黄泉返りの国家転覆   作:倉庫

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 主人公は善人じゃないです


本編
1話.日と油


 時は平安、世は呪術全盛期。

 

 1が生まれれば2が滅び、1を生かすために4が死ぬ。

 血と臓物が地を汚す恐ろしい時代。人の命が通貨のように使い捨てられる、忌まわしい時代。

 だからこそだろう、たとえそれから1000年経とうとも、呪術の発展具合はこの時代が一番だった。

 たとえば領域展開。現代呪術師が夢見る呪術の極致、だが平安の世では、それは比較的スタンダードな技術だった。それでもそれが使える人間に限りはあったが、それらを駆使する精鋭たち、天与の才能を持つ宝石が何百も、何千もいた。

 だが全員が滅びた、1人の鬼神によって。

 

 天上天下唯我独尊。圧倒的な自己、他を顧みない災い。

 

 名を両面宿儺。後の1000年語り継がれる、紛うことなき呪いの王である。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「あー…これはまた、派手にやったね」

 

 ある平安時代の昼下がり、そうぼやく男の目の前に広がるのは、血と臓物で彩られた絨毯だ。

 本来そこに見えるはずの、大地と草の鮮やかな色は、その全てが血と骨の紅白で塗りつぶされている。

 地に転がるかつて人であったもの、男はそれを足で蹴り払い、歩いて話しかけた。

 

 この惨状を引き起こした者へ。

 

「で、どうだった?楽しかった?」

「………………」

 

 ――あっ、これはご立腹だ。

 返事なんて聞かなくてもわかる、もうあからさまに不機嫌だ。

 さっきまで落ち着きを見せて、凪いでいたはずの呪力が、また暴れだして止まらない。

 そしてなにより。振り向いて()()()を見た瞬間に、目の前の老婆は「げっ」と声を漏らしたからだ。

 

「お前、まだ生きてたのか」

「生憎、まだ死ぬ予定はないんだよね。期待に沿えなくて申し訳ないよ」

「ハッ!どの口が言う、死ぬつもりなど毛頭ないくせに」

「あっ、バレた」

 

 ニヤニヤと、相手を小馬鹿にするような、それでいて不気味な笑いを零す傷跡の男を、老婆はただ笑って睨む。

 だが、その銀髪に隠れた鋭い眼光は、80歳を超えているとは思えないほどに狂気的だ。

 男と老婆が旧知の仲でなければ、今頃新たな戦いが発生していただろう。

 

羂索(けんじゃく)、お前はまだこそこそと…裏で鼠のように這いまわってるのか」

「目的のためならあと…そうだね、1000年は続けるかな」

「物好きめ」

 

 まるでクレヨンを握り、白紙を前にした幼子のような、その純粋な己が好奇心を満たすための、果てしない計画。

 男は…羂索はこれからも続けるのだろう。人の身体を乗っ取り、尊厳を凌辱し、周りの全てを不幸にして。

 老婆もそれを理解している、理解しあえてそれには触れない。

 対する老婆の願いもただ一つ、それを邪魔されなければ、それ以外はどうでもいいのだ。

 

「にしても派手にやったねぇ…君もう結構な歳だろ」

「遅い温い甘い、これなら裏梅との戦いの方がまだマシだ」

「え、また喧嘩売ってきたの?君」

「一昨日久しぶりにな、相変わらずの実力だった」

 

 筋肉が衰えようとも、歳を重ねて退化しようとも、決して衰えぬ闘争欲。

 嗚呼、この老婆は相変わらずだと、そう羂索は懐かしさを覚える。

 それと同時に、自身とそう大差ない、たった一つの目的の為に、今日も生きるこの老婆の。

 その進んで生きる姿勢に、改めて彼は好感を持った。

 

伽藍(がらん)、一つ聞いていいかい?」

「どうした、羂索」

「このあとどうするつもり?」

 

 族を滅ぼし、己の欲を満たすため闘いは終わった。

 食欲、性欲、睡眠欲。それらに匹敵するほどの闘争欲を身に宿した、生粋の戦闘狂(バトルジャンキー)

 そんな彼女の答えをなんとなく察しながらも、羂索は聞いた。

 そしてふむ…と、少し悩む素振りを見せてから、彼女――伽藍は答える。

 

「宿儺を殺す」

「いや無理でしょ」

 

 一蹴。

 「マジで何言ってるんだコイツ」そう言いたい顔を必死に抑えながら、羂索はそう返した。

 

「いや必ず殺す」

「だから無理だって」

「傷は癒えた、もう一度行けば今度こそ会えるだろう」

「また裏梅に追い返されるだけだって」

「ぬかせ、ならば裏梅と宿儺両方をだ」

「………」

 

 耳を貸さずにそう言い切った伽藍に、羂索は両手を上げて降参の姿勢を見せた。

 わかっていた、わかってはいたが。どうやらこの年になっても本当に、昔から何も変わっていないとは。

 はー…と気だるげな声を漏らして。

 

「うーん、やっぱりもう頭が手遅…」

 

 一閃。羂索の言葉を遮るように放たれる拳撃。

 ブォンと背筋の凍る音を出しながら、伽藍の腕が空間を切って、目の前にいた羂索に襲い掛かった。

 羂索は寸分でそれを躱し、距離をとる。しかし「あ~…」と、めんどくさそうな顔をした時にはもう遅く。

 

「あっぶないなぁ…今の身体は、そんなに戦闘に向いてないんだけど」

「もし術式がなくても、お前自身の呪力操作があるだろう、やるぞ」

「本当に勘弁してくれないかなぁ…今の呪力量もそんなに自信ないんだけど」

「いつものやるぞ、今から反転術式を使いながら、倒れるまで殴り合いだ」

「ねぇ?人の話聞いてる?」

「勝負開始だ――!」

「ちょ…」

 

 結果は羂索の勝利。

 しかし、この何の得にもならない勝利は、羂索に疲労だけを与えただけだった。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「ククク…あぁ楽しかった!久方ぶりの殴り合いだった!」

「私、君のことはまぁまぁ好意的に思ってたんだけど…前言撤回しようかな」

「羂索、ところで例の話だが」

「いやそういうところだからね??」

 

 目の前で仰向けになりながらも、笑いを止めない伽藍に羂索は顔を顰めた。

 たとえ戦闘に向いた身体でなくとも、羂索には自身の呪力操作や結界術、更には徒手空拳の戦闘経験がある。

 そこに、老化の影響で持続力の下がった伽藍の身体能力が相手。結果は最初から目に見えていた。

 だが彼の経験と知識があろうとも、燃費の激しい反転術式を常にかけながらでの戦闘は流石に堪えたようだった。今でも少し息切れをしている。

 

「お前は数十年…いや、数百年後も変わらず生き続けるのだろう」

 

 伽藍は、自分の両手を眺めながら言葉を紡ぐ。

 老いて、皴ができて干からびたその両手、だがそれは決して醜くはなかった。むしろ誇りにさえ思う。

 誰よりも剣を、拳を握り戦い続けた。一人の戦士の記憶そのものだからだ。

 誰よりも見てきた、だから既に理解していた。

 

 ――今日が限界だと。

 

「私は、もう死ぬ」

「…そういうの、わかるんだ?」

「たわけが、私が何年この身体と向き合ってきたと思う?お前のように、身体を変えるやつにはわからんだろうがな」

「あはは」

 

 だがこれでいいのか?本当にこのまま終わっていいのか? 

 否、伽藍の内心は既に、答えを見つけていた。

 

「羂索、お前は遠い未来で、今いる術師たちを起こすと言ったな」

 

 それは昔、伽藍自身も勧誘されたことだ。

 羂索のある目的の為に、呪術全盛をもう一度呼び起こすための計画に。

 

「…噓偽りは許さんぞ」

「はいはい」

「私が聞きたいのは一つだけだ、たった一つの事実確認だ。なぁ羂索、私が…」

 

 

 

 

 

闇より出でて闇より黒く、その汚れを禊ぎ祓え

 

 

 

 

 

 言葉は続かなかった。

 ――"帳"それは本来呪霊を閉じ込め、非術師を災いから守るための結界。それが、たった一人の老婆に牙を剥いた。

 そして瞬時に二人、三人と、全身を黒、黒…黒で染めた、"個人"を捨て去った量産型の捨て駒たちが見える。

 羂索はそれの正体に覚えがあるのか、ひどく顔を顰めて伽藍を見た。

 

日月星進隊(じつげつせいしんたい)…なんで君が目つけられてるのさ」

「この前藤原に喧嘩売ったからか?」

「いや聞かれても知らないよ…っていうかなに、え?なにまた喧嘩売ってるのさ?」

「この前、宿儺の気配を追ったらたまたまかち合ってな」

「うっわぁ…大人しく隠居しときなよおばあちゃん」

「先に貴様から殺してやろうか?」

 

 藤氏直属暗殺部隊。滅私奉公、闇に生き、名を持つことさえ禁じられた、陰に生きる捨て駒の者たち。

 それらが一斉に武器を、呪具を、伽藍に向けて殺気を向ける。

 

「丁度いい、数十年ぶりに共闘でもするか?」

「いや私としても、ここで藤原に勘付かれると不味いし…」

 

 そう言うと、羂索は小さく何かを詠唱し呪力を練ったあと

 

「まぁ頑張ってよ」

 

 姿を消して立ち去った。

 

「…」

 

 …立ち去った。

 

「………………」

 

 

 立ち去った。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

 日月星進隊に与えられた任務はただ一つ、目の前にいる老婆…「伽藍の抹殺」だ。

 隊員たちに"疑問"という概念は存在しない。言われた言葉に頷き、ただ与えられた任務を遂行し、その命散らすのみ。

 だがたとえ厳格化された規律でも、人間の思考そのものを縛ることはできない。

 

 1人の隊員は考える。

 

 本当にこれでいいのか?このまま自分は名すら持てずに死んでいくのか、と。

 そして思い返す、思考を加速させる。

 

 ――伽藍。

 

 記録では、約60年以前から存在し、最近になって活発に活動を始めたとされる、謎の老術師。

 術師といっても様々な種類が存在する。かの邪悪、両面宿儺のように、弱者を甚振る下劣な存在だったり、逆に弱者を助け、善行を積む死に急ぐような愚行を犯す存在。

 

「藤原の使いか」

 

 では、目の前にいる老婆は何か?

 信じがたいが、この老いぼれは一途にも、あの災いの化身である両面宿儺を超えるため、今も研鑽を積んでいるという。

 はっきり言って無理だと思う。なぜならまだ()()()()()()()は、遠目で実際に見たからだ。

 同じ人とは思えない異形。その暴力と殺戮の化身、そして圧倒的な自己を。

 それに伽藍はもう老人だ。あまりにも遅い活動開始時期、もはやその身は骨と僅かな肉と皮のみ。

 ――嗚呼、それなのに

 

「私は今機嫌が悪い…故に手加減はできん、心してかかれ」

 

 その立ち姿からもハッキリ感じる、圧倒的な殺傷能力を。

 ――この"術師"の、実力の壁が見えない…!

 

「……!」

 

 まだ思考を捨てず、「生きている隊員」は考える、故にまだ動かない。

 だが思考を捨て、駒として生きることを選んだ動く屍は、何も考えずに伽藍へ立ち向かった。

 一人は刀を無造作に振るい、一人は触れることで発動する術式のために、両腕を無防備に突き出して――

 

「愚か」

 

 そして文字通り、愚かな駒はその手で切り捨てられた。

 一人は手、腕、肩の関節から輪切りにされた。両腕を失いバランスが崩れて倒れこむ。

 もう一人は足から縦に何重にも切り裂かれた。機能を失った両足はすぐに自重を支えられなくなり、そのまま崩れ落ちて――

 更にそこから、伽藍は刀を何重にも振るった。

 一体いつ取り出したのかわからない、彼女の右手にある、異形の武器。

 人の骨を模した…いや、骨そのもので作られた、あまりにも悪趣味で恐ろしい呪具。それをまるで、子供が玩具を振り回すかのような気楽さで振り、二人の男の首を狩った。

 それはまるで、野菜を調理したかのような鮮やかな切り口で、寸分の狂いは一切ない。

 

 首を狩る、首が落ちる、そしてそれを2つまとめて剣で突き刺す。

 

 これらの作業を目に見えぬスピードで、伽藍は年老いた肉体で成し遂げた。

 まさに神業。だがそれを為し、剣から男2人の頭を抜く彼女の顔は。

 

「…つまらんな」

 

 深い落胆の表情だった。

 

「これでは話にならん…見ろ、目の前にいるのは一人の老いぼれだ。――狩ってみせろ、殺して見せろ」

 

 伽藍は、刀を強く握る。

 

「今から選別を行う――防ぐか、避けて見せろ」

 

 手に骨が突き刺さり、血が溢れて刀身を濡らす。

 地面に垂れた血液が()()し、煙が生まれて大地を焦がす。

 

 単純な呪力強化?否。

 簡易領域で逃げる?否。

 ――避けられるか?否!

 

「では…間引きの時間だ」

 

 伽藍がその剣を構え力を籠める、そして振るう。

 

「生き残って見せろ」

 

 そして襲い掛かるのは。

 

「――"アカガネ"」

 

 何百発もの、燃える血の弾幕だった。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「いやぁおつかれ、結構面白かったよ」

「貴様、今までどこにいた」

「あくまでも姿を消しただけさ…うん、この術式は役に立つね。保存する術式の第一候補かな」

 

 戦いとも呼べぬ戦い、一人を残して全滅した日月星進隊は、そのまま姿を消してどこかへ去った。

 日月星進隊は、ほとんどの隊員がもはや人とは呼べぬほどに衰弱した"個性"を持っている。本来なら敵を屠り、それで終わりだった。

 

 だが伽藍は見た、たったひとり生き延びた一人の隊員の瞳を。

 恐らく骨格からして女。彼女は術式で空間を捻じ曲げて伽藍の攻撃を躱した。これだけでも興味を引く…しかし。

 

「羂索、あの女はなかなかいい眼をしていた。誘ってみたらどうだ」

「…藤原の人間を?本気で?」

「どうせあいつも切り捨てられる。藤原とはそういう所だ」

 

 使えぬ駒は捨てるのみ、そして捨てられることに疑問も感じないのが日月星進隊。

 だがあの女は違う。死なない、為る、という燃える願望を持つ生きた瞳だ。

 ――ならば自分も、そう決心し。

 

「話の続きだ、羂索」

 

 伽藍は、この胡散臭い旧知の男と、手を組むことを選んだ。

 

「私が例の話を受ければ数十年…いや1000年後か?さすれば…」

 

 ――宿儺と闘れるのだな?

 その言葉に羂索は、相変わらずの胡散臭い笑みを、より強く浮かべることで答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暇だ」

 

 ボチャン、と適当に投げた人骨が水しぶきを起こしてそのまま沈む。この光景も何百回見ただろうか。

 あの胡散臭い旧知の男と縛りを結んで…どれくらい経っただろうか?

 確かに羂索は言った、数十年、数百年後と。しかしこれは…

 

(暇すぎる。流石にこれは暇すぎるぞ…)

 

「退屈で死ねる…」そう何万も呟いた言葉の1つを、更に再び言葉にする。

 まさか本当に1000年待たせるつもりかと、伽藍は今も呑気に生きているであろう男に腹を立て、歯軋りをする。

 確かに数十年、数百年後とは言った。言ったが、まさか本気で1000年後に、計画を始めるつもりだったとは思わなかったのだ。

 

「…いや、あいつのことだ、機転を利かせていらない寄り道を繰り返しでもしたか」

 

 羂索は基本、己の好奇心に従い行動する傍迷惑な存在である、それはずっと変わらない。

 いつだったか、伽藍は彼が「呪霊と人間の交じり子なんて面白そうじゃないか」なんて言ったことを思い出した。

 …まさか本当に、呪霊との交じり子を作りでもしたか?そう閃き、有り得ると確信した。

 

「それに比べて私ときたら…」

 

 伽藍がこの生得領域に引き籠り、過ごした最初の十年は剣術だ、ただ基礎を振り返り、刀を振って、振って、振って振って振って…

 そしてついに、自分以外はいないはずのこの場所で、対戦相手の幻覚が見え始め、それを切り捨ててからはもうやめた。

 あとは適当に己の術式と向き合う、試行錯誤して失敗して、そしたら反転術式を施す。

 これを繰り返して繰り返して、繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して…

 

「生まれて初めてだ…あのろくでなしの腐れ脳味噌が羨ましいなど…!」

 

 結局どれだけ技術を磨こうとも相手がいなければ意味がない。

 どれだけ結界術を極めようとも、見せる相手がいないなら本末転倒だ。

 嗚呼、自由が欲しい…そう再び口にしながら、彼女は生得領域の骨に寝転がる。

 

「…寝るか」

 

 あまりにも長く退屈を経験したからだろうか、今伽藍の特技は、眠くなったら寝る、目を開けたまま寝る、起きたまま寝る。の3つだ。

 

「あまり待たせるなよ羂索…」

 

 ――今日は久しぶりによく眠れそうだ。

 そして、伽藍は幾万回目の睡眠を貪った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると裸だった。

 伽藍の今現在は、それ以上でもそれ以下でもない。

 

「……………………………………………………は?」

「あ、やっと起きた」

 

 混乱が覚めない脳みそを、直接ぶっ叩くように聞こえた誰かの声。

 女、女だ。だがその抑揚、あまりにも胡散臭いその喋り方…

 それに悪寒を感じ、伽藍がゆっくり、ゆっくり振り向くと。

 

「あれから1000年、久しぶりだね伽藍」

 

 そこにいたのは、()()()()()()成人女性。

 

「………………羂索、相変わらず趣味が悪いな」

「結構便利なんだよ、この身体」

 

 羂索、羂索だ。

 あの時のような塩顔の男ではない、まだ若さと美しさを残す、魔に染まらぬ女性の身体。

 彼は死体を乗っ取る術式を持っている。死体ならなんでもいい、それが男でも、女であろうとも。

 ――あぁそうだ、こいつは何も変わっていない。その相変わらずさに、伽藍は安心感すら覚えた。

 

「お前、元の性別は何だった…?思い出せんが一つ言えるのは…とてつもなく気色が悪いことだな」

「言うねぇ」

 

 そう言って羂索は笑う。顔も身長も、性別も違うが、唯一変わらないその微笑み。

 変わらない。この男はこうやって、1000年以上生きてきた。

 

「それで?その身体はどうだい?」

 

 羂索はそう言って、伽藍の身体をまじまじと見た。

 それがいっそ、下卑た欲情の視線ならどれだけよかったことか。その瞳からは、羂索本人の純粋な"興味"しか感じない。

 研究者としての、知的好奇心を満たすだけの、その視線。

 

「悪くはない、というより…」

 

 ――恐らく銀の亜種だろうか?と、伽藍はあの時代では見られなかった、俗にいうガラスと呼ばれる、壁の向こうまで見えるほどに透き通ったそれを見た。

 そこに薄く反射され見える、今世の己の姿。

 15…16ほどに見える若い少女の肉体と、斜めに切り揃えられた、ほんの少し黒の交じった銀色の前髪。

 

「髪色は受肉の影響かな、それ以外は"器"そのままだよ」

「器?」

「ほら」

 

 そう言って、羂索が放り投げた布を掴み、伽藍は軽く身に巻いて問う。

 

「流石に、裸のままだとあれだしね」

「…色々聞きたいことはあるが…今は一つだけ聞こうか」

「どうぞ」

 

 聞くのはもちろん、今のこの身体についてだ。

 

「軽く拳を握るだけでわかる…()()はなんだ?天与呪縛か?」

「なにがだい?」

「とぼけるな、()()()()()()()()()

 

 あの時代にも少数だがいた。天与呪縛…生まれついて何かの"縛り"を受けることによる恩恵の数々。

 身体を縛れば呪力が、呪力を縛れば身体能力が。呪術による足し算で、生まれつきのギフテッドを身に宿す。

 だが、これは違う。

 

「私の場合は違う…なんだ?何をした?どうやってこれを成した?」

「ある実験さ」

 

 羂索は「実験」と、ただ一言でそれを終わらせた、それだけだった。

 何十年、いやおそらくは何百年もかけたのだろう。だがそのただ一言に、この術師の人生の、一欠けらが詰まっていた。

 

「君を受肉させるついでに、前から計画してた実験を進めようかと思ってね」

「…それで?」

「君のおかげで成功した」

「そうか」

 

 もういい、答えは聞いた。これだけで充分だ。

 伽藍はそうして、目の前の男に聞く。

 

「で、私は()()()()()()()()

「…へぇ?珍しいね、君が?」

 

 その言葉が、本当に予想外だったのだろう。羂索は今まで見たことのない、心底驚いた顔でそう言った。

 

「やっと何百もの退屈な時が終わったんだ、今は機嫌がいい。それともいらんか?」

「いや」

 

 羂索はすぐに答えた。

 

「せっかく君に"お願い"ができるんだ、なら有効活用しない手はない」

「お前らしい答えだ、変わってなくて安心した」

「こっちこそ」

 

 そう言って羂索は、新たに何かを取り出して伽藍に渡す。

 数枚の緑の紙に、硬い謎の素材で作られた、今の伽藍の姿が描かれたそれ。

 

「…?なんだこれは?外来のものか?」

「あーそっか、昔の文字しか知らないもんね君、これは今の君の住所とか銀行口座、あと免許証だね」

「ぎん…めん、きょ…?」

「ま、細かいことは気にしないで。…記憶を読み取れてないのか…?

 

 伽藍からすれば、それはよくわからない文字の数々…しかしよく見てみると少しだけだが、何故か読める文字が何個かあった。

 そしてそれを読み取り、おそらくこれが自分の名前だろう。と、そう確信して読み上げた。

 

「伽藍…()()伽藍か」

「気に入ったかい?」

「気に入ったも何も、ただ二文字足しただけだろう?」

「まぁまぁ」

「あのなぁ…」

 

 

 

 

「香織?」

 

 

 

 

 …あぁ、この瞳を私は知っている。

 伽藍は、開いた扉の先にいた、男の姿を見て、内心でそう吐き捨てた。

 

「なぁに?仁さん」

 

 さっきまでの声とはまた違う、吐き気のするような、羂索の放つ甘ったるい声。

 

「もうすぐ時間だよ、用事は済んだ?」

「えぇ、もうすぐ行くわ」

「そっか、じゃあね」

 

 やつれた瞳、濁った瞳。何かを信じて何かを捨てた。

 羂索は、あの男の何かすら奪い、凌辱した。

 

「悪いけどそろそろ時間でね、しばらくはお別れかな」

「あの男はその身体の番か?お前は相変わらず気色悪いな」

「それはあっちの方だろ?アイツ、この女が死んだって気づいてるのに、今もあぁなんだよ?キッショ」

「お前というやつは…」

 

 これでこそ呪術師、呪いを廻し呪い呪われる存在。

 羂索も、伽藍も、あの時代を生きた者たちはこうやって生きてきた。ひとでなし、ろくでなしのままあの時代を。

 

「お前は呪術師に向いてるな」

「逆に君は向いてない、だって脳筋がすぎるんだもん」

「よくわからんが、貶されたことだけはわかる」

 

 あの仁という男もいつかは処分されるのだろう。伽藍はそう確信した。

 愛した女の身体で、直接処分されるだろう、羂索とはそういう男だ。どうせ殺すなら、身体を捨ててからでもいいはずなのに。

 

「これからよろしく伽藍、呪術全盛のために?」

「言葉を選ぶな、お前の真の目的などどうでもいい…私の目的は宿儺のみだ」

 

 こうして2人は手を握った。だが、そうだ。

 ひとでなしとろくでなし、相性はさほど悪くはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでだ、最後に一つだけいいか」

「うん」

「そこ、赤子がいるだろう?」

「いるね」

「あれはなんだ」

「私の子供だよ」

「キッッッッッショ!!!」




 伽藍
今作の主人公。術式名???、能力は骨や肉などを作ったり操ったり。
宿儺絶対殺す系女子、受肉先は三輪ちゃんの親族(見た目はほぼ色違い三輪、前髪の向きは反対)
ちなみに裏梅から死ぬほど嫌われてる。というか宿儺からもうざがられてる。
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