変わらず机に突っ伏して寝ている。私はその隣に促されるままに座り、筆箱からボールペンを取り出し、渡された書類や契約書に目を通し始めた。
カツカツとペン先が机を叩く音だけがする、ほとんど2人きりの空間。あまり静かな空間が得意じゃない私はなんとか話をしようと話題を捻り出した。
「ところで、なんで日本ダービーを目標に上げたんですか?」
「ダメだったかな」
「理解はできます。日本ダービーは全てのホースマン......ウマ娘と関わる人たちが目指す最高のレースだと授業で習いました
。同級生もダービーを目標にした、という子はそれなりにいます」
「習った、か。うん、そうだね。ダービーの熱気は独特なものでね、あの雰囲気は他のレースとも違う。それを味わえばキミも少し思うところもあるかなと思って、選ばせてもらったよ」
「オークスと何か違うんですか。同じ場所同じ距離ですよね」
「違うよ。明確に違うんだ。なんと言えばいいのかな」
トレーナーは考え込むそぶりを見せた。しばらく考え込んでいると、へにゃりと顔を崩して笑っていた。
「言語化できないかな。特に、キミの感じるだろうものはさ」
「言語化できない?」
「みんな口を揃えてバラバラなことを言うんだ。どうだった、って聞くとね」
「それは、みんな違うウマ娘だからでは?」
「そうかもしれないね。けれど、みんな最後はこう言うのさ。『勝ちたかった』ってね」
「......勝てていないんですか?」
「20年以上トレーナーをやってきて、ダービーの舞台に立ったのは16回、負けたのも16回。情けないけれど、誰ひとり勝たせてやれなかったよ」
「先輩方でもダメだったんですか」
「私達はそもそも間に合わなかったんだよ」
私の言葉に答えたのはミッドナイト先輩だった。顔を起こし、その明らかに人の良さそうなタレ目を擦りながら続ける。
「エガオヲミセテ先輩はオークスに出られたけど、私もユーセイも、勝ち上がった時にはダービーなんてとっくの昔に終わってた。テレビ越しに誰かの勝利を見届けただけ」
「君はそうはならないで」
「挑めるだけで奇跡な、ダービーなんだから」
彼女はふらりと立ち上がって私の肩に手を置きながら、そう言った。
「自主練に行ってきます」
それだけ言って、先輩はチームルームを後にした。
「このチーム、雰囲気悪くないですか?」
「昔はこうじゃなかったんだけど、あんなことがあってはね」
「あんなこと?」
「あまり、言えるようなものじゃないんだ」
諦めたような乾いた声でトレーナーは答えた。それ以上踏み込んではいけないという空気感を感じた私は、あえて踏み込むようなことはしなかった。
「そう、ですか」
「書類の方もインクが乾いたみたいだね。じゃあ、今日はもう帰ってゆっくり休んで」
トレーナーはインクを乾かすように広げていた書類を纏めはじめ、私は言葉に甘えて部屋を出た。
プレハブ小屋を出るともうすっかり陽も落ちていて、息も白いくらいに寒くなっていた。空を見上げても、トラックを照らすナイターの光が明るいのか星はよく見えなかった。
実家と違って、やっぱりここは空が狭いように感じる。
「......」
諦めが漂う先輩方、元気だけど訳ありらしいエガオ先輩。その理由を語ろうとはしないトレーナー。
あんな顔を見るのは、嫌だ。過去に何もかも終わってしまったと言わんばかりの、悟ったような、そんな表情が嫌だ。
まるで、自分を見ているようで──
「チームを変えられたら、私も変えられるかな」
自然と口から出た言葉は、私がやるべきことなのかもしれない。
「ダービーに勝てば、変わるかな」
拳を握りしめ、星に重なるように掲げた。星は掴めないけれど、それを目指す権利は誰にだってあるハズだ。
なんだか少しだけ、夢が見つかった気がする。