黄泉返りの国家転覆   作:倉庫

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 星の資格を持った、ある少女のお話。


想起.星の失格者①ー星と月ー

 ――蒸し暑い。

 何故こうも、人は戒律によって定められた行事を神聖視して、自ら不便を選ぶのだろう。

 山奥に立つ、人の気配も薄い…この屋敷の縁側で正座をしながら、黒髪の少女はそう呟いた。

 この場所に来てからというもの、もはや既に見慣れてしまったこの服装。機能性など知ったことではないというように、ただでさえ暑いこの季節に、何十にも重ね着をするなど正気の沙汰ではない。

 しかし文句を言ったところで、この不便は変わらない。

 

「暑い…この服装はどうにかならないの?」

御子(みこ)様。それは選ばれた者の特権、そして身を清めるための神聖なものです」

「…はいはいわかったわよ」

「御子様。言葉遣いにはお気を付けを」

「…わかりました」

 

 肩に触れる程の、短く切り揃えられた、己の髪を指で弄りながら、少女はそう気だるげに返す。

 悪趣味な、しかし今ではもう疑問にすら思わなくなった、布で隠された召使いの顔を見て、少女はまたため息を吐いて。

 

「それで、今日の行事は何でしょう?」

「まずは日課の"禊"…そしてその後は日が落ちるまで、祈りと贖罪の儀式であります」

「…食事くらいは取らせて欲しいものですね」

「御子様」

 

 …嗚呼また始まった。

 こちらの冗談も、嫌みも全部正直に受け止めて、戒めるようなこの喋り方が大嫌いだ。

 少女は三度、相変わらずの熱と光を放つ、忌々しい青い空を仰いでから、呟いた。

 

「…退屈だわ」

 

 一体いつまで続くのだろうか。

 この退屈な時間は、そして今も胸でつっかえている、この違和感が晴れるのは。

 

(…嫌だなぁ……)

 

 少女の記憶は朧気だ。

 気が付いたら裸で、この屋敷の中の、十坪はある部屋にいたところから、記憶の再生は始まっていた。

 それ以前の記憶はない、自分の名前はおろか、先ほどまで何をしていたのかも。

 目を覚ましてすぐに、少女はぐるりと周りを見渡して、その後自分の身体を観察して、そして恐怖した。

 服は着ていない。少女の控えめな胸や、その恥部に至るまでが露わになっているにも関わらず、何故か整えられた髪と肌。

 そこだけはまるで、新品の部品と交換でもしたかのように、艶と輝きを纏っている黒髪と、そして汚れの一つもない地肌。

 その歪さが、とても気味が悪かった。

 

『嗚呼…嘆かわしや』

 

 その部屋の中で、自分を囲う形でぎゅうぎゅうに座って、瞬きすら忘れてこちらを見る男たち。

 男の視線。それが少女の身体に集中している事実に鳥肌が立ち、すぐに身体を隠すように身を縮こまらせる。

 その後男たちが、一斉に涙を流して嘆き、悲しみ。そしてたちまち崩れ落ちて、叫びだす。

 

『穢れた魂…これではいかぬ…これではとても…!』

『落とさなければ…このままでは穢れが生まれてしまう』

『許されぬこと…それは決して許されぬこと』

『嗚呼…星の輝きが濁っている…濁りは排除せねば、洗わなければ!』

「い、いや…っ!」

 

 飛び跳ねるように、男たちが数人がかりで少女に向かい、そしてその身体を抑え込む。

 腕、腰を無造作に、少女の痛覚を刺激しながら、大人の腕力が掴んで持つ。

 そして、ガラッと襖の開く音が聞こえ、目線をなんとか男たちに向ける。

 

「いやっ…やめて…!やめて!」

 

 夜の冷えた空気が今の少女の肌を伝って、その生理反応と、狂ったように泣き叫ぶ男たちの様子で鳥肌が立つ。

 男たちは変わらずに「穢れを落とさなければ」と、屋敷の外にあった泉の前に到着し。

 

『星の導きを』

『"禊"の準備を』

『あの御方(おかた)に捧げる準備を』

 

 そして。

 

「いやあああああっ!!!」

 

 ドボン。冷えた泉の中に、少女はそのまま放り投げられる。

 その冷たさと、いきなり潜水したことによる息苦しさで、咄嗟に顔を水面から出した瞬間。

 

『穢れを!』

「ごぽっ…」

『洗わなければ!洗わなければ!』

 

 少女が窒息しそうになるのもおかまいなしに、男たちは頭を押さえて、そして叫ぶ。

 なんとか必死に頭を上に、死に物狂いで呼吸を確保して、なんとか意識を落とさずに少女は耐える。

 

『あの御方に…!』

 

 水と空気を同時に吸って、涙と呻きを漏らしながら聞いたそれ。

 記憶もない、突然ここにいた自分の、生まれた理由はなんなのだろう。

 

『あの御方に捧げよ――!』

 

 "あの御方"なら、知っているのだろうか。

 ジジジ…と、何かを訴える耳鳴りと共に、そんなことを思った。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「…やっと終わった」

 

 喋り方も、服装も、気がつけば彼らの言う通り、彼らの好みに染め上げられて。

 必要最低限の食事に、風邪をひく限界まで泉に浸かり、祈りを捧げる日課。

 …いつになったら変わるのか、まだわからない。

 ただ一つ言えるのは、この退屈でつまらない日常が、やはりどうしようもなく嫌いだということ。

 

「御子様」

「…なによ、もう日課は終わったわよ」

「……本日はある客人が来ております」

「…客人?」

 

 いつもの日課、昼にほとんど水でふやけた、粥擬きを胃に流し込み…そして日が落ちるまで泉で祈る。

 空腹なんてしばらくして慣れた。どれだけ訴えても、どれだけ怒ろうとも変わらない。

 自分の周りに潜む、このおどろおどろしい気配と人間の動きは、からくり人形のように一定だ。

 

「御子様はたいへん立派になられました、後は星の再生を待つその時まで…」

「相変わらず気持ち悪いわね…」

「御子様」

「…わかりました、それで?」

 

 ――怪しい。

 少女がまず最初に疑ったのは"客人"ということ。

 自分は数年ほどここで住んでいたが、その間屋敷の人間以外とは、一切会ったことがない。

 それなのにいきなり、しかもこの召使いの言うことだ、信用などできない。

 

「…今更私に会おうなど、一体どのような用件で」

「貴方様の輝き…それを濁らせないようにと、上が用意したものでございます」

「…そうですか」

 

 上、上と来たか。

 どうやら今回は、今までの泉に浸かったりなどの、胡散臭い儀式とはわけが違うらしい。

 だがどうせ同じこと、誰が来ようと何をしようと、こいつらの息がかかっていることに変わりはないのだから。

 

「数年前に、ある都を傾けた女が"浴"を行おうとし、そして人知れず行方を消しました」

「…それで?」

「その時攫われたのは()()の少女。それの影響か、京では人攫いが横行しました」

「…初耳ですね」

 

 ジジジ…

 耳の奥で響く違和感。いつもこうだ、泉から上がった後は毎回、こうして耳鳴りに苦しむ。

 この耳鳴りを訴えても、召使いは何も関与しない、むしろそれに苦しむことを良しとしているかのようだ。

 だから、もういい。

 

「それの保護…と言ったところですか?随分とお優しいですね」

「…それもあります、しかし第一は貴方様」

「はいはい…それで、その人はどちら…に……」

 

 ――風が吹く。

 濡れた着物と、未だ乾いていない髪が冷えると同時に、身体の熱が奪われていく。

 しかしこの瞬間に、自身の身体が震えたのは…きっと寒さが原因ではないだろう。

 召使いの背中、その陰に隠れた位置に立つ、もう1人の人間。

 

「…えっ」

 

 ――()()

 少女の視線に気づき、召使いの背中から顔だけを出す形で、その人物は現れる。

 同じだ。自分と同じ、まだ大人になる前の、純粋な少女。

 自分のとは違う、光を吸収する黒ではなく、光を反射するような美しい、その銀髪。

 

「あ、なた…」

 

 目線が合う。

 互いに言葉はまだなくて、ただ息を吐くかのように掠れて、零れ出た一言だけ。

 じっ…と、銀髪の少女は更に数十秒、目線を向け続けて…そして。

 

「お前…」

 

 たった一言、呟いた。

 

「お前が"星漿体"か?」

「…はっ?」

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 銀髪の少女は喋った。

 それはもう喋った、召使いの殺気を受けながらも、何も知らないように喋り続けた。

 もうとにかく喋った。

 

「この国は天元という名の、ある術師が守護しているんだ」

「へ、へぇ…」

「しかもずっと昔からだ、もう100歳超えてるなんて話も聞いたな」

「………あの」

「しかも天元は不死の術式を持っていてな…」

 

 ――これ本当に聞いてもいいのだろうか。

 途中から、召使いは凄まじい形相をしながらどこかに行って、それっきり帰ってこない。

 しかし変なところで気が利くようで、泉から出たばかりの冷えた身体を、少女はあらかじめ用意してくれた布を纏って、彼女の話を聞いていた。

 

「凄いだろう?だがしばらく生き続けると、身体が進化して人じゃなくなるらしい…そこで選ばれたのがお前だったんだ」

「…それが星漿体?」

「そう、それが原因だろうな…ずっとこんなことしてるのか?」

「…うん」

 

 予想していた人間像とは、ずっとかけ離れた存在。

 警戒心はとっくに無くなった。この自由奔放な態度からは、一切の嘘を感じない。

 少女は、身体に纏った布をより強く握って、そして聞く。

 

「名前もわからないし…お腹も空いたし、それに…」

「は?お前馬鹿正直に何も食べてないのか?」

「…えっ」

 

 少し待ってろ。そう言って、自分の着物の内側を探る様子を、少女は見つめる。

 そしてしばらくして「あったあった…」と、満足そうに微笑んでから、それを取り出した。

 

「ほら、食べろ」

 

 その手に握られていたのは、丁度少女の手のひらに乗るかの大きさを誇る、橙色の何か。

 少女が生まれて初めて見るそれに、困惑している間にも、彼女はもう1個それを取り出して、齧り付きながら続けた。

 

「食え、腹減ってるんだろ」

「…でも」

「いいから、どうせあいつらは見てないんだ」

 

 誘惑。

 しかしそれは、今の少女にとってはとても、我慢ができないものだった。

 初めて会った、今までの人間とは違う存在を放つ、この銀に眩しく光る彼女。

 今まで経験していたことを、真正面から「くだらない」と笑って、切り捨てる彼女。

 ――答えは決まっていた。

 

「………」

「どうだ?」

「…………おいしい」

「そうか」

 

 生まれて初めて、あの味も食感もない粥擬きとは違う…心の底から"美味しい"と言えるもの。

 感極まって、涙を流すその様子すら、彼女は同じように笑って言う。

 

「なんだ、この程度で泣くのか?」

「うるさい…泣いてない」

「いい、本当に美味いだろ?なら何も恥ずかしくない」

 

 同じ笑み。だけど先ほどの、この狂った儀式や屋敷に住む人間に向けたものとは違う、優しいもの。

 少女はその笑顔を見て、自然と自分も、同じように笑っていたことを自覚する。

 そして互いに向き合って、もう一度笑い出す。

 

「はははっ!なんだお前も笑えるじゃないか」

「ククク…そうね、そうだったわね」

 

 かくして星の資格を得た少女は出会った。

 ――月のように白く、光輝くある少女と。




 貯めの章です。
 ちなみにさっと3話くらいで終わります。
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