黄泉返りの国家転覆 作:倉庫
「見つけたわ…私の恋の宿敵!」
「………はぁ?」
雲ひとつ無い晴天。しかしその青い空とは裏腹に、その大地は真っ赤に染まり、異臭を放っている。
そんな臓物で作られた絨毯の上で、退屈そうにため息を吐いた、全身を返り血で真っ赤にした老人――伽藍に言葉を投げかけた女。
白の和服に身を包んだ、黒の美しい長髪と、麻呂眉を携えたその姿に、伽藍は一瞬既視感を感じて、その後女が続けた言葉に首を傾げた。
「裏梅から話は聞いたわ…貴方も私と同じ…あの人に愛を与える人間…!」
「はぁ?」
「でもダメよ!妾なんて許さない…あの人に愛を与えるのは私!私以外は許さないわ!」
「……はぁ」
「つまり貴方も敵…恋の宿敵であり排除する対象なのよ…っ」
「……………」
――こいつもイかれてる奴か。
伽藍は自分のことを棚に上げ、頬を赤に染めて、麻呂眉を指で整えながらそう続ける女に、そう思った。
くねくねと身体を揺らして、夢見心地に呪いの王を語るその姿を見て、背中に冷や汗をかきながら、それに返す。
「……まぁ、頑張ればいいんじゃないか」
「手を引くなら今のうちよ…たとえ許されないとはいえ、貴方も私と同じ…彼に"愛"を与えようとした人間…」
「話を聞け」
「同じ女同士、1人の男を求めたなら…その後起こることもわかってるでしょう?」
「こんな老いぼれに何を言ってるんだお前は」
「愛に歳は関係ないわ!そう、だからこそ許せない…禁断の愛、私よりも背徳感に満ちたその関係!」
「…………」
くるくる。手を胸に当てながら、まるで舞でも踊っているかのような動きを続けながら、女は伽藍に話し続ける。
正直、伽藍は最初の言いがかりの時点で、無視をして帰ることも考えていた…が。
伽藍は目の前の女の正体を知っていた、故に無視をせずに、こうして会話に付き合っていた。
「わからないなら仕方ないわ…宿儺に愛を教え、そして彼を殺すのは私よ」
「愛など知らんしどうでも良い…が、殺すというのは論外だ」
「…なんですって?」
「宿儺を殺すのは私だ、私こそが次の――呪いの王に相応しい」
ピクリと、伽藍の言い放った言葉に反応し、その顔を不機嫌に染めあげる。
そして瞬時にその身体を、黒い液状の金属と、筋繊維が包み込み、姿を変える。
女性らしい柔らかな身体が、たちまち見上げるほどの背丈と、平均男性を超える筋肉量を纏って、そして動き出した。
「寝言は寝て死になさい――伽藍ッ!」
「遊んでやろう、来い――
数多の生体機能を流用、特化させた肉の鎧。
それによる膂力、そして俊足と生成した金属による中距離戦闘。これこそが平安最強の構築術式使い――それが彼女の、万の戦闘スタイルだ。
構築術式による燃費の悪さ…それを少量の筋肉量でも海を渡れるほどの、昆虫のエネルギー効率を当てはめることでカバーした。
そしてこれらが合わさることで放たれる一撃。半自律制御によって形を変える液体金属と、昆虫の筋力が組み合わされた剛力。
「…面倒な」
次々と放たれる即死級の一撃。全盛期ならまだしも、今の老いた身体では、躱す受けるで精一杯。
あくまでも視線は万本人に、しかし残る死角からの一撃を、歴戦の経験で磨いた勘で、身体を捻って避ける…が、それも限界が来るだろう。
その間も万の剛腕による2本の拳撃、そして物理法則を無視し、自在に形を変える液体金属が、伽藍の身体を貫かんと暴れだす。
この連携で何人がやられたのか、伽藍は彼女によって滅ぼされた、
――だが。
「だが少々…」
――
伽藍が相手の懐に入り込み、瞬時に手のひらを当てて、動きを止めたことで"それ"が始まる。
その異質な行動、そして他ならぬ自身の身体に発生した異変に気づいた万が、それを防ごうと拳を振るった瞬間。
――トンッ
「……えっ」
「相性が悪すぎたな、小娘」
パシャッ。水が零れた時のような、そんな音が周りに響き、万の纏った肉の鎧が、一瞬で分解されて消えてしまった。
先程までの、まるで丸太を彷彿とさせる剛腕も、いつのまにか万本人の生身の腕に変化しており、それが伽藍の手のひらにぽすんと抑え込まれる。
「私の術式は肉と骨を作り、操るもの…簡単な話だ。お前の作った肉は、私の術式反転で一瞬で消せる」
「ちょ、ちょっとちょっと!?」
「勝負は終わりだ、さっさとお前も帰れ、私は宿儺を追う」
「待ちなさいってば!」
老いて脆くなった身体に力を込めて、呪力による強化を施して走り出す。
万の呪力出力も、他の術師と比べても遜色ないレベルだったが、肉体強化というくくりの中では、伽藍には勝てない。
たちまち遠く、その後ろ姿が完全に見えなくなってから、万はぷるぷると震えて。
「ふ、ふふふふ…いいわ。貴方がそうするなら、こっちにも…いい考えがあるわ…っ!」
新たに昆虫の生体機能を、その背中に巨大な羽を作り出し、すぐに跳躍して宙に浮かぶ。
そして一気に空気を蹴るように、身体を前項姿勢にしてから、叫んだ。
「次は勝つわよ!…恋の盟友ッ!」
こうして、ある老人と小娘との関係は始まった。
■■■
「宿儺に会えないわ」
「奇遇だな、私もだ」
ちりんちりん。と、鳴り響く音。
「貴方も?奇遇ねぇ私もなのよ」
「何故だろうな」
「なんでかしらねぇ」
「…万、お前少しやりすぎたのではないか?」
「伽藍こそ、もう少し喧嘩売る頻度少なくしたらどうなのよ」
「………裏梅が見たら発狂しそうだねぇ、この集まり」
ちりんちりん、夏の日差しと共に耳に届く、その清涼感と、どこか重厚感を感じる青銅の音。
ある山奥の屋敷の中、その縁側に集まるこの3人。そのうちの、
まだ珍しい、世に完全に浸透していないこの貴重品を眺めながら、万はふーんと首を傾げて。
「ただの青銅の塊が…悪くないわね、私も作ってみようかしら」
「ちょっと?それ買うのに結構苦労したんだよ?そう簡単に贋作を作られたらさ…私の苦労が……」
「いいじゃない羂索。せっかくの構築術式なんだから、これくらい許されるわよ」
「……私が許したくないんだけど?」
「ッハハハ!これからは、お前が万の贋作元を買えばいいんじゃないか?」
「勘弁してってば…」
「でだ、宿儺の場所だが…羂索、お前も知らんのか?」
「うーん…さぁ?あんなのでも私たちと同じ人間だし、北の方にでも涼みに行ったんじゃない?」
「ふーん…」
実の所、羂索は既に宿儺たちの所在を把握済みである。
だが今は、それを伽藍に、勿論万にも言うつもりはなく、しばらくはこうして涼を取るつもりだ。
その理由は他ならない、宿儺の従者である裏梅から、凄まじい形相で釘を刺されたのだ。
『おい羂索…頼むから…頼むから頼んだぞ…ッ!』
『…言葉使いがおかしくなってるよ?』
『いいかッ!?貴様は数日だけでいい!あの気狂い婆と!糞眉女を抑えていればいい!いいんだッ!!』
『あーー…あ、うん』
『気狂い婆と糞眉だ!気狂い婆と糞眉!気狂い婆と気狂い婆だッ!』
『………水飲む?』
『わかったな!!!???』
『………』
「どうした羂索」
「あー…ちょっと裏梅が可哀想に思えてきてね」
「…ふーん」
嘘はつかない。
だがあえて核心に触れることは言わず、あくまでも本題に掠るくらいのことは言う。
伽藍は妙に勘が鋭い、ここでもし「何も考えてないよ」なんて言ったら、すぐに真実を言い当ててきただろう。
羂索に残された時間はあと数日、だがその数日が、どうしようも長く感じた。
「あーーー…退屈だ。万、闘るか?」
「嫌よこんな暑いのに。あーー…水浴びたいわ」
「近くに川があるんだけど、水浴びでもするかい?」
「何よ羂索気が利くじゃない!じゃあ早速行くわよ!」
「よし、川の中で闘るか」
「馬鹿じゃないの貴方」
(相変わらずだなぁ…)
だがこれで更に数時間、時間を稼ぐことには成功した。
どうせ途中でヒートアップして、彼女たちは互いにぶっ倒れるまで戦い続けるだろう。
その後はどうしようか…と、羂索がぐーっと背伸びをしながら考えてる時だった。
「あぁそうだ羂索」
「なんだい伽藍」
「もしや"南"か?」
「………はい?」
「あとでだ、宿儺の正確な居場所を教えろ」
「……」
「どうせ知ってるんだろ」
――ごめん裏梅。
羂索は心の中でそう謝罪して、すぐに気持ちを切り替えて、「まぁ仕方ないか」と呟いて、歩き出した。
そして数日後、羂索は裏梅に凄まじい勢いで追い回され、久しぶりに身体を取り換えることになったという。
■■■
11月16日
pm.16:00
「……器から情報は得たから知っていたけど…本当に貴方なのね」
「あぁ、千歳振りか?万」
東京、第1
その積み重ねられた人間の死体、その山で座っていた、かつての構築術式使い――万。
彼女は再びこの世に黄泉返り、そして1000年ぶりの戦闘を楽しんで、生を実感していた。
そしてそこに現れたのは、同じく平安の時代を過ごした仲間、伽藍。
「面影も…いいえ、あるわね。その…彼に似た目と、暴力的な気配は変わらない」
「羂索も同じようなことを言っていたな。そんなにか?」
「なに?やっぱり今もあいつと仲いいの?相変わらずね」
「……フン」
ドサッと、同じように死体の上に腰を下ろして、その隣に座る伽藍。
万はその横顔をじっと観察して、そして続ける。
「知っているでしょう?受肉体は、その受肉元から記憶を得られる」
「らしいな、私は何故か有耶無耶だったが」
「貴方のことも見たわ、随分よくしてたみたいじゃない?この"器"と」
「あ?」
万は胸に手を当てて、伽藍の顔を下から覗き込むように、鼻と鼻がぶつかる距離まで接近して、その顔を見た。
かつて同じ時を過ごした少女、その魂が沈み、肉体を奪われた様子を見ても、彼女の顔は変わらない。
その様子に、万は満足そうに微笑んで。
「もしかして腑抜けちゃったのか…なーんて思ってたけど…無駄な心配だったわね、貴方はそういえば、絶対に変わらないタイプの人間だったわ」
「わかっているならそれでいい。で?この雑魚どもでは満足いかんだろう?」
「…何よ、貴方こそわかってるじゃない」
互いに同じタイミングで、死体の山から飛び降りて、そして互いに向き合う。
呪力が迸り、互いの殺気が空間を断裂させるほどに濃密になって、緊張感が高まる。
しかしすぐに、万は身体を震わせて。
「でもね…私1つだけ許せないの」
「あ?何が」
「私てっきり、貴方が復活するときは老人のままだと思ってた。だって貴方は、見てくれとかに興味なかったじゃない?」
「いやそれは変わらんが」
「嘘よ!!!」
ビシッ!そう勢いよく指を差して、万は今も首を傾げたままの伽藍に、怒りを滲ませて叫ぶ。
「何よその身体!何よその顔!!若返っただけじゃなくて…更にリニューアルですって!?」
水すら弾きそうなほど、きめの細かい肌と、卵のように丸く小さな顔。
見た者を引き込ませる、その赤い瞳は健在のままで、生前より更に若さと美しさによる輝きを醸し出している。
片肌脱ぎによって、露出度の高くなった戦闘服と、さらしを巻いた腹と胸が纏う、その色気。
そう、万の女としての勘が、彼女が敵だと叫んだのだ。
「許せなかった…恋の相談役として慕っていた相手が…その実一番の強敵だなんて…!」
「何にキレてるんだお前は」
1000年の時を経て、恋する女の嫉妬と戦闘欲が、爆発した。
だがそのモチベーションは、今までとは少々違うものだったらしい。
いい加減本編書かないと…
運が良ければ7日にまた出せるかな…