黄泉返りの国家転覆   作:倉庫

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 更に山場を2つ、物語は加速します。


17話.懐玉⑥ー驚箱ー

 最初から、油断なんてしてなかった。

 相手の実力を見誤ったつもりもない。むしろ、十二分に理解しているつもりだった。

 だが今では、目の前に立つこの"鬼"の誘いを受けて、刀を抜いたことを後悔しそうになるほどの、思考のループがさっきから続いているのも事実。

 

「…不味ったな」

 

 ――タダ働きなんて御免だ。

 そうだ。結局のところ、残る仕事は殺した星漿体の死体を持って、盤星教に渡せばいいだけ。

 誰が邪魔をしようとも、呪力のない故、逃げに徹した自分ならば…誰にも邪魔されないはずだった。

 そうだ、そう言って、さっさと死体を渡しに行って…金を貰って終わりだったはずなのに。

 

『――全て』

 

 あの、こちらを射抜く赤の瞳。

 負けなんて選択肢にない、あの傲慢に塗れた瞳。

 

『"終わった私"に興味などない』

 

 呪力のない自分に向ける、あの挑戦者の瞳。

 見下すも、見上げるもない平等な――

 

『言ったはずだ、好きにしろ』

 

 どうでもいい、どうでもいいはずだった。

 

「…クソ」

 

 ――全く、自分に腹が立つ。

 甚爾は右手に握る呪具、釈魂刀をより強く握って、目の前で静かに、こちらを観察する彼女を見る。

 赤い髪、全身に刻まれた黒の紋様と、額で存在感を放つ第三の目に、その異質なプレッシャー。

 まるで自分を中心に、全方位から刃の切っ先を向けられているかのような、肌を直接刺すような威圧感。

 これが、呪術全盛を生きた術師。

 

「……はぁ」

 

 数秒、息を吐いて脱力。

 

「…ッ」

 

 そして瞬間、足を踏み込んで。

 

「――ッ」

 

 刹那。空気が割れた。

 

 ――ガンッ!

 

 甚爾が全力で振り上げた釈魂刀が。

 伽藍の構えた肉の刀が熱による空気の歪みを纏いながら。

 

「ほう…っ?」

「クッソ馬鹿力が…!」

 

 それらがぶつかり、そして一気に鍔迫り合いへ移行する。

 しかし一切の呪いを捨て、究極の肉体を手にした甚爾の膂力にすら、この女は食らいつく。

 いや、むしろ――

 

「嗚呼、やっと感覚が戻ってきた…!」

 

 ()()()()()()調()()

 

「っやべ…!」

 

 咄嗟に力を抜いて、相手の体勢が崩れた瞬間を利用して跳躍、そしてすぐに格納呪霊の口に釈魂刀を仕舞い、また新たな呪具を取り出す。

 カシャンと、金属が擦れて音を奏で、そしてそれを力いっぱい引っ張り、甚爾は数mもの長さを誇る、鎖型の呪具を装備した。

 

「――フンッ…!」

 

 ゴウッ!と、伽藍がその鎖を視認した瞬間に、目に見えぬほどの速度、そして手慣れた動作でナイフを装備した甚爾が、それを投擲した。

 そのあまりの手際の良さに、伽藍が感心しながら首を傾け、そして甚爾へと視線を向けた瞬間だった。

 

「種明かしの時間だな」

 

 今にも接近を開始し、再び戦闘が始まるその寸前。

 ジャララ…と、()()()()()()()()鎖の擦れる音に反応し、伽藍は動きを止める。

 そしてその瞬間。伽藍の身体の周りに漂い、宙を泳ぐ鎖の見て――

 

「なるほどな」

 

 ヒュルッと器用に首周りで輪を描き、その後投擲したナイフが甚爾の手に戻ってから、伽藍は全てを理解した。

 あえて余分に周りに敷かれた鎖はデコイ、その真の狙いは、甚爾の膂力と鎖の耐久性による。

 

「グッ…!」

 

 ――絞殺。

 それに気づき、そしてその対策を思いついた伽藍は、焦らずそれを実行する。

 ものの一瞬で幅を縮めた、自身の首と鎖の間に、ねじ込む形で刀を突き刺し、そして刃を立て、力を込める。

 

「さてどれほどか」

 

 ミシリ。握った刀から鈍い音が発生し。

 鎖との間に火花を散らし、まるでその周りの空気だけが、凝固し、時が止まったかのように錯覚するほどの。

 天与の肉体と、闘鬼の腕力による、純粋な力比べ。

 

 ――ガリガリガリガリガリガリガリッ!

 

 鎖の劣化などおかまいなしに、甚爾は更に力を込め、地面が陥没するほどにまで体重をかける。

 対する伽藍も、その歪にかけられた重力と腕力に耐えながらも、刀を握る手に変わりはない。

互いの動きに変化はないものの、その間も鎖を通してせめぎ合う、常軌を逸した怪力がしのぎを削っていた。

 だが次第に。

 

「~~ッ…!」

「いい腕力だ…!」

 

 ――甚爾の方が押され始める。

 ミシリと、先程よりもより一層低く、鈍い音が鳴ったと同時に、伽藍の首を絞めかけていた鎖が解かれていく。

 いくら鎖越しとはいえ、全力を振り絞って引っ張ったその威力は、数字では到底表せない膨大なもの。

 だが伽藍の、()()()()()()()によって、次第に刀身が入るので精一杯だった筈の、首と鎖の距離が離れていき、今にもその捕縛から逃れようとした瞬間。

 

「おっ?」

 

 くらっ、いきなりそう身体の重心がズレて、伽藍は片足を前に、なんとか姿勢を堪える。

 先ほどまで引っ張り合いをしていた、つまり()()()()()()()()()()()()()()()()という、異常事態。

 そして目線を上に、再び上に、そして鞭のようにしなり、自身に襲い掛かる鎖の側面と、その先にあるはずのナイフが再び、甚爾の手に戻っていた様子を見て、考察を続ける。

 

(なるほど…どういう原理かは知らんが、あの鎖は伸縮自在、あれが限界ではなかったのか)

 

 ――呪具、万里ノ鎖。

 万里ノ鎖はある条件を達成すれば、際限なく鎖が伸び続ける強力な呪具。

 その条件はたった一つ、鎖の反対側…それを相手に観測されないというものだ。

 だが甚爾はその反対側を、常に格納呪霊の体内に収納しており、鎖のみを常に出し続けている。

 ほぼ無条件で常時発動するその効果、そして再度放たれる鎖の波、ただ呪力の込められた金属といえど、それを手にしているのは天与の暴君。

 その腕力と同時に、遠心力を味方に襲い掛かるそれは、いくら呪力で強化したとしても受けたくはない。

 

「ならば…」

 

 ――近づくまで。

 

「ハッ…!」

 

 完全に感覚を取り戻した、異次元の速度による急接近。

 まるで蜘蛛の巣のように、目の前に展開された鎖の弾幕、収縮を繰り返す安全地帯。それに、針に糸を通すような正確さで、身体を畳んで潜り込む。

 そして着地、再び走り出す工程を同化、一切の無駄なく接近を果たした伽藍が、刀を振るって。

 

「引っかかったな…!」

 

 ――その瞬間。鎖が回帰する。

 最初に投擲し、この部屋の空間の端に追いやられた鎖の軌跡。

 その後首を絞めようと、円を描いて宙に留まった鎖の軌跡。

 そして先ほど、伽藍の身体を打ち砕こうと放たれた鎖の波、その軌跡が。

 

 ――ジャラララララララッ!!!!

 

(…なるほどな)

 

 先ほどのとは違う、今度は首だけではない。

 足も、腰も、自分自身すら巻き込んだ、鎖による道連れ攻撃。

 最初に投げたナイフと、それに付随する鎖の仕込み、あれの真の目的がこれだったのだろう。天与の肉体によって、それすら傷をつけうるほどの、圧倒的な収縮速度による、殺傷攻撃。

 

(…"使う"か?)

 

 今この瞬間、自身に向かってくる鎖を見ても、伽藍の態度は変わらない。

 いや、むしろ相手がこうして自爆をするというのならそれでいい、それに相手がどれほど強靭な肉体を持とうとも、結局呪術は使えない。

 自分は反転術式が使える、だが甚爾はそうもいかない。焦らず、冷静に呪力強化を施して――

 

「…………」

 

 ニヤリ、と。

 

「…バァカ」

 

 その、勝ち誇ったような笑顔を見て。

 自身を抑える()()を見て。

 伽藍は一気に警戒心を上げる。

 

「…まさか!」

 

 最初に放ったナイフ、その後襲い掛かった鎖による拘束。

 そして再び放たれた鎖の波と、今こうして、周りから襲い掛かる鎖たち。

 最初、投げたナイフを中心に、鎖を宙に敷いて輪を作る。そしてその後、ナイフを回収し、綱引きへ…

 ――ナイフはどこに。

 

「上か!」

 

 サッと目線を上に上げ、そして数十cm先で今も落下を続ける、見失っていたナイフを発見した。

 どれほど距離を離していたのだろう、その自然落下による加速と、鎖の収縮による加速が合わさり、ただのナイフと侮れない威力が内包されている。

 そして、甚爾は片腕で伽藍の肩を抑えながら、再び格納呪霊の口に右手を突っ込み、新たな呪具を取り出す。

 

(俺の"読み"が外れていなけりゃ…)

 

 鎖によって逃げは封じた。

 上空は呪具のナイフがある、跳躍による回避はない。

 鎖を潜り抜けるのは不可能、先ほどと違い、更に感覚を狭くした安全地帯を、今こうして抑えられている状況から通るのは難易度が高い。

 そして唯一、彼女が取れる選択肢は――

 

禍津日(マガツヒ)…」

 

 ――術式による、防御装甲の生成…!

 

(さて…ここからだ)

 

 伽藍の術式、禍津日は構築術式と同様、術式使用後も残り続け、そして自身の肉体領域を共有する第三の部位となる。

 つまり今、自分が使おうとしている"これ"も、伽藍が肉体を生成し終わった後は役に立たず、何の効果もない。

 だがそれは、()()()()()()()()()()

 つまり肉体を構築し切っていない、今の状態ならば――

 

(これも、効く…!)

 

 甚爾が格納呪霊の口から取り出した、その呪具が放つ異質な存在感に、伽藍はすぐに気づいた。

 瞬時にそれに反応し、甚爾が振るった伽藍の首元、そこに術式を集中させて発動し、生成途中の筋繊維がそれに触れようとする。

 片方の刃が欠けた、十手に似た形状の呪具が、伽藍の生成した肉に触れた瞬間。

 

 ――パシャッ!

 

 その肉が、()()()()()()()

 

「なっ…!」

 

 その現象に、伽藍は驚愕を隠せず、そのまま動きを止めてしまう。

 領域展延や、領域内に引きずり込まれた際の、術式の中和や塗り替えとはまた違う。

 術式が完全に焼失し、その効果がないものとなったありえない現象。

 ――特級呪具、天逆鉾(あまのさかほこ)。それによる効果は、()()()()()()()()()()()

 上空からのナイフ、そして天逆鉾と万里ノ鎖による連撃が伽藍に襲い掛かり――

 

「…見事」

 

 ――キィンッ!

 

 甚爾は、目の前で起こったその現象を見逃さなかった。

 まずナイフ、それが伽藍の頭に突き刺さるかと思いきや――それがいきなり動きを止め、まるで何かに弾かれたかのように宙を舞った後、すぐ彼女の隣に()()()()

 そして天逆鉾が、彼女の喉を裂こうとした寸前に、彼女の姿が突然消えて、それと同時に鎖も運動量を失う。

 先ほどまで猛り狂っていた、鎖の動きが突然止み、そして甚爾の背後から、声が聞こえた。

 

「"これ"を引き出そうとしたのか、いつからだ?」

「最初から、テメェやっぱそうだったんだな」

 

 パキッと、プラスチックを割ったかのような軽快な音が鳴り、そう続ける伽藍の背中に後輪が生成される。

 幾何学模様と、解読できない文字のような形をしたそれが、黒く光ると同時に、3つの目がこちらを射抜く。

 そしてその様子を見て、甚爾はやはりと笑って。

 

(あぁ…やっぱそうだ、間違いねぇ)

 

 何故か流出した交流会、その情報。

 その中に、伽藍の戦闘データやその術式、勝負の内容なども入っていた…が、その中にあった違和感。

 彼女は、夏油傑とタイマンに持ち込み、そして領域展開を披露したが――

 

("あれ"は、どう考えても禍津日じゃない…あの術式じゃどうあがいても、転移なんてできやしねぇ)

 

 本来の術式とは違う、しかし間違いなく存在するその力。

 呪具、呪霊のそれでもない。そして今披露したそれを見て、甚爾の直感、そして推測は確信に至る。

 

(あれは、"テレポート"だった)

 

 伽藍は――2()()()()()()()()()()()()

 

(伽藍は2つ目の術式を持ってる。それがあのテレポート…ありえないわけじゃねぇ、そもそも術式は肉体に刻まれるもの…あいつは人間だが受肉してる、なら使えない道理もねぇ筈だ)

 

 荒唐無稽な話だ。だがこの目の前に立つ女は、常識の範疇には収まらない存在。

 あの、度々見た黒い光。情報の中でも、夏油は黒い光に包み込まれ、そして転移をしたとも残っていた。

 恐らく、あれこそが転移の発生現象。

 

(3つ目の術式は…考えたくねぇな、そこまで行くと4つ目の術式も警戒することになる。それにこいつの性格上、戦法はともかく能力の秘匿はしないはずだ)

 

 発動条件は?消費呪力は?

 それに今もそうだが、元から持っていた術式とのシナジーはどれほどか。

 転移によるデメリットは?術式名は?

 

(まぁ…とりあえず今言えるのは……)

 

 頭の中で浮き上がり、そして解決しないまま溜まっていく疑問。

 だが間違いなく、今この瞬間に、言えることは一つ。

 

(面倒だ…!)

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「さて…正念場だな」

 

 術式の概要は暴いた。

 だがそれだけ、術式名も発動条件も、実際は何も分からない。

 しかし披露させた。この術師の種を暴き、そして認めさせたという事実。

 それが、伽藍の気を良くさせた。

 

「…素晴らしい」

「あ?」

「やはり、お前はいい男だと思ってな」

 

 髪色も、その姿形が変化しようとも、以前と変わらないその微笑み。

 闘争を求め、そして愛する彼女らしい…その態度に鼻で笑って、甚爾は返す。

 

「お前じゃなけりゃ、喜んで受け止めたつもりだったんだがな」

「ほう?私は本気で言っているんだぞ?1000年前では見れなかったからな…お前のような()()は初めてだ」

「………は?」

 

 伽藍が、当然と言ったその言葉。

 だが甚爾にとっては、"それ"は有り得ないもの。

 術師、かつて自分はその家に生まれ、そして生まれた瞬間から放棄した、その存在。

 

「……なに、を」

「…?違うのか?結局のところ天与呪縛も…お前の呪力を代償にして成っている。ならばお前も呪術に生きる者だ。それはつまり、術師と言えるのではないか?」

「…馬鹿言うな。俺は生憎簡単な呪術も使えねぇ、術師なんかじゃねぇよ」

「…フン。難儀なものだ」

 

 ()()()

 それを無視するように、気づいてしまわないように、甚爾は瞬時に駆け出した。

 伽藍もまた、その一瞬見えたその表情を見て、彼の内面に隠されたものの正体に、やはりと確信を深めて、迎え撃った。

 

「…面白いものを見せてやろう」

 

 そう言って、伽藍は手に握った肉の刀を振り上げ、そしてそれに黒い光を纏わせる。

 みるみるうちに、細く、鋭利な切れ味を誇っていた刀が膨張し、赤黒い、棍棒のようなものに変化した。

 呪力を流し込み、呪力特性による熱、そして純粋な呪力エネルギーが凝縮され、密度と熱が大きく、高まっていき。

 そしてそれを、一気に振り下ろす。

 

――ッダアアッ!

 

 ドゴンッ!と、硬く整備された地面が一瞬で破壊され、その衝撃が伝染し崩壊する。

 そしてその崩壊した地面の、割れ目に染み込むような形で、また黒い光が点灯し、そして赤黒い液状の何かが散布された。

 伽藍を中心に、半径数十mにも及ぶその専用のステージは、彼女の術式によって作られた、液状筋肉で組み上げられたもの。

 

「クッソ…」

 

 液状筋肉。つまりはもう術式を発動し、完全に作り終えた肉体そのもの。

 つまり天逆鉾は通用しない。だがおかしい、彼女が液状筋肉を作るには、それ相応の工程を挟む必要があったはずだ。

 何故いきなり、しかも大量に展開ができたのか?新たな疑問が湧くも、今はわからないと切り捨てて。

 ――更に。

 

「次は…これだ」

 

 再び変形を始める武器。今度はより長く、そして先ほどの刀よりも細く、刃も短く飾られたもの。

 刀、棍棒と続いて今度は薙刀。そしてそれを両手で構え、伽藍が腰を落として呪力を込める。

 伽藍の足、そして彼女自身の影が赤く、そして黒い光に包まれた後。

 ――真っすぐ、甚爾に向かって加速した。

 

「~~ッ!?」

 

 咄嗟に何とか横に避け、そして掠って出血をした腕を摩りながら、甚爾は目線を伽藍に向け直した。

 突進を放った後、彼女は依然変わらない、あのこちらを試すニヤニヤとした表情で、振り返って目線を向けていた。

 ――遊んでやがる…!

 

「"こっち"は慣れてねぇんだよ…!」

 

 このままじゃ埒が明かない。そう判断して、甚爾は再び格納呪霊の口から釈魂刀を取り出し、そしてそれを万里ノ鎖と連結させた。

 それを数回、ブンブンと振り回して具合を確かめた後、思いっ切りそれを投擲した。

 

 ――ガァンッ!

 

 指揮をとるかのように、スナップを効かせて腕を振り上げ、猛スピードで放たれた攻撃、それのコントロールを取る。

 釈魂刀の、硬度を無視する絶大の威力が、天与の肉体によって更に底上げされ、あらゆる障害を破壊し突き進む。

 そしてそれだけではない、他ならぬ甚爾の視力、無機物の魂すら知覚するそのセンスが、この攻撃を更に上の次元へと押し上げた。

 

「シッ…!」

 

 今も伸縮を繰り返す万里ノ鎖、地面に壁、そして伽藍の作った肉を切り裂きながら、行進を続ける釈魂刀。

 それらの制御に求められる膂力、そして武器を扱う格闘センス。"術師殺し"と呼ばれる所以が、ここにあった。

 だが。

 

「禍津日…」

 

 それらが届く寸前に、伽藍は地面に手を当てて、そして術式を発動する。

 

「"蜘蛛の糸"」

 

 一瞬で更に、既に崩壊していたはずの地面が更に分解され、その瓦礫と砂埃が空中に舞い上がる。

 瓦礫は問題ない、釈魂刀の前では何の妨げにはならず、あらゆる硬度を無視して切り刻めるからだ。

 普通なら、伽藍が不利になる状況。だがこれによる目的は防御ではない。

 つまり、これで不利になるのは――

 

(クソが…!()()()()…!)

 

 視界を封じられた、甚爾のみ。

 数多の瓦礫と砂埃が辺りを埋め尽くし、甚爾の視線から、伽藍の姿が完全に消える。

 その結果、甚爾は釈魂刀の本領である、魂への攻撃のための、相手の魂の知覚が不可能となった。

 しかしそれでも。

 

「まだだ…!」

 

 再び鎖による捕縛、釈魂刀によって作られた軌跡を追って、甚爾は再び鎖を収縮させた。

 そして、一気に鎖を締め付けて、上から落ちる形で配置した釈魂刀と一緒に、最後の仕上げに取り掛かる。

 

 ――ゾンッ!

 

 一気に加速し、地面に垂直に突き刺さる釈魂刀。

 そしてその後、何も存在しない空間を締め付けるように、万里ノ鎖が絡まって…地面に落ちるのを見た。

 目の前には、誰もいない。

 

「クソが……」

「たまげたな、実際」

 

 そして目の前から、再びあの黒い光が発生して、そこから潜り抜ける形で、伽藍の姿が露わになる。

 勿論。その赤い髪も、紋様の刻まれた身体にも、一切の傷はない。

 だが、先ほどよりも一層、楽しそうに微笑んで。

 

「私の転移を予測し、あえて転移先の穴を作ったのは見事だった。もしお前の推測通りなら、今頃私はお前の射程距離内に転移してしまい、蜂の巣になっていた」

「………」

「良かったが…甘いな、そこまで不便なものじゃないぞ?この術式は」

「…やっぱテレポート術式か、便利なモンだな」

「いいや、正確には違うな」

 

 まるで玩具を自慢するかのように。

 伽藍は両腕を広げて、甚爾の問いに答えて、そして続けた。

 

「この肉体(受肉元)に刻まれていた術式…"時空間転移理論(ワームホールパラドクス)"…それによる異空間への一時的な避難、そして転移門の生成と移動…タイムラグなどいくらでも作れる、お前の攻撃が止んで、安全になってから出ることも可能だった…というわけだ」

「………ご丁寧にどうも、だが次はもう効かねぇぞ」

「いいや、もういい」

 

 再び、伽藍の右腕が黒い光に包まれ、そこから液状筋肉が発生する。

 そしてそれは、たちまち弓矢の形状に変わり。それを持ち、甚爾に向けてから、続けた。

 

「そろそろ勝負を終わらせよう、お前の種は大体暴いた」

「…なんだ、殴りに来ないのか?」

「あぁ。これでいい」

 

 ギリッ…更に追加で生成された液状筋肉が、矢そのものとなって、そして伽藍の弓に配置される。

 呪力特性による熱。そして圧縮された液状筋肉そのものが、肌を刺すような威圧感を与える。

 

「少々熱いぞ?」

 

 そして、ゆっくり、ゆっくりと指が離れ、その矢が放たれようとした瞬間。

 ――甚爾の行動は、咄嗟だった。

 

「~~~~ッ!!!」

 

 ――ドウッ

 

 一瞬で、薨星宮の天井を突き破り、甚爾は外へ吹っ飛ばされ、そして落下して倒れ込む。

 まるでそれは、火山が噴火したかのような威力。肌を焼く熱が、目が溶けそうな程の熱風も、全てが常軌を逸した有り得ない威力。

 咄嗟に天逆鉾を盾に、全力で力んで防御していなければ、今頃炭になっていただろう。

 

「ガハッ…!」

「…ほう?なんだまだ生きていたか」

 

 消えていく、放った矢と持っていた弓、それらを放棄しながら、伽藍は上から見下ろして言う。

 身体はまだ熱く、痛くてたまったものではないが、それでも甚爾は冷静に、観察を続けて話す。

 

「ハッ…なるほど、いくらでも使いまわせる液状筋肉…それをあえて使()()()()()縛りで威力を上げたのか」

「正解だ。だがそれだけではないぞ?」

「矢だけじゃねぇ…使い捨てるのは弓もか、全く滅茶苦茶…」

「甘いな」

 

 ――ニヤリ。

 変わらない。その心底楽しそうな笑顔が、何故だか今は、無性に恐ろしくて仕方ない。

 種に気づいたから?まだ生きているから?違う、この笑みの正体は――

 

「時空間転移理論は、異空間を経由することで疑似的な瞬間移動を可能としている、だがここに収納…保管できるのは無機物と、私の身体のみ」

「…あ?」

「だから、あえて作ったのだ」

 

 ――先ほどまでの、あの量の液状筋肉はどこから。

 ――あえて作った、それが意味する真実。

 

「箱は、()()()()()だろう?」

 

 そして、伽藍の上空に発生する、あの黒い光。

 だがそれは、今までとは比較にならないほどの、広範囲に展開されたもの。

 そしてもう一度、伽藍は笑みを歪めて、呟いた。

 

 

 

 

(フーガ)

 

 

 

 

 伽藍が手を、下に降ろすと同時に、その光の中から、"それ"が露わになった。

 液状筋肉、それによって作られた弓50と、矢80。

 簡単なことだった、使い捨ての強力な武器があるならば、――作り置きして保管すればいい。

 そして、それが意味することは。

 

「は?」

 

 その光景に口をあんぐりと開けて、思考を停止した甚爾の前で、伽藍は作業を続けたままで。

 再び弓、そして矢を手にして

 

「さぁ、好き勝手しようか」

 

 今も困惑を続け、硬直したままの甚爾に、3()()()()が放たれた。




 今回の開の元ネタは宿儺ではなくNo.9の方です。
 芥見先生のオリジン、No.9を皆も読みましょう。
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