黄泉返りの国家転覆 作:倉庫
そして今回のお話で、伽藍というキャラクターをより知ってもらえるといいなぁと思います。
ちなみに、伽藍というキャラクターと羂索の関係性は「夏の庭 The Friends」を見て思いつきました。
「五条悟は俺が殺した」
「そうか、死ね」
凶弾の後、先に動いたのは夏油だった。
すぐに呪霊操術による数多の呪霊を召喚、配置し、目の前の侵入者に殺意を向け、戦闘準備を終えた。
「ハッ、焦んなよ」
タンッと、再び放たれる3発の弾丸。夏油はそれを察知し、すぐさま呼び出した低級呪霊を壁にすることで防ぐ。
だがその一瞬で視界から外れ、それを見逃さなかった甚爾はすぐに高所に避難し、続けた。
「話の続きだ。俺は体内に武器を格納できる呪霊を飼っててな、普段はそっちに任せてある。……あぁ皆まで言うな、今度はその呪霊の呪力で、透明じゃ無くなるってんだろ?」
伏黒甚爾は前代未聞、己の持つ全ての呪力を失う天与呪縛をその身に受けている。
それによる呪術的ステルス、結界術も呪力センサーも、呪力がない故に彼を無機物と判断し、誰も彼に気づかない。
だから彼は銃を使った。呪具でもない、正真正銘、呪力の籠っていない非術師の道具を。
そして同じように、先程は呪力ない刀で五条を刺し――
「お"え"っ」
甚爾が嘔吐きながら舌に出したそれ、夏油の肉体に刻まれた術式が反応し、それこそがこの男の武器、呪具を持ち運ぶ武器庫そのものだと理解した。
瞬く間にそれは大きさを変え、器用に彼の身体にまとわりつく。
「呪霊に自分の身体を食わせてサイズを落とす…で、俺がそれを腹にしまう。透明人間は臓物まで透明だろ?これで俺はあらゆる結界を素通りできるってわけだ?まぁ蠅頭はともかく、一度に取り出せる武器の量はちと…」
「――もういい」
自身の特殊な肉体の仕様、それの説明を続ける甚爾に夏油は一言返す。
親友を殺したと、そういうこの男に、目の前で少女を、天内を無惨に殺したこの男へ怒りを込めて。
「天与呪縛だろ、情報の開示か?
「人間が残すのは呪力だけじゃねぇ、足跡に匂い…五感も呪縛で強化されてんだ」
「……ここに来るまでにもう1人いただろう、メイド服を着た女性だ、彼女はどうした?」
「あ?知らねぇよ適当に切ったし…ま、多分死んでんじゃね?」
「死ね」
殺意を込めてそう返し、夏油は先ほど呼び出した全身を白で染めた龍の姿をした呪霊、
甚爾は超越した動体視力で牙、そして顎の動きを見切り、身体を畳んで逆に向かって飛んだ。
その行動に夏油は一瞬驚いたものの、虹龍は主の命令を遂行して、そのまま飲み込み、噛み砕こうとした瞬間。
――ビィィィィッ!
「なっ…!」
「呪霊操術か、烏合だな」
虹龍の口内で筋肉を捻り、その反動で一気に回転を上げて、内側から切り刻む。
夏油が調伏させた呪霊の中でも、虹龍は純粋な硬度のみならば最高峰のものだ。しかし今の甚爾にとっては、それは何の障壁にもなりはしない。
彼が手に持っている、茶色の毛で施された鍔と大ぶりな刃。それは
――魂すらも切り裂く呪具、釈魂刀。それが夏油の主戦力の1つを、無慈悲にも両断した。
「ッ…クソ」
「おせぇよ」
すぐさま後ろに控えていた呪霊を前に置いて、態勢を立て直そうとしたのも束の間。
一瞬で迫りくる甚爾の蹴りには間に合わず、そのままボギッ!と鈍い音を立てて、そのまま壁に吹っ飛んだ。
「ガハッ…!」
「張り合いがねぇな、もう終わりか?」
いくら格闘技を嗜み、鍛えた夏油とはいえ、この暴君の前ではほとんど意味がなかった。
どれだけ意識を集中しようと、それを超える速度と戦略で甚爾は襲い掛かる。呪霊の展開も、今回の相手に勘付かれたら終わりだ。
そう、だからこそ――
「万が一もある、死なねぇ程度に適当に…」
――グラリ
「…あ?」
「…ッ、かかったな」
格納呪霊からもう1つの呪具を取り出し、それを抜こうとした甚爾の身体が、突然崩れる。
その異常に、甚爾は冷静に夏油の姿を観察し、その背中に隠れて置かれた、右腕に集中した違和感を見て、舌打ちを零す。
「クソ…」
そう吐き捨てながら、甚爾はまだ狂った感覚に抗おうと、全身に力を込める。
彼がその一瞬で目にした"それ"は、夏油の手のひらに収まるほどのサイズだった。その歯を剥きだしにした魚型の呪霊が、地面の中を溶けるように泳ぎ続け、くるっと旋回した瞬間、甚爾は再び態勢を崩す。
その昔、かつて
時代にして江戸中期、しかし江戸と言えど、過去から生き続けたその呪霊は、間違いなく積み重ねた歴史の強さがあった。
「終わりだ…!」
大鯰の呪霊を放ち、態勢の崩れた甚爾に向かって、夏油は即座に走り出す。
そしてすぐに右腕をかざし、今も態勢の崩れたままの、甚爾の肩に顎を乗せた格納呪霊に、術式を発動した。
呪霊操術は対象の呪霊と、術者本人の実力差によって調伏の条件が変わる。そしてそのレベルが術師換算で2段階離れているならば、弱らせる必要もなく無条件で取り込むことができるのだ。
今回の格納呪霊は等級も低く、夏油との実力は遠くかけ離れている為、本来ならば無条件で取り込める。故に夏油は隙を晒してでも、甚爾に近づき術式を発動した、が。
「馬鹿が」
バチンッ!と夏油の腕が弾かれ、取り込みの作業が中断され、夏油の身体が硬直する。
確かに格納呪霊の等級は低く、夏油の実力ならば無条件で取り込める。しかし甚爾は格納呪霊と主従関係を成立させており、呪霊操術の影響を受けない。
刹那。
――ガリィ!!
すぐさま平衡感覚を取り戻した甚爾が、一瞬で手に持っていた釈魂刀で夏油の胴体を十字に切り裂き、そのまま顎を揺らす形で蹴り飛ばすことで、勝負はついた。
「ったく、やっと勘が戻ったと思ったのによ」
意識を失った夏油の頭を踏みつけ、甚爾はやっと完全に仕事が終わったとあくびを噛みしめて、格納呪霊を地面に降ろす。
そして格納呪霊にターゲットの収納を命令し、すぐにぐーっと腕を伸ばして、呟く。
「んじゃ、さっさと行くか」
脳天を撃ち抜かれ、死体となった星漿体…天内を格納呪霊が捕食し、それを確認した後、甚爾は再びそれを身体に巻き付かせて、言葉を零す。
「……運に恵まれたな」
甚爾が夏油の命を奪わなかったのは、呪霊操術によって体内に蓄積された呪霊の存在があったからだ。
極ノ番はともかく、呪霊操術にはまだまだ謎が多く、もし呪霊を蓄積したまま、術師が死ねばどうなるか…そのリスクを危惧したのだ。
もし夏油が呪霊操術を持っていなかったら、術式を持っていなかったら、きっと今頃――
「だがその恵まれたお前らが、俺みたいな"猿"に負けたってこと、長生きしたけりゃ忘れんな」
嘲笑。そして自虐の含まれたその言葉を吐いて、すぐに「あっ!」と顔色を変えて、そういえばと続けて。
「あーそうだ、"恵"って…俺が名付けたんだった」
今の今まで忘れていた、とっくに売買の契約を終わらせた息子を思い出して。
「ま、いっか」
すぐにどうでもよさげに、鼻歌を歌いながらその場を去った。
そして薨星宮を出るための、エレベーターの前に着いた甚爾が見たのは。
「やぁ甚爾」
「は?」
衣装こそは変わっているが、間違いなく以前出会ったあの女。
全身から呪力を滾らせ、好戦的な笑みを浮かべる、
「久しいな、少し付き合え」
「………マジか」
そう呟いて、心底嫌だとばかりに顔を顰めた。
■■■
「その顔でいいんだ?」
「………何か不満が?」
「いや今更だけどさ、一応顔は自分のに変えられるのに…ずっと器のままだったからね」
「ふむ…別に生前の姿にこだわりもないしな、何か問題が?」
かつての自分の身体を食し、文字通り万全となった伽藍に、そう羂索は問うた。
対する伽藍も、本当にどうでもいいというのがわかる程に、あっさりと答えて作業を続ける。
既に高専所属者の証明であるスーツは脱いでおり、今から生前着ていた、あの服を着ようとしていたところだ。
「もしお前が言うなら、変えてやらんこともないが…」
「あぁ…いやいいよ。ただ、若いころの君がどんな風貌だったのか…実はちょっと気になってたからね」
「…お前変わってるなぁ」
「それほどでも」
生前好んで着ていた衣服を、器用にはたいて皴を伸ばし、左腕でそれを持ったまま、伽藍は残る右腕で今の服を脱ぐ。
シャツを脱ぎ、その後下着に手をかけたところで、背中にふと視線を感じて、それがいつもの胡散臭い、興味が溢れた彼の視線だと気づいて、話しかけようとした瞬間。
「巻いてあげるよ、貸して」
「っ、おい」
手に持っていたさらしをスッと奪われ、突然のその行動に、伽藍が疑問を感じたのも束の間。
脇下を通す形で胸、そして腹へと軌道を描き、さらしを巻き始めた。
自然と距離の近づく身体、彼の衣服と自身の肌が擦れ、妙にくすぐったい感触が伝う。
「ほら、これでいい?」
「…あぁ」
もう一度胸、そして腰と丁寧な動きでさらしを巻いて、しばらくその作業を繰り返す羂索。
その、あまりにも彼らしくないその様子に、伽藍はずっと気になっていたことを聞いた。
「なぁ、羂索」
「なんだい?」
「お前は、なんで私にここまでするんだ?」
口八丁で相手を丸め込み、相手を利用し使い捨てる…あの時代を生きた者たちにとって、羂索とはそういう男だ。
所詮彼にとって、協力関係などそれだけに過ぎず、いつでも使い捨てられる、いつでも切って逃げられるように、そう立ち回る男。
呪いの王すらも例外ではない、自分の興味のためならば、彼すらも利用するのがこの男だ。
「流石に私でもわかる。わざわざ呪物として切り離した後の、あの身体を取っておくなんて普通じゃない」
「そうだね」
「服もそうだ。何故ずっとこのままだった、何故ずっと…わざわざ手入れまでしていた」
「…そうだねぇ」
「何故、お前はあの頃から、ずっと」
「終わったよ」
ハイ終了。そう言ってお茶らけた様子で両手を上にして、いつもの胡散臭い笑みを浮かべた羂索。
だがその一瞬に隠れた、彼らしくない一面を確かに、伽藍は見た。
それは生前にも、何度か見たもの。
「君は、ずっと昔から変わらないね」
その言葉はある意味で、彼らしいものだったものの、同時に彼らしくないものでもあった。
変化を求め、停滞を嫌う彼が、何故か不変を肯定するその違和感。
「でも、君は飽きないほどに変わっていく」
「………矛盾してないか?変わってるのか、変わってないのかどっちだ」
「矛盾してないさ、君は姿や価値観、嗜好は変わるけど…その在り方は変わらない」
「…?お前何言ってるんだ」
「ま、今はいいか――どうだい?着心地は」
しばらくして、生前と寸分変わらぬ、あの頃の服装になった伽藍を見て、羂索はより満足そうに微笑んだ。
手を開き、そして握って首を回す。千歳振りの、正真正銘本当の自分が帰ってきたことを実感し、伽藍は続ける。
「お前は、昔から胡散臭い」
「うん」
「厄介ごとを持ってきて、そうして勝手に私を放って…またやって来る」
「だね」
「だが、くだらない目的の為にも、身を削るその努力は認めている」
かつて宿儺を求め、その従者である裏梅と、しのぎを削る様子を見たことから始まった。
羂索が伽藍に向けた、ほんの少しの興味。そこから始まった今の関係、いつものように返り血を浴び、静かに座る伽藍の横にいつも、この男は座っていた。
『…お前また来たのか』
『まぁね、嫌だった?』
『……興味ない、失せろ』
『まぁまぁ、ちょっと興味深いものがあってね……ある国から取り寄せた菓子なんだけど』
『…今回だけだ』
ある計画の失敗により、彼が命を狙われ、その巻き添えで自分も狙われた日々。
『おい糞餓鬼…お前今度は何した?』
『
『だからって
『あ、今は戦闘用じゃないから先に逃げるね』
『ア"ア"ア"ア"ア"ア"ッ"!!!』
宿儺の怒りを買い、彼の呪術をその身に受けて、なんとか瀕死のまま逃げた時。
『…なんで君生きてんの?』
『ククク…流石にちょっかいをかけすぎたか…』
『うわ気色悪…ちょっと血出すぎじゃない?てか死んどけよ人として』
『あ"ー…うるさい』
その時に、違和感は感じるべきだったのだろう。
あの血に塗れた日々、その合間にあった、確かな関係。
「…行ってくる」
「そう」
その言葉は短いものだった。だがこれでいい、今の自分たちには、これで。
「行ってらっしゃい」
忌庫を出るその時、そう投げられた言葉に、伽藍は手を上げて答えた。
「服装、変えたのか」
「そうだが、何か?」
「随分といいモンで作ってるな、様になってるぜ」
「フン。流石ヒモだな」
油断も、隙も晒さず、そう言ってのけた甚爾相手に、伽藍はハッと息を吐いて、その言葉に両手を上げて返した。
「だが……」
いいもので作った。というのは間違いではないだろう、何せ今巻いているさらし含め、自分の服は術式で作った肉の繊維で編んだもの。
呪力の通りも悪くなく、下手をすれば一般の呪具よりも遥かに強化効率もいい、だがそれが1000年、こうして残っていたのは間違いなく。
「……嗚呼、そうだな」
歳はずっと離れていた。
1000年呪物として、屍のように生き永らえ、そしてその間彼は、文字通り生き続けた。
だがその経験の差が離れる前、あの合従連衡の呪いの世界。確かにそこにあったのは。
「――
確かにあったその関係。
それを自覚して、伽藍は笑って言い切った。
■■■
――さて、ここからどうしようか。
今の甚爾の内心は、とりあえずこの場をどう潜り抜けるべきか…それで埋め尽くされていた。
相手は今までの相手とは違う、それは実力の問題ではない。実力だけならば、万全の五条悟に勝てる人間など、この世に存在しないからだ。
だが五条とは違い、伽藍という人間は、その精神性こそが問題だ。
守ることに集中し、身を削る五条たち若者とは違い、この女は本当に、自分こそが至上と考える厄介なタイプの人間だ。
そしてふと、対策を練る甚爾の目に、彼女の背中に隠れる形で立っていた…見覚えのある男が話しかけてくる。
「悪い、流石にこいつには逆らえなかった」
「…まぁしゃあねぇ、気にすんな」
伽藍の背後でタバコを咥え、片手で軽い謝罪をするスーツを着た男…時雨。
彼の姿を見て、甚爾は何故伽藍がこの場所に来たのかを全て理解し、そして同時に哀れんだ。
並みの相手ならともかく、傲慢不遜なこの戦闘狂が相手では、いくらプロの仲介人といえど逃げるのは不可能だろう。
だが余計にわからない。甚爾は目の前に立つ彼女に問う。
「今更何の用だよ、もう星漿体は死んだぜ」
「らしいな、だが今はどうでもいい」
コキリと首を鳴らして、本当にどうでもよさげにそう言った後、伽藍は右手を甚爾に向ける。
全身の細胞が危険だと叫び、横に避ける形で甚爾が跳躍した瞬間、彼女の術式が地面を破壊した。
ドゴンッ!と彼女の術式によって作られたそれを見て、甚爾はやりづらい…と愚痴を吐いた。
その一瞬の攻防を見て、時雨は気楽に口笛を吹いて。
「ひゃーおっかねぇ、おいどうすんだ禪院」
「お前ちょっと黙ってろ。…おいおい、マジで勘弁して欲しいんだが?」
「焦るな。勿論、タダでとはいかんぞ?」
地面を破壊した肉の槍、それが瞬時に分解され、それが
その、一瞬見えた謎の光に、甚爾は違和感を覚えるも、まずはさておいて。
甚爾は伽藍の言った言葉に反応し、聞き返す。
「"タダ"ねぇ…俺はタダ働きは御免だ。どうせソイツから聞きだしたんだろ?」
「あぁ」
「なら、聞かせて貰おうか」
まるで試すかのように、手の平を向けてそう切り出す。
時雨はその甚爾の様子に、誤魔化しきれない違和感を覚えた。
自分は禪院甚爾という人間を知っている。それは確かだ、だが今の彼が見せるのは、自分が彼に出会った頃に似た気配。
彼がまだ、呪術師の世界にいたころの。
「なァ平安術師様、お前は俺と戦いたい、だが俺は今すぐトンズラこいて、さっさと賞金手にして帰りたい」
「らしいな」
「俺はさっさと死体を渡しに行けばいい。お前が戦う理由はあっても、俺にはないだろ」
「あぁ」
「じゃあ教えてくれ」
いつもの彼ならすぐ逃げた。話なんてしないで、さっさと目的を果たして姿を隠す。ほとぼりが冷めるまで。
だがこうして、わざわざ戦う理由を聞くその姿、それはきっと――
時雨はこの会話の意図に、彼が望む答えを察し、それでも黙っていきさつを見守る。
そして、それに対する伽藍の答えは。
「俺がお前と戦って、もしそれで勝った場合…お前は俺に何をくれるんだ?」
「――全て」
数秒の間すら置かず、至極当然と瞬時に言い返す。
一瞬で終わったその答え。説得力も、合理性もまだ何もない一言だが、まるで天啓のように、この空間を支配した。
「…は?」
「ありえん話だ。だが、私が全霊で勝負し…負けたということはそれ即ち。私の天下無双は既に途絶えたということ」
天上天下、この世に存在すべきは己、そして己以外の何か。
子供のように我儘で、それでいて洗練された武人の悟り。だがもしそれが終わったら?もし自分という人間の、存在価値がなくなったら?
――その答えが、これだった。
「文字通り全て。全財産から我が魂まで、私という個人の存在を全て放棄してやろう。私にとっての敗北とは、そういうことだ」
両面宿儺を超えるため、一度の敗北も許されない。
常勝、必勝。それこそが伽藍という人間であり、それこそが唯一の価値、そして当たり前のもの。
もしそれが無くなれば、もはやそれは死んだもの、死んだ自分は自分ではなく、取るに足らない有象無象。
「終わった私に興味などない。煮るなり焼くなり、辱めるなり好きにしろ」
自分以外はどうでもいい、常に勝利し、高みを目指す自分以外はどうでもいい。
負けた自分はただの死体、考えるだけで反吐が出る。それこそが伽藍という人間の、歪で真っすぐな信条だった。
「…本気か?」
「あぁ本気だ」
「…撤回はしねェよな?」
「言ったはずだ、
ヌプンと、甚爾が格納呪霊の口から呪具を――釈魂刀を取り出して、それを構える。
対する伽藍もそれを見て、ニヤリと笑って、すぐに同じように武器を取り出す。
「"武振熊"」
ズズズ…と、また、甚爾が先ほども見た黒い光が空間に現れる。
そしてそれに右手を突っ込んで、そこから現れた赤い刀を見て、甚爾は眉をひそめた。
「…お前、やっぱり」
「さて、始めようか」
互いに刀、そしてその切っ先を向けあって、いつ始めてもいいように、空気が硬く強張りだす。
そしてその様子に、やはり…と時雨は確信を深め、そしてタバコを新しく咥えて言った。
「おい、勝負を始めるのは勝手だが…星漿体は先に渡してもらうぞ」
「あ?…まぁいいか、いいぞ」
「んじゃ遠慮なく、おい禪院」
「アー…そうだな」
ゴトンッと格納呪霊の口から、地面に乱暴に降ろされた…かつての少女だった死体を見て、時雨はさて…と両腕で抱え、そして歩き出す。
そしてエレベーターが起動する音が響き、完全にそれが止んだのを待ってから、再び2人は構えだした。
「これでもう1つ、私と戦う理由ができたか?」
「全く…あのガキどもの方が何百倍もやりやすいっての」
依然楽しそうな様子を隠さず、そう言った伽藍に、甚爾は呆れてそう返す。
相手の戦法、そして術式などの情報は一応知ってはいるが、だからといって有利になるわけではないだろう。
むしろそんなのお構いなしに、突っ込んでくるからこその強さが、彼女にはある。
だが――
「俺の呪縛が珍しいのはわかってるが…それだけじゃねぇだろ。お前が俺と戦いたい理由」
「ククク…そうだな」
――ドクン
甚爾の磨かれた直感と、天与の肉体が異変を叫ぶ。
「確かにお前は強い…が、確かにそれだけなら興味は引かれなかった。だがお前は天元の作ったシステムを壊し、そしてあいつを負けさせた」
――ドクン
以前変わらぬ伽藍の立ち姿、だがその内部で、"それ"が躍動する。
「忌々しい因果を壊し、運命に抗ったお前だからこそ…」
――ドクン
「…おい、お前」
「正真正銘、
呪縛によって因果を超えて、天与の肉体を得た甚爾だからこそ、"それ"に気づいていた。
最初に出会ったあの頃から、全身から感じていたあの違和感。
人間誰しもが持つ魂、それに連なるある違和感。
――身体の中に隠された、"それ"が連結して強くなる、その異変。
「嗚呼…血が沸き、肉が躍る…!そして身体の隅々までが…!」
釈魂刀を使いこなせる、無機物の
呪力が迸り、その熱で空間が歪曲するその間にも、彼の目は伽藍の身体に起こる異変を見逃さなかった。
呪力、そしてそれだけではない感覚…魂の感覚が、伽藍の身体を移動し、額に集中し、そして。
「更なる力の解放を渇望している…!」
その額に。
「――ッデアアアアアアッ!!」
「…マジか」
本日2回目の言葉を呟いて、甚爾は先ほどまでの緊張すら忘れて、そう呟いた。
今までデフォルトだと思っていた伽藍の身体、そして魂は万全ではなく、今のこの姿こそが彼女の全てであると、そう確信した。
呪い、呪われ…血と魔を浴びて生きた彼女の、その魂の本来の姿が。
――魔に近づいた、
「嗚呼…久しい感覚だ…!」
その感触を噛み締めるように、両腕を広げた伽藍の腕に、黒い紋様が刻まれる。
そして肩、首から顔へとそれは広がっていき、魔の紋様が全身に現れた。
たちまちその変化は加速し、銀色に染まる髪が、鮮血を思わせる赤へと点灯し、そしてしばらくして、銀色の髪が完全に赤色に変わった。
紋様を刻んだその姿は奇しくも、あの呪いの王に似た姿で――
「禪院甚爾、お前は私の天下無双の…その糧でしかない」
紋様が刻まれた右腕を向けて、変化する前と変わらない、あの笑みを浮かべて、そう続ける。
「両面宿儺という主菜の前に現れた、ただの副菜。所詮、食膳に添えられた…ただの
そして再び刀を構え、歪んだ笑みをそのままに、言い放つ。
「まずはその鱗から剥いでやる」
夏の庭 The Friendsは名作なのでみんな見て。