黄泉返りの国家転覆   作:倉庫

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 そして更に山場1つ…私はかつてこの主人公を表現するために、一人称視点はいらないと悟り全文を修正して三人称視点にしました。
 そして今回のお話で、伽藍というキャラクターをより知ってもらえるといいなぁと思います。
 ちなみに、伽藍というキャラクターと羂索の関係性は「夏の庭 The Friends」を見て思いつきました。


16話.懐玉⑤ー魔の者ー

「五条悟は俺が殺した」

「そうか、死ね」

 

 凶弾の後、先に動いたのは夏油だった。

 すぐに呪霊操術による数多の呪霊を召喚、配置し、目の前の侵入者に殺意を向け、戦闘準備を終えた。

 

「ハッ、焦んなよ」

 

 タンッと、再び放たれる3発の弾丸。夏油はそれを察知し、すぐさま呼び出した低級呪霊を壁にすることで防ぐ。

 だがその一瞬で視界から外れ、それを見逃さなかった甚爾はすぐに高所に避難し、続けた。

 

「話の続きだ。俺は体内に武器を格納できる呪霊を飼っててな、普段はそっちに任せてある。……あぁ皆まで言うな、今度はその呪霊の呪力で、透明じゃ無くなるってんだろ?」

 

 伏黒甚爾は前代未聞、己の持つ全ての呪力を失う天与呪縛をその身に受けている。

 それによる呪術的ステルス、結界術も呪力センサーも、呪力がない故に彼を無機物と判断し、誰も彼に気づかない。

 だから彼は銃を使った。呪具でもない、正真正銘、呪力の籠っていない非術師の道具を。

 そして同じように、先程は呪力ない刀で五条を刺し――

 

「お"え"っ」

 

 甚爾が嘔吐きながら舌に出したそれ、夏油の肉体に刻まれた術式が反応し、それこそがこの男の武器、呪具を持ち運ぶ武器庫そのものだと理解した。

 瞬く間にそれは大きさを変え、器用に彼の身体にまとわりつく。

 

「呪霊に自分の身体を食わせてサイズを落とす…で、俺がそれを腹にしまう。透明人間は臓物まで透明だろ?これで俺はあらゆる結界を素通りできるってわけだ?まぁ蠅頭はともかく、一度に取り出せる武器の量はちと…」

「――もういい」

 

 自身の特殊な肉体の仕様、それの説明を続ける甚爾に夏油は一言返す。

 親友を殺したと、そういうこの男に、目の前で少女を、天内を無惨に殺したこの男へ怒りを込めて。

 

「天与呪縛だろ、情報の開示か?私たち(術師)と同じ様に性能の上昇か?…何故私たちの場所がわかった?私たちは、微塵も残穢を残さなかった…!」

「人間が残すのは呪力だけじゃねぇ、足跡に匂い…五感も呪縛で強化されてんだ」

「……ここに来るまでにもう1人いただろう、メイド服を着た女性だ、彼女はどうした?」

「あ?知らねぇよ適当に切ったし…ま、多分死んでんじゃね?」

「死ね」

 

 殺意を込めてそう返し、夏油は先ほど呼び出した全身を白で染めた龍の姿をした呪霊、虹龍(こうりゅう)を放つ。

 甚爾は超越した動体視力で牙、そして顎の動きを見切り、身体を畳んで逆に向かって飛んだ。

 その行動に夏油は一瞬驚いたものの、虹龍は主の命令を遂行して、そのまま飲み込み、噛み砕こうとした瞬間。

 

 ――ビィィィィッ!

 

「なっ…!」

「呪霊操術か、烏合だな」

 

 虹龍の口内で筋肉を捻り、その反動で一気に回転を上げて、内側から切り刻む。

 夏油が調伏させた呪霊の中でも、虹龍は純粋な硬度のみならば最高峰のものだ。しかし今の甚爾にとっては、それは何の障壁にもなりはしない。

 彼が手に持っている、茶色の毛で施された鍔と大ぶりな刃。それは()()()()()()()()()()()()()()切り裂ける呪具。

 ――魂すらも切り裂く呪具、釈魂刀。それが夏油の主戦力の1つを、無慈悲にも両断した。

 

「ッ…クソ」

「おせぇよ」

 

 すぐさま後ろに控えていた呪霊を前に置いて、態勢を立て直そうとしたのも束の間。

 一瞬で迫りくる甚爾の蹴りには間に合わず、そのままボギッ!と鈍い音を立てて、そのまま壁に吹っ飛んだ。

 

「ガハッ…!」

「張り合いがねぇな、もう終わりか?」

 

 いくら格闘技を嗜み、鍛えた夏油とはいえ、この暴君の前ではほとんど意味がなかった。

 どれだけ意識を集中しようと、それを超える速度と戦略で甚爾は襲い掛かる。呪霊の展開も、今回の相手に勘付かれたら終わりだ。

 そう、だからこそ――

 

「万が一もある、死なねぇ程度に適当に…」

 

 ――グラリ

 

「…あ?」

「…ッ、かかったな」

 

 格納呪霊からもう1つの呪具を取り出し、それを抜こうとした甚爾の身体が、突然崩れる。

 その異常に、甚爾は冷静に夏油の姿を観察し、その背中に隠れて置かれた、右腕に集中した違和感を見て、舌打ちを零す。

 

「クソ…」

 

 そう吐き捨てながら、甚爾はまだ狂った感覚に抗おうと、全身に力を込める。

 彼がその一瞬で目にした"それ"は、夏油の手のひらに収まるほどのサイズだった。その歯を剥きだしにした魚型の呪霊が、地面の中を溶けるように泳ぎ続け、くるっと旋回した瞬間、甚爾は再び態勢を崩す。

 その昔、かつて(なまず)は地中に潜み、地震を引き起こす怪異として語られた過去がある。そしてその効果は、対象者の平衡感覚を狂わせ、まるで落下しているかのように錯覚させる…シンプルで強力なもの。

 時代にして江戸中期、しかし江戸と言えど、過去から生き続けたその呪霊は、間違いなく積み重ねた歴史の強さがあった。

 

「終わりだ…!」

 

 大鯰の呪霊を放ち、態勢の崩れた甚爾に向かって、夏油は即座に走り出す。

 そしてすぐに右腕をかざし、今も態勢の崩れたままの、甚爾の肩に顎を乗せた格納呪霊に、術式を発動した。

 呪霊操術は対象の呪霊と、術者本人の実力差によって調伏の条件が変わる。そしてそのレベルが術師換算で2段階離れているならば、弱らせる必要もなく無条件で取り込むことができるのだ。

 今回の格納呪霊は等級も低く、夏油との実力は遠くかけ離れている為、本来ならば無条件で取り込める。故に夏油は隙を晒してでも、甚爾に近づき術式を発動した、が。

 

「馬鹿が」

 

 バチンッ!と夏油の腕が弾かれ、取り込みの作業が中断され、夏油の身体が硬直する。

 確かに格納呪霊の等級は低く、夏油の実力ならば無条件で取り込める。しかし甚爾は格納呪霊と主従関係を成立させており、呪霊操術の影響を受けない。

 刹那。

 

 ――ガリィ!!

 

 すぐさま平衡感覚を取り戻した甚爾が、一瞬で手に持っていた釈魂刀で夏油の胴体を十字に切り裂き、そのまま顎を揺らす形で蹴り飛ばすことで、勝負はついた。

 

「ったく、やっと勘が戻ったと思ったのによ」

 

 意識を失った夏油の頭を踏みつけ、甚爾はやっと完全に仕事が終わったとあくびを噛みしめて、格納呪霊を地面に降ろす。

 そして格納呪霊にターゲットの収納を命令し、すぐにぐーっと腕を伸ばして、呟く。

 

「んじゃ、さっさと行くか」

 

 脳天を撃ち抜かれ、死体となった星漿体…天内を格納呪霊が捕食し、それを確認した後、甚爾は再びそれを身体に巻き付かせて、言葉を零す。

 

「……運に恵まれたな」

 

 甚爾が夏油の命を奪わなかったのは、呪霊操術によって体内に蓄積された呪霊の存在があったからだ。

 極ノ番はともかく、呪霊操術にはまだまだ謎が多く、もし呪霊を蓄積したまま、術師が死ねばどうなるか…そのリスクを危惧したのだ。

 もし夏油が呪霊操術を持っていなかったら、術式を持っていなかったら、きっと今頃――

 

「だがその恵まれたお前らが、俺みたいな"猿"に負けたってこと、長生きしたけりゃ忘れんな」

 

 嘲笑。そして自虐の含まれたその言葉を吐いて、すぐに「あっ!」と顔色を変えて、そういえばと続けて。

 

「あーそうだ、"恵"って…俺が名付けたんだった」

 

 今の今まで忘れていた、とっくに売買の契約を終わらせた息子を思い出して。

 

「ま、いっか」

 

 すぐにどうでもよさげに、鼻歌を歌いながらその場を去った。

 

 

 

 

 そして薨星宮を出るための、エレベーターの前に着いた甚爾が見たのは。

 

「やぁ甚爾」

「は?」

 

 衣装こそは変わっているが、間違いなく以前出会ったあの女。

 全身から呪力を滾らせ、好戦的な笑みを浮かべる、戦闘狂(伽藍)の姿。

 

「久しいな、少し付き合え」

「………マジか」

 

 そう呟いて、心底嫌だとばかりに顔を顰めた。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「その顔でいいんだ?」

「………何か不満が?」

「いや今更だけどさ、一応顔は自分のに変えられるのに…ずっと器のままだったからね」

「ふむ…別に生前の姿にこだわりもないしな、何か問題が?」

 

 かつての自分の身体を食し、文字通り万全となった伽藍に、そう羂索は問うた。

 対する伽藍も、本当にどうでもいいというのがわかる程に、あっさりと答えて作業を続ける。

 既に高専所属者の証明であるスーツは脱いでおり、今から生前着ていた、あの服を着ようとしていたところだ。

 

「もしお前が言うなら、変えてやらんこともないが…」

「あぁ…いやいいよ。ただ、若いころの君がどんな風貌だったのか…実はちょっと気になってたからね」

「…お前変わってるなぁ」

「それほどでも」

 

 生前好んで着ていた衣服を、器用にはたいて皴を伸ばし、左腕でそれを持ったまま、伽藍は残る右腕で今の服を脱ぐ。

 シャツを脱ぎ、その後下着に手をかけたところで、背中にふと視線を感じて、それがいつもの胡散臭い、興味が溢れた彼の視線だと気づいて、話しかけようとした瞬間。

 

「巻いてあげるよ、貸して」

「っ、おい」

 

 手に持っていたさらしをスッと奪われ、突然のその行動に、伽藍が疑問を感じたのも束の間。

 脇下を通す形で胸、そして腹へと軌道を描き、さらしを巻き始めた。

 自然と距離の近づく身体、彼の衣服と自身の肌が擦れ、妙にくすぐったい感触が伝う。

 

「ほら、これでいい?」

「…あぁ」

 

 もう一度胸、そして腰と丁寧な動きでさらしを巻いて、しばらくその作業を繰り返す羂索。

 その、あまりにも彼らしくないその様子に、伽藍はずっと気になっていたことを聞いた。

 

「なぁ、羂索」

「なんだい?」

「お前は、なんで私にここまでするんだ?」

 

 口八丁で相手を丸め込み、相手を利用し使い捨てる…あの時代を生きた者たちにとって、羂索とはそういう男だ。

 所詮彼にとって、協力関係などそれだけに過ぎず、いつでも使い捨てられる、いつでも切って逃げられるように、そう立ち回る男。

 呪いの王すらも例外ではない、自分の興味のためならば、彼すらも利用するのがこの男だ。

 

「流石に私でもわかる。わざわざ呪物として切り離した後の、あの身体を取っておくなんて普通じゃない」

「そうだね」

「服もそうだ。何故ずっとこのままだった、何故ずっと…わざわざ手入れまでしていた」

「…そうだねぇ」

「何故、お前はあの頃から、ずっと」

「終わったよ」

 

 ハイ終了。そう言ってお茶らけた様子で両手を上にして、いつもの胡散臭い笑みを浮かべた羂索。

 だがその一瞬に隠れた、彼らしくない一面を確かに、伽藍は見た。

 それは生前にも、何度か見たもの。

 

「君は、ずっと昔から変わらないね」

 

 その言葉はある意味で、彼らしいものだったものの、同時に彼らしくないものでもあった。

 変化を求め、停滞を嫌う彼が、何故か不変を肯定するその違和感。

 

「でも、君は飽きないほどに変わっていく」

「………矛盾してないか?変わってるのか、変わってないのかどっちだ」

「矛盾してないさ、君は姿や価値観、嗜好は変わるけど…その在り方は変わらない」

「…?お前何言ってるんだ」

「ま、今はいいか――どうだい?着心地は」

 

 しばらくして、生前と寸分変わらぬ、あの頃の服装になった伽藍を見て、羂索はより満足そうに微笑んだ。

 手を開き、そして握って首を回す。千歳振りの、正真正銘本当の自分が帰ってきたことを実感し、伽藍は続ける。

 

「お前は、昔から胡散臭い」

「うん」

「厄介ごとを持ってきて、そうして勝手に私を放って…またやって来る」

「だね」

「だが、くだらない目的の為にも、身を削るその努力は認めている」

 

 かつて宿儺を求め、その従者である裏梅と、しのぎを削る様子を見たことから始まった。

 羂索が伽藍に向けた、ほんの少しの興味。そこから始まった今の関係、いつものように返り血を浴び、静かに座る伽藍の横にいつも、この男は座っていた。

 

『…お前また来たのか』

『まぁね、嫌だった?』

『……興味ない、失せろ』

『まぁまぁ、ちょっと興味深いものがあってね……ある国から取り寄せた菓子なんだけど』

『…今回だけだ』

 

 ある計画の失敗により、彼が命を狙われ、その巻き添えで自分も狙われた日々。

 

『おい糞餓鬼…お前今度は何した?』

藤氏(とうし)の内部の機密情報を狙ったんだけど…縫い目でバレちゃった♡』

『だからって五虚将(ごくうしょう)に狙われる馬鹿がいるか!?貸しだからな…!』

『あ、今は戦闘用じゃないから先に逃げるね』

『ア"ア"ア"ア"ア"ア"ッ"!!!』

 

 宿儺の怒りを買い、彼の呪術をその身に受けて、なんとか瀕死のまま逃げた時。

 

『…なんで君生きてんの?』

『ククク…流石にちょっかいをかけすぎたか…』

『うわ気色悪…ちょっと血出すぎじゃない?てか死んどけよ人として』

『あ"ー…うるさい』

 

 その時に、違和感は感じるべきだったのだろう。

 あの血に塗れた日々、その合間にあった、確かな関係。

 

「…行ってくる」

「そう」

 

 その言葉は短いものだった。だがこれでいい、今の自分たちには、これで。

 

「行ってらっしゃい」

 

 忌庫を出るその時、そう投げられた言葉に、伽藍は手を上げて答えた。

 

 

 

 

「服装、変えたのか」

「そうだが、何か?」

「随分といいモンで作ってるな、様になってるぜ」

「フン。流石ヒモだな」

 

 油断も、隙も晒さず、そう言ってのけた甚爾相手に、伽藍はハッと息を吐いて、その言葉に両手を上げて返した。

 

「だが……」

 

 いいもので作った。というのは間違いではないだろう、何せ今巻いているさらし含め、自分の服は術式で作った肉の繊維で編んだもの。

 呪力の通りも悪くなく、下手をすれば一般の呪具よりも遥かに強化効率もいい、だがそれが1000年、こうして残っていたのは間違いなく。

 

「……嗚呼、そうだな」

 

 歳はずっと離れていた。

 1000年呪物として、屍のように生き永らえ、そしてその間彼は、文字通り生き続けた。

 だがその経験の差が離れる前、あの合従連衡の呪いの世界。確かにそこにあったのは。

 

「――知人()が作ったものだからな」

 

 確かにあったその関係。

 それを自覚して、伽藍は笑って言い切った。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 ――さて、ここからどうしようか。

 今の甚爾の内心は、とりあえずこの場をどう潜り抜けるべきか…それで埋め尽くされていた。

 相手は今までの相手とは違う、それは実力の問題ではない。実力だけならば、万全の五条悟に勝てる人間など、この世に存在しないからだ。

 だが五条とは違い、伽藍という人間は、その精神性こそが問題だ。

 守ることに集中し、身を削る五条たち若者とは違い、この女は本当に、自分こそが至上と考える厄介なタイプの人間だ。

 そしてふと、対策を練る甚爾の目に、彼女の背中に隠れる形で立っていた…見覚えのある男が話しかけてくる。

 

「悪い、流石にこいつには逆らえなかった」

「…まぁしゃあねぇ、気にすんな」

 

 伽藍の背後でタバコを咥え、片手で軽い謝罪をするスーツを着た男…時雨。

 彼の姿を見て、甚爾は何故伽藍がこの場所に来たのかを全て理解し、そして同時に哀れんだ。

 並みの相手ならともかく、傲慢不遜なこの戦闘狂が相手では、いくらプロの仲介人といえど逃げるのは不可能だろう。

 だが余計にわからない。甚爾は目の前に立つ彼女に問う。

 

「今更何の用だよ、もう星漿体は死んだぜ」

「らしいな、だが今はどうでもいい」

 

 コキリと首を鳴らして、本当にどうでもよさげにそう言った後、伽藍は右手を甚爾に向ける。

 全身の細胞が危険だと叫び、横に避ける形で甚爾が跳躍した瞬間、彼女の術式が地面を破壊した。

 ドゴンッ!と彼女の術式によって作られたそれを見て、甚爾はやりづらい…と愚痴を吐いた。

 その一瞬の攻防を見て、時雨は気楽に口笛を吹いて。

 

「ひゃーおっかねぇ、おいどうすんだ禪院」

「お前ちょっと黙ってろ。…おいおい、マジで勘弁して欲しいんだが?」

「焦るな。勿論、タダでとはいかんぞ?」

 

 地面を破壊した肉の槍、それが瞬時に分解され、それが()()()()()()()()消えた。

 その、一瞬見えた謎の光に、甚爾は違和感を覚えるも、まずはさておいて。

 甚爾は伽藍の言った言葉に反応し、聞き返す。

 

「"タダ"ねぇ…俺はタダ働きは御免だ。どうせソイツから聞きだしたんだろ?」

「あぁ」

「なら、聞かせて貰おうか」

 

 まるで試すかのように、手の平を向けてそう切り出す。

 時雨はその甚爾の様子に、誤魔化しきれない違和感を覚えた。

 自分は禪院甚爾という人間を知っている。それは確かだ、だが今の彼が見せるのは、自分が彼に出会った頃に似た気配。

 彼がまだ、呪術師の世界にいたころの。

 

「なァ平安術師様、お前は俺と戦いたい、だが俺は今すぐトンズラこいて、さっさと賞金手にして帰りたい」

「らしいな」

「俺はさっさと死体を渡しに行けばいい。お前が戦う理由はあっても、俺にはないだろ」

「あぁ」

「じゃあ教えてくれ」

 

 いつもの彼ならすぐ逃げた。話なんてしないで、さっさと目的を果たして姿を隠す。ほとぼりが冷めるまで。

 だがこうして、わざわざ戦う理由を聞くその姿、それはきっと――

 時雨はこの会話の意図に、彼が望む答えを察し、それでも黙っていきさつを見守る。

 そして、それに対する伽藍の答えは。

 

「俺がお前と戦って、もしそれで勝った場合…お前は俺に何をくれるんだ?」

 

 

 

 

――全て

 

 

 

 

 数秒の間すら置かず、至極当然と瞬時に言い返す。

 一瞬で終わったその答え。説得力も、合理性もまだ何もない一言だが、まるで天啓のように、この空間を支配した。

 

「…は?」

「ありえん話だ。だが、私が全霊で勝負し…負けたということはそれ即ち。私の天下無双は既に途絶えたということ」

 

 天上天下、この世に存在すべきは己、そして己以外の何か。

 子供のように我儘で、それでいて洗練された武人の悟り。だがもしそれが終わったら?もし自分という人間の、存在価値がなくなったら?

 ――その答えが、これだった。

 

「文字通り全て。全財産から我が魂まで、私という個人の存在を全て放棄してやろう。私にとっての敗北とは、そういうことだ」

 

 両面宿儺を超えるため、一度の敗北も許されない。

 常勝、必勝。それこそが伽藍という人間であり、それこそが唯一の価値、そして当たり前のもの。

 もしそれが無くなれば、もはやそれは死んだもの、死んだ自分は自分ではなく、取るに足らない有象無象。

 

「終わった私に興味などない。煮るなり焼くなり、辱めるなり好きにしろ」

 

 自分以外はどうでもいい、常に勝利し、高みを目指す自分以外はどうでもいい。

 負けた自分はただの死体、考えるだけで反吐が出る。それこそが伽藍という人間の、歪で真っすぐな信条だった。

 

「…本気か?」

「あぁ本気だ」

「…撤回はしねェよな?」

「言ったはずだ、()()()()()

 

 ヌプンと、甚爾が格納呪霊の口から呪具を――釈魂刀を取り出して、それを構える。

 対する伽藍もそれを見て、ニヤリと笑って、すぐに同じように武器を取り出す。

 

「"武振熊"」

 

 ズズズ…と、また、甚爾が先ほども見た黒い光が空間に現れる。

 そしてそれに右手を突っ込んで、そこから現れた赤い刀を見て、甚爾は眉をひそめた。

 

「…お前、やっぱり」

「さて、始めようか」

 

 互いに刀、そしてその切っ先を向けあって、いつ始めてもいいように、空気が硬く強張りだす。

 そしてその様子に、やはり…と時雨は確信を深め、そしてタバコを新しく咥えて言った。

 

「おい、勝負を始めるのは勝手だが…星漿体は先に渡してもらうぞ」

「あ?…まぁいいか、いいぞ」

「んじゃ遠慮なく、おい禪院」

「アー…そうだな」

 

 ゴトンッと格納呪霊の口から、地面に乱暴に降ろされた…かつての少女だった死体を見て、時雨はさて…と両腕で抱え、そして歩き出す。

 そしてエレベーターが起動する音が響き、完全にそれが止んだのを待ってから、再び2人は構えだした。

 

「これでもう1つ、私と戦う理由ができたか?」

「全く…あのガキどもの方が何百倍もやりやすいっての」

 

 依然楽しそうな様子を隠さず、そう言った伽藍に、甚爾は呆れてそう返す。

 相手の戦法、そして術式などの情報は一応知ってはいるが、だからといって有利になるわけではないだろう。

 むしろそんなのお構いなしに、突っ込んでくるからこその強さが、彼女にはある。

 だが――

 

「俺の呪縛が珍しいのはわかってるが…それだけじゃねぇだろ。お前が俺と戦いたい理由」

「ククク…そうだな」

 

 ――ドクン

 甚爾の磨かれた直感と、天与の肉体が異変を叫ぶ。

 

「確かにお前は強い…が、確かにそれだけなら興味は引かれなかった。だがお前は天元の作ったシステムを壊し、そしてあいつを負けさせた」

 

 ――ドクン

 以前変わらぬ伽藍の立ち姿、だがその内部で、"それ"が躍動する。

 

「忌々しい因果を壊し、運命に抗ったお前だからこそ…」

 

 ――ドクン

 

「…おい、お前」

「正真正銘、()()()姿()で闘える」

 

 呪縛によって因果を超えて、天与の肉体を得た甚爾だからこそ、"それ"に気づいていた。

 最初に出会ったあの頃から、全身から感じていたあの違和感。

 人間誰しもが持つ魂、それに連なるある違和感。

 ――身体の中に隠された、"それ"が連結して強くなる、その異変。

 

「嗚呼…血が沸き、肉が躍る…!そして身体の隅々までが…!」

 

 釈魂刀を使いこなせる、無機物の()すら観測できる目を持っているからこそ、それが理解できた。

 呪力が迸り、その熱で空間が歪曲するその間にも、彼の目は伽藍の身体に起こる異変を見逃さなかった。

 呪力、そしてそれだけではない感覚…魂の感覚が、伽藍の身体を移動し、額に集中し、そして。

 

「更なる力の解放を渇望している…!」

 

 その額に。

 

――ッデアアアアアアッ!!

 

 ()()()()が現れたのを見た。

 

「…マジか」

 

 本日2回目の言葉を呟いて、甚爾は先ほどまでの緊張すら忘れて、そう呟いた。

 今までデフォルトだと思っていた伽藍の身体、そして魂は万全ではなく、今のこの姿こそが彼女の全てであると、そう確信した。

 呪い、呪われ…血と魔を浴びて生きた彼女の、その魂の本来の姿が。

 ――魔に近づいた、()()()としての完全な姿。

 

「嗚呼…久しい感覚だ…!」

 

 その感触を噛み締めるように、両腕を広げた伽藍の腕に、黒い紋様が刻まれる。

 そして肩、首から顔へとそれは広がっていき、魔の紋様が全身に現れた。

 たちまちその変化は加速し、銀色に染まる髪が、鮮血を思わせる赤へと点灯し、そしてしばらくして、銀色の髪が完全に赤色に変わった。

 紋様を刻んだその姿は奇しくも、あの呪いの王に似た姿で――

 

「禪院甚爾、お前は私の天下無双の…その糧でしかない」

 

 紋様が刻まれた右腕を向けて、変化する前と変わらない、あの笑みを浮かべて、そう続ける。

 

「両面宿儺という主菜の前に現れた、ただの副菜。所詮、食膳に添えられた…ただの(うお)

 

 ()()()()に変化した、その3つの目が黒く光る。

 そして再び刀を構え、歪んだ笑みをそのままに、言い放つ。

 

「まずはその鱗から剥いでやる」




 夏の庭 The Friendsは名作なのでみんな見て。
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