黄泉返りの国家転覆 作:倉庫
最初から、油断なんてしてなかった。
相手の実力を見誤ったつもりもない。むしろ、十二分に理解しているつもりだった。
だが今では、目の前に立つこの"鬼"の誘いを受けて、刀を抜いたことを後悔しそうになるほどの、思考のループがさっきから続いているのも事実。
「…不味ったな」
――タダ働きなんて御免だ。
そうだ。結局のところ、残る仕事は殺した星漿体の死体を持って、盤星教に渡せばいいだけ。
誰が邪魔をしようとも、呪力のない故、逃げに徹した自分ならば…誰にも邪魔されないはずだった。
そうだ、そう言って、さっさと死体を渡しに行って…金を貰って終わりだったはずなのに。
『――全て』
あの、こちらを射抜く赤の瞳。
負けなんて選択肢にない、あの傲慢に塗れた瞳。
『"終わった私"に興味などない』
呪力のない自分に向ける、あの挑戦者の瞳。
見下すも、見上げるもない平等な――
『言ったはずだ、好きにしろ』
どうでもいい、どうでもいいはずだった。
「…クソ」
――全く、自分に腹が立つ。
甚爾は右手に握る呪具、釈魂刀をより強く握って、目の前で静かに、こちらを観察する彼女を見る。
赤い髪、全身に刻まれた黒の紋様と、額で存在感を放つ第三の目に、その異質なプレッシャー。
まるで自分を中心に、全方位から刃の切っ先を向けられているかのような、肌を直接刺すような威圧感。
これが、呪術全盛を生きた術師。
「……はぁ」
数秒、息を吐いて脱力。
「…ッ」
そして瞬間、足を踏み込んで。
「――ッ」
刹那。空気が割れた。
――ガンッ!
甚爾が全力で振り上げた釈魂刀が。
伽藍の構えた肉の刀が熱による空気の歪みを纏いながら。
「ほう…っ?」
「クッソ馬鹿力が…!」
それらがぶつかり、そして一気に鍔迫り合いへ移行する。
しかし一切の呪いを捨て、究極の肉体を手にした甚爾の膂力にすら、この女は食らいつく。
いや、むしろ――
「嗚呼、やっと感覚が戻ってきた…!」
「っやべ…!」
咄嗟に力を抜いて、相手の体勢が崩れた瞬間を利用して跳躍、そしてすぐに格納呪霊の口に釈魂刀を仕舞い、また新たな呪具を取り出す。
カシャンと、金属が擦れて音を奏で、そしてそれを力いっぱい引っ張り、甚爾は数mもの長さを誇る、鎖型の呪具を装備した。
「――フンッ…!」
ゴウッ!と、伽藍がその鎖を視認した瞬間に、目に見えぬほどの速度、そして手慣れた動作でナイフを装備した甚爾が、それを投擲した。
そのあまりの手際の良さに、伽藍が感心しながら首を傾け、そして甚爾へと視線を向けた瞬間だった。
「種明かしの時間だな」
今にも接近を開始し、再び戦闘が始まるその寸前。
ジャララ…と、
そしてその瞬間。伽藍の身体の周りに漂い、宙を泳ぐ鎖の見て――
「なるほどな」
ヒュルッと器用に首周りで輪を描き、その後投擲したナイフが甚爾の手に戻ってから、伽藍は全てを理解した。
あえて余分に周りに敷かれた鎖はデコイ、その真の狙いは、甚爾の膂力と鎖の耐久性による。
「グッ…!」
――絞殺。
それに気づき、そしてその対策を思いついた伽藍は、焦らずそれを実行する。
ものの一瞬で幅を縮めた、自身の首と鎖の間に、ねじ込む形で刀を突き刺し、そして刃を立て、力を込める。
「さてどれほどか」
ミシリ。握った刀から鈍い音が発生し。
鎖との間に火花を散らし、まるでその周りの空気だけが、凝固し、時が止まったかのように錯覚するほどの。
天与の肉体と、闘鬼の腕力による、純粋な力比べ。
――ガリガリガリガリガリガリガリッ!
鎖の劣化などおかまいなしに、甚爾は更に力を込め、地面が陥没するほどにまで体重をかける。
対する伽藍も、その歪にかけられた重力と腕力に耐えながらも、刀を握る手に変わりはない。
互いの動きに変化はないものの、その間も鎖を通してせめぎ合う、常軌を逸した怪力がしのぎを削っていた。
だが次第に。
「~~ッ…!」
「いい腕力だ…!」
――甚爾の方が押され始める。
ミシリと、先程よりもより一層低く、鈍い音が鳴ったと同時に、伽藍の首を絞めかけていた鎖が解かれていく。
いくら鎖越しとはいえ、全力を振り絞って引っ張ったその威力は、数字では到底表せない膨大なもの。
だが伽藍の、
「おっ?」
くらっ、いきなりそう身体の重心がズレて、伽藍は片足を前に、なんとか姿勢を堪える。
先ほどまで引っ張り合いをしていた、つまり
そして目線を上に、再び上に、そして鞭のようにしなり、自身に襲い掛かる鎖の側面と、その先にあるはずのナイフが再び、甚爾の手に戻っていた様子を見て、考察を続ける。
(なるほど…どういう原理かは知らんが、あの鎖は伸縮自在、あれが限界ではなかったのか)
――呪具、万里ノ鎖。
万里ノ鎖はある条件を達成すれば、際限なく鎖が伸び続ける強力な呪具。
その条件はたった一つ、鎖の反対側…それを相手に観測されないというものだ。
だが甚爾はその反対側を、常に格納呪霊の体内に収納しており、鎖のみを常に出し続けている。
ほぼ無条件で常時発動するその効果、そして再度放たれる鎖の波、ただ呪力の込められた金属といえど、それを手にしているのは天与の暴君。
その腕力と同時に、遠心力を味方に襲い掛かるそれは、いくら呪力で強化したとしても受けたくはない。
「ならば…」
――近づくまで。
「ハッ…!」
完全に感覚を取り戻した、異次元の速度による急接近。
まるで蜘蛛の巣のように、目の前に展開された鎖の弾幕、収縮を繰り返す安全地帯。それに、針に糸を通すような正確さで、身体を畳んで潜り込む。
そして着地、再び走り出す工程を同化、一切の無駄なく接近を果たした伽藍が、刀を振るって。
「引っかかったな…!」
――その瞬間。鎖が回帰する。
最初に投擲し、この部屋の空間の端に追いやられた鎖の軌跡。
その後首を絞めようと、円を描いて宙に留まった鎖の軌跡。
そして先ほど、伽藍の身体を打ち砕こうと放たれた鎖の波、その軌跡が。
――ジャラララララララッ!!!!
(…なるほどな)
先ほどのとは違う、今度は首だけではない。
足も、腰も、自分自身すら巻き込んだ、鎖による道連れ攻撃。
最初に投げたナイフと、それに付随する鎖の仕込み、あれの真の目的がこれだったのだろう。天与の肉体によって、それすら傷をつけうるほどの、圧倒的な収縮速度による、殺傷攻撃。
(…"使う"か?)
今この瞬間、自身に向かってくる鎖を見ても、伽藍の態度は変わらない。
いや、むしろ相手がこうして自爆をするというのならそれでいい、それに相手がどれほど強靭な肉体を持とうとも、結局呪術は使えない。
自分は反転術式が使える、だが甚爾はそうもいかない。焦らず、冷静に呪力強化を施して――
「…………」
ニヤリ、と。
「…バァカ」
その、勝ち誇ったような笑顔を見て。
自身を抑える
伽藍は一気に警戒心を上げる。
「…まさか!」
最初に放ったナイフ、その後襲い掛かった鎖による拘束。
そして再び放たれた鎖の波と、今こうして、周りから襲い掛かる鎖たち。
最初、投げたナイフを中心に、鎖を宙に敷いて輪を作る。そしてその後、ナイフを回収し、綱引きへ…
――ナイフはどこに。
「上か!」
サッと目線を上に上げ、そして数十cm先で今も落下を続ける、見失っていたナイフを発見した。
どれほど距離を離していたのだろう、その自然落下による加速と、鎖の収縮による加速が合わさり、ただのナイフと侮れない威力が内包されている。
そして、甚爾は片腕で伽藍の肩を抑えながら、再び格納呪霊の口に右手を突っ込み、新たな呪具を取り出す。
(俺の"読み"が外れていなけりゃ…)
鎖によって逃げは封じた。
上空は呪具のナイフがある、跳躍による回避はない。
鎖を潜り抜けるのは不可能、先ほどと違い、更に感覚を狭くした安全地帯を、今こうして抑えられている状況から通るのは難易度が高い。
そして唯一、彼女が取れる選択肢は――
「
――術式による、防御装甲の生成…!
(さて…ここからだ)
伽藍の術式、禍津日は構築術式と同様、術式使用後も残り続け、そして自身の肉体領域を共有する第三の部位となる。
つまり今、自分が使おうとしている"これ"も、伽藍が肉体を生成し終わった後は役に立たず、何の効果もない。
だがそれは、
つまり肉体を構築し切っていない、今の状態ならば――
(これも、効く…!)
甚爾が格納呪霊の口から取り出した、その呪具が放つ異質な存在感に、伽藍はすぐに気づいた。
瞬時にそれに反応し、甚爾が振るった伽藍の首元、そこに術式を集中させて発動し、生成途中の筋繊維がそれに触れようとする。
片方の刃が欠けた、十手に似た形状の呪具が、伽藍の生成した肉に触れた瞬間。
――パシャッ!
その肉が、
「なっ…!」
その現象に、伽藍は驚愕を隠せず、そのまま動きを止めてしまう。
領域展延や、領域内に引きずり込まれた際の、術式の中和や塗り替えとはまた違う。
術式が完全に焼失し、その効果がないものとなったありえない現象。
――特級呪具、
上空からのナイフ、そして天逆鉾と万里ノ鎖による連撃が伽藍に襲い掛かり――
「…見事」
――キィンッ!
甚爾は、目の前で起こったその現象を見逃さなかった。
まずナイフ、それが伽藍の頭に突き刺さるかと思いきや――それがいきなり動きを止め、まるで何かに弾かれたかのように宙を舞った後、すぐ彼女の隣に
そして天逆鉾が、彼女の喉を裂こうとした寸前に、彼女の姿が突然消えて、それと同時に鎖も運動量を失う。
先ほどまで猛り狂っていた、鎖の動きが突然止み、そして甚爾の背後から、声が聞こえた。
「"これ"を引き出そうとしたのか、いつからだ?」
「最初から、テメェやっぱそうだったんだな」
パキッと、プラスチックを割ったかのような軽快な音が鳴り、そう続ける伽藍の背中に後輪が生成される。
幾何学模様と、解読できない文字のような形をしたそれが、黒く光ると同時に、3つの目がこちらを射抜く。
そしてその様子を見て、甚爾はやはりと笑って。
(あぁ…やっぱそうだ、間違いねぇ)
何故か流出した交流会、その情報。
その中に、伽藍の戦闘データやその術式、勝負の内容なども入っていた…が、その中にあった違和感。
彼女は、夏油傑とタイマンに持ち込み、そして領域展開を披露したが――
("あれ"は、どう考えても禍津日じゃない…あの術式じゃどうあがいても、転移なんてできやしねぇ)
本来の術式とは違う、しかし間違いなく存在するその力。
呪具、呪霊のそれでもない。そして今披露したそれを見て、甚爾の直感、そして推測は確信に至る。
(あれは、"テレポート"だった)
伽藍は――
(伽藍は2つ目の術式を持ってる。それがあのテレポート…ありえないわけじゃねぇ、そもそも術式は肉体に刻まれるもの…あいつは人間だが受肉してる、なら使えない道理もねぇ筈だ)
荒唐無稽な話だ。だがこの目の前に立つ女は、常識の範疇には収まらない存在。
あの、度々見た黒い光。情報の中でも、夏油は黒い光に包み込まれ、そして転移をしたとも残っていた。
恐らく、あれこそが転移の発生現象。
(3つ目の術式は…考えたくねぇな、そこまで行くと4つ目の術式も警戒することになる。それにこいつの性格上、戦法はともかく能力の秘匿はしないはずだ)
発動条件は?消費呪力は?
それに今もそうだが、元から持っていた術式とのシナジーはどれほどか。
転移によるデメリットは?術式名は?
(まぁ…とりあえず今言えるのは……)
頭の中で浮き上がり、そして解決しないまま溜まっていく疑問。
だが間違いなく、今この瞬間に、言えることは一つ。
(面倒だ…!)
■■■
「さて…正念場だな」
術式の概要は暴いた。
だがそれだけ、術式名も発動条件も、実際は何も分からない。
しかし披露させた。この術師の種を暴き、そして認めさせたという事実。
それが、伽藍の気を良くさせた。
「…素晴らしい」
「あ?」
「やはり、お前はいい男だと思ってな」
髪色も、その姿形が変化しようとも、以前と変わらないその微笑み。
闘争を求め、そして愛する彼女らしい…その態度に鼻で笑って、甚爾は返す。
「お前じゃなけりゃ、喜んで受け止めたつもりだったんだがな」
「ほう?私は本気で言っているんだぞ?1000年前では見れなかったからな…お前のような
「………は?」
伽藍が、当然と言ったその言葉。
だが甚爾にとっては、"それ"は有り得ないもの。
術師、かつて自分はその家に生まれ、そして生まれた瞬間から放棄した、その存在。
「……なに、を」
「…?違うのか?結局のところ天与呪縛も…お前の呪力を代償にして成っている。ならばお前も呪術に生きる者だ。それはつまり、術師と言えるのではないか?」
「…馬鹿言うな。俺は生憎簡単な呪術も使えねぇ、術師なんかじゃねぇよ」
「…フン。難儀なものだ」
それを無視するように、気づいてしまわないように、甚爾は瞬時に駆け出した。
伽藍もまた、その一瞬見えたその表情を見て、彼の内面に隠されたものの正体に、やはりと確信を深めて、迎え撃った。
「…面白いものを見せてやろう」
そう言って、伽藍は手に握った肉の刀を振り上げ、そしてそれに黒い光を纏わせる。
みるみるうちに、細く、鋭利な切れ味を誇っていた刀が膨張し、赤黒い、棍棒のようなものに変化した。
呪力を流し込み、呪力特性による熱、そして純粋な呪力エネルギーが凝縮され、密度と熱が大きく、高まっていき。
そしてそれを、一気に振り下ろす。
「――ッダアアッ!」
ドゴンッ!と、硬く整備された地面が一瞬で破壊され、その衝撃が伝染し崩壊する。
そしてその崩壊した地面の、割れ目に染み込むような形で、また黒い光が点灯し、そして赤黒い液状の何かが散布された。
伽藍を中心に、半径数十mにも及ぶその専用のステージは、彼女の術式によって作られた、液状筋肉で組み上げられたもの。
「クッソ…」
液状筋肉。つまりはもう術式を発動し、完全に作り終えた肉体そのもの。
つまり天逆鉾は通用しない。だがおかしい、彼女が液状筋肉を作るには、それ相応の工程を挟む必要があったはずだ。
何故いきなり、しかも大量に展開ができたのか?新たな疑問が湧くも、今はわからないと切り捨てて。
――更に。
「次は…これだ」
再び変形を始める武器。今度はより長く、そして先ほどの刀よりも細く、刃も短く飾られたもの。
刀、棍棒と続いて今度は薙刀。そしてそれを両手で構え、伽藍が腰を落として呪力を込める。
伽藍の足、そして彼女自身の影が赤く、そして黒い光に包まれた後。
――真っすぐ、甚爾に向かって加速した。
「~~ッ!?」
咄嗟に何とか横に避け、そして掠って出血をした腕を摩りながら、甚爾は目線を伽藍に向け直した。
突進を放った後、彼女は依然変わらない、あのこちらを試すニヤニヤとした表情で、振り返って目線を向けていた。
――遊んでやがる…!
「"こっち"は慣れてねぇんだよ…!」
このままじゃ埒が明かない。そう判断して、甚爾は再び格納呪霊の口から釈魂刀を取り出し、そしてそれを万里ノ鎖と連結させた。
それを数回、ブンブンと振り回して具合を確かめた後、思いっ切りそれを投擲した。
――ガァンッ!
指揮をとるかのように、スナップを効かせて腕を振り上げ、猛スピードで放たれた攻撃、それのコントロールを取る。
釈魂刀の、硬度を無視する絶大の威力が、天与の肉体によって更に底上げされ、あらゆる障害を破壊し突き進む。
そしてそれだけではない、他ならぬ甚爾の視力、無機物の魂すら知覚するそのセンスが、この攻撃を更に上の次元へと押し上げた。
「シッ…!」
今も伸縮を繰り返す万里ノ鎖、地面に壁、そして伽藍の作った肉を切り裂きながら、行進を続ける釈魂刀。
それらの制御に求められる膂力、そして武器を扱う格闘センス。"術師殺し"と呼ばれる所以が、ここにあった。
だが。
「禍津日…」
それらが届く寸前に、伽藍は地面に手を当てて、そして術式を発動する。
「"蜘蛛の糸"」
一瞬で更に、既に崩壊していたはずの地面が更に分解され、その瓦礫と砂埃が空中に舞い上がる。
瓦礫は問題ない、釈魂刀の前では何の妨げにはならず、あらゆる硬度を無視して切り刻めるからだ。
普通なら、伽藍が不利になる状況。だがこれによる目的は防御ではない。
つまり、これで不利になるのは――
(クソが…!
視界を封じられた、甚爾のみ。
数多の瓦礫と砂埃が辺りを埋め尽くし、甚爾の視線から、伽藍の姿が完全に消える。
その結果、甚爾は釈魂刀の本領である、魂への攻撃のための、相手の魂の知覚が不可能となった。
しかしそれでも。
「まだだ…!」
再び鎖による捕縛、釈魂刀によって作られた軌跡を追って、甚爾は再び鎖を収縮させた。
そして、一気に鎖を締め付けて、上から落ちる形で配置した釈魂刀と一緒に、最後の仕上げに取り掛かる。
――ゾンッ!
一気に加速し、地面に垂直に突き刺さる釈魂刀。
そしてその後、何も存在しない空間を締め付けるように、万里ノ鎖が絡まって…地面に落ちるのを見た。
目の前には、誰もいない。
「クソが……」
「たまげたな、実際」
そして目の前から、再びあの黒い光が発生して、そこから潜り抜ける形で、伽藍の姿が露わになる。
勿論。その赤い髪も、紋様の刻まれた身体にも、一切の傷はない。
だが、先ほどよりも一層、楽しそうに微笑んで。
「私の転移を予測し、あえて転移先の穴を作ったのは見事だった。もしお前の推測通りなら、今頃私はお前の射程距離内に転移してしまい、蜂の巣になっていた」
「………」
「良かったが…甘いな、そこまで不便なものじゃないぞ?この術式は」
「…やっぱテレポート術式か、便利なモンだな」
「いいや、正確には違うな」
まるで玩具を自慢するかのように。
伽藍は両腕を広げて、甚爾の問いに答えて、そして続けた。
「この
「………ご丁寧にどうも、だが次はもう効かねぇぞ」
「いいや、もういい」
再び、伽藍の右腕が黒い光に包まれ、そこから液状筋肉が発生する。
そしてそれは、たちまち弓矢の形状に変わり。それを持ち、甚爾に向けてから、続けた。
「そろそろ勝負を終わらせよう、お前の種は大体暴いた」
「…なんだ、殴りに来ないのか?」
「あぁ。これでいい」
ギリッ…更に追加で生成された液状筋肉が、矢そのものとなって、そして伽藍の弓に配置される。
呪力特性による熱。そして圧縮された液状筋肉そのものが、肌を刺すような威圧感を与える。
「少々熱いぞ?」
そして、ゆっくり、ゆっくりと指が離れ、その矢が放たれようとした瞬間。
――甚爾の行動は、咄嗟だった。
「~~~~ッ!!!」
――ドウッ
一瞬で、薨星宮の天井を突き破り、甚爾は外へ吹っ飛ばされ、そして落下して倒れ込む。
まるでそれは、火山が噴火したかのような威力。肌を焼く熱が、目が溶けそうな程の熱風も、全てが常軌を逸した有り得ない威力。
咄嗟に天逆鉾を盾に、全力で力んで防御していなければ、今頃炭になっていただろう。
「ガハッ…!」
「…ほう?なんだまだ生きていたか」
消えていく、放った矢と持っていた弓、それらを放棄しながら、伽藍は上から見下ろして言う。
身体はまだ熱く、痛くてたまったものではないが、それでも甚爾は冷静に、観察を続けて話す。
「ハッ…なるほど、いくらでも使いまわせる液状筋肉…それをあえて
「正解だ。だがそれだけではないぞ?」
「矢だけじゃねぇ…使い捨てるのは弓もか、全く滅茶苦茶…」
「甘いな」
――ニヤリ。
変わらない。その心底楽しそうな笑顔が、何故だか今は、無性に恐ろしくて仕方ない。
種に気づいたから?まだ生きているから?違う、この笑みの正体は――
「時空間転移理論は、異空間を経由することで疑似的な瞬間移動を可能としている、だがここに収納…保管できるのは無機物と、私の身体のみ」
「…あ?」
「だから、あえて作ったのだ」
――先ほどまでの、あの量の液状筋肉はどこから。
――あえて作った、それが意味する真実。
「箱は、
そして、伽藍の上空に発生する、あの黒い光。
だがそれは、今までとは比較にならないほどの、広範囲に展開されたもの。
そしてもう一度、伽藍は笑みを歪めて、呟いた。
「
伽藍が手を、下に降ろすと同時に、その光の中から、"それ"が露わになった。
液状筋肉、それによって作られた弓50と、矢80。
簡単なことだった、使い捨ての強力な武器があるならば、――作り置きして保管すればいい。
そして、それが意味することは。
「は?」
その光景に口をあんぐりと開けて、思考を停止した甚爾の前で、伽藍は作業を続けたままで。
再び弓、そして矢を手にして
「さぁ、好き勝手しようか」
今も困惑を続け、硬直したままの甚爾に、
今回の開の元ネタは宿儺ではなくNo.9の方です。
芥見先生のオリジン、No.9を皆も読みましょう。