黄泉返りの国家転覆 作:倉庫
呪霊の繁殖期が過ぎて、少しばかり落ち着きの訪れた夏。
冷気の籠る教室で、伽藍は歌姫と話をしていた。
「………はぁ、五条家の餓鬼と…なんだって?」
「ム・カ・つ・く・の・よ!!アイツら揃いも揃って私のことバカにしてきてぇ…っ!」
「…………それは、まぁ…」
「しかもね!1人可愛い子がいたのよ!?それなのにあの子校舎裏で…」
「…………なんだ」
「タバコ吸ってたのよ!?未成年で!!」
「……あぁ」
「まぁそれでも!それでもあのクズ2人に比べれば!超超超…ちょ~~マシだからいいとして!アイツら…」
「………」
――長い。
もうかれこれ、10分くらいは続いてるのではなかろうか。
まるで呼吸しながら声を出しているのではと思うほど、一語一句を繋ぎ合わせた愚痴が、歌姫の口から溢れ出ている。
血管が浮き出るほどの怒りを見せたり、1人優しい後輩を語る際に頬を緩ませ声を弾ませたり……
まるで演劇のように、彼女の顔が変わる様子を、伽藍は眺め続ける。
「確かにアイツは特級だし!?私はアイツと比べたら全然弱いけど!それでも!私の方が先輩なんだから…」
「………はぁ」
「あんたはあんな風になっちゃダメよ!?今のままでいなさい!」
「……………あぁ」
「あーーーーっホントムカつく…!」
――疲れた。誰か変わってくれないだろうか。
また勢いの増した歌姫の様子に、伽藍はそう内心で、もう一度ため息を吐く。
すると、ガラガラと教室の扉が開いて。
「なんの騒ぎだ、伽藍」
「五条家、態度、ムカつく」
「……もういい、全部理解した」
「助かる」
そう言って教室に入ってきたのは、正装なのか、いつもの服とは少し違う、白い和服に身を包んだ男、楽巌寺。
そんな彼も歌姫と同じく、途中で五条の名前を聞いて、顔をしかめてため息を吐いた。
どうやら、彼も五条悟と呼ばれる男に、あまりいい印象を持っていないようだった。
「楽巌寺、助けてくれ。私の代わりに話し相手をしてやってくれ」
「東京校へは電車で向かうことになっている、早く行くぞ」
「おい、無視をするな無視を」
「…あの糞餓鬼の話はしたくない、さっさと忘れて出るべきだ」
「忘れると言っても、これから交流戦なんだろ。どっちにしろ会うのだから意味ないだろうに」
「正確には交流会だが……まぁいい、とにかく。それでもストレスが違う」
「嫌われすぎだろ」
一応他校とはいえ、まさか一応生徒であることに変わりはない…はずだが、どうやら本気で嫌っているらしい。
――しかし交流戦、交流戦だ。
伽藍は抑えきれない笑みを向けながら、話す。
「しかし楽しみだ。無下限呪術と六眼の抱き合わせに…懐かしい、呪霊操術の使い手か!いい、素晴らしいな!」
「…そんなに楽しみか」
「勿論、五条家のはともかく、まさかこの時代で再び、呪霊操術使いと相まみえる機会が訪れるとはな…!」
「…おい」
「取り込んだ呪霊はどれほどだ?等級は?極ノ番は使えるのか!?」
「落ち着け」
「ククク…早く闘りたいものだ!なぁ?歌姫」
「ちょっと!いきなり私を巻き込まないでよ!」
伽藍の言葉を聞いて、また始まったと言わんばかりの、面倒臭そうな顔をする2人を後目に、彼女は考える。
――姉妹校交流会。
呪霊の発生が落ち着き、術師の仕事が減る、この時期だからこそ行える恒例行事。
二日に分けて行われる様々な競技、そして何よりその相手。
無下限呪術と六眼がどれほどか、これに関しては考えるだけ無駄だろう、なにせそもそも六眼の事前情報が少なく、考察も妄想にすぎないから。
つまり今、伽藍が考えるべき対策相手はもう1人、呪霊操術の使い手である片方の術師だろう。
「まぁ、私がやるべきことは決まっている。あとは流れに任せるだけさ」
「…ねぇ、伽藍」
「…?どうした歌姫」
「本気なの?」
「…本気、と言われてもな。そもそも私は五条とやらの実力も知らん」
「だからよ!アイツは…」
「無下限呪術と六眼の抱き合わせ。想像もつかんが強いのはわかる、それにかなり厳しい戦いになるだろう」
「……」
「だがな」
だが、それだけだ。されるがままは許さない。
「六眼、天元。私はアイツらが嫌いだ、だが今日この日に、呪術の寵愛を受けたソイツらを越えなければ…私は宿儺には勝てない」
「……」
「たかが六眼。そんなものよりも、宿儺の呪力操作の方が恐ろしかった」
嗚呼そうだ、何も怖くない。
「たかが無限。宿儺の、あの理不尽極まりない斬撃の方が恐ろしい」
あれから1000年、それでも伽藍は、"これ"を変えるつもりはない。
「1000年も前で申し訳ないが、最強の術師は変わらない――宿儺だ」
――待っていろ天上の王。世を作る災厄の王。
そこに立つのは、この私だ。その決心は変わらない。
「だからこそ超えてやる。それに…私は」
そうして伽藍は、自分にも言い聞かせるように、目の前の2人に宣言する。
「…私は、天下無双を目指す者だ」
そんな彼女の宣言は、広く静かな教室に、よく響いていった。
「それに、今回の作戦の鍵はお前なんだぞ」
「…えっ」
「いいか?先に話しておくが、私にはもう1つの………」
■■■
2006年夏、東京都立呪術高等専門学校。
まだ日差しの鋭い野外に、男の声が響き渡る。
「なー、めんどくせぇしこのままバックレねぇ?」
男の態度はどこまでも傲慢で、しかしそれが許されるほどの、圧倒的な存在感を放っている。
目を焼くほどに、美しく輝く白髪と。宝石のように青く輝くその瞳。
何百年ぶりの、六眼と無下限呪術の抱き合わせ。五条家の生んだ最高傑作。
――五条悟。
呪術の寵愛そのもの、因果に守られ愛された、宝石のように輝く青い瞳を、気だるげに歪ませため息を吐く。
「てかさぁ、俺さっさと帰って、久しぶりにデジモンしてーんだけど?」
「悟。相手が相手だよ?どうせ勝負はすぐ終わるんだし、いいじゃないか」
「あー、確かにそうだわ。ならいっか」
「そ・れ・を!私の目の前で言うなってのよ!!」
そして五条を窘めるようにしつつ、更に挑発の意味を込めた言葉を漏らす、特徴的な前髪の男。
世にも珍しい、呪霊操術の使い手であり、既に一級術師の肩書を身に着けた、新たな原石。
――夏油傑。
この2人の煽りに、顔を真っ赤にして叫ぶのは本来、この天才2人の先輩であるはずの少女、庵歌姫。
そして、怒りに震える歌姫に対し、声がかけられる。
「先輩。このクズ共は気にしないで頑張ってください、私は応援してますよ」
「~~~ッ…!私にはあんただけよ!硝子っ!」
唯一、純粋に自分を慕い、味方をしてくれる少女に対し、歌姫は感極まって抱きついた。
そして歌姫に抱きつかれながら、口にタバコを加えるのは、あの五条悟でさえ今は使えない、他者を癒す高等技術…反転術式の使い手。
――家入硝子。
抱き着かれながら、五条ら2人に中指を立てて挑発する家入、それに反応する五条と夏油。
学生らしく、和気藹々とした会話をしながらも、彼らは全員、間違いなく呪術師の1人なのだ。
「おい。もうそろそろ開始の時間だ、早くしろ」
「ゲッ、夜蛾センセーもう来てんのかよ」
そしてそんな彼らを導き、教育する者もいる。
黒いサングラスを掛けて、異様な覇気を纏いながら、隣に可愛らしくデフォルメされたぬいぐるみを侍らかせている男。
夜蛾は他の3人にも目配せをして、先陣を切って歩き出した。
五条たちはそれを追う。
「へいへい…ってか相手歌姫?マジ?そーいや今は京都にいるんだっけか、アレ?前から?どうだっけ」
「ちょっと!なんで私の情報そんなにあやふやなのよ!」
「だって興味ねーし」
「アンタってやつは…っ!」
傲岸不遜、相手を揶揄う青い瞳は、どこまでも孤高に輝いていた。
青、星のように煌めく瞳。
――そして。
「…ほう」
「おや、久しぶりだね。五条くん」
声が聞こえ、足を止める。
そうして、五条は目の前に現れた、銀髪の少女2人を見て、片方に話しかけた。
「ありゃ、冥さんじゃん久しぶり」
「フフフ…数週間ぶりかな?会えて嬉しいよ」
「おー、それは嬉しいね。…あれ?まさか冥さんも出んの?俺ら2人だけだけど、ぶっちゃけ負けないよ?」
「いや、今回は遠慮させて貰うよ。烏たちで映像を撮ってくれと頼まれてね、二つ返事で受けてしまった」
「あーなるほど~…で」
五条から冥さんと呼ばれた少女…――冥冥はその美貌を魅惑的に歪ませて、ニッコリと微笑む。
そして、五条の持つ青い視線が、冥冥の隣に立つ、もう1人の女へと向けられる。
「誰だよオマエ、歌姫の知り合い?」
腕を組み、黒いスーツに身を包んだ、五条とはまた違う、銀に輝く髪を靡かせる女。
そして現代術師最強の男へ、臆することなく睨みを利かせた。
「口の利き方には気をつけろ、餓鬼」
赤、夜のように深く在る、その瞳。
波乱はもうすぐそこに。
■■■
「硝子、もしかしてあの人が?」
「そ、なんか平安時代から生き返ったっていう人、意外だよね」
「あぁ…なんというか……」
――若いなと、夏油は零す。
一般家庭からとはいえ、夏油自身も呪術の知識を積極的に取り入れている最中。
そんな中耳に入ったのは、今とは比べ物にならないほど、呪術が発展し戦で乱れた時代、平安。
そこからの黄泉返り、一体どんな人間なのかと、今の今まで疑問を感じていたが…
「まるで悟がもう1人いるみたいだ、強さじゃなくて…なんというか、雰囲気がだけど」
「そりゃ呪術全盛を生きてたらしいし、あれくらい傲慢な性格じゃないと、今まで生きていけなかったんじゃない?」
「そうか…」
髪色こそ似てはいるものの、瞳の色は赤と青、対照的で、どちらも負けずと輝いている。
互いに視線が絡み合い、言葉は無くとも気配が変わる。
「…どうなんだろ、アレ」
「どうって?」
「いや…悟みたいだって言っただろう?もしかしたら、案外仲良くやれるんじゃないかと思ってね」
「うーーん…いやむしろアレは…」
夏油の考えに、「どっちかというと逆に…」と、難色を示す家入。
夏油がその言葉に首を捻ると、五条の声が聞こえてきて。
何を話すのかと思って耳を傾けて…――夏油の幻想は破壊された。
「へー?お前が、伽藍ってやつ?」
「あぁそうだが」
「へー?じゃあお前か。最近若返ったからってヨイショされてる平安ババアは?」
「そういうお前は。運良く六眼を持って生まれて、反転も使えないくせにヨイショされてる最強様か?」
「は?」
「あ?」
――前言撤回。
夏油は気づいた、気づいてしまった。
互いに不遜、己を至上とする精神の持ち主なのは一緒だ、だがその性質が違う。
五条が油なら伽藍は水、伽藍が油なら五条は水なのだ。
そのベクトルの違う傲慢さが、今こうして爆発を起こしていた。
「ハッ!何ムキになってんだよババア?身体が震えてんぞ?」
「そういうお前は声が震えてるぞ、そっちこそ必死になるなよ」
「はー?震えてねーし?あーこれだから、年寄りは決めつけが強くて困るんだよなぁ」
「全くこれだから餓鬼というのは…自分のことを何も理解してないのだな、哀れだ」
「は?」
「あ?」
ヤバい、なんというかヤバい。
普段夏油自身や、家入と歌姫に話しかける時の煽りではない、本気だ。
普段見慣れない2人の態度に、あの歌姫でさえおろおろと、焦りを見せている。
ヒートアップし続けていく2人の緊張感、そしてあっ!と、五条が声をあげて。
「もしかして?オマエ、六眼持ってないからって嫉妬しちゃった?うん?そうなんだ??」
「……なんだと?」
「おっ?反応あり?やっぱそうなんだ?いやー辛いなぁ!これが、持たざる者と持って生まれた者の差ってやつ?」
「………」
「まぁ仕方ないよね?まぁ俺のことだから六眼なくても最強だし?気にしなくていいよおばあちゃん」
「………フン。反転術式も使えんくせによく言う、今の努力が足りてないんじゃないのか?」
「…あ?」
「そこの家入は使えると聞いたぞ?最強様が聞いて呆れるな?うん?」
「…はいムカついた、テメェ絶対泣かす」
「…こっちも腹立たしくて仕方がなくてな、宿儺を差し置いて、お前ごときが最強だと?身の程を知れ」
呪力。
五条の放つ、圧倒的な質量の呪力と、伽藍の放つ、肌が焦げそうになるほどの熱を持った呪力。
それらがぶつかり、そしてそれに比例した、濃密な殺気が場を支配する。
「…おい、お前ら落ち着け」
夏油や家入たちでさえ、呆気に取られたその一幕を、割って入って止めたのは、夜蛾だった。
「…早く開始場所につけ、さっさと試合を終わらせるぞ。このままではグラウンドが壊れる」
「……チッ」
「フン」
舌打ち、睨み、悪意を孕んだ視線を交差させ、五条と伽藍は背中を向ける。
その様子を、夏油は最後まで見て、呟く。
「…もしかして、相性悪い?」
「当たり前だろ馬鹿」
本当に何言ってるんだコイツ。という目を向けられて、夏油は苦笑混じりに笑った。
■■■
「いいか?まず私が最初に―――をする…そうしたらお前は―――を狙って…」
「そ、それならいけそうだけど…でも大丈夫?だって…」
「心配するな、なんとかなるさ」
■■■
「悟、準備はいいかい?」
「ア"!!??」
「うわ…めっちゃイラついてる…」
「当ッたり前だろうが!?お前はムカつかねぇのかよ?」
「悟が2人いるみたいで、見てて面白かったね」
「巫山戯んな!!」
姉妹校交流会。その最初を飾る競技である、呪霊討伐競走。
互いに決められたエリア内の、放し飼いされた様々な呪霊を祓い、その数と質を競い合う競技だ。
去年の分を含めれば、五条と夏油はこの競技に参加するのは2回目となる、故に。
「じゃあ、始めようか」
「チッ。さっさと終わらせよーぜ」
2人は既に、対処法を知っていた。
(放つ呪霊の階級は…2級でいいか、あと索敵特化の為に4級を大量にばらまいて…)
手を顎にやり、自分がこれから何をするのが効率的か、思案する。
夏油の待つ術式、呪霊操術は、取り込んだ呪霊を自律行動させたり、自分の命令に従わせ、かなり自由の効く行動をさせることが出来る。
つまり、手数の多さが勝利に近づくこの競技は、夏油にとって相性がいい。
(今回も悪いけど…楽して勝たせて貰おうかな)
それは圧倒的な数の暴力。
人間だけでは限界のある、範囲や移動に関する問題を、様々な地形に対応する形で、必要な分だけ呪霊を放ち命令する。
これをするだけで、去年と同じように…夏油はその場から動かずとも、この競技を征せるはずだった。
(じゃあ早速――)
数体、呪霊を放とうと術式を解放した瞬間。
――空間を焼き切る、空気の断末魔が聞こえた。
「…っおい!」
「っ!?」
瞬時に呪霊を取り出す動作をやめ、夏油は飛来する"何か"に意識を向けて、全身に呪力による強化を施す。
そして飛来した"何か"は、夏油の目の前で一気に高度を落とし、そのまま地面へと突き刺さる。
それは、肉のように赤く、そして骨のように白い物質でコーティングされた、呪力の籠った刀だった。
「…これは、刀……」
投擲か?しかしこの距離から?
狙いが外れた?なら次に自分がすることは…
予想外の出来事に、夏油はその場に留まり、考える。
――
「……ッ傑!!」
その刀に秘められた"何か"に気づいた五条が、咄嗟に声を出して手を伸ばす。
しかしその手が動く一瞬前、刀が分離し触手が伸びて。
「なっ…!?」
夏油の身体に触れた瞬間、その全身を黒い光で覆い尽くして。
「……………はっ?」
夏油の姿が、五条の
■■■
「……悟?」
バシャリと、足が濡れる感触が遅れてやってくる。
ハッと周りを見渡すと、先程まで自分が居た、森の入口ではないことがわかる。
周りが木々で覆われた、森の中心点。
「一体何が…」
「…ふむ。上手くいったみたいだな」
声。そして瞬時に自分を挟む形で、呪霊を呼び出しその身を固める。
バシャリ、バシャリと音が続いて、心底楽しそうな、女の声が聞こえてくる。
「ほう、私の声に反応した瞬間ではなく、反応しながら呪霊を出すか…しかも集団に備え、前後に挟んで隙もない…へぇ?」
赤。親友の持つ、宝石のような瞳とは違う。
見た者を虜にする、まるで妖刀のような雰囲気を纏った瞳。
それが心底愉快だと、そう歪んで光を灯す。
「やるじゃないか、最近の術師にしては」
平安から黄泉返った術師、伽藍。
それが今、目の前に。
(…落ち着け、まずは情報整理だ)
何故、自分は五条と離れ離れになったのか。
何故、相手はこうして1人で自分の前にやって来たのか。
夏油は考える。
(どうする…私は相手の戦闘スタイルを知らない…生半可な賭けは止めるべきだ)
呪霊操術の強みは数だ、取り込める数に限度はなく、個を超越する圧倒的軍団。そんな相手に、わざわざ1人だけで相手するなど、普通は考えられない。
平安時代を生きた術師が、呪霊操術の強みを、知らないなどありえない。
つまり、相手は自分に対し、何らかの対策を持っているということ。
(他の式神使い同様、ステゴロで勝負を仕掛けるつもりか…?だが実際…悟を外して私を相手しようとしてる時点で、向こうの勝ち筋はそれだけだろう)
夏油は考える、相手が一体何を狙っているのか、そして、自分が何をするべきか。
だがそうして考えて、自分には五条がいる。そのことに安堵して、答えを見つけた。
(なら…"こう"だな)
自身の背後に置いた呪霊を、前に配置し姿勢を崩す。
あえて重心をずらして防御のみに特化したスタイルーー
(直接殴りに来るならむしろ好都合だ…このまま勝ち筋を作ってやって、そこを狙った瞬間を叩く…!)
体格の隠れる服装、そして本人の術式や今の姿勢から、相手からすれば、今の夏油は接近戦を避けているように見えるだろう。
しかしそれこそが夏油の狙い、夏油本人は、格闘技の技術だけなら、五条悟すら超えうる存在。
そして何より、自分には五条がいる。だからこそ、相手は勝負を焦り、甘い攻めをしてくると確信した。
だがしかし。
「いやいや」
だからこそ、夏油は"それ"に気づけなかった。
それは合掌。人差し指と中指を伸ばし、中指のみを合わせる形で更に、親指、薬指、小指を曲げて絡ませる。
「相手がわざわざ、射程距離に入ってきたというのに」
"それ"は、武を表す神、毘沙門天の祈り。
そしてそれは、夏油や五条ですら辿り着けていない――呪術の極致。
「なぜ相手の戦法に、馬鹿正直に付き合う必要があるんだ」
"それ"に気づいた瞬間、夏油の行動は決まっていた。
自分の持ちうる呪霊の中でも、"領域"を展開できる、準一級以上の位を持つ呪霊を放つ。
それと同時に、言葉と呪力の奔流が、夏油を襲う。
「
「ッ!!」
血が溢れる。肉が沸き立ち天へと昇る。
そうして現れる、祈りを捧げる骸骨の群れ、口から杭を差し込まれ、串刺しにされながらも、それでも祈りをやめぬ、哀れな骸の信者たち。
その顔は捻れ、他の骸と融合し、そのオブジェクトの中央は、禍々しく美しい、青色の単眼を構築して、こちらを睨み、恨みを込める。
そしてこれらを覆い尽くす、巨大な肋骨と頭蓋骨で作られた、神聖なる骸の祠。
「――
暴威の玉座、現る。
■■■
領域展開。それは呪術を極めた者の、己の世界に空間を染め上げる、結界の到達点。
知識としては知っていた、だがそれ故に、対処法も知っていた。
『ワ、ワタシ…キレイ……?』
口裂け女。怪談として古くから語れる呪霊。夏油はそれを召喚し、領域を展開して迎え撃つ。
呪霊操術の唯一の弱点は、取り込んだ時点で成長が止まり、呪霊の強さは変動しないことだろう。
だがそれを差し引いてもなお、口裂け女の領域を夏油は選んだ。
『ワ、ワタシ…』
ギリギリと、口裂け女の持つ鋏が音を鳴らして威圧を増す。
口裂け女の領域は、相手が質問に答えてから"必中"が発動する簡易領域。
質問に答えるまで、こちらは何もできないが、だがそれ故に押し合いも強く、領域対策に優れたもの。
そして、ゴリゴリと凄まじい音を立てて。
「?私の領域にその程度の術で耐えられると思っているのか?」
口裂け女の領域が削れていく。
(…!馬鹿な…!)
夏油は、一方的に押し潰されていく口裂け女の領域を見て動揺する。
互いに領域を展開した際、その勝負の決め手となるのは技術。
相性、呪力量、より洗練された難易度の高い結界術の使い手にこそ、勝利の女神は微笑みを漏らすのだ。
黄泉天蓋は他の者の領域と違い、結界で相手を閉じ込めない。
己の生得領域の形に合わせ、寸分の狂いなく結界を構築し、その中にオブジェクトを具現化させる、それは今までの領域の常識を覆す異端の技術。
呪いの王、両面宿儺の領域が「キャンパスを用いず、空に絵を描く神業」だとするならば、伽藍の領域は「描く絵に合わせ、自らキャンパスを削ってから描く絶技」だろう。
これは術式を自覚し、そこから逆算する形で体内の領域を把握し、齢80まで戦い続けてきた、伽藍だからこそ至った技術。
そしてこれにより、伽藍の生み出す領域は。
「若いが見事だ、もし領域を展開した直後に、簡易領域を貼りながら逃げられていたら…私は負けていた」
領域が崩壊し、夏油の身体が、領域の"必中"範囲に晒される。
「だが私は、お前たちとは違い…"生きて"いたんだ」
それは、勝利が確定した、呪いの調べ。
「山高水長!怨嗟の時代!
――ドゴンッ!
伽藍が力強く、手を振り下ろすと同時に、凄まじい衝撃が辺りを飲み込む。
地面が陥没し、そこにはいつの間にか、巨大な骨の腕があった。
蜘蛛の巣状に亀裂が走って、砂埃が舞う様子を、静かに眺めた。
「まぁ、これが限界か」
術式反転。伽藍の領域の必中効果は、それによる相手の皮膚、内臓を除いた部位の分解。
ひとたび必中効果に晒された相手は、具現化した骨の攻撃を受けると同時に、体内へ領域を流し込まれる。
これにより、本来は干渉されず、伽藍の術式反転から身を守れる相手は、体内への干渉を許す状態となり、あらゆる部位が分解され死に至る。
まさに、必中必殺の領域。
しかし今回は交流会、対戦相手の死亡は敗北に繋がり、できるだけ領域の手加減をする必要があった。
故に今、伽藍が選んだのは術式の調整、体内へ領域を打ちこむまでは一緒だが、術式反転はぶつけず、衝撃のみで意識を奪うことだった。
(残りの呪力は大体4割ほど…最初に使った"アレ"が予想以上に…)
――悪寒。
(ッ!これは…!)
凄まじい敵意、それは先ほど、夏油がいたはずの場所から注がれるもの。
油断すれば、足が震えてしまいそうになるほどのプレッシャー。
(クク…さて、ここからが本番だ)
呪力を流す、精神を押しとどめる。
くだらないことは考えず、今自分にできることを――
「さあ、天下無双の糧となってもらおうか」
伽藍の術式は、まだ回復していない。
領域解説
名前:黄泉天蓋
由来:伏魔御廚子と対になる名前をイメージしました。
例:伏魔(旧聖書)→黄泉(日本神話)、御廚子(仏具の保管庫)→天蓋(仏具の保管庫の上にあるパーツ、私の方が上じゃい!の意)
よく呪術二次で、皆ポンポン閉じない領域作ってるじゃないですか?
フザケンナ!そんな簡単に、呪いの王の技術を真似できてたまるか!で作者が生み出したのがこれです。
領域展開したときに出てくるオブジェクト、それと全く同じ形で先に結界を作ってからピッタリ当てはめる。
これにより宿儺のような高難易度ではない、なんなら仕様的には劣化した領域にはなりますが。
逃げ道を与えていることには変わりないので、呪術の縛りシステム的には宿儺と同じ仕様と詐欺れるわけです。
あとはそこに直哉領域の、体内への干渉を可能にできる技と、羂索の使う術式反転の領域必中を合わせてズドン!(百〇観音壱〇掌)です。