TS転生 作:名無しのボンベエ
音楽については何一つ知りません。
全部想像で書いていくつもりです。
5p
「軽音楽部を作りたい?」
「はい」
生まれ変わり時間が経つにつれて、あることに確信を持つようになった。
それはわたしの頭の中に存在するある特定の事柄に関する前世の記憶が失われないようになっていること。
それはさまざまな記憶だった。
通った学校のことだったり、仲がよかった人のこと、両親のこと、好きな漫画のことなど。
その上忘れていたはずの記憶も思い出すことができる。
子供の頃にハマっていたゲームのこと、小学生のとき教室でおもらしをしたこと、忌々しい初恋のことなど。
それらすべてがいつまで経っても色褪せず、しかも数秒前にあったことのように鮮明に、まるで脳内で録画を流しているかように詳細を思い出すことができるのだ。
例えば幼い頃にやった一狩りいく感じのゲームの場合、生まれ変わって15年経った今でもわたしが狩ったモンスターの名前と見た目、ゲーム機の画面の映像やそのストーリー、後ろを流れる音楽に至るまで知らないこと以外は何もかもを完全に思い出すことができる。
どう考えてもおかしい。
わたしはそこまで深く考えないでやっていたし、そもそも大人になったときにはほとんどを忘れていた。
それなのに、生まれ変わった今は当時わたしがそのゲームに関して認識したであろうこと全てを思い出すことができる。
他のこともそうだった。
高校2年目の8月16日、いつのまにか好きになっていた人にわたしは告白をした。
初恋だったため勝手がわからず、とりあえず誰もいない教室へその人を呼び出した。
渋々とした様子でやってきた彼女はわたしの方を一瞥もせず、スマホを弄りながら至極つまらなそうにわたしの話を聞いていた。
もちろん即答で断られ、翌日その告白の録音がクラスのグループに投下されたことでわたしの最悪の初恋は幕を閉じた。
その一部始終を覚えているから、当然彼女の顔も当時の恋という感情もそのあとの相手に対する激しい嫌悪感も全て思い出すことができる。
このあとわたしは異性のことが苦手になった。
そして、両親のこと。
生まれたときから大学生に至るまで、全てとは言わないが大半のことを覚えている。
どんなことを話していたか、顔、体格、性格、口癖、それら全ての情報を明確に思い出せるから、まるで頭の中で前世の父と母が生きているように感じる。
それが当たり前だから、懐かしいという感覚すら沸かない。
そして、そんな愛しい家族を交通事故で亡くしたときのことも。
それは大学生のときだった。
長期休暇で実家に帰ってきていて、ベランダでバーベキュでもしようとわたしが提案し、3人で車に乗り少し遠くのスーパーへ買い出しに行った。
居眠り運転だった。
そのトラックの運転手は長時間労働で疲労が蓄積。限界を迎えた彼が一回船を漕いで、事故はその一瞬の間に起こった。
アクセルを強く踏まれたトラックがわたしたちの乗る車に横から突っ込み、上下左右が分からなくなるほどの衝撃と耳を劈く轟音でわたしは意識を失って。
次に目が覚めたとき、わたしに残っていたのは多額の慰謝料だけだった。
わたしはその全てを覚えている。
数秒前に起きたことのように、まるで映画のワンシーンのように、全てを明瞭に思い出すことができる。
トラックが横から迫ってくる恐怖、買い出しを提案してしまった自分への憎悪、立ち直れなくなるほどの深い絶望と喪失感、そういった色褪せない”生きた感情”が常にあるにも関わらず、家族と過ごした日常の記憶とその幸せな感情も思い浮かべることができるのだから頭がおかしくなってしまいそうだった。
わたしが家でピアノに熱中するようになったのは、外で車が目に入るとそれらがフラッシュバックしてしまうから。
ピアノだけの世界にいれば何もかもを忘れることができるから。
もちろん今は純粋に大好きで、記憶と気持ちの切り替えが得意になったから普通に楽しく過ごせているが、生まれ変わってすぐはただただ生きていることが辛かった。
何故忘れないのか。
わたしは無差別に思えるこれらにはある共通点があると思った。
それはわたしの人格形成に影響を与えた事柄に関する記憶であること。
教育機関はもちろんのこと幼いときにやるゲームも影響があると聞くし、初恋のあと恋愛はもう懲り懲りだと思い、家族の死だってそうだ。
他にも色々な記憶があるが、全てその前後で考え方が変わったりしていると思う。
何故かは分からない。
生まれ変わりの影響なのか、ヒトガタがそうしたのか。
忘れたままでいたかったものあるが、それ以上に大切な記憶が鮮明に残っていることに感謝したいという気持ちだけは事実だった。
そう、両親が亡くなって自暴自棄になっていたわたしが立ち直るきっかけとなってくれた、2つのバンドの記憶のことも。
両親が亡くなって数カ月後だった。
退院しもろもろを全て終わらせて、通っている大学がある付近に借りた一人暮らしの部屋に帰ってきていた。
何もする気になれなかったから大学は休学した。
カーテンを締めて電気も付けず、真っ暗な部屋で布団をかぶりただボーッとして。
思い出したようにゲームをして、それもつまらなくて数十分でやめて。
買い溜めたカップラーメンを食べるだけの日々だった。
いつか家族が亡くなることはわかっていた。
けれどこんなにも早く、しかも突然二人同時に。
その酷い孤独を時間が解決してくれることを求めてただ無気力に生きていたとき。
適当に眺めていたyoutubeのおすすめに、初めて見る曲が出てきた。
そんなに人気があった訳ではなかった。
登録者数は数万くらいで、これからが楽しみといった感じのインディーズバンド。
いつもなら全く興味を持たずスマホの画面をスワイプしていただろう。
実際にそのときもしようとしていた。
けれど偶然か運命か。わたしの指の動作はそれと認識されずタップしたことになりその曲の再生画面が開かれた。
面倒くさいと舌打ちしたわたしは閉じるボタンを押そうとして、そこで動きが止まった。
流れる音楽ではなかった。
彼らが心の底から楽しそうに演奏する様子に目を奪われたのだ。
MVなのだから、演技の可能性だってあっただろう。
けれどわたしにはそれが本物に見えた。
その日からわたしは少しずつ部屋から出るようになった。
朝早起きして散歩をするようになった。
隣人と挨拶をして、何ヶ月も使わなかった声帯が出した掠れた声に驚いた。
時間とお金だけはあったから、そのバンドのおっかけをするようになり。
色々な曲を聞くようになり、彼らの曲が他とは一線を画していることにも気が付いた。
そのうちもう一つ後に青春の代名詞と言われるようなバンドのファンにもなり。
復学したときも、就職で失敗したときも、そのあとブラックな職場で潰されそうになったときも。
彼らがいたからこそわたしは頑張ることができたのだ。
彼らが国民的人気を誇るバンドになっていくその様を、わたしは当然の結果だと後方で腕を組みながら見守っていた。
そういう経緯でわたしは救われた。
だからだろう。わたしは彼らの経歴や曲、そのMV、行ったライブのことなど、知らないこと以外の全てを覚えている。
わたしが軽音楽部を作ろうとしている理由にはこれともう一つのことが関係していた。
それは、この世界のこと。
この世界はおかしい。
見覚えのある地球という星に日本という国。
テレビに映るのは全く知らない大物芸人。
歴史に名を残した人物も知らない名前と顔。
それなのにこの世界は前世と全く同じ道を辿っている。
詳細はあまり覚えてないが、多分歴史の流れも変わらない。
いなくなった人の代わりをするように、違う名前と違う顔で全く同じ偉業を成す人間が絶対に現れる。
結果この時代は前世とほとんど同じものになっている。
意味が分からなかったが、実際にそうなっているのだから現実を受け入れるしかなかった。
ただ明確に違うこともある。
芸術等の創作分野では前世と同じものは作られていない。
文化的に同じような進化を経て、系統だったりジャンル的に同等のものは存在しているため、ゲーム性や物語性が酷似しているものはあるがそのデザイン等でデジャヴを感じることはほとんどなかった。
何故ほとんどなのかというと。
存在するのだ。代役のような人間ばかりの中で、前世通りの名前と顔で全く同じ人生を送る人が、極少数。
一人目はピアノをしているときに気付いた。
少しも耳馴染みのないクラシック曲ばかりの中に、ピアノに全く興味がなかったわたしでも聞いたことがあるものが数曲あったから。
知っている曲があるということにまず驚き、ネットでそれを調べてみると前世の音楽室で見たことがある『シューベルト』という名前と顔が出てきた。
それを知ったわたしは歓喜して、すぐに覚えている限りの名前を調べ尽くした。
結局存在していたのは3人だけ。
十数年前に人気だった歌手、わたしの好きな作品を描いていた漫画家、その時期は売れない芸人をやっていて後にお笑いグランプリを優勝する人。
わたしは何年も彼らを追っていた。
歌手は聞いたことがある曲を既に発表していて、漫画家は見覚えのある漫画を前世と同じ時期に連載し始め、芸人は同じ年の同じ日に開催されたグランプリで優勝した。
彼らに共通点など微塵もなかったから、きっとわたしが知らないだけで他にもいるのだろう。
運命のようなものが存在するのだと思った。
世界が異なっていたとしても、同じ人間は決まった運命に沿って全く同じ人生を歩む。
理屈抜きで、ただそうなっているのだろうとしか思えなかった。
そうしてわたしは希望を持った。
もしかしたら、わたしを救ってくれた彼らも存在するのかもしれない。
どんな確率かは分からないが、また現れて歌を聞かせてくれるかもしれない、と。
待って、待って、待ち続けて。
その名前が世に出ている筈の時期から、既に1年が経っていた。
当たり前のようにある前世の記憶がいつかなくなってしまう可能性。
そして彼らが存在しないという事実。
その2つを前に迷った。
思い出せなくなってしまったときの為にも、そして例え前世のことであったとしても彼らが存在した証拠を現実に音として残しておきたかった。
迷って、わたしは決断した。
再現しよう、彼らの歌を。
この知識はきっとその為にあるのだ。
これは自己満足だ。あと少しの使命感。
これが軽音楽部を作る理由。
もちろん高校生レベルの完成度にするつもりはないので、とりあえずここでは音楽というものを学ぶ場所にしようと思っている。
既に知識はあるが、知っているだけと実際に体験するのはかなり違いがあると思うから。
歌を完成させるのがいつになるかは分からない。
イメージが合うようなボーカルを見つけないといけないし、人生の目標として気長にやっていこうと思っている。
まず始めたのは部室の掃除だった。
幸運なことに数年前に廃部になったという軽音楽部は昔強豪だったらしく、専用の防音室があったのだ。
ホコリが溜まっていたその部屋をありがたく使わせて貰うことになった。
まず創部の条件である最低5人、つまりわたしを抜いて4人仲間を見つけるところから始めないとなーと考えながら掃除をしていた矢先にヒナちゃんの訪問。
彼女は女子生徒を3人連れていた。
次々と挨拶する彼女たちに戸惑っていると、わたしの横に並んだ彼女が目を合わせて『入部希望者、集めた』と言った。
まだ理解できなかったわたしに彼女は優しく細かく説明してくれた。
つまるところ、最近学校で彼女がそばに居なかったのは部員を探してくれていたから。
わたしがクラスのみんなと乳繰り合っている間に彼女はわたしの為に働いていたのだ。
わたしは泣きそうになった。
彼女をちゃんと見ていなかったことに深く反省して、感謝の言葉と『何でも言うこと聞く券』を20枚あげた。
そのあと集まってくれた彼女たちに同好会から始めなければいけないことと創部条件を説明してその日は解散。
まずはちょっと色々確かめてみようということで次の日から一週間、音楽スタジオを借りて誰でも知っているような曲を合わせてみた。
初めてだったというのに直ぐに聞けるレベルになったことに驚いた。
そして現状を把握したあと、わたしは計画を前倒しした。
お試し期間最終日、いつもなら時間ギリギリまでやっているところを早めに終わらせわたしは話を切り出した。
「そろそろわたしが軽音楽部を作ろうとした理由を話そうと思う」
もろもろの片付けをしていたみんながこちらに耳を傾けてくれる。
ヒナちゃんにはカメラを回してもらっている。みんな入ってくれそうな雰囲気を出しているので、その記録を撮ろうと思ったから。
こういうのを後で卒業するときに見てみると、結構感動する・・・と思う。
確かに計画は実行するが、その上で青春も楽しみたいと思っているのだ。
備え付けの機材が疎らにある部屋の中央に集まってもらって、わたしが家から持ってきたノートパソコンの画面を見せる。
開いたファイルにはそれなりの数の曲名が連ねられていて、その中の1つをクリック。
するとパソコンに繋げられたスピーカー
から歌が流れ始めた。
作り始めたのは1ヶ月前、つまり中学校を卒業してから。
再現すると決断した日から動き出し、すぐに必要な機材を全て買い揃えた。
今までに現金で貯めていたお小遣いがすっからかんになったが、ヒナちゃんのおかげで金持ちだったことを知ったのでそれはもうどうでもいい。
本当に大変な作業だった。
作曲のことなど全く知らなかったから、その知識を詰め込むことから始めて。
そのあとそれぞれの曲の全ての楽器音を耳コピならぬ脳コピしてMIDIキーボードで打ち込み、それでも分からなかったところはMVの映像、そしてライブのときの動きを思い出して音を判断した。
歌はとりあえずわたしの録音。
特徴を掴める程度に上手いが、やっぱりおっぱいデカ子改めサヤちんの歌声を聞いたあとだと残念なものに思える。
大好きなピアノも午前中しかやらず、ヒナちゃんと遊ぶ日以外の午後の時間を全てそれに費やした。
そして1ヶ月経ち、完成度でいうと大体95%程度のデモ音源をとりあえず10曲作ることができた。
これも全てありえないほどはっきりとした記憶があるからできたことだ。
2曲流したところで一度止める。
いきなり曲を流し始めたわたしに困惑した表情を向ける彼女たちに説明をする。
「昔から何故か頭の中で音楽がたくさん流れていたんだ。どこにも存在しない、わたしだけの歌が。これはそれらをどうにかデモ音源にしたやつ」
静かにわたしの話を聞いてくれている彼女たちに感謝をして続ける。
ちなみにヒナちゃんは大体知っている。
前世のことは墓まで持っていくつもりだから話していないが、歌に関しては昔ピアノで弾いたことがあったから。
今考えると結構危ないことをしていたと思う。
言い訳になってしまうが、あのときはそれくらい心の余裕がなかったのだ。
「わたしはわたしの中にしかないたくさんの歌を”生きた歌”として再現したかった。その為には音楽というものについて知る必要があった。だからその経験の場として、高校で軽音楽部を作ろうと思ったんだ」
彼女たち一人ひとりと目を合わせる。
「本当はもっと大人なってから本格的に手を掛けるつもりだったんだけど、集まってくれたみんながあまりにも上手かったから、これなら頭の中にだけある理想を実現できるかもしれないと思った」
この最高の機会を逃せない。
これは人生最大のお願いだ。
「だから、部活に入ってくれたらわたしのこの夢を手伝って欲しいんだ。自分勝手な話だということは分かってる。こんな内容だからみんなの音楽の方向性とかもあまり尊重できないし、部活漬けの高校生活になってしまうと思う。わたしから差し出せるものは経験ぐらいしかない」
そこでいったん言葉を切る。
そして姿勢を正して彼女たちに頭を下げた。
「もしそれでもいいなら、みんなの3年間をわたしにください!」
その体勢で目を瞑って、沈黙が部屋を支配してから十秒くらい経ったとき。
一人が近づいてくる足音がして、止まったかと思うと頭の上で爆音が響いた。
「顔を上げなさい!」
驚いて恐る恐る顔を上げると、目の前にいつも通り腕を組んだまま堂々としているサヤちんの姿。
「説明しなさい!それでわたしは目立てるの!」
驚きと緊張でバクバク鳴る心臓の音を隠しながら、しどろもどろに返答をする。
「うっ、うん・・・。元々レコーディングやMV撮影もしてyootubeに投稿しようかなって思ってたんだ。曲自体は最高のものだと自負してるから、私たちが完全に実力を出し切ることができれば絶対有名になれるよ」
当たり前だ。前世で国民的人気を誇ったバンドたちの曲なのだから、完璧に再現できなくても多少は人気が出る。
本当は音として手元に残せればいいと思ってたから、完成した音源はわたしが個人的に保存するだけのつもりだった。
けれど部活動としてやっていくならばそれっぽいこともしなくてはと思ったのだ。
「ならいいわ!」
彼女はそう言って元の位置に戻った。
「えっ?あっ、ありがとう・・・」
えぇ・・・。結構難しい決断のはずなのに、こんなにすぐ・・・どんだけ目立ちたいんだ。
即了承は流石に戸惑う。
いや、でも本当にありがたい。
他の子も替えが利くとはいえないが、一番大事なのは彼女の存在だった。
次に、いつも通りの彼女に少し呆れた表情を向けていたちびっ子改めこはるんが進み出た。
「私もいいですよ、元からやりたいこととかもありませんでしたし、ちょうど良いですし。それに、まだ一週間しか経っていませんけど、この5人でいる時間は結構楽しかったんですよ」
そう言ってわたしに微笑んでくれた。
「・・・ありがとう、本当に。わたしもとっても楽しかった」
いつもは結構辛辣な彼女の優しい言葉にちょっと涙が出そうになった。
そして彼女が戻ったあと、私たちの視線は自然と残り一人の場所に集まった。
そこにいる一匹狼っ子改めみゆりんは仏頂面でそっぽを向いていた。
かなり厳しそうだ。
そうだよな、そんな簡単にいくわけない。
惜しい。この年齢で、ましてや高校生という範囲ですら彼女よりベースが上手い人はいないかもしれないというレベルなのに。
もし断られたら・・・大学生以上狙うか?
いやでも、そこでも彼女のレベルはそんな簡単に見つからないだろう。
どうしようと考えている内に、彼女の顔を不思議そうに横から眺めていたこはるんが何かに納得したというふうに手をぽんと叩いた。
「これは・・・恥ずかしくて言えないという顔ですね。ならば私が代わりに言ってあげます。未夕は中学生のとき学外でバンドを組んでいましたが、その目つきの鋭さ、それと自他共に厳しいストイックな性格のせいか数ヶ月前に『ついていけない』『一緒にやるのが辛い』と言われて追い出されました。未夕はそれがトラウマで、ヒナさんに軽音楽部に誘われたときも同じことを繰り返してしまわないかとても心配でした。けれどまだ音楽をやりたいという思いもあり試しにやってみると、同等以上の実力を持っていて向上心もあり、とっつきにくい自分とも怖がらず普通に接してくれるという最高の仲間たちに出会いました。だから本当に嬉しいし、楽しい。そう言葉にしてみんなに伝えたい。けれどプライドが邪魔して言うことができないんですね。なんて可愛らし——あべしっ」
こはるんが彼女の内心を赤裸々に語っていくにつれてぷるぷると震えだし顔が赤く染まっていった彼女が遂に限界を迎え、こはるんの頭を引っ叩いた。
そうだった、彼女はツンデレだった!
うんうん、心に秘めた思いを知られるって恥ずかしいよね、わかるよ!
耳までりんごのように真っ赤にしてこはるんの話を遮った彼女は私たちが向ける温かい目に気付いて右往左往。
そしてキッという鋭い視線をわたしに向けてどしどしと近づいてきた。
今まではその鋭い目つきもあって常時不機嫌に見える彼女にいきなり近づかれるとちょっと怖かったんだけど、今はただ可愛いだけだ。
狼ではあるけど、その本質は人懐っこい狼犬だったらしい。
「う、上手くなれんのか・・・!」
至近距離、羞恥に震えた声で言う彼女に可愛い子を見る目を向けながら答える。
「うん。ストックが30曲ぐらいあるし、対応力という意味では経験を積める。あと文化祭でライブもするし、希望するなら許可とってストリートライブとかもしてみよう。だから場数も踏めると思う」
つい子供に言い聞かせるような声色になってしまったけど、本人は気にしていなさそうだった。
「ならいい!・・・あたしは帰る!」
わたしの言葉を聞くやいなやそういって自分の楽器を手に取り驚くほどの俊敏さで部屋を飛び出していった。
は、早い・・・!わたしでも捉えきれなかった・・・!
部屋に残った3人と顔を合わせる。
みんな同じ気持ちみたいだ。
みゆりん、かわいすぎる。
後日、放課後に集まり創部に関する提出用紙に名前を書いてもらった。
といっても同好会からになるけど。
部に昇格するには実績が必要らしい。
この学校の場合は文化祭でライブをして、後日実施される満足度アンケートで半数以上が『良かった』に○つけること。
若人よ青春を楽しめがモットーのこの学園特有の制度だろう。
ちょうど何も担当していなかった担任の先生が顧問をしてくれることになって、全ての必要事項を埋めたあと用紙を学校側に提出。
こうして後に伝説となる桜坂学園女子高等学校軽音楽部(同好会)が発足した。
イカれた仲間を紹介するぜ!
裏方!黒井日奈!1年1組!
事務!撮影!編集!何でもできるぞ!最初はギターをやってもらおうと思っていたけど、実力差と本人の希望でこうなったぞ!でもサブが必要になる可能性を考えて一応練習してもらう!いつも本当にありがとう!かわいいよ!かわいいなぁもう!かわいいすぎる!
『・・・・・・・・・』
『二人、距離近くないですか?』
『そう?普通だよ』
『頬がくっつきそうですけど・・・まあいいか』
キーボード歴1ヶ月!一ノ瀬廻!1年1組!
クラシックピアノ歴13年!音楽知識を詰められるだけ詰め込んだ頭でっかち!譜読みはめちゃくちゃ早いぞ!
『ピアノは得意だよ』
『クラシック・・・一ノ瀬廻・・・もしかしてあの有名な”天使の悪魔”ですか?』
『・・・なにそれ?』
『知らないんですか?説明すると、なんか10年前ぐらいからピアノのコンクールで最優秀賞を取り続けている子供がいるらしいんです。その子の見た目が天使のようにかわいくて、それでいて多数のライバルの心を無慈悲にボキボキとへし折るその悪魔のような所業から”天使の悪魔”とその子は名付けられたそうです。まあ、都市伝説みたいなものですね。それで、その子の名前が貴方と同じだったような気がして。多分気の所為ですね、ごめんなさい』
『・・・・・・い、いや・・・いいよ、うん・・・。そんな怖い話が・・・あるんだね・・・』
ドラム歴9年!朝比奈小春!1年4組!
身長143cm!ぱっつんボブカット!驚異のテンポキーム力!見た目からは全く想像できないほど力強い演奏をするぞ!あとちょっと腹黒い!ちょこちょこと後ろをついてくる雛鳥のような様子が受けて、お姉さま方(先輩)からマスコット感覚で可愛がられてるらしい!
『低身長をコンプレックスと言うやつがいるらしいですが、もうアホかと。良いですか、これは武器になるんです。例えば息してるだけで可愛いと褒められる動物ってどれくらいいると思いますか?猫と私くらいですよ』
ベース歴10年!織部未夕!1年4組!
6弦を自在に操る変態!金色に染めたショート、人を威圧するような鋭い目つき!まごうことなき一匹狼系女子!自分にも他人にも厳しい、ストイックの塊だ!でも意外と面倒見がよく年下から親しまれている人気者らしい!あと横髪を留めている手作り感満載の可愛くデコレーションされた花柄ヘアピンがチャームポイント!母が作ってくれたらしい!そしてツンデレ!属性過多!
『なんであたしがこんなこと・・・・・・』
『なんかぬかしてますけど、バンド誘われて内心めっちゃ喜んでます。——ひぃ!・・・あっ、ほら、耳が赤いです』
ギター歴7年!ボーカル!大山沙耶!1年6組!
ロングのポニーテール!どちらかいうとかっこいい雰囲気!おっぱいがでかい!ほんとにでかい!高校1年生とは思えない!よく腕組みをして胸を張っているからさらに強調されて見えるぞ!そして目立ちたがり屋!あと声がでかい!
『なんでもいいわ!わたしが目立つならね!』
『いや、昼ごはん何にするか聞いてるんですけど』
『なんでもいいわ!わたしが目立つならね!』
『じゃああの激辛ラーメンで』
『なんでも——・・・・・・・・・うどん』
よくこんな人材が集まったなと自分でも思う。ヒナちゃんが凄すぎる。
特にボーカルの彼女。彼女はすごい。
抜群の歌唱力と確かに努力が感じられるその技術、そして豊富な知識。
声量はもちろんのこと自由自在の声帯、下から上まで広い音域、そしてどんな声を出していてもピッチを外さないその安定感が素晴らしい。
どうしてこんなところにいるのかがわからなわからない。
既にどこかで囲われているべき人間で、今の時点でもそこらのプロより上手いだろう。
将来世界に届きうるような存在だ。
彼女の歌声は人の心を動かすことができる。
他の2人が眼を見張るほど上手いこともあるが、計画を変更した理由の大半は彼女の存在だ。
記憶の歌を再現するには彼らに匹敵するほどの飛び抜けた歌声を持った天才が必要だった。
幼いころからヒナちゃんと一緒に色んな歌を歌っていたからわたしも一般人を感心させられる程度には上手いが、それでは駄目だった。
もっと他人を熱狂させるような、芯まで響かせることができるような、そんな要素が必要だった。
こんな直ぐに見つかるだなんて、やはり神が再現しろと言っているのだろう。
ちょっとずつ買いています。気長にお待ちください。