黄泉返りの国家転覆   作:倉庫

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 直毘人すき。


7話.京の禪院②ー茶番劇ー

「直哉と言ったか?アイツはいいな、将来期待だ」

「フン…確かに実力はある…が、性根の方に少々問題があるがな」

「なんだ、あの程度可愛いものだ。それに強い人間と言うのは揃って我が強いものだからな、あれくらい大目に見てやれ」

「確かに、他ならぬお前自身もそうだからな、伽藍」

「おいおい、私なんてまだ優しい方だ。宿儺なんて赤ん坊みたいなものだぞ?まぁ、アイツは癇癪で泣くのではなく人を殺すがな」

「ブッハッハッハ!呪いの王を赤ん坊呼ばわりか!」

 

 御三家、禪院家の当主と。一介の1級呪術師。

 互いに階級は同じ1級術師だが、本来なら同じ肩を並べて、こうして談笑しながら歩くなどありえない関係だ。

 

 この例外を除けば。

 

 本来かけ離れた場所にいるはずの2人は、今こうして一緒に歩いている。

 その会話も弾み、互いに無駄な緊張もない、砕けた空気だ。

 

「相変わらずだ、最後に会った時と変わらんようだな」

「変化は人によって意味が変わる。退化して衰えるか、成長して高みに昇れるか。私の変化は後者であって欲しいがな」

「その戦闘狂(バトルジャンキー)ぶりも変わらん。うちの連中も少しは見習ってほしいものだがな」

「ほう?私としては現代術師最速…と呼ばれるお前と戦ってみたいんだが」

「もう引退した。正確には…今は現代術師()()だ」

「…なに?」

 

 "現代術師最速"

 

 それこそ禪院直毘人の異名。その由来は彼の生得術式である、"投射呪法"による圧倒的移動速度によって付けられたものだ。

 己の視界を画角とし、1秒以内に己の肉体と、その動きのフレームを作り上げ、トレースする近代の術式。

 まるでアニメのように、それでいて素早く、力強く、最高速度は音速にまで至る。

 それ故に最速。だからこそ伽藍は心底驚いた。

 

「何があった、衰えたということはあるまい」

「五条家の小僧だ、今はアレが最速になった」

「…五条、か。確か…」

「"無下限呪術"だ…知ってるだろう?」

「………正気か?」

 

 扉を開けると、当主のために用意された静かな和室が目に入った。

 2人はその中央の机を挟むように座り、互いに茶を飲みながら話す。

 はて、と。

 

「無下限呪術使い…昔に何度か見た、確かに破壊力と利便性は見事なものだが…」

「だが?」

「所詮その利便性は机上の空論だ。所詮一発屋だろう、燃費が悪すぎる」

 

 "無下限呪術"

 

 それは現在、御三家の一つである五条家の相伝術式。

 収束する無限級数。永遠の距離と空間を支配し、現実に顕在化させる究極の術式。

 だがその実態を知った時。それを思い返しながら、伽藍は苛立ちを隠さずに続ける。

 

「私も最初見た時は感激したさ、嫉妬するほどにな…だが最初だけ、素質だけだ!一度術式順転を発動するだけで、呪力も脳もやられる、評判詐欺もいいところだ!」

 

 無限という概念。それは本来人に宿る術式の、内包に囚われない対象、まさに無限の可能性を感じる外延能力。しかし、現実はそう甘くはない。

 本来この世界にありはせど見えない。それどころか観測すらできない"無限"という概念。それを扱うには言葉通り骨が折れるもの。

 無下限呪術使いは皆、ただ術式を発動しようとするだけで脳が焼かれ、呪力のほぼ全てを持っていかれる。

 それほどまでに、制御の利かない暴れ馬なのだ。

 

「あんな欠陥術式を相伝に?何の冗談だ、笑えんぞ?」

「ッハハハ!それ、五条家の奴らの前では言うなよ?これ以上の面倒は御免だ」

 

 由緒正しい相伝と家系、呪術界でも頂点に君臨する地位。それにここまでズバズバと言えるのは彼女こそだろう。

 それ故に、彼女には"強さ"以外の要素がノイズなのだ。

 たとえ歴史が浅くとも、逆にどれだけ由緒正しい古代からの術式でも、伽藍という術師にとっては、"強ければ"それでいい。

 直毘人にとって、それは心地の良いものだった。

 

「フン、本当のことを言って何が悪い」

「まぁ落ち着け、確かに無下限呪術は俺も思うところがある…だが逆にだ」

「逆に?なんだ」

「無下限呪術を完全なノーリスクで使えたら…それは、どれだけの高みに至れる術師になれると思う?」

「…………なに?」

 

 ゴツン。と湯呑が置かれる音が響く。

 しばしの沈黙、そして。

 

「ありえん…とは言い切れんな、方法は?」

「方法もクソもあるか、呪力操作、それに術式や天与呪縛とは違う…アレは完全な、正真正銘天からの祝福(ギフト)だからな」

「…六眼(りくがん)か」

「知っていたか」

「あぁ勿論」

 

 六眼。その言葉を口にして、伽藍の表情は更に歪む。

 

「天元に星漿体(せいしょうたい)…チッ、忌々しい…呪いの因果に守られた、呪術の子守り道具が」

「…………今のは聞かなかったことにしよう、お前の首が飛ぶのは勘弁だ」

「無下限呪術に六眼…か……ハッ、なるほど。どうやら相当運がいいようだな?その五条家の餓鬼は」

「あぁ、数百年ぶりの抱き合わせだ」

 

 100数年、そして生まれた赤子と、それに生得術式が刻まれ、尚且つそれが相伝である…

 それは、どれほどの確率を超え、因果に愛された者が得られる特権なのだろう。

 あぁ、忌々しい。忌々しく、そして何より。

 

「私も…どうやらまだくだらない人間のようだな。どうやら未だに、それへの嫉妬心を捨てきれんようだ」

「意外だな、お前ほどの女でも嫉妬をするのか」

「当然」

 

 直毘人にとって、その独白は驚きのものだった。そして同時に納得もした。

 目の前の実力者が、どれほど強さと戦いを求め、そして愛しているかは理解している。

 

 呪術師というのは、才能が8割の世界だ。

 

 生まれつきの呪力量に呪力出力、そして生得術式と結界術。唯一例外なのは…呪力操作の精度くらいのものだろうか。

 だからこそ、彼女が努力では決して埋められないものである、六眼という呪術の寵愛に対して、これほどの感情を持っていたことに驚いたのだ。

 

「幻滅したか?こんなどうしようもない女に」

「お前は少々血生臭いところはあるが、逆に安心した」

「安心、か」

「お前も、嫉妬のできる1人の人間だということがだ」

「っく、ククク…!」

 

 くつくつ。まるで可笑しいと。

 

「なぁ、直毘人」

「なんだ」

「お前は、いい男だな」

 

 伽藍は悪戯じみた、控えめな笑顔を見せて笑った。

 

 ――あぁ、これだから。

 

「外見詐欺もいいところだ、並みの男は騙されそうだな」

「ほう?お前は騙されないのか?」

「あぁ、勿論」

 

 当たり前だろう、と。

 直毘人は残りの茶を飲み干して、お返しに、自分も静かに笑った。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「前置きはこれくらいにして…本題に入るとしようか、伽藍」

「あぁ」

「この前の合同任務での責任…そのことだ」

「あぁ」

「先に言っておく、禪院家は、俺はお前に何もしない」

「ほう?」

「下の奴らが色々と言ってくるだろうが…無視しろ、関係ない」

「なるほど」

 

 それなりの談笑を終えて、いざ始まった本題。

 しかし、その終わりもあっという間で。

 互いに茶のおかわりを口にして、しばしの沈黙が降りる。

 

「等級は2級…かと思われていたが、その実1級呪霊が4体という階級詐欺、よくあることだ」

「だがお前と一緒に祓った」

「あぁ、だが1人死んだ」

「らしいな、だがよくあることだ」

「お前が助けを無視をした若造が、だ」

「らしいな、それだけか」

「あぁ、それだけだ」

 

 ――嫌だ!助けて!死にたくな…!

 そう言って、呪霊に喰われて死んだ若者。直毘人はそれを思い出し、しばしの沈黙を下ろす。

 伽藍は「あー…」と、気の抜けた言葉を漏らして、結局「顔が思い出せん」と切り捨てた。

 

「死にたくない、そう泣き叫ぶ術師を、お前は無視した」

「悪かったか?」

「いや、結局弱いやつは死ぬ、それが今回あれだっただけで、それにこの程度のことはいくらでも起きる」

「同感だ」

「だからだ、今回の話はこれで終わりだ、俺はな」

「…つまり?」

 

 伽藍とて理解はしている、いくら当主が良しと言ったからとて、その下につく者全員が、同じように良しと納得するはずがない。

 必ず、どこかに亀裂が入るもの。

 

「くだらん嫌がらせや背中を狙う行為…お前なら何の問題もない、だがそういう輩こそ、くだらない手段に頼るようになる」

「そうだな…とりあえず狙うのはあの餓鬼()と…あとそれと関わりのできた…真依か、私ならあいつらを狙う」

「まぁ、それが一番手っ取り早いだろうな」

「面倒なものだ…だが」

「あぁ、だからこそ。それに対する回答も簡単なものだ」

 

 人は一度恐れたことを、者を、恐れたという事実を忘れることはなくなる。

 ならば覚えさせればいい、くだらない手段では意味がないことを。

 ならば恐れさせればいい、一生消えない恐怖と記憶を。

 

「建前は…集団での戦闘訓練とにでもするか?まぁ何にせよ、お前を勝手に目の敵にしている奴は簡単に乗ってくるだろう」

「本当にか?そんな馬鹿正直に向かってくるか?普通」

「あぁ来る、なぜなら()()()()()()()だ」

 

 禪院家に非ずんば呪術師に非ず 呪術師に非ずんば人に非ず。

 

 それは禪院家の人間にとっての共通意識。

 呪術を至高とし、それ以外は役立たずとして切り捨てる、どこまでも腐った意識。

 そして女は、同じ立場にあがる価値すらなく、胎としての役割のみ。

 だが、伽藍にとっては気に留めるほどのものではない。

 

 唯一、それは。

 

「私は、宿儺のいる時代を生きてきた」

「あぁ」

「あの時代を、血肉沸き踊る時代を生きてきた」

「あぁ」

「だが女というだけで、戦いもせず見下すのか?」

「あぁ」

「私よりも弱い、有象無象がか」

「あぁ」

 

 空気が軋む。

 

「張り合いのない雑魚どもが、私をか」

「気に喰わんか」

「あぁ気に喰わんとも、俄然やる気が出てきたさ」

「ならいい、いい刺激になるだろう、どうせなら思い切りやれ」

「言われずとも」

 

 平安より黄泉返りし闘鬼、伽藍。

 

「有象無象共に魅せてやるさ」

 

 その凶悪な笑みは、どこまでも呪いの王(両面宿儺)にソックリだった。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 当主、禪院直毘人による招集。

 

 それは瞬く間に広がっていき、その日禪院家にて待機していた術師たちが、全て一か所へと集められた。

 禪院蘭太、そして直哉を含む"炳"の数名は既に任務で出ており、残る数人が集まる形になったものの、残った者も、選ばれた実力者だ。

 それらが一斉に集まることに、疑問を感じるのは当然といえるだろう。

 

「ったく…なんだって今日なんだろうなぁ」

信朗(のぶあき)様、これ以上は…」

「あーわかってるわかってるって!俺も怒られるのは御免だ、てか何の用でだよ、お前らなんかした?」

「い、いえそんなことは…」

「だよなぁ?俺も覚えないし…あ、マジな?振りじゃないぞ?吉本みたいな」

 

 等しく、頭髪と服装を統一し、"個性"を殺した剣士の集団。

 それら先頭に立つ、これらを率いる男のぼやきが、全てを語っていた。

 

 躯倶留隊(くくるたい)隊長、禪院信朗。

 

 躯倶留隊…呪術を至高とし生きる禪院家にとって、術式を持たずに生まれた子は、落伍者として一生を過ごす、役立たずだ。

 髪も、服も、出来損ないに自由はない。

 術式を持たない禪院家男児は、皆躯倶留隊への入隊を義務付けられており、日夜武芸を叩きこまれる。

 役立たずといえど、刀を握れば多少はマシになる。そんな考えが当然とされるのが禪院家。

 

「うーい、到着しまし…」

 

 スパンと、景気よく襖を開けて、足を踏み入れた信朗は、すぐに言葉を失い、口をあんぐりと開けた。

 

 辺り一面が真っ赤に染まる、水面上の世界。

 

 本来そこにあるはずの畳や、調度品などの姿は既になく、あるのは花のように地面から咲く、人骨の腕だった。

 一瞬脳が混乱し、直ぐに思考が回転を始める。

 

「………………びっくらポンだぜ…」

 

 信朗は静かに、部屋の中央で、人骨によって形成された玉座を見た。

 目を閉じて、まるで眠っているかのように在る、その姿。

 信朗は知っていた、その正体を。

 

 平安より黄泉返りし闘鬼、伽藍。

 

 呪術界を騒然とさせた、呪術全盛から訪れた呪術師。

 

「…こりゃあ…」

 

 いくら術式がなかろうと、躯倶留隊とて呪術に身を置く立場の人間。

 それ故に、今こうして目にしている景色の正体に気づき、そして驚愕する。

 これは、れっきとした結界術だ。

 

(領域展開…だよな?いや似てるけど違う?それにこの違和感…)

 

 もしこれが戦闘中であれば、今頃自分は領域の必中効果によって、既にこの世からいなくなっているだろう。

 訓練?だがそれでも今か?こうして自分が来る前から、消耗の激しい領域展開を使う意味がない。

 思考は続く。

 

(どっちにしろ俺らが呼ばれたのには理由があるはずだ、それを…)

「――おい、いつまで続ける気だ?」

「安心しろ、もう集まった」

 

 信朗の思考を覚ましたのは、目の前の女…伽藍の苛ついた声と、それに答える老人の声。

 ハッと人骨の山の向こうに目を向けると、そこには当主である、禪院直毘人と少女がいた。

 それによく見ると、その周りには、見慣れた炳の術師たちと、禪院の人間ではない術師たちがいた。

 

「フン、じゃあもう始めてもいいのか?」

「好きにしろ、あといい加減この趣味の悪い空間をどうにかしろ、自分の子供に何を見せてるんだお前は」

「すごい!真っ赤だね!」

「…養子とはいえ親子か」

「どういうことだお前」

 

 目の前で行われるやり取りに、信朗はただただ困惑を極める。

 なぜ平安出身とは言え、未だ地位も信頼もない1級術師の女が、御三家の当主である直毘人と気さくに会話をしているのか。

 そしてそれ以上に、今回自分たち躯倶留隊が呼ばれた理由が――

 

「なら、始めよう」

 

 ――ゾクリ

 開かれた、その瞳。

 どこか暗く粘ついた、悪意に似た黒い輝き。

 そしてそれが意識から外れるほどの、その数倍光る赤い輝き。

 それに当てられただけで、まるで蛇に睨まれた蛙のように、身体に硬直が走った。

 

「さぁ、いつでもいいぞ?」

 

 領域が解体され、本来そこにあった禪院家の部屋。

 足元にあった、血の池の感触も消えて、完全に元に戻ったことがわかる。

 ミシリと、伽藍の素足が畳を踏む音が聞こえる。

 

「かかってくるといい」

 

 首をかしげて、まるで知人との会話をしているかのような、完全に脱力した態度。

 かかってこい。その言葉はわかる。だが誰も動かない。

 

「どうした?」

 

 訓練、それはもう既に理解した。

 もう始まっているのだ、既に開始の合図は鳴っているし、あとは自分たちがかかるだけ。

 ――それなのに…!

 

「…来ないのか?」

 

 ――身体が動かない!

 刀は握った、足腰に力も入っている。それなのに、それなのに身体は動かない。

 隙だらけだ、油断もしている。それなのに、自分の刀が当たる確信が得られない。

 信朗だけではない、他の隊員も、見えない実力という壁を理解し、かかることができない。

 そのまま膠着が続き、それを破ったのは伽藍だった。

 

「…おい直毘人、話が違うぞ」

「フン、俺も驚いてる。まさかここまでだったとは…」

「それはどっちの意味でだ?」

「両方だ、まさかここまで臆病で、危険意識があったとは…」

「おじいちゃん、どういうこと?」

「術師として合格だが、それとして不合格…?ということだ、わかるか?」

「ふーん…?」

「ブッハッハッハ!まだ子供には早かったか!」

 

 失望。

 言葉で表すならそれだろうか。伽藍の躯倶留隊を見つめるその目は、どうしようもない侮蔑の視線であった。

 はぁ…とため息を零し、すぐに言葉を続ける。

 

「おい…私は、女だ」

 

 ――お前たちは、私を下に見ているのだろう?

 その言葉で、躯倶留隊の動きが止まる。

 躯倶留隊に限らず、呪術界に溢れたその思想、それを直に指摘され、一瞬動揺が走る。

 そしてふと、何かを閃いたかのように顔を明るくし、手を叩く。

 

「あぁそうだ、折角なら褒美もやらんとな!」

 

 れ。と舌を出して、伽藍は挑発的に笑って見せる。

 

「金銭は腐るほどあるだろう?ならば地位か?いいや、今の私にそのような力はまだない…となると」

 

 確かに、その特殊性ありきとはいえ、今の伽藍はただの1級術師だ。

 そんな伽藍が、この男たちに与えられる褒美、それは――

 

「私に一撃を入れられたら、ソイツと床を共にしてやろう」

 

 空気が凍った。

 

「…は?」

「床だ床、まさか未経験ということもあるまい?」

 

 直毘人の、不意を突かれた言葉が、今この場にいる人間の全てだった。

 平安。呪術全盛の時代を生きた、真の術師と言っても過言ではない彼女の、その身体。

 

「安心しろ、これは"縛り"だ。お前たちの誰でもいいぞ、私に一撃を入れられたら…――お前の種を貰ってやる」

 

 先ほどまでの、挑発的な表情ではなく。

 1人の女としての、煽情的な顔で笑い、舌を出して誘って見せた。

 

「ッラアアアアアアア!!!」

 

 そうして1人、隊長である信朗の指示を待たずに、本能に任せた叫びと共に駆け出した。

 一度、そうして規律の乱れた隊というのは、そのまま将棋倒しに滅茶苦茶になる。

 すぐさま連携を失い、2人、3人と滅茶苦茶に走り出し、刀を振るう。

 

「よぉし来たっ!」

 

 手を広げて、伽藍はそれを歓喜して、どこまでも愉快に笑って迎え撃った。

 男が振るう刀を、ただの呪力強化で迎え撃つ。

 真っすぐ、伽藍に突き付けられた刃先から、伽藍の拳がなぞるように加速する。

 

 ドチュ。

 

 伽藍の纏う呪力、その特性によって加熱され、一瞬で溶けて消えた刀。

 男が一瞬、それに驚愕して視線を逸らした後、すぐに勝負はついた。

 

「はい次」

「アガッ」

 

 バキ、ゴチャ。

 男の背中を転がるように、空中で回転し、蹴りを放つ。

 

「はい次」

「ぐぎゃ」

 

 ゴキ、ベチャ。

 強く握りしめた拳が、男の顔面を陥没させ、燃やす。

 

「はい次」

「あばばっ」

 

 ズチュン、…チーン。

 伽藍の蹴りが、男の股間に炸裂した。

 

「あ、不味いところに入ったな今」

「オ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!!!」

「スマンやりすぎた、とりあえず眠っとけ」

 

 伽藍の拳が、股間を押さえて蹲る男の鳩尾に突き刺さり、そして意識を奪う。

 それを見て、信朗と直毘人は勿論、それを観戦していた他の男術師は、心底その男に同情した。

 そうして死屍累々となった躯倶留隊の山を眺め、伽藍は満足そうにうん、と頷いた。

 

「いたそー…」

「アレを見てそれだけか…つくづく親に似てきたな」

「ほんと!?私お母さんそっくり?」

「あぁ、将来期待だ」

(おい!なんでアンタ達だけは楽しそうなんだ!?)

 

 そう、信朗がちょっとした恨みを込めた視線を向けると、直毘人は知らん顔で目を背けた。

 勿論信朗はかかってなどいない。流石に魅力的な餌を見せられようとも、実力差くらい理解している。

 そしてあっと、伽藍が思い出したかのように声をあげて、信朗の方を見て言った。

 

「お前はどうするんだ?やるか?」

「あ、遠慮しときます」

「よろしい」

 

 勘弁してほしい、あんなのを見てしまったら戦う気なんて起きやしない。

 伽藍も満足したのか、それ以上何も言わずに終わらせた。

 

「なんだつまらん」

 

 何か(直毘人)聞こえるが無視だ無視。自分だって情けないのは自覚してる。

 でもそれ以上に、これ以上怖いのは勘弁だ。

 だって冷静に考えたら平安だもん、あの両面宿儺のいた時代だもん、絶対無理だもん。

 信朗の脳内では、そんな言葉で溢れていた。

 

「…しーらね」

 

 信朗は考えを放棄した。

 そして帰って、今日は早く寝ようと決めた。

 きっと夢 いい夢が見れるだろう、そう信じて。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「やはり、素手での喧嘩も悪くないな」

「お母さん強かったね」

「当たり前だろう、この程度は朝飯前だ」

 

 軽く躯倶留隊を放り投げた後の、喧嘩の余韻に伽藍は浸る。

 しかし、彼女が事前に予想していたよりも、思った以上には楽しめた。術式がなかろうとも人は強くなれる、久しぶりにそれを実感できたから。

 今もこうして、自分の腕に座る霞もそう、いつかは自分に並ぶのだろうか?自分の首を飛ばせるのだろうか?

 その可能性が愛おしい。伽藍はそう、いつか訪れるであろう戦いの愉悦を想像して、笑う。

 

「こんにちはー!」

「っ、こ、こんにちは…」

 

 霞が廊下ですれ違った、先ほどの戦いを見ていたであろう男に挨拶をする。

 すると一瞬、男は伽藍にも目を向けて、そそくさと通り抜けていった。

 

(…ふむ、どうやら直毘人の予想は正しかったようだ)

 

 あの、本当にやる意味があったのかすらも怪しい茶番。

 だがどうやらあの一戦で、伽藍への畏怖は本当に、以前よりも深まったようだ。

 本来警戒する必要など皆無のはずの、霞への視線にも、恐怖の感情が混じっている。

 

「じゃあ帰るか」

「うん!」

 

 少々手間がかかったものの、これで自分への、無駄な妨害はなくなるだろう。伽藍はそれに納得し、歩き出す。

 だが逆に、それでも尚、彼女へ向かう者がいるのなら、それはきっと――

 

「お姉ちゃん!」

「ってて…心配すんなっての、この程度かすり傷だ」

 

 声が聞こえる。

 

「…あっ」

「ほう」

 

 中庭、伽藍が直哉と拳を交えたその場所で。

 全身を傷だらけにした少女と、それを介護するもう一人の少女。

 その後姿を見て――

 

「確か…真依といったか」

「っ、はい…」

「それとは姉妹か?」

 

 伽藍に気づいた真依が、恐る恐る彼女の疑問に答える。

 そしてなるほど。そう彼女は納得して、先ほど直哉に嬲られていた少女に視線を向ける。

 にしても、これほどの傷を負っても未だ意識が残っているとは、よほど素の肉体が頑丈なのだろうか。そう疑問を感じて。

 

「おい、お前の名前は何だ」

 

 伽藍がそう問うと、その少女は顔をあげて、彼女を睨め返した。

 

「…あ?お前こそ誰だよ」

「…ハッ、よく吠えるな」

 

 ――あぁ、これだから餓鬼は面白い。

 コイツもいい目を持っている。新たな好奇を見つけ、伽藍はそう笑みを漏らした。




伽藍
 見込みのあるガキンチョ大好き、実は処女。


直毘人
 観戦中、ずっと三輪ちゃんに髭触られてた。


信朗
 多分私くらいです、呪術の二次創作にこの人出すの。
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