黄泉返りの国家転覆 作:倉庫
「全く…こんなに散らかして」
400年前のある時代。
かつて見た景色を思い出す、人の血と臓物が地を汚す広場に足を踏み入れて、男はそう呟いた。
そしてその惨状の中心に立つ老人。その背中越しでもわかる、退屈そうな気配をひしひしと感じながら、胡散臭い笑みを浮かべて聞いた。
あくまでも、胡散臭く。
「どうだった、楽しかった?」
「…羂索か」
額に縫い目を残した塩顔の男――羂索は依然変わりなく、その退屈そうな様子の老人を見て言葉を投げかける。
だがそれに対する老人の答えは、先ほどと変わらない、退屈そうな態度だった。
「その様子だと…満足いかなかったみたいだね」
「全くだ、どいつもこいつも腑抜けばかり。…やはり貴様と戦るべきだったか」
歳を重ね、筋肉も骨も衰えた老兵。だがその身を包む呪力と闘争欲は、今もこうして、羂索の肌に危険信号を送っている。
どこか既視感を感じるその存在に、懐かしむように笑って返した。
「勘弁してよ、今は特に戦闘向きじゃないんだ」
「…フン。本当かどうか怪しいな、お前ほどの男が、何の対策もなしに来るはずもなかろう」
「なんのことやら」
ニヤニヤと、まるで危険なんてないように、変わらず自然体でそう言い切った羂索に、老人は鼻で笑う。
実際だからなんだというのか、今やこうして老衰し、満足に戦えない今の自分では――
そうだ、だからこそ、羂索という男は話しかけてきたのだ。それを痛感して、老人は歯軋りをする。
「
「ッゴホッ!……嫌味か?今のこの姿を見て、本当に行けるとでも」
「だね、手ぬぐいいる?」
ガフッ!そう続けて咳をすると同時に、更に喉から血が噴き出し、老人の手を赤く染める。
老衰、病。もはやまともに戦える、限られた時間もあと僅か。
もはや、選択は決まっていた。
「…羂索。貴様の知る術師の中で、最強の術師は」
「宿儺だ。600年も前で申し訳ないが、これは譲れない」
今もなお語り継がれる、かつて世を血で染め上げ、呪いで廻した伝説の王。
両面宿儺。老人はその、今や届かない孤高の存在を想起し、そして続ける。
「では…"例の話"甘んじて受け入れよう」
こうして老人――後の死滅回游遊泳者、
400年後の現代で、再びこの世に黄泉返るために。
■■■
「…これが呪物か、しかも人間だと?」
「そ、凄いでしょ。結構苦労したんだよね」
「にわかには信じられんが…お前が言うならそうなのだろうな」
契約は済んだ。後は鹿紫雲の魂を凝縮し、呪物として切り離す…それで終了だったのだが。
せめて最後は何か面白い話を。と、老人の我儘を聞いて、羂索はそれに答えた。
「これは術式が面白くてね、何と自分の身体を爆薬にして吹っ飛ばすんだ」
「…それでどうやって戦うんだ」
「なんと歯を折って投げ飛ばしたり、目を抉ったりして爆発させたり…」
「…想像したくないな」
「これはねー…」
目の前にずらっと並ぶ、様々な色と形をした人の指。
これら一つ一つが、かつて羂索と契約をして、呪物となった生きた者。
すっと指を取って、それを回して観察しながら、鹿紫雲は問う。
「呪物となっている間、意識はどうなるのだ」
「さぁ?私は呪物になったことはないし…個人差あるんじゃない?意外と一瞬で済むかもよ?」
「……そうか」
かつて外国の技術を取り入れ、空を飛んだ術師。
絵巻物を模倣し、それに伴った術式を発現させたある一族の男。
契約書を使うことで、その事象を再現する切れ者の男。
――それら数々の強者、そして指ごとに放つその威圧感の違いに、鹿紫雲は目を輝かせた。
「これらの圧は凄まじい…これがお前の言う…」
「そ、呪術全盛…平安に生きた術師たちだよ」
そして目線を向けた先、一回り大きな箱に詰められた、無数の指たち。
そしてその指の中でも、ひときわ異彩を放つものがあった。
指の形や色は特に変わらない。だがそれらが放つ呪いの気配、それが鹿紫雲の肌を刺したのだ。
「これは会津に住んでいた、ある術師の指でね…あれから600年経ったけど、彼女ほどの構築術式使いはまだいないね」
「ほう、構築術式だと?」
「そ、面白いことに構築術式の燃費の悪さを…蟲の筋肉で補っていてね、なかなか強かったよ」
「なるほど…蟲か」
「よくやるよねぇ」
それぞれの指を差し、そしてそれに答えながら、細かく解説を挟むと同時に思い出を語る。
羂索のこの記憶力の良さは大したものだと、そう感心をしながら、鹿紫雲はある指を見た。
「おい羂索、これはなんだ」
「ん?…あぁそれはさっき言った、宿儺の従者の指だよ。自分も呪物にさせろーってうるさくてさ」
「そうじゃない、その隣だ」
「……あぁ」
鹿紫雲が指を改めて差して、それの示す指に気づいた羂索は、一瞬目を見開いて、そして答える。
「これは…君と同じように、老衰したから呪物になったんだ」
「凄まじい圧だ、隣の…先ほど言っていた宿儺の従者と変わらんではないか」
「そ、死にぞこないのくせにさ、気配だけは一丁前なの」
ひょいっとその指を手に取って、くるくると回しながらそうぼやく羂索。
その回転を続ける呪物を、鹿紫雲はじっと視線を凝らして、そしてまさかと呟いて。
「お前、まさか"これ"だったのか?」
「うげっ!?ホントやめてよ…あんな狂った骨の塊みたいなやつと?何の冗談なんだよ」
「……すまん」
普段の胡散臭い仕草を忘れるほど、心底心外だと嫌がる羂索の姿を見て、鹿紫雲は咄嗟に謝罪の言葉を漏らした。
しかしはてと、初めて見たその側面に、鹿紫雲はフンと笑って。
「まさかお前にそういう一面があったとはな、ただ終始胡散臭い詐欺師と思ってはいたが」
「えー?そんな風に思ってたの?」
「まぁ、少しは変わった」
自分にはいただろうか。鹿紫雲はふと戦いに染まった自分の人生を思い返して、そして目を瞑る。
瞼の裏に浮かび上がるのは、かつて戦い、血を流し、そして皆共通して死んで終わる、強敵たち。
皆結局自分にやられ、そして骸となって成れ果てる。
「羂索、お前に最後に、聞きたいことがある」
「……なんだい?」
「もし、お前の話を受けて受肉を果せば――」
パリリッと、鹿紫雲の呪力特性による雷が空間を裂いて、そして音を響かせる。
そして、続けて口から紡がれた言葉を聞いて、羂索は。
「さすれば、宿儺と
どこか懐かしいという表情をして、頷いた。
■■■
「さて、後は飲み込むだけか」
時は流れて現代――新たなる肉体の器、虎杖香織の死体を乗っ取った羂索。
彼は千歳の約束のため、そして己の好奇のために、最後の仕上げに取り掛かった。
「ほら、さっさと起きて」
病室のベッドで静かに眠る、銀髪の少女にそう言葉を投げかけて、同時にその口の中に、羂索は赤く変色した指――呪物をねじ込み…そして飲み込ませる。
約束と好奇、それらを同時に果たすため、羂索はわざわざ2回、女の身体を乗っ取り、子を孕んで"それ"を作った。
ドクンッ!と少女の身体が大きく揺さぶられ、そして痙攣を始める様子を、彼は黙って見守り続ける。
「いやー、思った以上に苦労したね。流石に陣痛を2回連続で経験するのはキツかったなぁ」
最初の出会いは気まぐれだった。
あの平安の時代、血をまき散らしながら、叫んで刀を振りかぶる老婆を見て、「面白そう」と思ったのが始まりだった。
日々戦いを繰り返し、宿儺を求めて従者と殺し合い、そして時折宿儺の呪術を喰らい、そして瀕死になってまた戦う。
命なんて最初からないみたいに、文字通り毎日、身と命を削る戦い方。
死体を乗っ取り、常に安全に生き続ける自分とは違う、その在り方。
『君はいつになったら死ぬのかな?』
その蛮行を見続けて、そう聞いたのはいつだったか。
歳なんて感じさせない、豪快な戦いっぷりと、どれだけ瀕死になろうとも、反転術式ですぐに生き返るこの老婆。
何度も何度も、瀕死になって復活し、戦いを続けて疲労するかと思ったら…全然そんなことなくて、また戦う日々。
死体を乗っ取り、寿命をやり直す度に目的を変えていた自分とは違う。この歪な命の、真っすぐな輝きに、いつしか心惹かれて。
『宿儺を殺すまでは死なん、お前こそいつ死ぬんだ』
『残念。君よりは長生きするよ、1000年くらいはね』
『…ハッ!相変わらずの生き汚さだ』
『褒め言葉として受け取っておくよ』
ある日に、特に用件はなかったけども、隣に座って駄弁る時間。
失敗したある実験、それの愚痴を吐きながら、持って行った菓子を料金に話をしたり。
「いつ死ぬのかな」なんて思っていたことも忘れ、なんだかんだの付き合いを続けた時代。
いつしか観察だとか、目的だとかを忘れて、歳の離れた友人のような、その関係性が生まれた日々。
――だが彼女は、突然それを言った。
『…私は、もう死ぬ』
冷や水を掛けられたかのようだった。
あれだけ命を燃やし、何があろうとも死ななかった彼女が、自分という存在の終わりを自覚した。
宿儺と違い、裏梅と違い、彼女はあの時まで、呪物となることに賛成しなかった。
契約が既に済んでいる前者と違い、彼女はずっとあるがままを受け入れ、いつものように命を削った。
――そして、彼女がそれを言った時。
『…話の続きだ、羂索』
彼女がようやく話を受け入れ、そして承諾した時。
『さすれば、宿儺と
――その時、自分の内に沸いた感情は確かに。
「……おっ」
――ドクンッ!
突如痙攣が止み、そして一瞬全身に刻まれた紋様。
そしてたちまち、少女の肉塊がそれを抑えて、うっすらと瞼が開けられる。
そしてそこに見えたのは、あの頃と変わらない…呪いに染まる理外の瞳。
「………………………は?」
姿も、声もだいぶ変わってしまったが、それでも共通するその抑揚。
彼女らしい、変なところで純粋な、その幼い驚き方。
「あ、やっと起きた」
あれから時代は変わった。呪術こそ退化をしてしまったものの、この世界には面白いもので溢れている。
人も多くなった。昔と比べ、空気こそ汚れてしまったが、あの青い空は…平安の頃から変わらない。
だが、そうだとしても。
「あれから1000年…」
最初に彼女と会うのは自分でいい。変わってしまった人間…時代と違って、あの頃と変わらない、胡散臭い自分こそが相応しい。
勝手に形を変えないように、頬を、喉を必死に偽って、1000年前と変わらない、あの話し方を意識して。
この内心を勘付かれないように、何も変わっていないと思わせるために。
「久しぶりだね、伽藍」
今、自分はちゃんと、
筆が進むぅ