黄泉返りの国家転覆   作:倉庫

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 知り合いに「もう一定のブランド得たんだからタイトル変えたら?」って言われたんで変えてみました。


13話.懐玉②ー三枚卸ー

「お前さ、俺のこと舐めてんだろ」

「ぁ…が……」

「お前程度がさぁ、俺の敵になれるとでも思ったか?思い上がりもここまで来ると気色悪ィんだよ」

「……っ!」

 

 "それ"は、誰がどう見ようと圧勝そのものだった。

 全身を血塗れにし、首を絞められ宙に浮く敗者の男と、それを絶対零度の眼差しで見つめる勝者――五条悟。

 時は数分前に遡る。

 夏油が先に、暴れる伽藍の元へ駆けると同時に、五条は突如、自分に向かって投げられたナイフを見た。

 しかし特殊な呪具ならともかく、ただのナイフごときならば彼の…無下限呪術の敵ではない。

 そして鳴り響く拍手の音、その先には呪詛師集団"Q"の、他ならぬ最高戦力であるバイエルがいた。

 

『君知ってるよ、五条悟…強いんだって?』

『あ?』

 

 そう話しかけるバイエルに、五条は顔を顰めて、不愉快だと思った。

 自分に向かって話しかける彼のその顔が、どこか見下したものだったから。

 

『噂が本当かどうか試させてよ、ちょっと気になってたんだよね』

『ふぅん…ルールでも決めるか?俺もやりすぎで怒られるのは勘弁だし』

『いやいや、そんなのいらないよ……君の命さえ貰えれば』

『…ア?』

 

 本来秘匿され、関係者以外には広まらない筈の交流会の情報。それが何故か漏れていた。

 例え関係者に限れど、その内容が呪術界を騒がせたことに違いはない。そこから人伝いに広がり、呪詛師の耳にも入った…と五条は予想していた。

 だからいつかは…このような男がやって来ることも理解していた。

 あの女が出来たから自分も、そんな浅はかな考えで、五条悟という最強に向かう者たち。

 だが、今目の前にいる男を見て五条は――

 

『…殺すか』

 

 ただ純粋に"不愉快"の感情を覚えた。

 

「なんとか言えよ?雑魚のくせに出しゃばりやがって…」

「ぉ……ガ……」

「お前程度にさ、()()()()同じことが出来るわけねぇじゃん」

 

 ドゴンと、"蒼"による引力を発生させて、五条はバイエルを吹き飛ばして吐き捨てる。

 そのまま目の前で、ずるずると背を引きずって、倒れる敗者を見下す。

 くだらない、少し力を見せれば、すぐに威勢と傲慢が削れ、光を失ったその瞳。それを彼は、汚物を見るように蔑んで見つめる。

 

「悟」

 

 その苛つきを隠さず、周りに殺気をまき散らす五条に話しかける男。

 他ならない、彼がこの世で1人の親友として認め、自身と同じ最強と呼ぶその男。

 

「傑、ガキンチョは?」

「なんとか間に合った、ケガもないし心配ないよ」

 

 夏油は、五条の前で倒れる男に目を向けた後、すぐに戻して話し続ける。

 その不機嫌さを隠さない、退屈そうな背。

 

「まさか本当に、馬鹿正直に君を攻めに来るとはねぇ」

「にしても、俺の事舐めすぎだろ、雑魚のくせに調子乗りやがって」

 

 その、未だに苛つきを抑えきれない様子の五条に、夏油は少し違和感を持つ。

 喧嘩を売られれば、それを数倍にして返してから、相手を嘲笑って水に流す、そんないつもの様子と違うから。

 

「大体、領域展延の1つも使えねぇで馬鹿正直にナイフ投げ?ありえねぇだろ、事前情報くらいしっかり集めとけ」

「…悟?」

「体術もダメ、目もダメ、予備動作の1つくらい把握しとけってんだ。あと我慢強さ、ちょっと痛いだけで戦意喪失しやがって」

「悟」

「血を流しながらでも殴り掛かれよ、いや当たんねぇけど、それでもそれくらいの気概は見せてくれって話で」

「君、実は伽藍のこと結構気に入ってるだろ」

 

 ビクッ。

 五条はその言葉に対し、一瞬身体を硬直させて、そのまま目を泳がせる。

 それを見て、夏油はやっぱり、と微笑ましいものを見るようにして笑う。

 

「………別に興味ねぇし」

「まぁあの人も隙あらば煽ってくるけど、君のことめちゃくちゃ気に入ってそうだからね」

「だから知らねぇって」

「私はすぐにやられちゃったけど…あの戦い、楽しかったんだろ?」

「…チッ」

 

 初めてだった。

 呪術界のことを詳しく知らない、入学当初の戦いとは違う、正真正銘自身のことを認知し、それでもなお立ち向かった彼女。

 あの時の、グラウンドを破壊した夏油との喧嘩とは違う。確かにそれは一種の戦いだった。

 勝った、だがそれはあくまでも自分の戦いに勝っただけ、彼女は最初から、彼女は彼女自身の勝負の為に、己の命をかけて()っていた。

 ――あの瞳。

 

「ま、勝負には負けたけど戦いには勝ったし?次も俺が勝つっての」

「…ふふふ、そうだね」

「おいなんだよその顔」

 

 赤。自分と同じく、不遜に光を放つその存在感。

 あの輝き、決して折れぬ、圧倒的な自己と野望。それが今も、五条の記憶に焼き付いて、離れない。

 

「ってか、星漿体どこ行ったんだよ、お前離れていいのか?」

「あぁ、そのことなんだけどね…」

 

 そしてふと、何故か夏油と共に行動をしていない、護衛対象の少女がいないことに気づき、五条は聞く。

 夏油はそれに、少しややこしいことになった。と言わんばかりに、一瞬顔を複雑そうにしたあと、言った。

 

「どうしても、学校に行きたいって言うからそれで…」

「…は?」

「伽藍と一緒に学校に向かった」

「は???」

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 同時刻。"Q"を壊滅、そして"星漿体"天内理子の確保に成功した護衛チーム、その動きの情報を仕入れたある男。

 ベンチに座り、馬券を握って笑うその男に、話しかける形でもう1人が現れた。

 

「で、どうするつもりなんだ?」

「アァ?」

「伽藍だよ、ただでさえ難易度が高いってのによ、あいつがいるせいで更に面倒臭い」

「…ア~、あいつか」

 

 ほのかに香る芝の匂い、人の歓声と罵声が入り混じる競馬場、そこで話す2人の男。

 今回の、盤星教からの暗殺の依頼を受け、天内理子の殺害を目的とする呪詛師、伏黒甚爾とその仲介人、孔時雨。

 前回、わけあって彼女の依頼に答えたものの、まさかの彼女が自分たちの敵になるという、想像したくなかったことが現実になり、時雨はため息を吐いた。

 だがそれを見てもなお、伏黒甚爾は、"術師殺し"は笑って言う。

 

「あいつはいい、俺らは終始五条の坊と、もう1人のガキを優先すりゃいいさ」

「いやいや、流石にそれはリスキーすぎる。あいつはある意味五条よりも制御が効かねぇ、下手すりゃ直に叩かれるぞ」

「いや、そりゃねぇから安心しろ」

 

 あの、制御不能の狂戦士の姿を思い返しながら、時雨は鳥肌の立つ腕を、スーツ越しに摩って言う。

 だがそれでも心配はいらないと、余裕を消さずに笑う彼を見て、疑問に思った。

 

「そもそも、あいつが今回の護衛に立候補したのは、星漿体の所在がバレたって()()()()()()

「?それがどう大丈夫なんだ、どっちにしろ、あいつが護衛してるってことに変わりはない」

「あぁ、そうだな…ア"ッ!」

 

 ビーッ!と、突如鼓膜を震わす大音量の、勝負の終わりを告げるアラームが鳴り響く。

 目の前で着いた決着、その結果を見て甚爾は、チィッと不快そうに馬券を握りつぶした。

 

『先頭、6番波多野ゴールイン!1番、洞口ゴールイン――』

「やっぱり、お前は楽して稼ぐの向いてねぇな」

「うっせ」

「でだ、結局何で大丈夫なのか教えろ」

 

 そもそも、ただでさえ困難とされる五条悟という鬼門の突破。

 そこに同学年の術師、そして他ならぬ伽藍。それでもなお、甚爾が問題ないと断じるのは、本人の性格的にも、実力が理由というわけじゃないだろう。

 それを知っているからこそ、時雨は疑問に思ったのだ。

 

「ハッキリ言う、伽藍は()漿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。結局あいつは戦いたいだけで、星漿体の近くにいれば嫌というほど呪詛師がやってくるからな。だから今回の護衛に立候補したんだ」

「いや、なら余計おかしい。あいつは星漿体を"Q"から守って戦った、興味がないなら見殺しにするか、わざわざ庇わないで1人で戦えばいいだろ」

「だからだ、あいつは今、()()()()()()だ」

 

 まず最初、術師殺しとして甚爾が対策を考えたのは、伽藍という人間の性格とその特徴だ。

 傲慢、自己を至上のものとし、それ以外の何かに興味を見せない。自己中心的な性格、それが彼女だ。

 闘争こそが通貨、闘争こそが血肉を作り、形作っていると言っても過言ではない戦闘狂(バトルジャンキー)

 ――だがそんな彼女の戦い、それにはある共通点があった。

 

「あいつは、ただ命のやり取りだけが好きってわけじゃねぇ、文字通り"戦い"ならなんでもいいのさ」

「どういう意味だ?」

「五条の坊は、最初から天元からの指名での護衛だ。だが伽藍は途中からの参加。あいつの性格、それと護衛中に見せた違和感のある立ち回り。そこが妙に怪しくてな」

「それが、さっき言ってた"()()"ってやつか?」

「そうだ、どこから漏れたかは知らねぇが、交流会でのあいつの立ち回りからも間違いない」

 

 ただ、目の前に立つ敵を屠る一方的な戦い。

 互いの生死をかけた命のやり取り、しかし伽藍にとっては、それも戦いの1つに過ぎないのかと思っていた。

 だが交流会、彼女が自身の持つ力を全て駆使し、生き残りではなく、()()()()()()()()()()()のを知って、理解した。

 その違和感の正体こそ。

 

「あいつにとっての戦いは1つだけ、それが()()()だ」

「あぁ?ルール?」

「あいつは交流会で、呪霊を祓った数による作戦勝ちを選んだ。だが普段の呪詛師を殺しまくるあいつの姿は、どう見ても命のやり取りによる真剣勝負、つまりあいつは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってわけだ」

「…つまり、今回のあいつの決めたルールってのが…」

()()()()()()()()…星漿体を守り、そして呪詛師たちを殺す…それがどこで終わるのか、そこを突けば…星漿体のガキは殺せる、というよりは殺させてくれるだろうな」

「そのルールってのに、星漿体の生死が直接関係すると思うか?」

「絶対ねぇな。あいつの性格上、あいつがガキ1人の命に、自分の力を守るために使うわけがねぇだろ、勝負が終わったあと、星漿体が死んでも絶対何も思わねェ」

「…だからこれか」

 

 ――目標情報――

 ・天内 理子(アマナイ リコ)

 ■廉直女学院(れんちょくじょがくいん) 中等部2年※生死問わず

 $300,000――

 

 そう言ってカバンから取り出して、開いたパソコン画面に映るのは、今まさに話していた"星漿体"天内理子の暗殺依頼。

 呪詛師が蔓延るこの現代日本、都市伝説で語られる闇サイトも侮ることはできず、今もこうして彼女の命を狙う者たちが押し寄せている。

 しかし時雨が最も驚いたのが、その賞金額だ。

 

「しかしだからと言ってな…盤星教からの手付金、3000万全部使うか?普通」

「言ったろ、そもそも相手は元から五条の坊、伽藍がいなくてもタダ働きさせられたさ。うん百年ぶりの六眼と無下限呪術の抱き合わせだ、誰もあいつらを殺せない」

「………お前もか?」

「さぁどうかな」

 

 そう言って、大胆不敵に笑って見せるこの男に、時雨はこれまでの信頼を含め、同じように笑って見せる。

 賞金がかかる時間は残り39時間、それまでの間、賞金につられる愚かな呪詛師、そしてそれを警戒し、神経をすり減らされる五条一行。

 "術師殺し"の魔の手は、確実に迫っていた。

 

「ま、俺もしばらくしたら参加する。3000万、しっかり戻しとけ」

「馬鹿言え、その辺の匿名掲示板と一緒にすんな、掲載料に手数料諸々含めて――」

「あー聞こえねぇ聞こえねぇ」

 

 そんな彼の姿を見て、一瞬額に血管を浮かべるものの、ふと"あること"を思い出し、「あぁそういえば」と切り出す。

 それに甚爾は、悪びれもせずに言い返した。

 

(めぐみ)は元気か?」

「……誰だっけ?」

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「付いて来なくても良いと言っておる!」

「別に、お前が死のうと割とどうでもいいが、私の定めた勝負に反するからな。ありがたく守られろ」

「ふっ不敬じゃ!貴様不敬じゃ!!」

「はーうざ」

「ムキーッ!!」

 

 廉直女学院(れんちょくじょがくいん)・中等部。

 星漿体の役目を終えるまで、彼女が通うこととなっていた学校、そこに向かう形で天内、そして伽藍は共に歩いていた。

 そもそも呪詛師たちに狙われ、いつその魔の手が襲い掛かるかわからない現状で、高専に戻らずここに来るのは悪手だろう。

 しかし他ならぬ、天元の命令だ。"天内理子の要望には全て応えよ"…そして天内の要望とは、最後に友人のいる、この学校に通うこと。

 

「大体、友達に見られたらどうするんじゃ!それに移動する度にメールすればいいじゃろ!」

「五条らならともかく、私は一応お前と同じ女だ。別に気にしなくていいだろうに、それに入れないということもない、上に情報を入れて貰ったからな」

「気恥ずかしいわ!」

「…チッ」

 

 ズンズンと、背後で心底面倒くさそうにする伽藍を後にして、早足で先に進む天内。

 しかしすぐにそれに気づき、伽藍も歩くスペースを上げて、天内の隣にピッタリ立つことで更に速度が上がる。

 ズンズン、ズンズンと、次第にもはや走っているのと変わらないスピードで並走し、グングン加速を続けて走り、結局天内がバテたことで鬼ごっこは終わる。

 

「ぜぇーっ…ぜぇ…」

「…おっそ」

「黙れ!!貴様が体力お化けなだけじゃ!」

 

 未だ息切れの止まない天内と、それを本気で驚いたように見下す伽藍。

 そして互いに煽り、煽られ、五条や夏油といい、"星漿体"相手でも変わらないその態度に、天内はより一層頬を膨らませて怒る。

 

「大体!いくら貴様らが強いとはいえ、もう少し態度…を…っ――」

「おい、そっちは危ない」

 

 そっと、振り返った拍子に足を引っかけ、態勢を崩した天内の腰に手を添えて、そのまま抱き寄せる形で、伽藍は歩道の方に引っ張り込む。

 普段の、あの暴力と殺戮に塗れた身体能力と違って、花を触るようなその力加減に驚いたのも束の間。

 脇下から腕を通し、腰を支えたままの伽藍に、ぺしん!と再び平手打ちを放って騒ぐ。

 

「~っ、放せ!放せーっ!」

「私の勝負の終わりが"事故"になるのはごめんだからな、嫌ならもう少し周りに目を配れ」

「ぐ、ぐぐぐ…」

 

 女学院まで目と鼻の先、目の前の角を通り、その後直進を続ければいいだけだ。

 あとは適当なことを言って、自分から引き離せばいい…そう内心で決めて、天内は歩き出す。

 そしてしれっと車道側を歩き、エスコートを続けたままの伽藍が、ふと歩みを止めることで事態は変わる。

 ――悪寒。

 

「…ほう、これは…」

「な、なに…?」

「いやなに、いい機会だからな。――広く使おうと思っただけだ」

 

 ――ブンッ

 天内の制服を引っ張り、伽藍は一気に上空に向かって急加速をする。

 呪力による強化ができない、天内の肉体に害が出ないギリギリの速度、そしてビルの屋上へ降り立ち、目の前の男を見る。

 

「お前が、今回の相手か」

「あぁ、今夜は(うなぎ)だな。人を殺して食う飯は上手いんだ――そこのガキを譲れ」

「…ひっ」

 

 その邪悪な殺意が、紙の覆面を被った呪詛師の男から発せられ、それに当てられた天内が小さな悲鳴を零す。

 そして、男が術式を発動する様子を、伽藍は静かに見届ける。

 

「術師でもない、中坊殺して3000万だ、こんなにおいしい話はない」

「だから悪いが」

「ここで1回死んでくれ」

 

 ズズズ…と、まるで粘土をこねるように、男の身体が変形し、そのまま2つに分裂する。

 そこから更に2つ、更に3つと分裂をすることで、男は5人に増殖し、伽藍たちを囲む形に陣取った。

 だがそれを見ても、この闘鬼の笑みは止まらない。

 

「ククク…単純な数の暴力か、だがそれもいい。悪くない」

 

 バキンッ。伽藍の皮膚から、赤い血を滴らせて黒く光る、液状筋肉によって作られた触手がその姿を見せる。

 そして、それが円を描くように伽藍の背中、そして天内の背中に展開され、文字の刻まれた光輪を彷彿とさせるオブジェクトを生成した。

 

()()()()()には丁度いい」

「なっなんじゃこれ!?おい!なんじゃ!!」

 

 初めて見るその術式、それに興奮しながら、自分の背中を見る天内を抱きかかえる。

 そして伽藍は足を踏み込んで――

 

「まずは1匹」

 

 ゴンッ!と伽藍の裏拳が男の顔面を砕き、その凄まじい呪力出力による腕力で、そのまま首と胴が泣き別れになる。

 更に遅れてやってくる、腕を振るったことによる空気圧。それが凄まじい風を生み出し、屋上を支配した。

 いつの間にか、自分の分身の背後に移動していた伽藍を見て、男は動揺する。

 

「お前、今何を…」

「――おしゃべりをする余裕があるのか?」

 

 ――グシャッ!

 再び消される分身、今度は蹴り上げられた伽藍の足が、男の身体を下から裂いて、消滅させる。

 先ほどの、屋上へ駆け出した時のあれとは比べ物にならない。

 その物理法則を無視した規格外の速度に、男は更に潰された分身を後目に、残る分身を操作しながら考える。

 

(ありえねぇ…どういう原理か知らねぇが…あの輪っかを付けた途端だ。あいつ、ガキが風圧で潰れるのを防ぎやがった…!)

 

 もし、先ほどのように伽藍が天内の身体を優先し、速度を落として相手するのならば、まだなんとかなった。

 しかし今、彼女は天内の肉体への害を考える必要もなく、最高速度に近いそれで、今も蹂躙を続けている。

 

「おい」

 

 ――瞬間。目の前に現れる伽藍の姿。

 

「ガっ――」

「お前が本体か?」

 

 伽藍が突き出した右腕が、ザシュッと男の身体を貫通し、そのまま体内をえぐりながら、脳天に向かって拳を突き上げる。

 途端に、今までの分身と同じように、粘土が溶けるように消えるそれを見て、伽藍は舌打ちを零す。

 

「これも外れ…運が悪いな。いや待て、この気配…」

「――ッ」

 

 バコンッ!逃走を図ろうと駆け出す男とその分身体を、伽藍は瞬間的に上空へ、そして蹴り落とす形で防ぐ。

 そして再び、片方の分身が溶けてなくなる様子を見て、なるほど。と口にした。

 

「先ほど、私は片方を弱く、そして片方を殺す威力で蹴ったのだが…勿論、普通なら残るのは弱く蹴った方だ。だがおかしい、私の勘では強く蹴った方が本体だと思った」

「ぐ…っ」

「しかし今、お前はこうして生き残っている。5人のうちどれかが偽物…というわけでなく、全員が分身であり本体だった…というわけか?」

「……っ!」

 

 正解だ。

 六眼を持っているわけでもなく、ただ己の勘、そして呪術の知識と観察眼の全てを駆使し、こうして見切ってみせたその女に、男は畏怖を覚える。

 しかし、だからといって状況が絶望的なのは変わりない。こうして彼女の前に立った以上、敗北の先にあるものは――

 

「では、幕引きといこうか?」

「わわっ」

 

 シュルル…と、天内の目と耳を隠すように、液状筋肉が肌を伝い、彼女の身体を包み込む。

 突如やってくる不可思議な感触に、くすぐったいと可憐に笑う少女の前で、行われるのは残酷な処刑だ。

 

「――さて」

「~~~ッ!!」

 

 赤。血よりも深く、そして黒く光る、その瞳。

 それに魅入られた数秒が、男にとってはまるで数分の体験のようだった。

 

 ――バッッ!

 

「っぐァ…っ!?」

 

 刹那。反応なんて、できるわけない。

 まさに一瞬で、男の身体は半分まで切られ、大量の血液を漏らして倒れ込む。

 しかしその姿を見て、伽藍は心底驚いたように興奮して言った。

 

「…ははっ!何だお前?三枚に(おろ)すつもりだったがなかなかやるな」

 

 なぜ助かったか、今の攻撃の原理は何だったのか、それはもはやどうでもいい。

 男は目の前で、心底楽しそうに笑って自分を見下す、この悪魔が怖くて仕方がなかった。

 

「っ!」

 

 逃げる。

 

「それにしても、体内は一種の領域というのがまさか、座標指定にまで影響するとは…全く、慣らし運転はもう少し続けるべきか」

 

 震える足を何とか抑え、男は背を向けて走る。

 

「しかし、それにしても運がいい…咄嗟に呪力を固めた場所が、斬撃の場所とたまたま噛み合ったとはな?…さて」

 

 それは、1秒にも満たない処刑執行だった。

 

「すまんすまん、流石に手を抜きすぎた…――次は本気でやってやる」

 

 全力で逃げたはずの、男の目の前に見える伽藍の背中。

 

「――禍津日(マガツヒ)…」

 

 その"何か"を振りかぶったような姿勢と、その手指の先から、細く練られた液状筋肉がある。

 男がそれを見ることができたのは、死に晒された故の覚醒か、それとも走馬灯による副作用か。

 

「"卸し(はち)"」

 

 ――キンッ

 

「――あ、ア"」

 

 男が最後。ズレて暗くなる視界を最後に、何とか聞き取れた斬撃音。

 それが、冥土の土産となった。




 伽藍
エスコート技術は羂索の真似。


どっかで聞いたことある効果音だなぁ~()
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