黄泉返りの国家転覆   作:倉庫

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 ???「互いの術式が煙たいのに領域を展開しないのは、領域の押し合いに自信がありませんって言ってるようなもんでしょ」


9話.姉妹校交流"戦"①ー黄泉の名乗りー

 呪霊の繁殖期が過ぎて、少しばかり落ち着きの訪れた夏。

 冷気の籠る教室で、伽藍は歌姫と話をしていた。

 

「………はぁ、五条家の餓鬼と…なんだって?」

「ム・カ・つ・く・の・よ!!アイツら揃いも揃って私のことバカにしてきてぇ…っ!」

「…………それは、まぁ…」

「しかもね!1人可愛い子がいたのよ!?それなのにあの子校舎裏で…」

「…………なんだ」

「タバコ吸ってたのよ!?未成年で!!」

「……あぁ」

「まぁそれでも!それでもあのクズ2人に比べれば!超超超…ちょ~~マシだからいいとして!アイツら…」

「………」

 

 ――長い。

 もうかれこれ、10分くらいは続いてるのではなかろうか。

 まるで呼吸しながら声を出しているのではと思うほど、一語一句を繋ぎ合わせた愚痴が、歌姫の口から溢れ出ている。

 血管が浮き出るほどの怒りを見せたり、1人優しい後輩を語る際に頬を緩ませ声を弾ませたり……

 まるで演劇のように、彼女の顔が変わる様子を、伽藍は眺め続ける。

 

「確かにアイツは特級だし!?私はアイツと比べたら全然弱いけど!それでも!私の方が先輩なんだから…」

「………はぁ」

「あんたはあんな風になっちゃダメよ!?今のままでいなさい!」

「……………あぁ」

「あーーーーっホントムカつく…!」

 

 ――疲れた。誰か変わってくれないだろうか。

 また勢いの増した歌姫の様子に、伽藍はそう内心で、もう一度ため息を吐く。

 すると、ガラガラと教室の扉が開いて。

 

「なんの騒ぎだ、伽藍」

「五条家、態度、ムカつく」

「……もういい、全部理解した」

「助かる」

 

 そう言って教室に入ってきたのは、正装なのか、いつもの服とは少し違う、白い和服に身を包んだ男、楽巌寺。

 そんな彼も歌姫と同じく、途中で五条の名前を聞いて、顔をしかめてため息を吐いた。

 どうやら、彼も五条悟と呼ばれる男に、あまりいい印象を持っていないようだった。

 

「楽巌寺、助けてくれ。私の代わりに話し相手をしてやってくれ」

「東京校へは電車で向かうことになっている、早く行くぞ」

「おい、無視をするな無視を」

「…あの糞餓鬼の話はしたくない、さっさと忘れて出るべきだ」

「忘れると言っても、これから交流戦なんだろ。どっちにしろ会うのだから意味ないだろうに」

「正確には交流会だが……まぁいい、とにかく。それでもストレスが違う」

「嫌われすぎだろ」

 

 一応他校とはいえ、まさか一応生徒であることに変わりはない…はずだが、どうやら本気で嫌っているらしい。

 

 ――しかし交流戦、交流戦だ。

 

 伽藍は抑えきれない笑みを向けながら、話す。

 

「しかし楽しみだ。無下限呪術と六眼の抱き合わせに…懐かしい、呪霊操術の使い手か!いい、素晴らしいな!」

「…そんなに楽しみか」

「勿論、五条家のはともかく、まさかこの時代で再び、呪霊操術使いと相まみえる機会が訪れるとはな…!」

「…おい」

「取り込んだ呪霊はどれほどだ?等級は?極ノ番は使えるのか!?」

「落ち着け」

「ククク…早く闘りたいものだ!なぁ?歌姫」

「ちょっと!いきなり私を巻き込まないでよ!」

 

 伽藍の言葉を聞いて、また始まったと言わんばかりの、面倒臭そうな顔をする2人を後目に、彼女は考える。

 

 ――姉妹校交流会。

 呪霊の発生が落ち着き、術師の仕事が減る、この時期だからこそ行える恒例行事。

 二日に分けて行われる様々な競技、そして何よりその相手。

 無下限呪術と六眼がどれほどか、これに関しては考えるだけ無駄だろう、なにせそもそも六眼の事前情報が少なく、考察も妄想にすぎないから。

 つまり今、伽藍が考えるべき対策相手はもう1人、呪霊操術の使い手である片方の術師だろう。

 

「まぁ、私がやるべきことは決まっている。あとは流れに任せるだけさ」

「…ねぇ、伽藍」

「…?どうした歌姫」

「本気なの?」

「…本気、と言われてもな。そもそも私は五条とやらの実力も知らん」

「だからよ!アイツは…」

「無下限呪術と六眼の抱き合わせ。想像もつかんが強いのはわかる、それにかなり厳しい戦いになるだろう」

「……」

「だがな」

 

 だが、それだけだ。されるがままは許さない。

 

「六眼、天元。私はアイツらが嫌いだ、だが今日この日に、呪術の寵愛を受けたソイツらを越えなければ…私は宿儺には勝てない」

「……」

「たかが六眼。そんなものよりも、宿儺の呪力操作の方が恐ろしかった」

 

 嗚呼そうだ、何も怖くない。

 

「たかが無限。宿儺の、あの理不尽極まりない斬撃の方が恐ろしい」

 

 あれから1000年、それでも伽藍は、"これ"を変えるつもりはない。

 

「1000年も前で申し訳ないが、最強の術師は変わらない――宿儺だ」

 

 ――待っていろ天上の王。世を作る災厄の王。

 そこに立つのは、この私だ。その決心は変わらない。

 

「だからこそ超えてやる。それに…私は」

 

 そうして伽藍は、自分にも言い聞かせるように、目の前の2人に宣言する。

 

「…私は、天下無双を目指す者だ」

 

 そんな彼女の宣言は、広く静かな教室に、よく響いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それに、今回の作戦の鍵はお前なんだぞ」

「…えっ」

「いいか?先に話しておくが、私にはもう1つの………」

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 2006年夏、東京都立呪術高等専門学校。

 まだ日差しの鋭い野外に、男の声が響き渡る。

 

「なー、めんどくせぇしこのままバックレねぇ?」

 

 男の態度はどこまでも傲慢で、しかしそれが許されるほどの、圧倒的な存在感を放っている。

 目を焼くほどに、美しく輝く白髪と。宝石のように青く輝くその瞳。

 何百年ぶりの、六眼と無下限呪術の抱き合わせ。五条家の生んだ最高傑作。

 

 ――五条悟。

 

 呪術の寵愛そのもの、因果に守られ愛された、宝石のように輝く青い瞳を、気だるげに歪ませため息を吐く。

 

「てかさぁ、俺さっさと帰って、久しぶりにデジモンしてーんだけど?」

「悟。相手が相手だよ?どうせ勝負はすぐ終わるんだし、いいじゃないか」

「あー、確かにそうだわ。ならいっか」

「そ・れ・を!私の目の前で言うなってのよ!!」

 

 そして五条を窘めるようにしつつ、更に挑発の意味を込めた言葉を漏らす、特徴的な前髪の男。

 世にも珍しい、呪霊操術の使い手であり、既に一級術師の肩書を身に着けた、新たな原石。

 

 ――夏油傑。

 

 この2人の煽りに、顔を真っ赤にして叫ぶのは本来、この天才2人の先輩であるはずの少女、庵歌姫。

 そして、怒りに震える歌姫に対し、声がかけられる。

 

「先輩。このクズ共は気にしないで頑張ってください、私は応援してますよ」

「~~~ッ…!私にはあんただけよ!硝子っ!」

 

 唯一、純粋に自分を慕い、味方をしてくれる少女に対し、歌姫は感極まって抱きついた。

 そして歌姫に抱きつかれながら、口にタバコを加えるのは、あの五条悟でさえ今は使えない、他者を癒す高等技術…反転術式の使い手。

 

 ――家入硝子。

 

 抱き着かれながら、五条ら2人に中指を立てて挑発する家入、それに反応する五条と夏油。

 学生らしく、和気藹々とした会話をしながらも、彼らは全員、間違いなく呪術師の1人なのだ。

 

「おい。もうそろそろ開始の時間だ、早くしろ」

「ゲッ、夜蛾センセーもう来てんのかよ」

 

 そしてそんな彼らを導き、教育する者もいる。

 黒いサングラスを掛けて、異様な覇気を纏いながら、隣に可愛らしくデフォルメされたぬいぐるみを侍らかせている男。

 夜蛾は他の3人にも目配せをして、先陣を切って歩き出した。

 五条たちはそれを追う。

 

「へいへい…ってか相手歌姫?マジ?そーいや今は京都にいるんだっけか、アレ?前から?どうだっけ」

「ちょっと!なんで私の情報そんなにあやふやなのよ!」

「だって興味ねーし」

「アンタってやつは…っ!」

 

 傲岸不遜、相手を揶揄う青い瞳は、どこまでも孤高に輝いていた。

 

 青、星のように煌めく瞳。

 ――そして。

 

「…ほう」

「おや、久しぶりだね。五条くん」

 

 声が聞こえ、足を止める。

 そうして、五条は目の前に現れた、銀髪の少女2人を見て、片方に話しかけた。

 

「ありゃ、冥さんじゃん久しぶり」

「フフフ…数週間ぶりかな?会えて嬉しいよ」

「おー、それは嬉しいね。…あれ?まさか冥さんも出んの?俺ら2人だけだけど、ぶっちゃけ負けないよ?」

「いや、今回は遠慮させて貰うよ。烏たちで映像を撮ってくれと頼まれてね、二つ返事で受けてしまった」

「あーなるほど~…で」

 

 五条から冥さんと呼ばれた少女…――冥冥はその美貌を魅惑的に歪ませて、ニッコリと微笑む。

 そして、五条の持つ青い視線が、冥冥の隣に立つ、もう1人の女へと向けられる。

 

「誰だよオマエ、歌姫の知り合い?」

 

 腕を組み、黒いスーツに身を包んだ、五条とはまた違う、銀に輝く髪を靡かせる女。

 そして現代術師最強の男へ、臆することなく睨みを利かせた。

 

「口の利き方には気をつけろ、餓鬼」

 

 赤、夜のように深く在る、その瞳。

 

 

 波乱はもうすぐそこに。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「硝子、もしかしてあの人が?」

「そ、なんか平安時代から生き返ったっていう人、意外だよね」

「あぁ…なんというか……」

 

 ――若いなと、夏油は零す。

 

 一般家庭からとはいえ、夏油自身も呪術の知識を積極的に取り入れている最中。

 そんな中耳に入ったのは、今とは比べ物にならないほど、呪術が発展し戦で乱れた時代、平安。

 そこからの黄泉返り、一体どんな人間なのかと、今の今まで疑問を感じていたが…

 

「まるで悟がもう1人いるみたいだ、強さじゃなくて…なんというか、雰囲気がだけど」

「そりゃ呪術全盛を生きてたらしいし、あれくらい傲慢な性格じゃないと、今まで生きていけなかったんじゃない?」

「そうか…」

 

 髪色こそ似てはいるものの、瞳の色は赤と青、対照的で、どちらも負けずと輝いている。

 互いに視線が絡み合い、言葉は無くとも気配が変わる。

 

「…どうなんだろ、アレ」

「どうって?」

「いや…悟みたいだって言っただろう?もしかしたら、案外仲良くやれるんじゃないかと思ってね」

「うーーん…いやむしろアレは…」

 

 夏油の考えに、「どっちかというと逆に…」と、難色を示す家入。

 夏油がその言葉に首を捻ると、五条の声が聞こえてきて。

 何を話すのかと思って耳を傾けて…――夏油の幻想は破壊された。

 

「へー?お前が、伽藍ってやつ?」

「あぁそうだが」

「へー?じゃあお前か。最近若返ったからってヨイショされてる平安ババアは?」

「そういうお前は。運良く六眼を持って生まれて、反転も使えないくせにヨイショされてる最強様か?」

「は?」

「あ?」

 

 ――前言撤回。

 夏油は気づいた、気づいてしまった。

 互いに不遜、己を至上とする精神の持ち主なのは一緒だ、だがその性質が違う。

 五条が油なら伽藍は水、伽藍が油なら五条は水なのだ。

 そのベクトルの違う傲慢さが、今こうして爆発を起こしていた。

 

「ハッ!何ムキになってんだよババア?身体が震えてんぞ?」

「そういうお前は声が震えてるぞ、そっちこそ必死になるなよ」

「はー?震えてねーし?あーこれだから、年寄りは決めつけが強くて困るんだよなぁ」

「全くこれだから餓鬼というのは…自分のことを何も理解してないのだな、哀れだ」

「は?」

「あ?」

 

 ヤバい、なんというかヤバい。

 普段夏油自身や、家入と歌姫に話しかける時の煽りではない、本気だ。

 普段見慣れない2人の態度に、あの歌姫でさえおろおろと、焦りを見せている。

 ヒートアップし続けていく2人の緊張感、そしてあっ!と、五条が声をあげて。

 

「もしかして?オマエ、六眼持ってないからって嫉妬しちゃった?うん?そうなんだ??」

「……なんだと?」

「おっ?反応あり?やっぱそうなんだ?いやー辛いなぁ!これが、持たざる者と持って生まれた者の差ってやつ?」

「………」

「まぁ仕方ないよね?まぁ俺のことだから六眼なくても最強だし?気にしなくていいよおばあちゃん」

「………フン。反転術式も使えんくせによく言う、今の努力が足りてないんじゃないのか?」

「…あ?」

「そこの家入は使えると聞いたぞ?最強様が聞いて呆れるな?うん?」

「…はいムカついた、テメェ絶対泣かす」

「…こっちも腹立たしくて仕方がなくてな、宿儺を差し置いて、お前ごときが最強だと?身の程を知れ」

 

 呪力。

 五条の放つ、圧倒的な質量の呪力と、伽藍の放つ、肌が焦げそうになるほどの熱を持った呪力。

 それらがぶつかり、そしてそれに比例した、濃密な殺気が場を支配する。

 

「…おい、お前ら落ち着け」

 

 夏油や家入たちでさえ、呆気に取られたその一幕を、割って入って止めたのは、夜蛾だった。

 

「…早く開始場所につけ、さっさと試合を終わらせるぞ。このままではグラウンドが壊れる」

「……チッ」

「フン」

 

 舌打ち、睨み、悪意を孕んだ視線を交差させ、五条と伽藍は背中を向ける。

 その様子を、夏油は最後まで見て、呟く。

 

「…もしかして、相性悪い?」

「当たり前だろ馬鹿」

 

 本当に何言ってるんだコイツ。という目を向けられて、夏油は苦笑混じりに笑った。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「いいか?まず私が最初に―――をする…そうしたらお前は―――を狙って…」

「そ、それならいけそうだけど…でも大丈夫?だって…」

「心配するな、なんとかなるさ」

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「悟、準備はいいかい?」

「ア"!!??」

「うわ…めっちゃイラついてる…」

「当ッたり前だろうが!?お前はムカつかねぇのかよ?」

「悟が2人いるみたいで、見てて面白かったね」

「巫山戯んな!!」

 

 姉妹校交流会。その最初を飾る競技である、呪霊討伐競走。

 互いに決められたエリア内の、放し飼いされた様々な呪霊を祓い、その数と質を競い合う競技だ。

 去年の分を含めれば、五条と夏油はこの競技に参加するのは2回目となる、故に。

 

「じゃあ、始めようか」

「チッ。さっさと終わらせよーぜ」

 

 2人は既に、対処法を知っていた。

 

(放つ呪霊の階級は…2級でいいか、あと索敵特化の為に4級を大量にばらまいて…)

 

 手を顎にやり、自分がこれから何をするのが効率的か、思案する。

 夏油の待つ術式、呪霊操術は、取り込んだ呪霊を自律行動させたり、自分の命令に従わせ、かなり自由の効く行動をさせることが出来る。

 つまり、手数の多さが勝利に近づくこの競技は、夏油にとって相性がいい。

 

(今回も悪いけど…楽して勝たせて貰おうかな)

 

 それは圧倒的な数の暴力。

 人間だけでは限界のある、範囲や移動に関する問題を、様々な地形に対応する形で、必要な分だけ呪霊を放ち命令する。

 これをするだけで、去年と同じように…夏油はその場から動かずとも、この競技を征せるはずだった。

 

(じゃあ早速――)

 

 数体、呪霊を放とうと術式を解放した瞬間。

 ――空間を焼き切る、空気の断末魔が聞こえた。

 

「…っおい!」

「っ!?」

 

 瞬時に呪霊を取り出す動作をやめ、夏油は飛来する"何か"に意識を向けて、全身に呪力による強化を施す。

 そして飛来した"何か"は、夏油の目の前で一気に高度を落とし、そのまま地面へと突き刺さる。

 それは、肉のように赤く、そして骨のように白い物質でコーティングされた、呪力の籠った刀だった。

 

「…これは、刀……」

 

 投擲か?しかしこの距離から?

 狙いが外れた?なら次に自分がすることは…

 

 予想外の出来事に、夏油はその場に留まり、考える。

 

 ――()()()しまった。

 

「……ッ傑!!」

 

 その刀に秘められた"何か"に気づいた五条が、咄嗟に声を出して手を伸ばす。

 しかしその手が動く一瞬前、刀が分離し触手が伸びて。

 

「なっ…!?」

 

 夏油の身体に触れた瞬間、その全身を黒い光で覆い尽くして。

 

「……………はっ?」

 

 夏油の姿が、五条の()()()()()()()()

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「……悟?」

 

 バシャリと、足が濡れる感触が遅れてやってくる。

 ハッと周りを見渡すと、先程まで自分が居た、森の入口ではないことがわかる。

 周りが木々で覆われた、森の中心点。

 

「一体何が…」

「…ふむ。上手くいったみたいだな」

 

 声。そして瞬時に自分を挟む形で、呪霊を呼び出しその身を固める。

 バシャリ、バシャリと音が続いて、心底楽しそうな、女の声が聞こえてくる。

 

「ほう、私の声に反応した瞬間ではなく、反応しながら呪霊を出すか…しかも集団に備え、前後に挟んで隙もない…へぇ?」

 

 赤。親友の持つ、宝石のような瞳とは違う。

 見た者を虜にする、まるで妖刀のような雰囲気を纏った瞳。

 それが心底愉快だと、そう歪んで光を灯す。

 

「やるじゃないか、最近の術師にしては」

 

 平安から黄泉返った術師、伽藍。

 それが今、目の前に。

 

(…落ち着け、まずは情報整理だ)

 

 何故、自分は五条と離れ離れになったのか。

 何故、相手はこうして1人で自分の前にやって来たのか。

 夏油は考える。

 

(どうする…私は相手の戦闘スタイルを知らない…生半可な賭けは止めるべきだ)

 

 呪霊操術の強みは数だ、取り込める数に限度はなく、個を超越する圧倒的軍団。そんな相手に、わざわざ1人だけで相手するなど、普通は考えられない。

 平安時代を生きた術師が、呪霊操術の強みを、知らないなどありえない。

 つまり、相手は自分に対し、何らかの対策を持っているということ。

 

(他の式神使い同様、ステゴロで勝負を仕掛けるつもりか…?だが実際…悟を外して私を相手しようとしてる時点で、向こうの勝ち筋はそれだけだろう)

 

 夏油は考える、相手が一体何を狙っているのか、そして、自分が何をするべきか。

 だがそうして考えて、自分には五条がいる。そのことに安堵して、答えを見つけた。

 

(なら…"こう"だな)

 

 自身の背後に置いた呪霊を、前に配置し姿勢を崩す。

 あえて重心をずらして防御のみに特化したスタイルーー

 

 ()()()()()()()()()

 

(直接殴りに来るならむしろ好都合だ…このまま勝ち筋を作ってやって、そこを狙った瞬間を叩く…!)

 

 体格の隠れる服装、そして本人の術式や今の姿勢から、相手からすれば、今の夏油は接近戦を避けているように見えるだろう。

 しかしそれこそが夏油の狙い、夏油本人は、格闘技の技術だけなら、五条悟すら超えうる存在。

 そして何より、自分には五条がいる。だからこそ、相手は勝負を焦り、甘い攻めをしてくると確信した。

 だがしかし。

 

「いやいや」

 

 だからこそ、夏油は"それ"に気づけなかった。

 それは合掌。人差し指と中指を伸ばし、中指のみを合わせる形で更に、親指、薬指、小指を曲げて絡ませる。

 

「相手がわざわざ、射程距離に入ってきたというのに」

 

 "それ"は、武を表す神、毘沙門天の祈り。

 そしてそれは、夏油や五条ですら辿り着けていない――呪術の極致。

 

「なぜ相手の戦法に、馬鹿正直に付き合う必要があるんだ」

 

 "それ"に気づいた瞬間、夏油の行動は決まっていた。

 自分の持ちうる呪霊の中でも、"領域"を展開できる、準一級以上の位を持つ呪霊を放つ。

 それと同時に、言葉と呪力の奔流が、夏油を襲う。

 

()()()()――」

「ッ!!」

 

 血が溢れる。肉が沸き立ち天へと昇る。

 そうして現れる、祈りを捧げる骸骨の群れ、口から杭を差し込まれ、串刺しにされながらも、それでも祈りをやめぬ、哀れな骸の信者たち。

 その顔は捻れ、他の骸と融合し、そのオブジェクトの中央は、禍々しく美しい、青色の単眼を構築して、こちらを睨み、恨みを込める。

 そしてこれらを覆い尽くす、巨大な肋骨と頭蓋骨で作られた、神聖なる骸の祠。

 

「――黄泉天蓋(よもつてんがい)

 

 暴威の玉座、現る。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 領域展開。それは呪術を極めた者の、己の世界に空間を染め上げる、結界の到達点。

 知識としては知っていた、だがそれ故に、対処法も知っていた。

 

『ワ、ワタシ…キレイ……?』

 

 口裂け女。怪談として古くから語れる呪霊。夏油はそれを召喚し、領域を展開して迎え撃つ。

 呪霊操術の唯一の弱点は、取り込んだ時点で成長が止まり、呪霊の強さは変動しないことだろう。

 だがそれを差し引いてもなお、口裂け女の領域を夏油は選んだ。

 

『ワ、ワタシ…』

 

 ギリギリと、口裂け女の持つ鋏が音を鳴らして威圧を増す。

 口裂け女の領域は、相手が質問に答えてから"必中"が発動する簡易領域。

 質問に答えるまで、こちらは何もできないが、だがそれ故に押し合いも強く、領域対策に優れたもの。

 そして、ゴリゴリと凄まじい音を立てて。

 

「?私の領域にその程度の術で耐えられると思っているのか?」

 

 口裂け女の領域が削れていく。

 

(…!馬鹿な…!)

 

 夏油は、一方的に押し潰されていく口裂け女の領域を見て動揺する。

 互いに領域を展開した際、その勝負の決め手となるのは技術。

 相性、呪力量、より洗練された難易度の高い結界術の使い手にこそ、勝利の女神は微笑みを漏らすのだ。

 

 黄泉天蓋は他の者の領域と違い、結界で相手を閉じ込めない。

 

 己の生得領域の形に合わせ、寸分の狂いなく結界を構築し、その中にオブジェクトを具現化させる、それは今までの領域の常識を覆す異端の技術。

 呪いの王、両面宿儺の領域が「キャンパスを用いず、空に絵を描く神業」だとするならば、伽藍の領域は「描く絵に合わせ、自らキャンパスを削ってから描く絶技」だろう。

 これは術式を自覚し、そこから逆算する形で体内の領域を把握し、齢80まで戦い続けてきた、伽藍だからこそ至った技術。

 そしてこれにより、伽藍の生み出す領域は。

 

 ()()()()()()()()()()。宿儺と同じ縛りとなる。

 

「若いが見事だ、もし領域を展開した直後に、簡易領域を貼りながら逃げられていたら…私は負けていた」

 

 領域が崩壊し、夏油の身体が、領域の"必中"範囲に晒される。

 

「だが私は、お前たちとは違い…"生きて"いたんだ」

 

 それは、勝利が確定した、呪いの調べ。

 

「山高水長!怨嗟の時代!澆季溷濁(ぎょうきこんだく)の!――平安の世(呪いの世界)を!」

 

 ――ドゴンッ!

 

 伽藍が力強く、手を振り下ろすと同時に、凄まじい衝撃が辺りを飲み込む。

 地面が陥没し、そこにはいつの間にか、巨大な骨の腕があった。

 蜘蛛の巣状に亀裂が走って、砂埃が舞う様子を、静かに眺めた。

 

「まぁ、これが限界か」

 

 術式反転。伽藍の領域の必中効果は、それによる相手の皮膚、内臓を除いた部位の分解。

 ひとたび必中効果に晒された相手は、具現化した骨の攻撃を受けると同時に、体内へ領域を流し込まれる。

 これにより、本来は干渉されず、伽藍の術式反転から身を守れる相手は、体内への干渉を許す状態となり、あらゆる部位が分解され死に至る。

 

 まさに、必中必殺の領域。

 

 しかし今回は交流会、対戦相手の死亡は敗北に繋がり、できるだけ領域の手加減をする必要があった。

 故に今、伽藍が選んだのは術式の調整、体内へ領域を打ちこむまでは一緒だが、術式反転はぶつけず、衝撃のみで意識を奪うことだった。

 

(残りの呪力は大体4割ほど…最初に使った"アレ"が予想以上に…)

 

 ――悪寒。

 

(ッ!これは…!)

 

 凄まじい敵意、それは先ほど、夏油がいたはずの場所から注がれるもの。

 油断すれば、足が震えてしまいそうになるほどのプレッシャー。

 

(クク…さて、ここからが本番だ)

 

 呪力を流す、精神を押しとどめる。

 くだらないことは考えず、今自分にできることを――

 

「さあ、天下無双の糧となってもらおうか」

 

 伽藍の術式は、まだ回復していない。

 




 領域解説

名前:黄泉天蓋
由来:伏魔御廚子と対になる名前をイメージしました。
例:伏魔(旧聖書)→黄泉(日本神話)、御廚子(仏具の保管庫)→天蓋(仏具の保管庫の上にあるパーツ、私の方が上じゃい!の意)

よく呪術二次で、皆ポンポン閉じない領域作ってるじゃないですか?
フザケンナ!そんな簡単に、呪いの王の技術を真似できてたまるか!で作者が生み出したのがこれです。
領域展開したときに出てくるオブジェクト、それと全く同じ形で先に結界を作ってからピッタリ当てはめる。
これにより宿儺のような高難易度ではない、なんなら仕様的には劣化した領域にはなりますが。
逃げ道を与えていることには変わりないので、呪術の縛りシステム的には宿儺と同じ仕様と詐欺れるわけです。
あとはそこに直哉領域の、体内への干渉を可能にできる技と、羂索の使う術式反転の領域必中を合わせてズドン!(百〇観音壱〇掌)です。
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