黄泉返りの国家転覆   作:倉庫

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 伽藍の過去とちょっと未来の話、昼にパフェ食いながら書きました。


じゅじゅさんぽ.伽藍

「あなたは暖かい」

 

 それを聞いたのは何時だったか。

 誰が言ったのだろう。若い女か、男か老人か。

 もしくは自分の妄念が産んだ、ありもしない言葉だったのか。

 いいや確かに聞いた。本来ならすぐに頭から消えるであろう、ただの雑音一つが、何故だかこうして蘇る。その原因が分からない。

 あぁそうだ、それを聞いたのは、街中を歩いた時にだった。

 特に理由も、目標もなく街を歩く。

 そうして最初に目にしたのは、母が親を抱きしめながら笑う姿。

 

 なんだ、ただの親子か。

 

 だからなんだと区切りをつけて、歩きだそうとしたその時にだ、伽藍は確かに聞いたのだ。

 なんの変哲もない、昼下がりの街中で、他の誰かが言ったその言葉。

 

「あなたは暖かい」

 

 何を当たり前のことをと、だがそれだけでは終わらない。

 確かに、伽藍の耳にはその言葉が残っていた。

 何故だか残って、今こうして回帰している。

 

 なにを…

 

 暖かいのは当たり前だ、人には肉がある、血がある、臓がある。

 それが廻って熱を持つ、生きるからこそ熱がある。

 だからこそ、それを奪って、殺して、ちぎって、引き裂いて。

 吹き出す命と臓物を、浴びて飲む行為こそが、あの平安の時代で、他ならぬ自分がやっていた事こそが――

 

 …なにを

 

 "抱きしめる"…その行為が妙に腑に落ちない。

 力を込めない。噛みもしなければ呪いも吐かない。

 

 …………

 

 触れるだけ、皮膚があるせいで肉が削げない。

 皮膚で包んでいるせいで、臓物は綺麗に吹き出せない。

 何故、それで暖かいと感じられるのか。

 

 フン。と、疑念を吐息にして吐き出して。

 伽藍は再び歩き出す。

 

 何故、何故残る。

 

 分からない。

 やはり分からない。

 伽藍は、それが分からない。

 

 

 初めてこの力の存在を知った時。

 初めてこの力の使い方を知った時。

 

 初めて、母なるものを殺した時。

 

 

 "親"とは何なのか、伽藍はその時からわからない。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 伽藍は捨て子である。

 かの鬼神、両面宿儺と同じよう、彼女とて人の子、女から産まれ地に落ちる。

 故にこの場合、表現するならば育ての親だろう。

 その昔、伽藍は齢40程の、薄目の女のもとで育てられた。

 

 女は"悦"に浸るのが好きだった。

 

 女はその昔、大層麗しい者として、都を騒がせた女だった。

 時の帝すらも魅力し、その機嫌を取るために、3つの家が滅ぼされたとも噂された。

 ひとたび彼女が月を望めば、それを手にしようと、あらゆる男が空を飛ぶ。そんな荒唐無稽な事すらが、本当に起こりうる。そんな女。

 女はそれを20年繰り返し、そうしていつしか噂から消えた。

 

 肌は乾き、皮膚は少しづつ爛れていく。

 

 滅ぼした家の者からの視線よりも、非難されるような蔑みの視線よりも。

 女は他の何よりも、自分の顔へ向ける自分自身の視線が恐ろしかった。

 鏡から、水から、あらゆる角度から見る自分の顔を、"醜い"と感じる。

 日々老いていく自分への恐怖、それへと向ける、自分を見下す自分自身の蔑み。

 二律背反が身を沸騰させ、女はどうしようもなく震えて過ごした。

 

 "浴"という儀式がある。

 

 それは家宝を守る為、器物を呪物へと変化させることで、外敵から守る儀式の一つ。

 蠱毒で厳選した、呪いの篭った虫をすり潰し、その鮮血を貯めていく。

 虫を育て、殺し、潰して絞って、そうして家宝は己以外に牙を剥く、呪いの武器へと変化する。

 

 女はそれに目を付けた。

 

 ――血がいる。

 

 虫などでは足りない。かつての美貌、己の最盛期を取り戻すには、これでは足りない。

 

 ――若い血を。

 

 人だ、もっと人を。女だ、私より醜く、そして生きた女の血が欲しい。

 

 ――もっと…もっと…!

 

 そんな女が目を付けたのは、運良く"術式()"に覚醒したばかりで、未だに常識を知らぬ哀れな少女。

 女の執着が牙を剥く。

 

 ――もっと寄越しなさい!もっともっともっと!!

 

 その少女は、世にも珍しい銀髪の女。

 そして術式もいい、彼女なら、他の血を混ぜずとも、彼女のみから血を収集できる。

 故に、故に彼女を選んだのだ。

 

 女は日が昇るたび、縛って攫ったその少女を、文字通りに捌いた。

 肉が裂けて、その血を一滴も無駄にしないよう。敷いた布に染み込んだ血すらも、飲み干す勢いで貯めていく。

 血が溜まる。肉が裂けて、少女の術式がそれを元に戻す。それと同時に、少女の呪いは強くなる。

 

 いい、それでいい。その呪いが私を若く美しくする。

 そして何より、少女の悲鳴が心地よい。

 

 女はいつしか、自分が若くなろうとすることよりも、その少女の悲鳴を聞くことを目的にしていた。

 痛みに慣れて、いつしか悲鳴を上げなくなった時、女は少女の目を抉った。

 そうして再び溢れた血を、女はかき集め"悦"に浸る。

 皮膚が剥がれ、大気に晒され痛む腕を、女は無情に叩いて甚振る。

 

 そうして幾年が過ぎて、とうとう準備は整った。

 赤。都の整備された観賞用の池よりも、遥かに巨大で悪趣味なそれ。

 底は浅く、寝転ばないと全身が浸からないほどだが、その液体全てが、一人の少女から作られたもの。

 文字通りの、生きた血を溜め込んだ究極の呪い。"浴"の準備は整った。

 

「若く…若返…若く…美し……」

 

 女はもはや普通ではなかった。

 返り血を浴びすぎたからか、それともこれが、本来の"人間"の姿なだけなのか。

 女は一歩、二歩と"浴"の場所に近づいて、高らかに笑って足を踏み出す。

 

「これで!これで私はまた――!」

 

 喜びと期待で顔を歪ませ、目の前の血に飛び込む勢いで足をあげた瞬間。

 

 ボチャリ。音にするとそんな感じだろう。

 

 女の足の先が血に浸かると同時に、女の首が落ちて、沈んだ。

 バシャン!と、バランスを崩した女の身体も、血に落ちて沈む。

 その後ろで、肉で出来た刀を持った、全身を血塗れにした少女が立っていた。

 

「………」

 

 少女は服を脱ぐ、その全身には未だに、かつての"悦"の後遺症というべき、数多の傷跡があった。

 

「…………」

 

 足を入れる。

 

 まだ塞がっていない、付いたばかりの傷に血が染みる。

 しかし少女は顔色を変えない。もはやそれは慣れたもの。

 傷に染みる、その感覚に心地よさすら感じて、そうして血の中央へ向かい、少女は目を閉じその身を委ねる。

 

「………………………」

 

 ドポン。少女は背から倒れて血に浸かる。

 黒く、赤く、深く、そんな液体に全身を浸らせる。

 落ちて、堕ちて、その身が穢れ、呪われ、その魂が"魔"へと近づいていく時に。

 

 少女(伽藍)は一言、呟いた。

 

「………意外と暖かいな」

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「…さん」

 

 声が聞こえる。

 

「…か……ん」

 

 意識が覚醒していく。

 

「お母さん…?」

「……随分と、まぁ」

 

 そうして目が覚め、伽藍は目の前にいる、青髪の少女の顔を見る。

 いつの間にか、眠っていた自分をどれくらい見ていたのか、伽藍は頭をガシガシと掻きながら問う。

 

「私はどれくらい寝てた」

「さぁ、私が来た時にはもう寝てたし…そっとしとこうかなって思ったんだけど」

「いや、いい。…そうか交流戦か」

「交流戦じゃなくて交流会ね」

 

 懐かしい夢を見たものだ。

 そう内心で呟き、伽藍は"この後"の予定を話している少女――他ならぬ自分の娘、霞を見つめる。

 受肉し、二度目の生を受けた伽藍は、今やその容姿は器に寄ったもの。

 そして何の因果か、こうして拾った子供までもが…本当におかしなものだ。

 

「霞」

「なぁに?」

 

 背も伸びた。

 あの頃の自分と同じ、黒いスーツを身に纏い、呪力の籠った日本刀を腰に携えている。

 髪色、前髪の向きこそ違うが、それ以外はほとんど、自分とそっくりだ。

 

 ――あなたは温かい。

 

「……ふむ」

 

 いつしか聞いたその言葉。

 伽藍は首をかしげて再び考える。

 

「おい」

「な、に…」

 

 フッと慣れた動作で、呪力強化を施した足で、加速して近づいた。

 普段の戦闘で目が慣れてる影響か、その瞬間移動に近い接近を、霞は目で追って硬直する。

 

「え、あの…」

 

 その手を掴む。

 

「お母さん…?」

「霞」

 

 伽藍の方が背が高い、故に少し屈んで、下から覗き込む形で視線を向ける。

 

「動くな」

「えっ」

 

 掴んだ腕を後ろに引いて、困惑で固まるその顔を、更に近づくように誘導する。

 そして更に、姿勢を低く下にして。

 

「違う…やはり何かが違う……」

「お、お母さん…?な、に…」

 

 ぐっと更に近づく。

 伽藍の鼻が霞の喉に、当たりそうになるほど距離が縮まる。

 

「……違う」

 

 やはり違う。

 

「……………ふむ」

「ぇ、あ…あの…?」

 

 もう片方の手で、目の前にある髪を触る。

 自分とは違う、血の染み込んでいない、青く清潔な髪をさらりと撫でる。

 ふわり。と、石鹸とほんの少しの、汗の染み込んだ匂いが鼻腔を擽る。

 

「違う」

 

 自分とは違う。やはり違う。

 血と臓物の腐臭がしみ込んだ、自分の髪とはまるで違う。

 

 ――あなたは温かい。

 

 あの言葉。何故か自分の記憶に残るそれが、再び脳内をよぎる。

 あの親子のように、街中で見た"普通"の親子のように、腕と身体を――

 

「…わからん」

「あ、あの…な…」

 

 そうして数秒、その体勢のまま時間が過ぎて。

 ガタン!と、襖の開く音が聞こえた。

 霞はそれを聞いて、ギギギとブリキのように首を動かした。

 そうして空気が固まり、コホンと咳ばらいをしてから、目の前の少年は話す。

 

「…伽藍先生」

「なんだ加茂か、何の用だ」

「…もうすぐ交流会が始まるので、早く来て欲しいと学長が」

「あぁ、そうか」

「……ところでどういう状況で…?」

 

 加茂。と呼ばれた少年は、今も密着をしたままの、目の前のクラスメイトとその親を見る。

 その視線の意図に気づき、霞はカ~っと顔を赤くし、伽藍はうん、と体勢を元に戻して言った。

 

「今のはなんでもない、忘れろ」

「いや無理では…?」

「無理だよ!?」

 

 伽藍の言葉に、加茂と霞の2人は息をぴったり合わせて反論する。

 顔を真っ赤にして、あわあわと腕と口を動かしてどうにか弁明しようと、加茂へ話しかけて奮闘する、霞の様子を眺めて呟く。

 

「……わからない」

 

 ――あなたは温かい。

 

 わからない。自分は何が違うのか。

 この香りも、柔らかさも、あの時の自分とはまるで違う。

 血も、肉も、どれも柔くて、暖かい。

 でも、あの日感じた暖かさとは違う。

 

 あの街中で見た、"普通"の親子とはなんなのか。

 伽藍はまだ分からない。

 

 

 まだ、それがわからない。




ちなみに薄目の女は非術師です。
夏油の思想にも当てはまるけどぶっちゃけ本人はどうでもいいので今の今まで忘れてた。
全部弱かった自分が悪いと思ってるので同情されても「はぁ…?」ってなる。
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