成り代わりルフィは歌姫を殺すことが出来なかった 作:いいね最高だ
話せないんだ、昔からそうなんだ。
口に出そうとすると何かが僕の喉を塞ぐ。
ねぇ、僕はどうして──────
とある少年の脳内思考より
「どこから来た〜」
歌声が聞こえる、一般的にそれは可愛らしい歌声とされるのだろう。
百人が聞けば九十九人は『素晴らしい歌だった』と言うほど彼女の歌が上手いことも事実だろう。
それは彼もわかっている、わかっているのだが彼は純粋に歌を楽しめなかった。
いずれこの歌声がトットムジカを呼び出しエレジアを滅ぼすことになる、なってしまうかからだ。
故に今日も彼は憂鬱に一日を過ごすのだ、未来を変える決心もつかないまま。
未来を変えるだけなら、少女の首でも締めてしまえばいいだけなのに。
それだけで一つの島が救われるのに、いずれ訪れることになる世界の危機も回避できるというのに。
彼はそう思い続ける、悔い続ける。
結果としてエレジアは滅んだ。
誰が許しても、君に非はないと慰めても、彼自身が自分を許しはしないだろう。
きっと、いつまでも。
────────────────
「シャハハハ!おれを殺すだと!笑わせるな人間、その矮小な身で何ができる!」
ノコギリザメの魚人が嗤った。
今この瞬間その頭蓋の内に敗北の二文字は存在しないのだろう、その両眼に目の前の少年が自分に勝つ未来は見えていないのだろう。
このイーストブルーにおいて彼以上に力を持った存在は少ない、グランドラインならいざ知らずここは最弱の海。
本部の海軍も滅多に出張ってこない田舎での圧政、その上賄賂を海軍に渡すことで彼の安寧は保たれていた。
いや、保たれていたはずだった。
長らく積み重ねてきたトランプタワーが一瞬で崩れ落ちるように、アーロンパークはたった一瞬で崩れ去ることになる。
「何が・・・・・・できる?」
傲慢不遜に寛ぐアーロンの前でそれは自らの口を開いた。
思わぬ地雷、アーロンも故意に踏んだ訳ではない。
そして傍目からでも誰でもわかる、彼は一切緊張していない。
相手は賞金首であるアーロンだというのに、相手は人間の何倍もの身体能力を持つ魚人だというのに。
「そうだ、僕は何もできなかった。エレジアは滅んでしまった、ゴミの山は焼けてしまった、ノジコさんは死んでしまった、ナミは今も苦しんでいる。結局僕には何もできなかった」
後悔を吐き出す彼の名はモンキー・D・ルフィ、転生者である。
エレジアが滅んだのを新聞で知り、ゴア王国の暴虐を止めることができず、目の前でノジコさんを死なせてしまったただのルフィだ。
「でも今は違う。ハリボテの虚勢かもしれないけど、それでも違うって言いたいんだ、信じたいんだ」
心の底からでた言葉、叫ぶわけでもなき吠えるわけでもなかった。
ただ、静かに言い放った。
「最後に一つ言っておくとするのなら、僕は決して貴方を殺しはしない。ただ貴方を倒す、インペルダウンに帰ってもらう。それだけ」
彼がなぜ殺害を嫌うのか、彼と長らく一緒にいたナミでさえ知ることはない。
誰も知らない彼のルーツ、誰一人として知るはずがない原点。
結局のところ彼は正当化したいだけだったのかもしれない。
ウタという少女の細い首を手折ってしまえばなかったことにできた悲劇、それが出来なかった自分を正当化したいだけなのかもしれない。
前世が平凡な日本人であった彼に殺人を犯す度胸などあるはずもない、教え込まれた道徳と倫理がその行為を邪魔しているというのも理由の一つだ。
だが今後彼が人を殺したとしたら、その時点で彼のタテマエは壊れてしまう。
『僕は人を殺せる人間だったんだ、ならなんであの時殺せなかった』そう思ってしまうだろう。
相手が小さい少女だったからだとか、相手が善人だったからだとか、相手がまだ人を害していないからだとかそんな言い訳で納得できるほど彼の心は鈍感じゃなかった。
繊細すぎる心、この大航海時代には向いていない性根。
彼はサボが撃たれて海中に沈んでいったのを知った後、海に身を投げた。
されど彼にはもう耐えられなかった、あのままゴア王国にいることが耐えられなかった。
サボを助けられなかったのに、エースの前に居続けることなんて出来なかった。
元あったストーリーとは違って、あの状況助かる保証なんてないというのを理解していた。
苦しめば許されるなんて、そんなことを考えていたのかもしれない。
そして彼はノジコさんの元へと流れ着き、ナミと出会う。
「インペルダウン?残念だがおれは金輪際あそこに戻ることはない」
───誰かが望んだ人の進化の可能性。
「そしてテメェはここで死ぬ」
────ああなれたらいいな、こうなれたらいいな。
「何故ならその悪魔の実の能力はこの海桜石の槍で無効化されるからだ!」
───多岐に渡る人類の未来。
「フシフシの実で不死身になったテメェも!この槍には敵わねぇ!」
───それこそが悪魔の実。
「死なねぇだけの雑魚がどうしておれに勝てる?」
フシフシの実、それは悪魔の実図鑑に記されていない悪魔の実の一つ。
当然世界政府はその実を把握しているが、警戒度は低い。
何故なら海楼石によっていとも簡単に殺害することが可能だからだ。
更に不死であるだけでそれ以外の能力が手に入るわけではない、つまり戦闘能力の向上は見込めないのだ。
更に再生のスピードも遅く、到底使い物にはならない実。
もちろん死なないため、その目的で言えばこれ以上なく素晴らしい実であり手に入ることができれば五億ベリー出しても買う人間はいるだろう。
いくら老いは止められないとはいえこの大海賊時代に命の保証が手に入るというのは素晴らしいことだ。
誰もが欲しがる夢の実、だが危険性は低い、それが五老星によるフシフシのの実への評価。
たしかに覚醒すれば厄介だろう、周囲をところ構わず不死にするなんて化け物だろう。
だが覚醒が脅威なのはどの実も同じ、『ニカ』に比べればどうということはない。
そう、侮っていた。
「鬱陶しい小蝿を今日こそ殺せる・・・・・・うちの測量士に付き纏うゴミをな」
だが今までの能力者も世界政府も知らない事実が一つある、フシフシのの実の能力者は再生するたびに再生スピードが上がるのだ。
それ以外で再生スピードが上昇することはない、練度が上がろうがスピードは変わらない。
初期状態ではまったくもって使い物にならない再生スピード、百回死にかけても千回死にかけても遅いまま、だがほんの少しだけ再生スピードが上昇する。
故に誰もその事実気づかなかった、死なないとはいえ誰だって痛いのは嫌だから。
そんな回数死にかけなかったのだから。
フシフシの能力は再生そのものを促す訳ではない。
死に繋がる可能性のある負傷を回復するのだ。
故に筋肉が超回復を待たずに再生することはないし、溺れかけているからといって肺に入った水は除去されない。
肺の水がもたらす臓器への副次被害は再生するが、肺の水そのものはどうしようもないのだ。
それが危険だとは能力は判断できないのだ、それが危険なら普段飲んでいる水も除去しなくてはいけなくなってしまう。
能力者が解釈を広げればできる可能性はあったかもしれないが、幼い彼にそれは出来なかった。
あくまで死に繋がるのは肺の水による低酸素状態。
溺れても溺れても再生し続ける。
低酸素状態で脳の機能が停止しかけても再生し続ける。
海に身を投げた転生者は何度も何度も何度も何度も死にかけた、死にかけ続けた。
再生しても低酸素状態は変わらず、ココヤシ村に打ち上げられるまで間地獄の苦しみを味わい続けた。
時に海王類に下半身を食われ、時に小魚にむしられ、時に岩へ激突した。
血肉を撒き散らし泥土に潜り地獄を見た。
永遠とも思える苦しみの中で彼が何を思ったのかは定かではない、ただ一つ言えるのは身を投げる前と後では彼の
「ゴミ?そうだね、たしかに僕はゴミだ。まぁでも、そんなことはどうでもいいんだ。僕がゴミだろうが屑だろうが貴方の夢がここで終わり、ナミの笑顔が見れる。その事実に変わりはない」
軽い笑みを浮かべながら彼は淡々と言葉を口にする。
アーロンは久しく覚えぬ感情を、ほんの少しだけ抱いた。
その感情の名前は恐怖、確定事項であるかのように自らの勝利口にするルフィから感じる不思議な気迫に対して少しだけ後退ってしまった。
数ミリ、たったそれだけ足が後ろに動いてしまったのだ。
近くにいた部下も気づかないほどの僅かな怯え、本人すら自覚していないことだろう。
「ナミはうちの測量士だ!テメェには渡さねぇ!」
槍の投擲、素人の人間が行ったとしても脅威であるそれを魚人が実行したらどうなるか。
答えは単純明快、ルフィは飛来してくる槍を避けることすら叶わずに貫かれた。
アーロンの手から槍が離れてルフィを貫くまで、一秒もかかってはいないだろう。
それほどのスピードで飛来した海楼石の塊は容易に彼の脳を貫通した。
槍はそのままアーロン前方へ飛んでいき、海面すらも貫いた。
「シャハハハ!その程度じゃ死なねぇだろ⁉︎海楼石は触れている瞬間だけ効果を発揮する、貫通すれば意味はねぇ!てめェのために手錠も槍も剣すらも取り寄せた!散々おれたちをコケにしてくれた礼だ、散々苦しんで・・・・・・死ね」
アーロンの言葉は事実だ、海楼石は確かにルフィの脳みそを貫いた。
だが海楼石が貫通したことによりフシフシの効果が復活、再生が始まる。
いや、その筈だった。
「なんだ?再生しない?」
「ニュー!アーロンさんが相手にするまでもなかったんだあんなやつ!」
ぐちゃぐちゃになった頭部、弾け飛んだ血はアーロンたちへと降りかかり、再生することなく彼は地面に倒れた。
それを見たアーロンパークの幹部たちは敗北者を嘲り笑う。
ただ一人を除いてこの場の全員が笑い始めた、『あんなに余裕そうに登場した少年がこうもあっけなく死ぬとは、流石は海楼石』なんてことを考えていた。
だが、アーロンは違った。
グランドラインで化け物たちを見てきた彼は油断をしない、海楼石の効果はもうないはずなのに再生しない。
この状況は異常、ゆえに彼は警戒するのだ。
目にかかったルフィの血を拭いながら彼は周囲を見渡────「こんにちは」
改めて言おう、彼は転生者である。
人並みにサブカルに通じている転生者である。
不死故の戦い方は熟知しているのだ。
彼はアーロンについた血から全身を再生した、言ってしまえばただそれだけのこと。
されどその難易度は常軌を逸している。
「一滴の血から再生しただと⁉︎そんなことが・・・・・・」
「遅いよアーロンさん」
彼は自らの腕をアーロンの口の中に突っ込んだ、部下は唖然としてその光景を眺めていた。
楽観八割驚き一割その他一割と言ったところだろうか、いくらこんな離れ技ができるとはいえアーロンさんに勝てるわけがないと皆思っているのだ。
故に誰もアーロンに加勢しない。
「魚人の噛む力は──────」
「今、貴方はいつでも僕の腕を噛みちぎれる。でもそうすれば僕の血液が貴方の胃の中に入ってしまうだろう」
ノコギリサメの言葉を遮りルフィは言の葉を紡ぐ。
アーロンだけがその言葉の続きを理解した、つまりルフィはこう言っているのだ。
『いつでもお前の中から再生してお前を殺せるけどそれでも噛みちぎるのか?』と。
先程発した不殺宣言を信用できるほどアーロンの脳内はお花畑ではない。
そしてルフィの言葉もブラフ、噛みちぎられても再生して殺すことはない。
「死にたくないのなら今すぐ投降して海軍に・・・・・・・・・」
そこでルフィの言葉は途切れた、アーロンは噛みちぎったのだ。
人間の脅しに屈するなど、彼のプライドが許さなかったのだ。
ありとあらゆる危険性を無視して動き出したサメの牙、そこに元タイヨウ海賊団としての意地があったのかどうかはわからない。
「お前らァ!全員海楼石の手錠を持て!槍を持て!こいつを確実に殺すぞォ!」
ボスの一言で彼らは動き出す、何故なら彼らは海賊だから。
舐められるのを最も嫌う。
後に『災厄の始動』とも呼ばれることになる戦いが始まった。
・・・
・・・•・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
「あァ・・・・・・かなり手こずりましたね。でも、全員倒せたようで良かったです。順調に僕は強くなっている。決して麦わらの彼には及ばないけれど」
解消されることのないコンプレックス、主人公に成り代わったことによる罪悪感、それらを悶々とさせている彼の周囲には血を流して気絶しているアーロン海賊団の残骸が倒れていた。
「ねぇナミ、もうすぐ会える。僕、アーロンを倒したんだ。ナミの役に立ったよ。だから────
────どうか僕を見捨てないで」
彼は呻く、彼は叫ぶ、彼は懺悔する、
何故なら───
───成り代わりルフィは歌姫を殺すことが出来なかったのだから。
オリ主の自己肯定感はこの上なく低いです
不死身だけど弱点は多いというか単純な戦闘能力が低いですね