黄泉返りの国家転覆   作:倉庫

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 歳の離れた友情いいよね


じゅじゅさんぽ.鹿紫雲一&羂索

「全く…こんなに散らかして」

 

 400年前のある時代。

 かつて見た景色を思い出す、人の血と臓物が地を汚す広場に足を踏み入れて、男はそう呟いた。

 そしてその惨状の中心に立つ老人。その背中越しでもわかる、退屈そうな気配をひしひしと感じながら、胡散臭い笑みを浮かべて聞いた。

 あくまでも、胡散臭く。

 

「どうだった、楽しかった?」

「…羂索か」

 

 額に縫い目を残した塩顔の男――羂索は依然変わりなく、その退屈そうな様子の老人を見て言葉を投げかける。

 だがそれに対する老人の答えは、先ほどと変わらない、退屈そうな態度だった。

 

「その様子だと…満足いかなかったみたいだね」

「全くだ、どいつもこいつも腑抜けばかり。…やはり貴様と戦るべきだったか」

 

 歳を重ね、筋肉も骨も衰えた老兵。だがその身を包む呪力と闘争欲は、今もこうして、羂索の肌に危険信号を送っている。

 どこか既視感を感じるその存在に、懐かしむように笑って返した。

 

「勘弁してよ、今は特に戦闘向きじゃないんだ」

「…フン。本当かどうか怪しいな、お前ほどの男が、何の対策もなしに来るはずもなかろう」

「なんのことやら」

 

 ニヤニヤと、まるで危険なんてないように、変わらず自然体でそう言い切った羂索に、老人は鼻で笑う。

 実際だからなんだというのか、今やこうして老衰し、満足に戦えない今の自分では――

 そうだ、だからこそ、羂索という男は話しかけてきたのだ。それを痛感して、老人は歯軋りをする。

 

陸奥(みちのく)の方には面白そうなのがいたよ、何でもあの伊達藩で歴代一の呪力出力だそうだ」

「ッゴホッ!……嫌味か?今のこの姿を見て、本当に行けるとでも」

「だね、手ぬぐいいる?」

 

 ガフッ!そう続けて咳をすると同時に、更に喉から血が噴き出し、老人の手を赤く染める。

 老衰、病。もはやまともに戦える、限られた時間もあと僅か。

 もはや、選択は決まっていた。

 

「…羂索。貴様の知る術師の中で、最強の術師は」

「宿儺だ。600年も前で申し訳ないが、これは譲れない」

 

 今もなお語り継がれる、かつて世を血で染め上げ、呪いで廻した伝説の王。

 両面宿儺。老人はその、今や届かない孤高の存在を想起し、そして続ける。

 

「では…"例の話"甘んじて受け入れよう」

 

 こうして老人――後の死滅回游遊泳者、鹿紫雲(かしも)(はじめ)は契約を果たした。

 400年後の現代で、再びこの世に黄泉返るために。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「…これが呪物か、しかも人間だと?」

「そ、凄いでしょ。結構苦労したんだよね」

「にわかには信じられんが…お前が言うならそうなのだろうな」

 

 契約は済んだ。後は鹿紫雲の魂を凝縮し、呪物として切り離す…それで終了だったのだが。

 せめて最後は何か面白い話を。と、老人の我儘を聞いて、羂索はそれに答えた。

 

「これは術式が面白くてね、何と自分の身体を爆薬にして吹っ飛ばすんだ」

「…それでどうやって戦うんだ」

「なんと歯を折って投げ飛ばしたり、目を抉ったりして爆発させたり…」

「…想像したくないな」

「これはねー…」

 

 目の前にずらっと並ぶ、様々な色と形をした人の指。

 これら一つ一つが、かつて羂索と契約をして、呪物となった生きた者。

 すっと指を取って、それを回して観察しながら、鹿紫雲は問う。

 

「呪物となっている間、意識はどうなるのだ」

「さぁ?私は呪物になったことはないし…個人差あるんじゃない?意外と一瞬で済むかもよ?」

「……そうか」

 

 かつて外国の技術を取り入れ、空を飛んだ術師。

 絵巻物を模倣し、それに伴った術式を発現させたある一族の男。

 契約書を使うことで、その事象を再現する切れ者の男。

 ――それら数々の強者、そして指ごとに放つその威圧感の違いに、鹿紫雲は目を輝かせた。

 

「これらの圧は凄まじい…これがお前の言う…」

「そ、呪術全盛…平安に生きた術師たちだよ」

 

 そして目線を向けた先、一回り大きな箱に詰められた、無数の指たち。

 そしてその指の中でも、ひときわ異彩を放つものがあった。

 指の形や色は特に変わらない。だがそれらが放つ呪いの気配、それが鹿紫雲の肌を刺したのだ。

 

「これは会津に住んでいた、ある術師の指でね…あれから600年経ったけど、彼女ほどの構築術式使いはまだいないね」

「ほう、構築術式だと?」

「そ、面白いことに構築術式の燃費の悪さを…蟲の筋肉で補っていてね、なかなか強かったよ」

「なるほど…蟲か」

「よくやるよねぇ」

 

 それぞれの指を差し、そしてそれに答えながら、細かく解説を挟むと同時に思い出を語る。

 羂索のこの記憶力の良さは大したものだと、そう感心をしながら、鹿紫雲はある指を見た。

 

「おい羂索、これはなんだ」

「ん?…あぁそれはさっき言った、宿儺の従者の指だよ。自分も呪物にさせろーってうるさくてさ」

「そうじゃない、その隣だ」

「……あぁ」

 

 鹿紫雲が指を改めて差して、それの示す指に気づいた羂索は、一瞬目を見開いて、そして答える。

 

「これは…君と同じように、老衰したから呪物になったんだ」

「凄まじい圧だ、隣の…先ほど言っていた宿儺の従者と変わらんではないか」

「そ、死にぞこないのくせにさ、気配だけは一丁前なの」

 

 ひょいっとその指を手に取って、くるくると回しながらそうぼやく羂索。

 その回転を続ける呪物を、鹿紫雲はじっと視線を凝らして、そしてまさかと呟いて。

 

「お前、まさか"これ"だったのか?」

「うげっ!?ホントやめてよ…あんな狂った骨の塊みたいなやつと?何の冗談なんだよ」

「……すまん」

 

 普段の胡散臭い仕草を忘れるほど、心底心外だと嫌がる羂索の姿を見て、鹿紫雲は咄嗟に謝罪の言葉を漏らした。

 しかしはてと、初めて見たその側面に、鹿紫雲はフンと笑って。

 

「まさかお前にそういう一面があったとはな、ただ終始胡散臭い詐欺師と思ってはいたが」

「えー?そんな風に思ってたの?」

「まぁ、少しは変わった」

 

 自分にはいただろうか。鹿紫雲はふと戦いに染まった自分の人生を思い返して、そして目を瞑る。

 瞼の裏に浮かび上がるのは、かつて戦い、血を流し、そして皆共通して死んで終わる、強敵たち。

 皆結局自分にやられ、そして骸となって成れ果てる。

 

「羂索、お前に最後に、聞きたいことがある」

「……なんだい?」

「もし、お前の話を受けて受肉を果せば――」

 

 パリリッと、鹿紫雲の呪力特性による雷が空間を裂いて、そして音を響かせる。

 そして、続けて口から紡がれた言葉を聞いて、羂索は。

 

「さすれば、宿儺と()れるのだな?」

 

 どこか懐かしいという表情をして、頷いた。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「さて、後は飲み込むだけか」

 

 時は流れて現代――新たなる肉体の器、虎杖香織の死体を乗っ取った羂索。

 彼は千歳の約束のため、そして己の好奇のために、最後の仕上げに取り掛かった。

 

「ほら、さっさと起きて」

 

 病室のベッドで静かに眠る、銀髪の少女にそう言葉を投げかけて、同時にその口の中に、羂索は赤く変色した指――呪物をねじ込み…そして飲み込ませる。

 約束と好奇、それらを同時に果たすため、羂索はわざわざ2回、女の身体を乗っ取り、子を孕んで"それ"を作った。

 ドクンッ!と少女の身体が大きく揺さぶられ、そして痙攣を始める様子を、彼は黙って見守り続ける。

 

「いやー、思った以上に苦労したね。流石に陣痛を2回連続で経験するのはキツかったなぁ」

 

 最初の出会いは気まぐれだった。

 あの平安の時代、血をまき散らしながら、叫んで刀を振りかぶる老婆を見て、「面白そう」と思ったのが始まりだった。

 日々戦いを繰り返し、宿儺を求めて従者と殺し合い、そして時折宿儺の呪術を喰らい、そして瀕死になってまた戦う。

 命なんて最初からないみたいに、文字通り毎日、身と命を削る戦い方。

 死体を乗っ取り、常に安全に生き続ける自分とは違う、その在り方。

 

『君はいつになったら死ぬのかな?』

 

 その蛮行を見続けて、そう聞いたのはいつだったか。

 歳なんて感じさせない、豪快な戦いっぷりと、どれだけ瀕死になろうとも、反転術式ですぐに生き返るこの老婆。

 何度も何度も、瀕死になって復活し、戦いを続けて疲労するかと思ったら…全然そんなことなくて、また戦う日々。

 死体を乗っ取り、寿命をやり直す度に目的を変えていた自分とは違う。この歪な命の、真っすぐな輝きに、いつしか心惹かれて。

 

『宿儺を殺すまでは死なん、お前こそいつ死ぬんだ』

『残念。君よりは長生きするよ、1000年くらいはね』

『…ハッ!相変わらずの生き汚さだ』

『褒め言葉として受け取っておくよ』

 

 ある日に、特に用件はなかったけども、隣に座って駄弁る時間。

 失敗したある実験、それの愚痴を吐きながら、持って行った菓子を料金に話をしたり。

 「いつ死ぬのかな」なんて思っていたことも忘れ、なんだかんだの付き合いを続けた時代。

 いつしか観察だとか、目的だとかを忘れて、歳の離れた友人のような、その関係性が生まれた日々。

 ――だが彼女は、突然それを言った。

 

『…私は、もう死ぬ』

 

 冷や水を掛けられたかのようだった。

 あれだけ命を燃やし、何があろうとも死ななかった彼女が、自分という存在の終わりを自覚した。

 宿儺と違い、裏梅と違い、彼女はあの時まで、呪物となることに賛成しなかった。

 契約が既に済んでいる前者と違い、彼女はずっとあるがままを受け入れ、いつものように命を削った。

 ――そして、彼女がそれを言った時。

 

『…話の続きだ、羂索』

 

 彼女がようやく話を受け入れ、そして承諾した時。

 

『さすれば、宿儺と()れるのだな?』

 

 ――その時、自分の内に沸いた感情は確かに。

 

 

 

 

 

「……おっ」

 

 ――ドクンッ!

 

 突如痙攣が止み、そして一瞬全身に刻まれた紋様。

 そしてたちまち、少女の肉塊がそれを抑えて、うっすらと瞼が開けられる。

 そしてそこに見えたのは、あの頃と変わらない…呪いに染まる理外の瞳。

 

「………………………は?」

 

 姿も、声もだいぶ変わってしまったが、それでも共通するその抑揚。

 彼女らしい、変なところで純粋な、その幼い驚き方。

 

「あ、やっと起きた」

 

 あれから時代は変わった。呪術こそ退化をしてしまったものの、この世界には面白いもので溢れている。

 人も多くなった。昔と比べ、空気こそ汚れてしまったが、あの青い空は…平安の頃から変わらない。

 だが、そうだとしても。

 

「あれから1000年…」

 

 最初に彼女と会うのは自分でいい。変わってしまった人間…時代と違って、あの頃と変わらない、胡散臭い自分こそが相応しい。

 勝手に形を変えないように、頬を、喉を必死に偽って、1000年前と変わらない、あの話し方を意識して。

 この内心を勘付かれないように、何も変わっていないと思わせるために。

 

「久しぶりだね、伽藍」

 

 今、自分はちゃんと、あの頃と(胡散臭く)同じように笑えているだろうか。




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